第43話

 彩葉と火野対炎士。火野は共闘しつつも、彩葉が何故自身の味方をするのか分からずにいた。

「【三番地の女盗】……何故私に味方する⁉︎」

「味方って訳じゃないよ。あんたには借りを返したい所なんだけどね、それでもらなければならないのはあいつさ」

「邪魔だ、どけ! ヤツは私の妻と子を殺した宿敵……この手で討罰しなければ気が済まない!」

「へぇ……じゃ、その手助けをしてやるかね」

 彩葉は予め用意していたサバイバルナイフで、火野は装備している手甲と足甲で。馬は合ってないが、息の合った攻撃で炎士を攻め立てていく。

「チマチマうっぜぇなぁ!」

 そんな二人に対して炎士は、ぷくっと口を膨らませて息を吐くように炎を噴いた。さながら火炎放射器のような炎は、二人の視界を覆い尽くす。彩葉と炎士はそれぞれ別々の方向に跳んで躱すと、炎士は空中にいる彩葉の方に向かって来た。

「やっぱテメェからだよなぁ⁉︎ 糞アマ‼︎」

「熱くて嫌んなっちゃうよ」

 炎を纏って飛び込んで来た炎士との間に彩葉が投げたのは、パーカーのポケットから取り出した、ピンを抜いた手榴弾。炎士が気付いて目を見開いた瞬間――爆発する。

 ドオォォン‼︎

「がっ⁉︎」

「……っ……!」

 その爆発は彩葉をも巻き込むも、炎士を退けさせた。二人は爆煙に包まれながらも距離を離した。

「また小細工をよぉ‼︎」

「悪いね、頭の出来が違うくってさ」

 言い争いをしながら同時に着地する二人。しかし、その隙に炎士の方には火野が距離を詰めており、

「ぬんっ‼︎」

「げっ!」

 ドゴォ! と超硬合金製の手甲で一撃をお見舞いする。炎士は両手で防御をしたものの、体制を整えきれていなかったため、吹き飛ばされて近くの燃える廃ビルの二階部分へと突っ込んだ。それを見た彩葉は、冷静に今の状況を分析する。

(やっぱり火傷顔の力は使える。火傷顔はあたいに疑心感を持ってるだろうけど、今の所こちら側……【四番地の獄炎】をあたいが単独で倒すには、【咎】の相性から考えても難しいだろう。だったら――)

「火傷顔、寄りな! 策がある!」

 その結果、火野と二人なら出来る策を思いつく。それは一度しか通用しない不安定なモノではあるが、虚を突けば十分通じるだろうと彼女は判断した。

「黙れ、社会のゴミが! 共闘しているつもりか⁉︎」

 しかし、火野は聞く耳を持たない。当然である。火野にとっては彩葉も討罰対象であり、敵なのだから。彩葉はそんな彼に対してチッと舌打ちをして、どう信用させるかを考える。

「あんた言ったよね? 【四番地の獄炎】が家族を殺したってさ。あんたの直近の目的はその復讐だろう? あたいの策に乗れば、その確率が上がるって言ってんだよ」

「黙れ! 社会のゴミが喋るな‼︎ お前もヤツと同じで、何かしらの犯罪を犯して犯罪者認定されたのだろう⁉︎ ゴミの世迷い事を聞けるか!」

 火野にとっては、炎士も彩葉も同じただの討罰するべき犯罪者。それは犯罪者討罰法がまだある社会で絶対に覆らない事実。ましてや彼は【アウトロー討罰隊】の隊長。明日となれば犯罪者討罰法が無くなると言えど、譲れない意地がそこにはあった。そんな火野に彼女は、

「あたいの【咎】……異能の【一つだけの強盗ワン・スティール】は、手の平で触れた対象の何かを一つだけ強制的に盗む。盗んだ何かを返さない限り、同じ対象からは二度目を盗むことはできないけどね」

 自身の【咎】の詳細を伝える。彩葉にとって攻撃力自体を持たない【咎】の詳細を知られることは、心臓を握られるようなモノ。それでも伝えたのは、火野に自身を信用させて聞く耳を持たせるためだ。

