第40話

 旧ショッピングモールの中へと入り込んだシロと一心は、戦闘を既に始めていた。激しい闘いの余波は、既に割れている窓ガラスを宙に浮かし、瓦礫を吹き飛ばす。

 殴り合いの最中にシロは、【光の三原色プライマリー・カラーズ】の青色のインクの能力で七人のコピーを作り出して、その中に紛れ込んだ。コピーの影となった死角から一撃を入れようとしたが、一心の装甲の頭部に内蔵された赤外線カメラによって本体はすぐに判別されてしまい、受け止められる。

「やっぱり青色は通用しないよね、だったら……」

 そこまで言ったシロは、緑色のインクの能力で透明化して姿を隠し、背後に回って蹴りを放った。その強力な一撃をまともにくらえば、装甲を着用していようが無事ではすまないだろう。しかし、それも赤外線カメラによって見破られており、片腕で防御される。

「緑色もダメかーっ」

「小細工は我には効かぬ」

 【光の三原色プライマリー・カラーズ】の二色の能力が通用しないと再確認したシロは、最強の三色目である赤色のインクで両手を染め――。

「そうみたいだね」

 一心に三度襲い掛かった。


 一番地から激しい戦闘の音が鳴り響く中、太一と彩葉は犯罪者討罰法が終わる明日が来るのをリビングでただ待っていた。チックタックと時計の針の動く音が聞こえている間も、太一の胸中では闘いが繰り広げられていた。闘いを止めるか、否か。このまま明日を待つか、否か。考えても考えても答えは見つからず、頭を抱えて途方に暮れるしかない。

(何でこんなに苦しいんだ……どうしたら、この気持ち悪さから解放されるんだ……)

 そんな現状に、彼は少なからず――ストレスを抱えていた。

(どこに行っても……どこにいても……見えない鎖に、僕は縛られている)

 生前の母、陽子の言葉から解放されても、今度は別の鎖にまた縛られる。きっとそれが人の人生というモノなのだろうが、彼が抱えている問題は個人が抱えるにはあまりにも重く、大きいモノであった。

「……太一?」

 俯いて動かなかった太一は何故かソファから急に立ち上がり、食卓の椅子に座っている彩葉は怪訝そうに、拳を強く握る彼を見た。

(今縛られてるって感じてるってことは……闘う意味が分からなくても、本当は僕は止めたいんだろう……⁉︎)

『見所あると思ったけド、オマエとんだ腰抜けネ。時には金より大事なものあるヨ』

(ビビってるなよ……!)

『あんたが行って何になるってのさ。後四時間もしない内に明日になる。明日になれば犯罪者討罰法は無くなるんだ。闘う意味なんてないじゃないかい』

(逃げてるなよ……!)

 自分を縛る鎖と真正面から向き合った太一のストレスは、やがて体内のナノマシンに反応を起こし――。

「僕は自由なアウトローなんだ‼︎ これ以上縛られてたまるかよ‼︎」

【ストレスバースト】

 立ち上がった彼の穴という穴から、突如漆黒の鎖が現れる。鎖は生き物のように蠢き、やがて幾重にも重なり卵状にその全身を包み込んだ。その現象に彩葉は動揺を隠せない。

「太一……⁉︎ まさか、ストレスで【咎】が……⁉︎」

 漆黒の鎖の卵は蠢き、卵の中でバキッ、グチュっと気持ち悪い音を立てて、太一を変貌させる。しばらくして音が止み、鎖の卵が黒い光を発して割れていき、鎖の卵からは太一だった獣が現れた。

 心を縛る鎖を自らの力でちぎり漆黒の獣と化した彼は、リビングの窓を開けてベランダへと出ようとする。そんな太一の硬質な腕を彩葉は掴んで止めた。

「あんた、一体どうする気だい⁉︎」

『明日を待つなんて悠長なことは言ってられねぇ。俺達の知らねぇ所で、俺達の未来に白黒ついちまう気がする。違うか?』

「……っ……それは……!」

 一心が勝てば犯罪者討罰法が無くなり、犯罪者達はどうなるのか分からない。そして異能を持つアウトローの自分達に、政府からどういう判断が下されるのかも分からない。逆にシロが一心に勝って生き残った場合、その全てが覆される。アウトローの自分達が殺処分される心配等は無くなるが、社会全体はきっと良くない方向に向かうだろう。

 どっちに転んでも、悪くなることには間違いないのだ。太一と彩葉はそんな状況の中、ただ傍観者であろうとした。今、失うことを恐れて。

『俺達はやむを得ない事情で犯罪者認定されて、アウトローにまでなった。社会的に一度死んだ俺達だからこそ、この闘いを止める意味が、闘う意味があるんじゃねぇのか?』

 闘いを止めたとして、どっちかに加勢したとして、それがどうなるかは太一も分かってはいなかった。それでも――。

『この社会に白黒つけさせる訳にはいかねぇんだよ‼︎』

 彼の決意は固く、その気迫は太一を闘わせまいとしていた彩葉の考えを変えるに至る。

「……たくっ……あたいもどうかしてたよ。アウトローのあんたを縛ろうとしてたなんてね……」

 その答えを聞いた太一は、一番地へ向かおうとベランダの柵に足をかけて、彼女に向けて手を伸ばす。

『行くぞ、彩葉‼︎ 付いて来い‼︎』

「仕方ない、付き合ってやるかね」

 笑って悪態をついた彩葉はその手を取って、二人で戦場へと向かった。

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