五章
第35話
先の戦闘から一週間が経ち、大学病院へと運ばれ入院した一心と火野。二人は命からがら生き延びていた。
二人の病室とその階層の廊下を見張る、銃火器を装備した【アウトロー討罰隊】の警備は厳重で、虫一匹たりとも通しはしないだろう。少なくとも隊員達はそれ程の気概で任務についていた。
「ご苦労様です」
「これは、総理秘書官。どうぞ」
二人の様子を見に来て、【アウトロー討罰隊】が守る廊下を通されたのは、何の装備もしていないスーツ姿の剣崎。総理大臣である一心の部屋を「剣崎です。失礼します」とノックをし、「入れ」という返答が聞こえたため、部屋へと入る。
「お加減はいかがですか?」
一心が寝るくの字型の介護用ベッドの隣にあるパイプ椅子に腰掛ける剣崎。
「問題ない。それより白の犯罪者は? 今どこにおる?」
「未だ分かりません」
「無能めが‼︎ 一人の消息すら掴めんのか‼︎」
答えた彼女に、一心は頭を置いていた枕を左手で投げつけるも、容易く受け止められる。右腕と左足を損失した癒えていない体を無理に動かし、彼は息を乱していた。
「申し訳ありません」
受け止めた枕を剣崎は地面へと落とし、険しい顔となる。
「お言葉ですが総理」
「何だ⁉︎」
「今危惧すべきは白の犯罪者だけではありません。東京都同時多発テロの影響により犯罪者討罰法を作った総理の進退どころか、犯罪者討罰法自体の存続も危ぶまれています」
「そんなことはどうでもいい‼︎ 白の犯罪者を探せ‼︎ あやつだけは、我がこの手で討罰する‼︎」
「……っ……」
あくまでシロに固執する一心に口をつぐむ剣崎。今も国会では犯罪者討罰法の撤廃するか否か騒がれており、被害にあった都市の復興もままならずにいるというにも関わらず、総理大臣の彼の目にはシロしか見えていなかった。
「総理が犯罪者討罰法を作ったのは何のためですか? 正義のため、国民のためと思ったのですが、違うのですか?」
「陽子を……妻を殺した犯罪者を、この手で殺すためだ‼︎」
剣崎は中学生の頃から犯罪者討罰法に同調して総理秘書官を目指し、なるに至った。正義のために剣を振るうために、自身の研鑽があると確信したためである。しかし、犯罪者討罰法を作り出した当の本人が激情と私怨のみで動く有様。思うことがないがずがない。
「……見損ないました、失礼します」
剣崎はそんな一心に失望し、見捨てるかのようにパイプ椅子から立ち上がり、病室を後にする。
「待て! 我の命令を――」
残っている左手を去ろうとする剣崎に向けて伸ばすと、体重移動を誤ってベッドから落ちる。痛みから脂汗をかきながら「ぐぬぅ……」と唸る一心に脇目も振らず、彼女は病室から出て行った。
「このままでは……このままでは済まさぬぞ……畜生めがああぁぁ‼︎」
右腕と左足を失いまともに動けない自身が情けなくなったのか、左の拳でドン! と床を叩いて悔しがる一心を余所に、病室を出た剣崎はそのまま隣の火野の病室に訪れる。
「剣崎です。失礼します」
そう言ってノックをすると、「どうぞ」と火野からの返答がきて、病室の扉を開けた。二人は一週間ぶりの対面であり、剣崎は彼の負った傷を始めて見て、思わずゾッとする。
ベッドで寝る火野は、全身を包帯に巻かれてミイラ男さながらで、唯一見える目と口の周りも焼き爛れており、激しい闘いの跡を体に残していた。
「総理秘書官、お聞きしたいことがあるのですが」
「……何でしょう?」
「私が新宿で見つけたアウトロー、【四番地の獄炎】獄寺炎士は何処へ?」
火野の話を聞いて剣崎は嫌な予感がしたが、所詮は予感でしかないため、詳細を聞く。
「それを知って、どうするのですか?」
「ヤツを思い出すたび、全身が熱を帯び……疼くのです……獄寺炎士を殺せと、疼くのですよ‼︎」
目を見開き、殺気立つドロドロとした復讐の念。それが火野を死に際から生存させて、今なお生き長らえさせた。自身から全てを奪った者をようやく見つけた執念が身体にも宿ったのかもしれない。しかしそんな熱量は、
「あなたも少し頭を冷やしなさい」
