第32話

 剣崎と糸田の間には、互いの剣線が走っていた。剣崎の積み重ねられた技術による剣技、糸田の【咎】である【変幻自在の糸チェンジング・スレッド】の遠い間合いでの糸による攻撃。剣崎は攻めに転じれず、糸田も攻めあぐねており、互いの力は拮抗している。

(悔しいですけど、身体能力ではアウトローに敵わない。生身ではとうの昔に負けてましたね……しかし!)

 剣の道の達人の域まで達していることもあり、装甲で強化された剣崎の足運びはとてつもなく早く、糸田が繰り広げる糸をスルリと掻い潜っていった。

「早い……‼︎」

 全身装甲を装備する彼女は、鬼に金棒。糸田の予想を遥かに超えた速さで懐に入り、

「はああぁぁ‼︎」

 全力で刀を振るう。

「くっ……⁉︎」

 糸田は突如の一撃に両手の糸を張り、防御に回る。数本の糸が切断されるも、何とか自身に届くのを防ぐことは出来た――が、余りの一撃にそのまま代々木公園へと吹き飛ばされ、木々を薙ぎ倒していった。

 代々木公園にいた人々は「うわぁ⁉︎」「何⁉︎」とそれぞれが驚き、身を屈める。

(やれる……このフルアーマーなら‼︎)

 剣崎は全身装甲に確かな実感を得ており、自信に満ち溢れている。そんな彼女に対し、毛玉のように糸で自分を包んで吹き飛ばされた衝撃を防いだ糸田は、毛玉を切断して切り落とし、ズキズキと脈を打つ腕の調子を見た。

「これは、良くないですね」

 シロや炎士にも症状は隠していたが、凛と蘭に負わされた怪我は癒えきっておらず、両腕が骨折したままの糸田。隠した要因は崇拝するシロの計画に支障をきたさないためであった。

「はああぁぁ‼︎」

 そんな糸田に猛然と迫りくる剣崎は、明確な殺意を持って刀を振りかぶる。糸田も足には怪我を負っていないため、退避するという対処法はあったものの、視界の端に捉えた影を利用することにした。

「仕方がありませんね」

 手の指から糸を伸ばして二つの影を捕らえて、引き寄せて盾にする。

「!」

 それに気付いた剣崎は、即座に剣を止めた。

「動けば殺します」

「いってぇ!」「何これ⁉︎」

 捕らえられたのは一組の若いカップルで、肉には糸が食い込み、血が滴っている。所謂人質だ。

「人質とは……卑劣な!」

 負傷した腕では荷が重いと感じた糸田は、戦闘を止めることを選んだのだ。自身の役目はシロの邪魔となる者を足止めすることであり、それさえ出来れば戦闘でなくとも構わず、手段は問わない。人がいる代々木公園に吹き飛ばしてしまった剣崎の失態である。

「貴女は何故戸鎖総理大臣に助力するのでしょうか?」

「……何故?」

 剣崎は糸田の思惑通り、手足を止めて刀を帯刀した。人質をとれば好戦的になれないということに、糸田は丸眼鏡を光らせ、内心でほくそ笑む。

「総理が犯罪者討罰法を制定した時、私自身の目で仕えるべきと判断した、それだけです」

「それは本当に正しいと思われでしょうか? 現に今東京では犯罪者による反乱が起こっています。中には冤罪や、家族を犯罪者認定されて助けようとし、犯罪者となった者もいます。そのことについて、どう思われていますか?」

 剣崎は糸田の結論も出ない話に付き合わざるを得ない。何かを間違えれば、人質は殺されてしまうのだから。

「ゴミと話す意味はない、それだけです」

 しかし、テロリストに屈服するのは彼女にとってあり得なかった。それ故の強気な答え。

 しかし――。

「ぎゃああぁぁ‼︎」

 ボンッ‼︎

「いやああぁぁ⁉︎ 智樹ぃ‼︎」

 その信念が、人質の男性の命を散らすこととなる。カップルの男性は糸で締め付けられてバラバラとなり、血を撒き散らして肉片へと変わった。

「……っ……‼︎」

「そんなことを仰らずに、お付き合いして頂ければと」

 体を返り血まみれにしながら、糸田は丸眼鏡の奥から余裕の笑みを浮かべる。

「これだから……犯罪者は‼︎」

「良いのですか? 動けばこの女性も殺しますよ」

 残された人質の女性は顔中に涙と汗を垂らし、

「お願い……助けて……」

 悲痛の声で剣崎に訴えた。

「…………」

 それでも剣崎は刀を捨てることなく状況を整理し、今ある中の選択肢で最悪は何か、頭の中で取捨選択を始める。そして彼女が選んだ答えは――。

「助けられなかったら、申し訳ありません」

「……え?」

 非情なモノで、剣崎は帯刀したままの刀を構え、糸田に対して臨戦体制をとった。

 彼女にとっての最悪はどんな形であれ、総理大臣の一心が殺されること。次に悪いことは、自身が死に糸田にシロと一心の闘いに加勢されること。最後に人質が死ぬこと。糸田の行動を見る限り目的は足止めと剣崎は推測し、一対一ならシロは一心に勝てる自信があると予想した。

 つまり、出来る限り早くこの状況から脱して、一心の援護に向かわなければならない。糸田との闘いに時間がかかればかかる程、一心の命は危険に晒されるのだから。

「……この方を見捨てるのでしょうか?」

「そうとるなら……どうぞ!」

 剣崎はすぐさま行動に移り、最短かつ最速で糸田の元へと走り、刀を抜いた。

 居合切り――鞘から抜かれる際に最高速に達したその一太刀は、まさか本当に闘うはずがない思っていた糸田の意表を突き、

 スパンッ‼

「かっ……は⁉︎」

 人質を捕らえる糸ごと糸田を切り裂く。必殺の一撃に、糸田は血を吹き出しながら倒れた。

 剣崎は糸田の命を奪った確かな感触を覚えていたため、彼から目を離してチンっと帯刀し、人質の女性を抱き寄せる。

「ここから急いで立ち去りなさい」

 人質の女性は恐怖から解放された安心感からか、腰を抜かしそうになっていたが、バラバラ死体となった彼氏を放ったまま、走ってその場から去っていった。

「総理、今行きます」

 糸田を斬り倒した剣崎は、シロと闘う一心を助けるために再び公共放送局の放送センターへと駆け始める。

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