四章

第28話

 その日の夕方――シロと一心がそれぞれの思惑で動こうとしている中、太一はベッドの上で闘っていた。

 怪我による高熱と、多少塞がれてるとは言っても背中から胸にかけて空いた人の腕程の大きさの穴は、アウトローと言えど無事で済むかは分からない深手。ずっと呼吸が荒く、うなされている。

「……太一……」

 献身的に介護をする彩葉であったが、一向に治る気配はない。当分はベッドの上、あるいはこのまま死に至るだろう。

(太一の【咎】が発動した時、それ以前の傷は再生してたけど、発動してる間に受けた傷は再生しないんさね……くそっ……)

 次第に分かっていく【ストレスバースト】の発動条件や弱点。

 太一の【咎】である【ストレスバースト】は強力ではあるが、精神と肉体にダメージを負わなければ発動せず、変身前に負ったダメージは変身をすれば回復するものの、変身中に負っ怪我は回復されず、変身が解けた時は傷を負っていなくても気絶し、行動不能となる。

 自身の意思で発動出来ず、時間制限や気の緩みでもおそらく解除される能力は実に不安定と言える。

(この【咎】は任意で使えるものじゃない……なら、太一はもう戦力として計算できない……)

 死にかけの太一を見て、もう彼を闘わさない理由を並べるかのように、彩葉は無理矢理結論付けた。

『オイ、【三番地の女盗】』 

 太一が眠るベッドの脇に置いていた無線機から、扱いが慣れていないリンファの声がし、彩葉は手に取る。一番地の動きを見るため、凛と蘭の二人とリンファは一番地の様子を遠目から窺っていたのだ。

「何だい? どうぞ」

『【四番地の獄炎】が扇動しテ、数百の犯罪者達が怪しい動きしてるネ』

「……三番地に向かう気かい? どうぞ」

 強襲をかけてきた自分達への報復と彩葉は想定したが、そうなれば確実に三番地は潰されるだろう。三番地の犯罪者達は結束が固くとも、犯罪者の中でも人間や他の犯罪者を恐れて集まっている穏健派なのだから。好戦的な一番地の犯罪者に数で劣る上に、武装でも劣っている以上勝ち目はない。

『【一番地の白王】と【一番地の執事】が渋谷方面に先行してるヨ。目的はワタシラ違うナ』

「渋谷……?」

 彩葉の心配は杞憂に終わったが、シロが何を目的として動いているのかは不明で、不気味。

「一体何をする気だってんだい……」

 シロ自身が積極的に動いているため、電車に毒物を散布させたり、要人を暗殺させたりする以上の何かが起こるような気がしていた彩葉は、止めなくてはならないという焦燥感に駆られるも、太一の状態を考えると動きたくないため、「どうするかね……」と行動するのを渋るのであった。


 夜となり、先行したシロと糸田は渋谷へと辿り着く。

「あの人見て、超綺麗だしイケ面」

「俳優のコスプレ?」

「真っ白……天使みたい!」

 容姿端麗でアルビノであるシロは周囲の視線を一身に浴びる。特に女子からの黄色い声が湧き立つ様子は芸能人さながらであり、脚光を浴びるシロに何故か糸田が自慢気となる。

「流石は我が神っ……その白は正に天からもたらされた恵み!」

「糸田ーっ。キモいから興奮しないでねーっ」

 あははーっとシロが笑うと、その美しさからさらに黄色い声が湧き、彼は困った様な顔をする。

「うーん、有頂天でいいね。人間様は」

「シロ様はいらっしゃるだけで、その余りの美しさから騒ぎが起きてしまいます」

「邪魔されても鬱陶しいから、早速行こっか―っ」

 二人は渋谷を駆け始めた。普通の人間から見れば二人の速度はあまりにも速く、消えたようにも見えただろう。黄色い声は、「え?」「どこ行ったの?」などの困惑の声に変わり、辺りを見渡して消えたシロを探すのであった。

 そんな民衆を余所に二人が向かった先は、公共放送局の放送センターの東館。

「あの、入館許可証はお持ちですか?」

 無作法に入って来た、全身真っ白のシロと執事服を纏った糸田。明らかに怪しい恰好の二人に対して、警備員は当然止めに入る。

「怪我は?」

「問題ありません、シロ様」

 凛と蘭の【咎】で負傷した両腕は、動かせば痛みが走るものの、我慢をすればどうということはないという程度には回復していた。

「邪魔なヤツは見せしめに全員殺していいよ。使えそうなヤツは脅して使う」

「仰せのままに」

 シロに丁麗に一礼をした糸田は、指先から十本の糸を長く伸ばして自由自在に操る。警備員や受付嬢、その場にいたシロ以外の首をシュパッと、全て刎ね飛ばす。

「お待たせ致しました」

「じゃ、行こっかーっ」

 二人は受付を通過し、テレビスタジオがある東館へと入った。目指しているのは生放送を主に行う一〇二スタジオであり、臨時のニュースなども発信する場所。シロと糸田が辿り着くと、そこでは多くのスタッフ達がニュースを放送する準備をしていた。

「タレントさんですか? ここは――」

 一人のADが二人に駆け寄りそこまで言うと、ボンっと首が爆ぜる。それを見たニュースキャスターの「きゃああぁぁ!」という悲鳴を皮切りに、スタジオは混乱に陥った。混乱した場を沈静化させるために、糸田は一歩前に出る。

「申し訳ありませんが、今から許可なく喋る者、動く者は全て殺させて頂きます」

「一体、あんた達は……」

 糸田の命令に逆らった中年の男性がそこまで言うと、糸で首を刎ねられた。皆同じ目に合わないために、それぞれが目を背けたり、口を抑えたりしていたため、今度は悲鳴は一つも上がらず、ボトンっと中年男性の首が落ちる音だけが周囲に響き渡る。

「逃げたり反抗したら死んでもらう。だけど、俺に協力する人は生かしてあげるよーっ」

 戦慄が走るスタジオのスタッフ達を尻目に、シロは両手を広げてくるくると回り、楽し気にカメラの前へと立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る