2 呼

 冒険好きと言うわけではないが、人と交わるのが苦手だから、勢い人のいない方向に歩んでしまう。

 郊外の大学を目指したわけではないが、教育課程の二年間が郊外キャンパスだったと後に知る。

 つまり入学前に、その大学のことを良く知らなかったわけだ。


 ……というのは、受かったその大学が、受かりたかった大学とは異なるから。

 人生に挫折は多くあるが、その一つ。


 もっともわたしの大学の教育レベルは低くない。

 国立の最高学府を目指さず、わたしの大学を目指す変わり者が数多くいるとも聞いている。


 けれども、そういった人たちが何故か多く受からない。

 当然のように最高学府には受かるので、結果的にそちらに進むが、最初の秋には学園祭に現れるそうだ。


 その行為自体は未練だが、次の年からは現れない。

 だから未練を吹っ切れたのだろう。

 できれば良い研究者か官僚になって欲しいものだとわたしは願う。

 いや、それこそがわたしの未練だな。


 大学自体が山/丘の中だが、その先にもまた山/丘が続く。

 当然道があるのでそれを歩くと、いくつもの分岐に出会い、わたしが惑う。

 けれども土地勘がないから、わたしは分岐道を選ばない。

 この国の土地には至る所に人が住んでいるから多くの分岐道は民家に通じる。

 そうは思うが、民家に行き当たれば道の行き止まりで先がない。


 中学時代わたしにまだ友だちがいた頃、その友だちと二人、山/丘の道をいくつか探検したことがある。

 そのときの経験から、そう思う。

 子供でも人間が二人いれば大胆になれるもので、軽装で山/丘道を歩くわたしたち二人は行き着いた民家で大胆にも西瓜を頂く。

 暑い夏の日のことで喉が乾いており、またわたしたち二人が私道に敷かれた砂利を鳴らす音に気づき、その家の老婦人……というよりお婆ちゃんが家の玄関の外に顔を覗かせたことが西瓜に繋がる。


「あら珍しい。アンタたち、どこから……」

「T都のS区からです」

「あたしの孫がそこの大学よ」

「そうなんですか」

 というような会話があり、

「今ちょうど休む用意をしていたから……」

 と家の濡縁にわたしたちを招く。

 すると家の奥からノソリと顔を覗かせたのが、これもまた人が良さそうなお爺ちゃんで、

「息子夫婦は出かけているから、わしらだけだ」

 と家の事情を説明する。

 それをわたしが黙って聞く。

 自分とは関わりのない他人の家なので親戚の家にいるような圧迫感がない。

 もっとも、それはその場に居合わせた他人たちの性格にもよるのだが……。


「すごく美味しいです」

 と受答担当のわたしの友が老夫婦に言う。

 わたしはただ会釈を浮かべただけだ。

「この家の畑とかで取れたんですか」

「わしらは西瓜を作っちゃいないよ」

 それでも家から少し離れた場所に畑があり、少ないが野菜を作っているという。

 裏の山では椎茸や松茸も取れるという。


「すごいですね」

「今じゃ、ほぼ自給だな。時期が合えば松茸を持たせてやるんだが」

 と言ってお爺ちゃんが笑う。

 一方のわたしは裏山という言葉に興味を引かれる。

 ……といっても松茸に惹かれたわけではない。

 裏山そのものに憧れを抱いたのだ。

 そこで遊ぶことができれば、どんなに愉しいだろうと。


 結局そんなわたしの思いが大学進学後にまで持ち越され、それで隠れ家を見つけたようだ。

 人の想いは本人が変えようと思わなければ変わらない。

 もっとも不慮の事故などで己の意思とは一切関わりなく想いが変えられてしまうこともあるだろう。


 あのとき分岐道に気づいたのは鳥が鳴いたからだ。

 鳥の種類まではわからないが、鳴き声から判断すればゲラの一種。

 都会の公園にも現れる。

 それでわたしも知っていたのだ。


 ゲラの一般名は啄木鳥だが、キツツキという名の鳥はいない。

 けれどもゲラの分類はキツツキ目キツツキ科だ。

 遡れば博物学に至る生物や植物分類名の不統一は誰でも一度は感じるだろう。


 さてゲラはスズメと同程度の大きさでロシア南東部、サハリン、朝鮮半島北部、中国東北部、日本列島など、東アジアの限られた地域に分布する。

 普通の鳴き声は「ギー、ギー」で、その声で縄張りの主張や遠方への居場所の伝達をする。

 また巣立ったヒナが親鳥に給餌をねだるときには「キッキッキッ」という声を出す。

 あのときわたしが聞いた鳴き声は「ギー、ギー」だったから、わたしを威嚇しようとしたのか、それとも仲間に危険を知らせようとしたか。


 わたし自身は空を飛べないし、どんな鳥の脅威になるとも思えないが、ゲラにしてみればそうではなかったのだろう。


 もう一声鳴くと突いていた木からゲラが飛び立つ。

 ゲラには烏のような大きさがないので羽ばたく音は聞こえない。

 だが低い鳴き声が山/丘に響き渡る。

 また、その飛び去る姿をわたしの目が素早く捉える。

 次いで視線を下げると、そこに分岐道があり……。


 いや、道というには幅がなさ過ぎるか。

 樵道と言ったところ。

 わたしがその分岐道を獣道と思わなかったのは周りの草が荒くではあるが薙ぎ倒され、ギリギリ道の体裁を整えてたからだ。


 だから、わたしは進む気になったのだろう。

 時計で確信すれば、時刻もまだ午後二時前だったし……。

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