14 隔
わたしが六十代の女性なら三年の差は誤差範囲かもしれない。
わたしが三十台の女性なら三年の差は、六十代のそれよりは長く感じるだろう。
けれども十八歳のわたしが三年前を思うとき、時の隔たり感が計り知れない。
まるで広い川を越えた向こう岸のようだ。
それでも当時覚えたヒリヒリ感を、わたしは未だに味わうことが出来る。
当然同じはずはないが、手繰り寄せることも出来る。
そもそもわたしが男に抱かれてみようと思ったのはマスターベーションで快感を得られたからだ。
それがなければ考えに至るとも思えない。
マスターベーション自体、わたしは中学の頃に試している。
だが、あのときは上手く行ったとは言えないだろう。
何事にも練習が必要なのだ。
いわゆる『逝く』という感覚を体感するまでに時間がかかる。
十数回以上、試した後だ。
男のマスターベーションは極論するまでもなく精通の再現だからEDでもない限り射精して終わる。
その意味では女も終わるが、逝き損ねる場合がある。
男でもマスターベーションを始め、射精を経ずに終わることがあるのだろうか。
稀にそれがあるとわたしが知るのは先の話だが、そこに至れたのも最初の一歩があったればこそ。
まあ、そう理屈を付けたがるのも自分に対する言訳に過ぎないか。
中学の頃まだ友がいたが、高校になると孤立する。
もちろん必要な場合クラスの誰とでも口を利く。
だが、それで相手がわたしに気を許すわけもない。
荒れた高校だったら、いつまでもネチネチとイジメられただろう。
その可能性が高かったと思う。
けれども数週間の嵐が過ぎれば、イジメも去る。
わたしの超然が認められたのだ。
裏を返せばわたしが誰からも相手にされなくなっただけだが、同じこと。
年が若過ぎたから寂しい想いも味わうが、それだけだ。
苦労して相手の考えなどに合わさず済むので、その効用の方が大きいとしみじみと悟る。
元々友と呼べる他人も少ないから、慣れれば独りが心地良い。
けれどもそれは、わたし自身の自分に対する意地あるいは見栄だったのかもしれない。
理想の恋人が欲しいと思ったのが発端だろうか。
だが、それこそ理想または夢。
人の心は複雑過ぎる。
それに想う相手の心の中を覗くことすらできないのだ。
だからわたしの中で想いが幾重にもスライドし、肉体的快感追求へと変わったのかもしれない。
精神と肉体の繋がりは密接だ。
けれども、それを切り分けることは可能なのだ。
仮にそうでなければDVを振るう相手と別れられないはずがない。
そう思ったことも、わたしの気持ちを後押ししたはずだ。
けれども現実に最初の一歩を踏み出すのは難しい。
頭で考えている間は実行不可能。
何がきっかけでそう悟ったか忘れたが、ある夜、わたしが街に立つ。
行為を想いの前に置いたのだ。
とにかく決心をつけたというわけ。
けれども、それはわたしの事情。
そんなわたしの心の動きだけで男がわたしを誘う気になるはずもない。
……かといって、わたしに愛想を振り撒くことは不可能だ。
一人で夜の街に立つ行為より難しいだろう。
何故かといえば、それには練習が必要だから……。
けれどもわたしが暗闇の中で途方に暮れるわずか前、相応しい相手が現れる。
あのときは驚いたが、男の中にはわたしの想いを見抜く者がいたわけだ。
幼いわたしの考えが手に取るようにわかったのだ。
だから協力してくれる。
わざわざ面倒を買うように……。
女の顔色を読むだけならば、そんな男は掃いて捨てるほどいる。
もちろん数多くの男を集めれば、それさえ出来ない者が大半だ。
若過ぎる女の子供っぽい理屈を理解できる男の数となると、さらに少ない。
けれどもゼロではなかったというわけ。
そうでなければ、わたしは未だにヴァージンだっただろう。
白馬の騎士とまでいかなくとも、できればイケメンが良いとわたしが願ったのは本当のこと。
それを認めない気持ちはあるが自分で嘘だと知っている。
人は自分で自分を騙すことが出来ない。
自分を自分で騙したと信じることができるだけだ。
わたしの切ない想いを正確で精密に見抜いたのは、まるで若くない男。
見かけでは中年だが、後で年を訊ねたら六十歳近くて吃驚する。
結局、その男がわたしの破瓜を奪う。
いや、そう言っては不遜だろう。
わたしがヴァージンを捧げたのだ。
美男子とは言い難いが、堀が深い顔立ちだ。
身長はその年代にしては高い方だろうが、一八〇センチメートルはない。
行為が終わり、わたしが自分で平常心を取り戻したと判断し、
「どうして、わたしを抱いたの」
と質問すると男が答える。
「好奇心だろうな」
「好奇心だけ……」
「あとはあなたが好きだからだよ」
「誰にでもそう仰るんでしょう」
「場合によるかな。……少しは天国に近づけて良ったね」
「その点については、ありがとう。でも何度も頼んで、ごめんなさい。……確かに良かったんだけど、まあ一瞬」
「あとは痛いだけか」
「想像よりマシな程度かな」
「初めて異物が入るんだから大変だと思うよ」
「まるで他人事みたい」
「自分以外は皆他人、だから他人事さ。時には自分まで他人だったりするよ」
「ふうん。わたしにはまだそこまでわからないな」
「無理にわかる必要はないだろう」
「人はみな違うってこと」
「あなたは物分りが早いから好きだよ」
「ありがとう。わたしもオジサンで良かったわ」
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