3 逅

 分岐道を進んでもまだ背後に元の太い道の存在を感じている間は不安がない。

 ところが自分の背よりも高い草群に阻まれ、元の道が確認できなくなると途端に心が不安になる。

 心の他の感情の中にひっそりと隠れていた不安が待っていましたとばかり、しゃしゃり出るのだ。


 それは都会の知らない道でも同じだが、郊外の場合は不安の度数が違う。

 おそらく近くに人がいない/いそうもない、と感じるのが原因だ。

 それでも頭上の空は明るく、雲ひとつない。

 風も汗ばみ始めた肌に当たり、快い。

 だからわたしは先に進めたし、また進む気にもなったのだろう。

 それに歩いてまだ数分、さらに一本道だ。

 とりあえず今の状況が続けば引き返すのが容易なこと、この上ない。


 だが、そこから数分進むと道の様相ががらりと変わる。

 もはや背の高い草群はめっきり減り、背の低い雑草が増え、頭上を大小の木が覆っている。

 歩き初めに比べれば道幅も太くなり、わたしの身長(百六十センチメートル)以上ある。


 いわゆる山道の様相を呈してきたのだ。


 ついで分岐道の分岐道に行き当たる。

 Vの字型に左右に分かれた二本の道はどちらも同じ。

 少なくともわたしの目にはそう見える。

 緩い昇り勾配になっているところまでそっくりだ。


「さて……」

 と当然のようにわたしが惑う。

 いずれ別の分岐道が現れるのも必定だ。

 ……とすれば、どうするか。


 友だちがいないので滅多にかけることはないが、わたしは携帯電話を持っている。

 親がしつこく持てと薦めたからだ。

 自分たちが属する小さな共同体の中からわたしが不意にいなくなることを父と母が恐れたのかもしれない。

 あるいは、もっと常識的な別の理由があったのかもしれない。


 つまり携帯電話があるので道に迷っても救いを求めることができる。

 だが、あまり利用したい手段とは思えない。


 どうせ持つならGPS付のスマートフォンにしておけば自分がそのとき何処にいるか地図上でわかるが、ないモノねだりをしても仕方がない。

 だから、わたし自信の判断と記憶力を頼りに右の分岐道に進む。


 数分間、だらだら/くねくねとした昇りが続く。

 しばらく行くと、わたしが五人手を繋いで輪になっても余る広さの場所に抜ける。


「ふう」

 とわたしが一息吐く。


 ついでぐるりを見まわすと、わたしが抜けたのと反対側の場所に同じ地点に至る道がある。

 だから先の分岐道の至る場所が同じだったか、と一旦わたしは思い、それから、いや、そうとも限らないだろうと思い返す。


 元が田圃や畑だった都会の道でもそれは同じ。

 どの道がどの道に続いているか判断に惑う。

 しかもそれらの道は大抵くねくねと捻じ曲がっているから、歩けば方向感覚が失われる。

 北に向かうつもりが南に向かっていることもざらだ。


 ……と言う経験があったので、まあ勘に過ぎないが、あの道を下れば迷子になるな、とわたしが判断。

 道に対する想いはそれまでにし、一本道の続きを昇る。


 数日前の雨が残っているのか、その辺りから特に滑り易くなっている。

 土が剥き出しになり、また昨年の枯葉が土に還ろうとしているからやっかいだ。

 その先は道が平らになり、ついで緩く降る。


 少し前からその傾向があったが、倒木が続く。

 木の枝がわたしの身長より低い位置に道を跨ぐように折れ倒れ、何度も通行の邪魔をする。

 わたしの定番スタイルだが、パンツルック(しかも濃い色のジーンズ)で良かったと思う。

 誤って転び、土が付いても、それほど目立たないからだ。


 けれども転びもせず、倒木を乗り越えながらわたしは進む。

 もはや位置感覚は失われている。

 そこに道があるからには、いずれ何処かに抜けるのだろうが、ゴールについて見当もつかない。

 それで少し不安になる。


 すると、わたしの不安感と同期するかのように野鳥が鳴く。


 ピピーッ、チュッチュという声は優しく聞こえるが、唸るようにギーッギーッ、カッカッカッ、ワオウワンと鳴く鋭い声がわたしの胸の奥に漣を立てる。


 おまけに猿なのか狸なのか、遠くを動物の影が走る。


 本当に、都会からたった二時間の郊外なのかとわたしが惑う。

 ついで唐突に行き着いた広い空間。


 ……といってもせいぜい百平米の叢なのだが、それまでの狭く暗い山道と比すれば嘘のようだ。


 過去に誰かが畑でも作ろうとして諦めたのか、違うのか。


 見かけは、まるでゴルフ場のようだ。

 わたし自身ゴルフの経験はないが、民家園のある大きな自然公園の隣がゴルフ場だったから知っている。


 実際にゴルフ場を作ろうと景気の良い時期に開墾を始め、けれども途中で不景気が到来して資金切れとなり、放置されたままなのかもしれない。


 つまり自然な感じが薄いということ。

 それで、わたしの不安が退く。


 そんなふうに己の感情に囚われたとき、わたしはいつも自分が属するのは人間界なのだと悟らせられる。

 さらに付け加えれば住居は都会だろう。

 どんなに超然としたフリをしようと、それがフリだと自分でわかる。

 わたしは独りでは生きて行けない。

 その事実がはっきりとわかるのだ。


 さて、その広い叢の左端の一角に奇妙で不思議な形がある。

 近づくまでもなく大小の木々が絡み合った形だとわかるが、人工性を感じない。

 それが、やがてわたしの隠れ家となる『木塊』とのファーストコンタクトだ。

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