嫌な予感が当たった剣崎にとっては、自己中心的としか捉えられなかった。【アウトロー討罰隊】の隊長でありながら、犯罪者討罰法の今後のことを微塵も考えていない様子は一心と同じであり、彼女は呆れて「はぁ……」と溜息をついて病室を後にする。
「……これだから男性は。血の気が多くて困りますね」
自身の復讐のことばかりの二人を見て、彼女は自分が今後のことを考えなければいけないと、重圧を背負うのであった。
『犯罪者による同時多発テロから一週間、【アウトロー討罰隊】の活躍により犯罪者は討罰されましたが、未だ都民の不安の声は止まず――』
重傷だった太一は一週間で動けるまでに回復していたが、同時多発テロのことを知らなかったため、テレビ越しにシロのしでかしたことを知り、驚愕している。そこには彩葉とリンファ、凛と蘭も一緒だ。
「何でこんなことを……一体何のために⁉︎」
リビングのテレビの画面には未だ復興されずにいる、池袋、上野、秋葉原、品川、新宿の映像が映されていた。正に戦争の跡地のような惨状である。
「この社会を白くしたい、そう言ってたね」
それを意味することは、答えた彩葉も誰にも分からない。
「ま、犯罪者の扱いがこれ以上酷くなることないネ」
「今が」「最低最悪」
リンファと凛と蘭の言う通り、犯罪者は見つかり次第討罰という名の死が待っているため、現状より悪くなりようはないのだが、彩葉が懸念していたのはアウトロー街の今後だ。
「問題はアウトロー街がどうなるかさね。今までは、ある程度放置されて来たけど、今回の同時多発テロでそういう訳にはいかなくなった」
人間側の考えは、アウトロー街を放置していたら、また同じようなことが起きるという思考に当然至る。一番地以外のアウトロー街は巻き込まれる形となるが、このまま放置されることはまずない。人間側が何らかのアクションを起こすことは想像に容易い。
『戸鎖総理大臣は犯罪者に負わされた怪我が原因で、入院中で――』
「父さん……」
詳細は分からないが一心は重傷と報道されており、太一は思わず心配してしまう。シロにやられたということを何となく察し、そうであれば自身と同じく重傷なのだろうと考えたからだ。
「どうするつもりカ? オマエ」
「僕……ですか?」
不意にリンファから声をかけられ、何の話か付いていけない太一。
「オマエ以外誰いるネ。オマエ雇い主ヨ」
「どうするも……何も……」
「ワタシら二番地放ってずっとここいるネ。このまま雇い続けるなら追加料金とるヨ」
ひなたを助けることが出来ず、一番地が政府に戦争をしかけるのを止めることも叶わなかった。にも関わらずリンファ達が一週間もの間太一の側にいるのは、同時多発テロを戦争ととっておらず、戦争は次なる闘いと考えているからだ。
「それは……」
しかし、太一はシロに敗れた。背中から貫通した胸の傷跡が、その事を深く思い出させる。
シロ一人止めれなかった自分に、戦争を止めるなんて大それたことが出来るのか、シロと再び立ち上がるであろう一心の間を取り持つことなんて出来るのだろうか。そう考えると、太一は自分の判断にも力にも自信を持てなかった。
「これ以上払えませんし……ありがとうございました……皆さんにはもう、十分仕事はしてもらいました。報酬も払います……」
太一は黒いリュックを持ってきて、その中に入った成功報酬の一億五千万円をリンファに手渡そうとした――が、彼女はそれを蹴り落とす。その際に、中身の札束は飛散した。
「見所あると思ったけド、オマエとんだ腰抜けネ。時には金より大事なものあるヨ」
何を思ったのか、リンファは
「……どうしたらいいんでしょう……僕は……」
銭ゲバであるはずのリンファに置いていかれたのは札束だけではなく、自分自身も置いて行かれたようで、太一は喪失感に似た何かを感じて、四つん這いのまま拳を握る。
「……さぁ、どうしたらいいのかね」
彼にもう闘ってほしくない彩葉は、どんな言葉をかけていいか分からなかった。
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