第46話
ジャララララ――。
一心との闘いを前に太一は、一心の壊れた右の義手と自身の右手に鎖を縛り付ける。しっかりと外れないように、離れないように。幾重にも重ねて。二人は互いに右手を鎖によって繋がれ、自由を幾ばくか失う。
「何のつもりだ?」
『親子喧嘩って言ったら、殴り合いだろ?』
「親子喧嘩……? 殺し合いだ、これは‼︎」
――開戦。
ドゴゴゴゴ‼︎
二人は左手だけで顔面の殴り合いを始める。相手が肉親だからといって手を抜くこともなく、全力で。目の前の相手を屈服させて自分の意志を通すために。
装甲同士がぶつかり合い金属音が鳴り続け、衝撃で大地が揺れる中、彩葉とリンファ達は、ただただ殴り合う二人を眺めていた。
「【三番地の女盗】加勢しないのカ?」
「今なら総理大臣」「楽に殺れる」
リンファと凛と蘭にそう聞かれるも、彩葉はパーカーのポケットに手を突っ込んだままで、動く様子はない。
「あたいだって何も思わないことはないよ」
彼女は目を細めて殴り合う二人を見つめ、動く様子はない。
「あいつはあたいからすりゃ、軽犯罪者やそんな犯罪者を庇ったヤツでも皆殺しにする法律を作った悪大将さ。恨み言の一つどころか、何ならぶっ殺してやりたいね」
「なら何故しないカ?」
「あたいが総理大臣に復讐しちまったら、太一のやってることを否定しちまう気がしてさ」
太一の主張は人間側の意見でも犯罪者側の意見でもない。つまり、今犯罪者側の思考に偏っている彩葉に介入の余地はない。
「見守るしかないよ」
そう言って二人を見ると、シロとの闘いで脆くなった装甲を弾け飛ばしながらも、顔面の殴り合いを続けていた。
「ふんぬらぁぁ‼︎」
『うおおぉぉ‼︎』
ドゴゴゴゴ‼︎
技も策も何もない。精神と肉体が限界を迎えた方が負ける、ただの意地の張り合いである。その最中でも、横たわって動かないシロを一心は意識していた。目の前にいる妻の仇は虫の息――にも関わらずトドメをさせない。明日になれば、自身の手で討罰することは叶わなくなる。それが頭によぎる一心のフラストレーションは限界に達していた。
「退くか、死ね‼︎ そいつが何をしたのか貴様は分かっていないのか⁉︎」
故に左の拳の速度を上げ、太一が怯むほど殴る。
「我が妻……貴様の母を撃ち殺した凶悪犯ぞ⁉︎ 助ける道理がどこにある⁉︎」
一心の意見は至極真っ当な意見。太一が何故シロという凶悪犯を助けるのか理解出来ず、邪魔この上ない存在であった。
『別に助けるつもりなんざねぇ‼︎ 犯罪者だからって一つの命に対して国民一人一人が生殺与奪の権利を持ってんのが可笑しいって話だろうが‼︎』
太一の意見も最もだ。犯罪者を助けた、または軽犯罪でも、その命が誰かも知らないような者や、国によって奪われる。犯罪者認定された者にとっては自身の正当性を語る裁判もない社会。シロを黙って殺させるということは、それを認めるに等しい。
『復讐一つのために社会を、日本国民全員を巻き込むんじゃねぇ‼︎ 俺はそんな社会を作り出したあんたに反抗してんだ‼︎』
「青二才が‼︎ 我の傀儡だった貴様に何が分かる⁉︎」
人間の時、太一は一心の言う通りに生きてきた。
『お父さんは厳しくも正しい人。太一もそんな人間になりなさい』
亡き母のその言葉から一心を信じ、自我を持たず、言われるがまま今の社会にとって正しくあろうとし、言われるがまま成績を上げようとしていた。
母の言葉に、一心に、社会に、心を縛られただけの人間であった。
『人の命は人が簡単に奪って良いモノじゃねぇ‼︎ それは人間も犯罪者も同じだ‼︎』
しかし、彩葉を助けてアウトローとなって、力を手にした。今の太一は一度社会的に死んだからこそ、生まれたといっても過言ではない。総理大臣である父親の一心に反抗する程の人間性を、アウトローとなって初めて手にしたのだ。
「化け物の如き被り物を被ってしか、我に歯向かえぬ弱者が‼︎」
一心の渾身の一撃が炸裂し、太一の顔の装甲を破壊する。装甲の中から太一の顔が露わとなった。
太一の【ストレスバースト】は、彼の表に出せない本心が我慢を超えて表面化したモノである。故に言葉遣いが変わり、太一本人が言いにくいことでも装甲というフィルターを通してはっきりと言えた。だがその装甲や鎖は、顔から全身にかけてひび割れていき、砕け散る。
剥き出しとなった、いつも何かに縛られ、弱気でウジウジしていた太一は――。
「――弱い俺はもう死んだ‼︎ 俺は何にも縛られない、自由なアウトローだ‼︎」
もうそこにはおらず、全力の左の拳で一心の顔面をぶん殴る。
ドゴオオォォン‼︎
右手を縛る漆黒の鎖を引きちぎる拳を受けた一心は、頭の装甲を粉々に砕かれ、吹き飛んだ。水切りをする石のように回転し、地面に何度も体を打ち付けて、ショッピングモールに突っ込んで倒壊させる。
「太一……」
ショッピングモールが崩れていく様子を、彩葉はリンファと凛と蘭と共に眺めていると、そこに気を失っていた剣崎と、火野が辿り着いた。
「総理……‼︎」
剣崎が一心の援護をしようと刀の柄に手をかけると、火野は手でそれを静止し、彩葉達同様闘いの行方を見守った。
「はぁっ……はぁっ……‼︎」
息を荒げる太一。【ストレスバースト】の反動で、立っているのがやっとといった様子だ。にも関わらず、ショッピングモールが崩れた先から、一心は自力で瓦礫を退けて現れる。義足以外の装甲を失った彼は、フラフラとしながらも歩を進め、太一の前へと再び立ち塞がる。
そして拳を振りかぶり――。
トスッ。
太一の胸を優しく叩いた。
「我と陽子の息子……弱いはずがないか……」
そう言って一心は、どこか微笑みながらそのまま倒れる。
「俺だって……通したい意地が……信念が出来ましたから……」
一心が倒れて気が抜けたのか、太一も同様に倒れた。
「総理‼︎」
その様子を見た剣崎は抜刀し、太一を討罰せんと駆る。彩葉やリンファ達が止めようとしたが、先に彼女を止めたのは火野であった。
「時間だ」
火野がそう言った時、時計の針は〇時を指し、どこからともなく除夜の鐘の音が響き渡る。犯罪者討罰法が無くなり、犯罪者の扱いが変わった瞬間であった――。
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