13 視

 初めて天使を見たのが一週間前だ。

 いや、天使のようなものと言い換えた方が良いか。

 形がヒト似で羽根がある。

 天使との共通項はそれだけだ。


 ヒトではありえないほど痩せている。

 細いを通り越して丸太のようだ。

 だが非ヒトと捉えられない程度の肉付きがある


 ……というより骨型だろうか。


 皮を剥いだら忽ち骨が現れる感じがする。

 けれども骨が体表に浮き出していない。

 だから、わたしが見た天使の淡い灰色の皮膚は実は皮膚ではないのかもしれない。


 ……かと言って服や着物のようでもない。


 服だとすれば体型にぴったりと張り付くラバースーツのようなものか。

 動いても皺が寄らないから実際にそのようなものかもしれない。

 陰部にペニスやヴァギナが見当たらないのも、わたしのその考えを裏付ける。


 だがそれは、人間というヒト科の動物であるわたしが持つ考えだ。

 非ヒト科の天使にあてはまるわけがない。


 あのときのわたしが見た天使の色はグレーだったが、のっぺりとした配色ではない。

 全体が均一ではなく色が濃い部分と薄い部分に分かれている。

 その分かれ方も唐突/非連続ではなく連続的。

 いわゆるグラディエーションをなす。


 さらに色の濃淡さが時間的にも変化する。

 身体の濃い部分/薄い部分が永続的ではない。


 わたしが最初に見た天使のそれはとてもゆっくりとした入れ代わりだったから、その変化を理解するまで時がかかる。

 おそらく相当集中してわたしは天使を見つめていたはずだが、気づいたのは数十秒後だろう。

 色の時間的変化もグラデーションだったというわけだ。


 そうそう、天使の大きさを示さなければアレの全体的な印象が変わってしまうだろう。

 わたしが把握した最初の天使の大きさは約三メートル。

 あのとき天使の近くにいた、天使に気づかぬ複数の人間の大きさから概算する。

 より正確にいえば三メートル強といった感じか。

 つまり、どんなに背が高い人間でも至れない大きさということになる。


 わたしが知る世界最高身長の人間はアメリカ合衆国イリノイ州生まれのロバート・パーシング・ワドロー(一九一八年二月二十二日~一九四〇年七月十五日)だが、わずかに届かず二七二センチメートルだ。

 その他、異常長身の人間にはスルタン・キョセン(二五一センチメートル)、鮑喜順(二三六センチメートル)などいるが同様。


 わたしが最初に見た天使の身長は三メートル強だったが、あの天使はやや猫背だったから、まっすぐ背を伸ばせばもう少し大きい。

 その後わたしが見た二位の天使も同様の大きさに見えたが、それが天使の平均身長なのかどうかわからない。

 二位の天使(つまり別の天使)と言ったが、その顔と姿形は変わらない。

 少なくとも、わたしには違いがわからない。

 まったく同じに見える。


 では何故わたしがそれら計三位の天使を別モノと見做したかといえば、わたしが違うと感じたからだ。

 それ以外の根拠はない。


 思い返せば最初の天使はやや猫背で、次の天使は背がまっすぐ、さらに次の天使はまたやや猫背だったが、その違いで見分けたとも思えない。

 体色も、その時間的変化も三位の天使で変わらない。


 けれども、わたしには違って感じられたのだ。


 天使が発するオーラがそれぞれ異なるのか。

 あるいは欧米人には東洋人の顔が見分け難いように天使の姿も人間には皆同じように見えるのだが、まったく同じ東洋人の顔が一つもないように、複数の天使が持つそれぞれに異なる特徴をわたしが見分けたということだろうか。


 さて、わたしが見た天使が概念上本物の天使なら神の使いだ。

 けれども、わたしには天使の上位に何かがいるとは思えない。

 仮にいるとすれば、それは自然の摂理かもしれないが、天使自体は具体的だ。


 ……といっても、わたしは天使に触れたことがない。


 キリスト教の天使は肉体を持たない霊だから人が触れば素通りするのだろうか。

 わたしが見た天使もそうだとすれば具体的なのは形だけだ。


 けれども天使という概念が服を着て住宅街やコンビニエンスストアの前、あるいはビル街に佇んでいたわけではない。

 言葉にすればまた概念に戻るが、ある存在及び印象を明らかにわたしに伝えている。

 その意味で天使は、とても具体的な存在だったわけだ。

 少なくともわたし一人にとっては……。


 己の見慣れぬモノに気づくとき、他人は普通どんな反応を示すだろう。

 わたしの場合は驚きだ。

 その驚きには二種あり、天使そのものに対する驚き、わたし以外の誰にも天使が見えない驚きとなる。


 当然、後者が時間的に後。


 気づけばビル街に天使がいる。

 わたしの目には、そう映る。

 明け方なので人通りは少ないが、それでも数人といった数ではない。

 塊にこそなっていないが、周囲に百人以上いただろう。

 その誰一人、天使の存在に気づかない。

 気づきそうなく様子すら、まるでない。

 けれども不思議と人は天使を避けて歩くのだ。


 天使はあるビルの前、広場のようになった場所に佇んでいる。

 そこはビルの敷地内ではないから通路のうちだ。

 当然、人が行き来をする。


 けれどもその中の誰一人、天使に打つかる者がいない。

 打つかる経路を取らずに歩くのだ。

 つまり天使の立つ場所を迂回するわけだが、意図してそれを行っていない。


 わたしにはそれがはっきりとわかる。


 どうしてか必ず迂回する。


 あのときわたしは天使の姿を車道越しに反対側の歩道から見ていたので一目瞭然。

 車の往来も少ないから凝視を邪魔されることもない。


 そこまでで二度吃驚したわたしがその次に取った行為が天使に近づくことだ。

 信号待ちをして車道を渡る。

 当然のように焦る気持ちがあるから、つい駆け出してしまう。

 そんなわたしの行動を不審がる人たちはいたが、天使の姿には気づかない。


 車道を渡り切ったわたしが、そこで気づいたのが天使の影。

 昇りつつある太陽と反対の方向に伸びている。

 けれどもわたしが眺めるしばしの間に、それがふっと消える。

 慌てて、わたしが視線を天使に戻すとその姿が消えている。

 何処にもいない。


 だから敢えて数えるなら、天使のその音のない消失がわたしの吃驚の三番目だろう。

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