第36話

 更に一週間が経った頃、総理不在の国会審議に国会議事堂は揺れていた。

 シロのテロを恐怖に怯え、犯罪者討罰法を撤廃する意見が以前より明らかに増えている。総理大臣の一心が死に体となったことで、国会議員達は明日は我が身と考えているからだ。犯罪者討罰法があるからこそ、シロや取り逃がした犯罪者達に自分達も狙われる可能性があるという思考に至ったのかもしれない。あるいは犯罪者討罰法を維持して、今起きている国民の反発を抑える自信がないのだろう。

「有象無象が、喚きおって」

 そんな中、剣崎に助けられて現れたのは――車椅子に座った一心だ。

 無くなった身体が痛み、未だ寝たきりを余儀なくされているはずではあるが、精神力のみで国会に現れたのだ。その精神的強さは、長年日本のトップの座に君臨してきた経験があってのモノ、誰にでも出来ることではない。

 犯罪者者討罰法を巡った騒がしい審議は中断され、答弁台へと向かう一心に注目が集まる。剣崎に車椅子を押され、ようやく答弁台に辿り着き、残った左腕と右足のみで答弁台を支えにして何とか立ち上がる。

「……っ……総理! 今回の責任はどう取るのですか⁉︎」

 沈黙の最中、一人の議員がそう野次を飛ばすと、「そうだ!」「責任を取れ!」と次々に野次が飛んで来た。傷付いたその身に数々の野次が飛ばされるも、一心は何かの覚悟を決めた様子で全く動じていない。

「者共、黙れぃ‼︎」

 一心の喝は参議院本会議場に響き渡り、議員達は野次を止めて、その気迫にたじろいだ。しん……と静まり返り、どんな弁論があるのかと彼の方に耳を傾ける。しかし一心の発言は、思いもよらぬものであった。

「来年の一月一日。犯罪者討罰法を撤廃し、我は総理を辞任する」

 どよっと、議員一同が動揺する。自ら打ち立てた犯罪者討罰法の撤廃、そして総理の辞任。それが犯罪者討罰法を生み出し、アウトロー街というスラムを放置し、テロを引き起こしてしまった一心の責任の取り方なのだろう。

「犯罪者に関する処罰は二〇四九年以前の法によって行使することとする。そのように法改正を進めよ」

 国会の様子を映すカメラに向けてそれだけ言い残した後、沈黙の中、一心は車椅子に座り直して剣崎に押されて参議院本会議場を出て行った。台風のように現れ、去って行った彼の残していた言葉に再び国会議事堂は揺れる。

「準備を怠るな」

「……はっ」

 後ろから車椅子を押す剣崎は、納得していない顔をしてるものの、指示に従い動き始めた。


 公共放送局の放送センターが破壊され、民放放送で代わりに映される国会の様子は、シロ、糸田、炎士の三人も一番地のマンションの一室から見ていた。

 糸田は剣崎に致命傷を負わされた後、自身の【咎】、【変幻自在の糸チェンジング・スレッド】で傷を縫合して生還していたのだ。生き残れたのはアウトローの回復力があってのものだろう。一週間経った今、両腕の骨折も完治しており、万全の状態となっている。

「おいおいおーい! 犯罪者討罰法の撤廃だってよ! これってつまんなくなんねーか⁉︎ おい!」

「流石、シロ様。一手で総理大臣を追い詰めましたね」

 人間との闘いが終わるのではないかと焦る炎士とは対照的に、シロの手腕に感服する糸田。

 一月一日に犯罪者討罰法の撤廃と一心の辞任。シロが起こしたテロという火種は燃えに燃えて、一心にその決断をさせた。シロは力を持つ議員と裏で繋がっているため、後は国を内側から食い尽くすのみだ。

「安心しなよ、炎士。これは決意表明だ」

 しかし、シロはテレビ越しに映る一心の顔を見て、別の解釈で捉えていた。

「十二月三十一日、大晦日に戦争を仕掛けてくるよ。覚悟しとけ、犯罪者共。ってことだね」

 自身の総理辞任と犯罪者討罰法の撤廃は、シロのテロが起きて免れないと考えた一心は、犯罪者討罰法を撤廃する前に全てを終わらせる。日付けを決めたのはそういうメッセージだと察したのだ。

「つまり、その日はアウトロー街が燃え上がるということか! ぶははは! 燃えるぜ! あのリベンジ野郎はまた来んのかねぇ⁉︎」

「この前の失態、必ず取り戻して見せます。シロ様が作る美しい世界のために」

 大晦日に起こる闘い。そこで一心が勝てば、犯罪者討罰法が無くなると言えど、アウトロー街を崩壊させて危険因子のアウトローを一掃出来る。シロが勝てば、国を崩壊させることが出来る。

「楽しみだね。もうすぐ世界は綺麗な白色になるんだ」

 最後の闘いを待つシロはスリルに身を震わせ、楽しそうに微笑んだ。


 国会中継をテレビで見て、アウトロー街全体は犯罪者討罰法が無くなる噂で持ちきりであった。これからの自分達はどうなるのか、討罰されずに済むのか、仕事や家を持つことが出来るのか、生活が変わることに動揺する者もいれば、社会的地位を取り戻せるのではないかと浮足立っている者もいる。

「犯罪者討罰法……一か月後に本当に無くなるのだとしたら、犯罪者は……アウトローのあたいらはどうなるのかね?」

 ベランダから三番地のざわつく様子を見て、彩葉は今後のことを考える。もし犯罪者が法的保護を受けれるようになり、罪を償えば社会に復帰できることになったとしても、ナノマシンの機能を書き換えられたアウトローは違うかもしれない。実験対象や研究対象となり、政府に拘束されることとなる可能性もある。もちろん、新しい社会に不必要と判断されて殺処分される可能性も。

「……分かりません。こんなことにならないようにしたかったのに……僕は何も出来なかった……」

「太一……」

 隣から三番地を眺める太一は、悔しさから拳を握りしめる。そんな彼の拳を彩葉は悩まし気に、優しく手で上から包んだ。

「アウトローになっても心だけは変わんないよ。あんたが闘って、傷付く必要なんてないさ」

 暖かい手で包まれるも、太一の意識は別の所にあり、

「十二月三十一日……」

「え?」

 戦争が起こる日を呟いたのだ。

 そして、それぞれが想いを馳せ――大晦日がやって来た。

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