第44話

 戸鎖親子とシロは互いに牽制し合い、間合いを測っていた。

 一心は太一がシロに攻撃したことで、一時的に味方と判断する。一心は火野と違い、犯罪者の太一と手を組む事に抵抗は無かった。目的のためなら利用できるモノは利用するという思考の元だ。太一も一心はそういう考えを持っていることを理解しており、互いの利害が一致している今、協力態勢が出来ていると認識した。

 そんな二人に対してシロは、青色のインクの能力で作った八体のコピーと共に、ジリジリと距離を詰めていた。

「本物は一体だけだ。分かっておるな?」

『ああ』

 一心と太一が話したと同時、八体のコピーと一体の本体は一気に距離を詰めてくる。太一はどれが本物か分からず一瞬戸惑うも、一心は別であった。

「左から三番目」

 赤外線カメラで即座に本体を見抜き、その情報を太一に伝え、情報を得た太一は左から三番目のシロへと鎖を振るう。その鎖をシロは赤いインクに染まった手で掴み、赤色に塗って炭屑程の強度に変えて握り潰す。そして、緑色のインクを自身に塗って、その場からマジックのように瞬時に消える。

「後ろだ、跳べ」

 一心の掛け声と共に跳んだ太一。それと同時に一心は、空に向けて蹴りを放つ。透明になったシロは背中に蹴りを受け、吹き飛ばされて壁へと衝突し、壁を崩した。戦闘が始まり、ようやく初めてシロにダメージを負わせる事に成功した一心。

「うむ、使えるな」

 太一は漆黒の鎖という強力な中距離攻撃を持ち、囮にもなる。かつ命令を即座に実行出来る能力を持つ彼が共闘していることは、一心にとっては救いの手。シロを倒せるかもしれない可能性が出てきたのだ。

「うーん、面倒だね」

 緑色のインクを落として透明化を解除したシロは、面倒臭そうにファーのついたコートに手を突っ込みながら、コキコキっと首を鳴らす。そんなシロに太一はずっと抱いていた疑問をぶつけた。

『何故俺達は闘う? 社会を白くするってのは何だ⁉︎ シロ!』

 社会を白く――抽象的な表現で誰も理解できない目的は、シロのみしか知らない。その目的の過程で、自身の母を殺した理由を、テロを起こす理由を、太一は知りたかったのだ。

「そうだね、少し昔話をしてあげよう」

 シロは戦闘態勢を解き、後ろの瓦礫に腰掛ける。妻の陽子を殺した彼の話に一心も興味があったのか、太一と共に耳を傾けると、シロは長い昔話を話し始めた――。

「むかーしむかしある所に、真っ白な子がいました」

「その子は何故自分が白いのか、何故人と違うのか分からず、両親に聞いても答えは良く分かりませんでした」

「人と違う彼は、次第にイジメられるようになりました。仲間外れにされたり、下駄箱から靴が無くなったり、机と椅子を白く塗られたり、教科書で殴られたり、どんどんどんどんと、イジメはエスカレートしていきます。それでも真っ白な子は自分が間違っているのだと思って、ずっとずっと我慢していましたが、ある日限界が来ました」

「真っ白な子はイジメっ子にやり返し、彫刻刀で目を刺し潰したのです」

「何故かイジメっ子よりも、真っ白な子が悪者扱いされることになりました。そして、そのことで迷惑をかけてしまった両親に、真っ白な子は言われたのです」

「『あんたなんか、産むんじゃなかった』と」

「そこで真っ白な子は気付きました。間違っているのは自分じゃなくて、この汚れた社会なのだと」

「そうして真っ白な子は、自分を守ってくれずに汚そうとした両親を殺して、汚い社会を白色に変えるために旅立ったのでした――ちゃんちゃんっ」

 シロの昔話が終え、辺りは静寂に包まれる。

 アルビノで生まれてきて、幼少期に様々な差別を受けたからこそ、性格が歪んだのだろうということは容易に想像がついた。

「この社会は汚いモノで一杯なんだ。白く清い者のために白くあらなければならないのにさ」

『お前は問題をすり替えているだけだ! 本当は、自分のためなんだろう⁉︎』

 そう、どんな壮絶な過去を抱いていようとも、やっていることは結局は自分のため。心が白い者というのも、判断するのはシロなのだから。

『自分の色に染まった人だけの社会……きっとお前にとって都合がいいだろうな⁉︎ お前は社会を変えるという大義名分の裏で、自分のことしか考えてないんだ‼︎』

 核心をついた太一の言葉は、シロの目付きを鋭く変えさせ――。

「一緒にしないでもらえるかな。自分のことしか考えなかったあいつらと……社会を変えようとしてる真っ白な俺を」

 再度ポケットから抜いた両手を赤く染めて、太一と一心に襲いかかる。

 太一と一心はひたすら躱すことに徹した。躱した際に、シロの両手に触れた物や壁は次々と粉々にされていき、その過程で窓ガラスが割れ、シロの頬を少し切る。

「!」

 一心がシロの頬を見ると、血が流れていることに気付いた。

(先の我の攻撃を喰らった時といい――やはり)

 思考を巡らす一心を余所に、シロは頬を撫でて血を拭き取る。その指は、自身の血で赤く染まった。赤色のインクとは違う、暗い赤色に。 

「俺の白を染めたな」

 自身の頬を切ったのは自分の攻撃の余波であったが、自身の白い体が汚れたことで怒りが頂点に達し、瞳孔を開いて、太一を標的に今までの倍の速度で攻撃し始める。これがシロの本気なのだろう。太一は強化されている身体能力と鎖を駆使して、何とかシロの猛攻を立体的に躱していく。

 一心は、そんな二人の戦闘に巻き込まれないようにしながら、ドローン班に連絡をしていた。

「隙を見てそのように伝えろ。なりに上手くやるはずだ」

『了解しました、総理』

 太一とシロの闘っている最中にシロの隙を伺う一心であったが、怒りの矛先を太一に向けつつも、一心への警戒も怠っていない冷静さもシロは持ち合わせていた。先程の蹴りのように、再度隙を突くのは容易くない。

(やはり此奴は難敵にして、宿敵よ)

 そう判断した一心は、自身の考える作戦を実行するため、シロの注意を引き付けることにした。

「白の犯罪者! 貴様の狙いは我であろう⁉ そんなゴミに構わず、我の相手をせよ‼」

「汚らわしい口だね。そんなに先に死にたきゃ、殺してあげるよ」

 反転――シロの猛攻の矛先は一心に向かう。彼は何とかシロの攻撃を躱してはいるものの、徐々に逼迫ひっぱくしていっており、じきに捉えられることは容易に想像がついた。太一の方が一心より器用に攻撃を躱していたと言える。

『何やってんだ、クソ親父⁉ あんたじゃシロには敵わねぇよ‼』

 一心が何故シロの攻撃の標的を自分に向けたのか太一が分からずにいると、一台のドローンが彼の元へと飛んで来た。そのドローンには小型のスピーカーが搭載されており、シロに聞こえないような音量で太一に話しかける。

『こちら【アウトロー討罰隊】ドローン班です。総理から伝言です。白の犯罪者の弱点について、伝えておくようにと』

『……弱点だと?』

 一心が見つけたシロの弱点を伝えるために。

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