第41話
糸田と剣崎の闘いは、以前と違って剣崎が苦戦を強いられていた。彼女が誘導された住宅街には、事前に糸が張り巡らされていたからだ。
張られている糸の色は夜でも目立つ、白。人が乗れたり、行動が阻害されたりする程の強度であり、糸田はその糸を駆使して自由自在に飛び交っているが、彼女は糸に行動を阻まれ、思うように闘えずにいた。
「……っ……鬱陶しい……」
近くにある糸を邪魔そうにスパッと斬る剣崎。苛立つ彼女を見て、器用に糸の上に立つ糸田は不敵に微笑む。
「ここは私の庭のようなもの。さぞ闘い辛いことでしょう」
「たわいもありません。あなたに出来て私に出来ない道理は無いのですから」
糸田同様、張られた糸や住宅の壁や屋根を利用して飛び交い始める剣崎。その判断と見知らぬ物を即席で利用する才能は、ひとえに彼女の戦闘センスが成せる業であろう。そこから二人は一進一退の空中戦を繰り広げ始めた。
【
糸田が生成出来る中でも最高の強度を誇る糸を、指先から剣崎に向けて振るう。が、彼女の銀色の超硬合金の装甲を傷つけることは出来ても、切り裂くには至らない。
対する剣崎の刀は、装甲で強化された身体能力と彼女の技術が合わさって、一撃必殺。仮に糸田が超硬合金の装甲を纏っていたとしても、たやすく両断されるであろう。故に躱すことで対応するしかなかった。
「厄介ですね、貴女は」
「今回は人質も取れませんし、逃げ場もありせん。仕損じることもないでしょう」
距離を離そうとする糸田に急接近して刀を振り被り、
「死を持って罪を償って下さい!」
一閃――出来ず、糸田に躱される。
「⁉︎」
百戦錬磨の自身の感覚では糸田を真っ二つに両断しているはずであったが、何故か躱されていることに疑問を抱く剣崎。
「まるで自身が神かのような物言いですが、残念ながら貴女は神ではありません」
今まで手を抜いていた糸田が本気を出して速度が上がったのかと一時は考えたが、すぐに違うという結論に至る。
「これは……⁉︎」
蜘蛛の糸のように細く粘着性の高い透明な糸。それが束となって剣崎の銀色の装甲に纏わりついており、行動を制限しようとしていた。彼女は苦い顔をしながら、纏わりつく糸を斬ろうとするも、どんどん糸は粘着していき、接着剤のように身体に絡みつく。
糸田は最初からこの場所に二種類の糸を張り巡らせていた。一種類は夜の暗闇でも見やすい白い硬質な糸、もう一種類は夜の闇に紛れる透明の粘着性のある細い糸。白い糸はブラフであり、透明な糸に剣崎を絡ませるのが本命であったのだ。
「貴女はただの人間。だからこそ、アウトローの私に負けるのですよ」
糸田は両手の指と爪の間から糸を伸ばして、蜘蛛の巣の罠に掛かった剣崎を捕らえ、住宅へと思いっきり叩きつけた。
「くっ……⁉︎」
アスファルト、住宅、電柱等へと、次々と彼女の頭から叩きつけて脳震盪を起こすことを狙う。その狙い通り、何度も何度もぶつけられた剣崎は「うっ……」と呻き声をあげて、フッと意識を手放した。
「後はその邪魔な装甲を剥いで、切り刻むだけですね」
意識を失った剣崎に丸眼鏡をくいっと上げて微笑みながら、無造作に近づく糸田であったが――。
【
硬質化された血液が弾丸のようにいくつも飛んで来たことに気付き、即座にその場から跳び離れ、攻撃された方角であるアパートの屋上を見る。
「二番地を攻撃した賠償金、貰いに来たネ」
そこにはリンファが堂々と
そこは、まるで煉獄。
しかし周囲を包む火は、天国と地獄の間になく現実のモノで、その名の通り死者の霊魂が天国に入る前に罪を浄化するための火でもない。火野を焼き殺すためだけの火だ。
「ぶははは! 中々燃えねえなぁ! 流石に二回も燃やされりゃ学習するか⁉︎」