「あたいの策に乗りな、火傷顔。あたいの【一つだけの強盗ワン・スティール】を使って【四番地の獄炎】にあんたの全力の一撃を決めさせてやる」

「…………」

 包帯で身を包んだ火野がどんな表情をしているのかは彩葉には分からないが、言い返さずに沈黙したということは悩み始めたという証拠。そこで彼女は火野に、

「大切だった家族の復讐を果たすか、下らない意地を張り続けるか、どっちなんだい⁉︎」

 究極の選択を突きつける。

「…………」

 俯き、目を瞑った火野の真っ暗な視界に現れたのは、愛した妻と子の残像。【アウトロー討罰隊】に入った根源でもあり、家族の復讐こそが自分自身が生きている意味。しばらく悩んだ火野は目を開け、彩葉に歩み寄り――。

「話せ」

 彩葉の策に乗ることにした。

 二人が話し終えると同時、燃える廃ビルから炎士が飛び出し、目の前で着地する。

「俺様を倒す算段はついたか? えぇ?」

 二人が話し終えるのを待っていた炎士は、楽しそうにギザ歯を剥き出しにして笑っていた。彼にとっては二人が万全の態勢で挑んでくれた方が、燃える展開になるからだ。

「試してみるかい?」

 そんな炎士に対して、不敵に笑う彩葉。そんな彩葉が気に入らなかったのだろう。

「何で俺様が挑戦者みてぇになってんだ、あぁ⁉︎ 挑戦者はてめぇらの方だろうが‼︎ 自分の程度が分からねぇんだったら、分からせてやんよ……」

 何かを起こす前触れかのように体の芯から高熱を放ち始め――。

「俺様の全力全開で消し炭にしてやらぁ‼︎」

迸る焔バースト・フレイム

 両手両足を広げた炎士の全身から全方位に、全力の炎が放たれる。その熱はおよそ千度、溶岩に匹敵する熱さだ。燃やされれば炎士の言う通り消し炭となるだろう。

「行くよ!」

 しかし彩葉は逃げないで、何を思ったか火野に飛び乗り、背負われる形となる。そして火野は足甲の裏からゴゥッ! と火を噴き、ロケットのように熱源である炎士に向けて突っ込む。

 炎を目の前にした彩葉は、火野の背中から跳んで彼の前に出て、

「はああぁぁ‼︎」

一つだけの強盗ワン・スティール

 盗んだ。炎士が発した炎という対象から、を。

 熱を失った津波のような炎を目眩しに利用し、火野は炎士に飛び込んで右の手甲を大きく振りかぶった。そして、失った妻と子への想いを拳に乗せて――。

「ぬおおぉぉ‼︎」

 ドゴオオォォン‼︎

 炎士の体に全力で叩きつける。

「おぼえぇぇ⁉︎」

 まともに全力の一撃を喰らった炎士は、花火を打ち上げたような轟音を上げながら吹き飛ばされた。ビル群の廃ビルをいくつも破壊し、倒壊させていく。

 勢いを失ってようやく止まった頃には、四肢が全て逆側に折れ、泡を吹いて倒れていた。そんな炎士の目の前には、包帯が解けて火傷の跡が見える火野がいた。

「死ね」

 ドスゥゥン‼

 最後の一撃で、炎士の頭を卵を割るかのように叩き潰し、息の根を止める。

 念願の復讐が叶った火野は、フゥー、フゥーと息を吐き、

「ぬああぁぁ‼」

 天へと向けて雄叫びを上げた。それは勝鬨かちどきなのか、それとも死んだ妻と子への手向けなのか、それは火野自身にも分からない。それでも叫ばずにはいられなかった。

 ――しばらくして火野が落ち着きを取り戻した頃、彩葉は火野に歩み寄った。

「どうする? 闘るかい?」

 まるで挨拶をするかのごとく、サバイバルナイフを持ちながら彩葉は問う。しかし、火野はその問いに答えず、逆に彼女に問うた。

「……お前は何の犯罪を犯した?」

「万引きだよ。食うのに困ってさ」

「…………」

 火野は複雑な顔をする。今までは疑いもしなかったモノ、それが復讐を果たしたことで揺らいだのだろう。

「行け。とっとと私の前から失せろ」

 そう言われた彩葉は火野をしばらく見ていたが、何も言わずに振り返り、太一の元へと向かうためにそこを発つ。

「下らない意地か……」

 残された火野は夜空を見上げた。死んだ妻と子に想いを馳せて。

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