炎士が噴き出す火炎を何とか躱し続け、継戦している火野であったが、炎士には近付ききれずにいた。そうしてる間にもビル群は一番地を照らすように燃え盛り、火野の復讐心を煽るように上空に大量の煙を吹き上げている。
「お前の手には乗らんぞ」
熱を帯びる復讐心と火というトラウマの恐怖を抱えながらも火野は、冷静に闘うよう務めていた。
彼は背負っているのだ。燃やされた妻と子を救えなかったという後悔を。その後悔に比べれば、自身の復讐心やトラウマなどさしたるモノではない。
「近づけないのであれば、この距離から討罰するのみ‼︎」
両手の手甲の指先を炎士に向ける火野。彼の手甲の指先には穴が空いており、十本の指からドドドドド‼ と、ガトリングガンのように銃弾の雨を放出した。
「うっぜぇな、おい‼︎」
火炎を潜り抜ける弾丸を炎士はビルの壁を駆けて躱すも、火野は腕の方向を変えて執拗に追いかけていく。手甲の中から無数の薬莢が地面へと落ちるも、炎士を捉えるには至らなかったが、問題はなかった。
銃弾の嵐によって、炎士の逃げる先を限定するのが目的で、そこに向かい特攻するのが火野の狙い。そんな彼の狙い通り、炎士は逃げ場のない空中へと跳んだ。それを見て、足甲の裏からゴゥッ! とロケットのように火を噴出し、無防備な炎士の元へと火野は飛んでいく。
「⁉︎ やっべ!」
気付いた時には火野が目の前におり、拳を振りかぶっていた。
「ぬおおぉぉ‼︎」
ボゴォ‼
全力で振るわれた拳は炎士の横腹に直撃して肋骨を軋ませ、
「げはっ⁉︎」
彼を燃え盛る一つのビルへと吹き飛ばし、まるで花火の如く燃える瓦礫を飛び散らせた。
確実に肋骨を何本か折った確かな手応えを火野は手にしていたが、それ故の――油断。炎士は足裏からボゥッ! と火を噴出して飛び出し、靴を灰に変えながらも火野に高速で接近していた。
「ぬ⁉︎」
「痛ぇじゃねぇか! ミイラ男がよぉぉ‼︎」
すぐさま両手の手甲を交差させて防御に移るも、炎士の頭突きをまともに食らい、バキっという音と共に左手の超硬合金の手甲がヒビ割れ、反対に吹き飛ばされる。
「がっ‼︎」
突き飛ばされた火野は、炎士と同じく炎上するビルに突っ込み、焦げたコンクリートを飛散させた。粉塵と煙が舞う中、自身の上に乗る瓦礫を手甲でどかす火野は、自責の念に苛まれる。
「油断とは……馬鹿か、私は!」
「ひゃっはああぁぁ‼︎」
そんな火野を追撃せんと、再び火を噴きながら飛んでいた炎士であったが――。
「⁉︎」
ズドォォン‼
目の前にとてつもない勢いで漆黒の鎖が叩きつけられ、回避するために急停止した。彼が地面を見るとアスファルトがごっそり削られており、その威力に思わず冷や汗をかく。
『やめろ』
ボイスチェンジャーを通したような悍ましい声の方を見ると、漆黒の異形の生命体と彩葉がそこには立っていた。
「糞アマと……まさか、【三番地の英雄】かぁ?」
あまりの変わりように半信半疑であったが、彩葉と一緒にいることで漆黒の地球外生命体のような獣は太一だと、炎士は認識する。
「糞アマとはご挨拶さね。太一、ここはあたいに任せてあんたは先に行きな」
『大丈夫か?』
「あんたには行く所があるだろう? ここはあたいに任せな」
『……死ぬなよ』
名残り惜しそうにではあったが、太一はその場から跳躍して去った。残されたのは、火野、炎士、彩葉。ここで彩葉のとった選択肢は、
「まずは、あんたかね」
火野と共闘して炎士を倒すこと。
「……ぶははは! 上等だぜ! 二人まとめてかかってこいやぁ‼︎」
それが面白いと言わんばかりに、火を噴き出して高笑いする炎士であった。
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