第27話

 リンファと凛と蘭の三人は、三番地の出発した場所で二人を待っている。糸田を倒せなかった上、寒い中チャイナドレスという薄着で待つリンファは、少しばかり苛ついていた。

「まだカ? 遅いネ」

「遅刻」「厳禁」

 時間は決められていないが、太一と彩葉は明らかに遅く、何かあったのだろうと察するには容易かった。しかし、

「太一が……太一が死んじまうよ‼︎」

 三人が思っていたより、事態は深刻であった。

 彩葉が慌てて連れてきた、胸に穴が空いた太一は、冷や汗をかいて顔は青ざめており、生死の境を彷徨っている。彩葉も気が動転していて目が少し涙ぐんでいた。

「落ち着ケ」

 リンファは彩葉が大事そうに抱える太一を奪い取り、状態を確認する。シロの胸を貫通した一撃は、かろうじで臓器を逸れている。止血さえできれば生き延びれるかもしれないと、リンファは判断した。

蠢く血液ライジング・ブラッド

 リンファは糸田との戦闘で負った傷から流れる血液を操り、太一の胸と背中に空いた穴に付着させて固まらせる。それで止血はある程度完了した。

「ワタシに出来るのはこれだけヨ。後は本人の回復力次第ネ」

「……助かったよ」

 一命を取り留める可能性が出てきたため、彩葉は少しずつ冷静さを取り戻し始める。

「五千万で許してやるネ。ロリババアはどうしたカ?」

「シロが言うには……殺したらしいさね」

「……そうカ」

 ひなたが死んだ今、医療の知識がある者はアウトロー街にはいない。頼りになるのはアウトローとしての回復力のみ。ひなたが残していったナノマシンの機能を信じるしかない。

「太一……」

 作戦が失敗したと分かり全員の気が沈んではいたが、四人は生き残れるか分からない太一を安静にするため、彩葉の自宅へと向かった。


 一番地が太一達に強襲され、結果的に撃退に成功したシロ達。しかし犯罪者は多数殺され、糸田の両腕も負傷しており、決して損害は軽微ではない。

 シロ、糸田、炎士の三人は、ほとんど倒壊した廃ビルのひなたの死体がある部屋に集まっていた。

「結局太一君には騙されちゃったし、アウトロー量産化も失敗しちゃったねーっ」

「何やってんだ、クソがよ! やられっぱなしじゃねぇか、カス!」

 彩葉に敗北と同等の屈辱を味わった炎士の機嫌は悪く、死んだひなたが座っていた変形した椅子に気怠そうに座り、貧乏ゆすりをしていた。

「落ち着いて下さい、炎士様。シロ様はご聡明な方。こうなっても問題ないとおっしゃっていたでしょう?」

 そんな炎士をなだめる糸田。シロはアルビノのため太陽の光に弱く、日陰から遠くを見つめていた。その真紅の目の先には、一体何を見ているのか。

「まっ、俺に任せてよ。楽しいお祭りはこれからだ」

 そう言ってシロは、ひなたの死体を五階から地面へと蹴り落とすと、グチャッという音を立て、彼女の死体は寿命が尽きた蝉のように冷たいアスファルトに転がった。


 首相公邸の寝室――そこで目覚めた一心は立ち鏡の前で着替えをしていた。

 パジャマを脱いで下着一枚となると、鍛えられたその肉体には太一と闘った時の傷跡が今なお残っている。薄紫色の鎖のアザは太一との激戦と彼の言葉を一心に思い出させた。

『お袋が殺されたからって、大人と子供、人間と犯罪者、善と悪……全てを区別できる程あんたは偉ぇのか⁉︎ 一方通行の自己満足で法律を作ってんじゃねぇ‼︎』

 アザを撫で、その手を強く握りしめた一心。

「我は神ではない……が、誰かがやらねばならぬのだ。青二才が分かった風な口を……」

 誰かがやらねば何も変わらない。悪い者が得をし、生き残る社会を変えるためには、善と悪を分けるしかなかったのだ。自身の復讐を叶えるためにも。

「陽子……見ておれ。仇は必ず我が討つ‼︎」

 太一の言葉を振り払うかの様にパリィンッと、立ち鏡を素手で殴り割る。殴った右の拳から血が流れ始めると同時、寝室のドアがノックされた。

「戸鎖総理、剣崎です。至急確認して頂きたいことがありまして」

「入れ」

 タブレットを持ったスーツ姿の剣崎は、一心に招かれ寝室へと入ると、ボッと顔から煙を吹き出して赤らめる。

「ななななっ……何て恰好をしてるんですか、総理⁉︎」

 実は、剣崎は生娘であった。師でもある父から剣の道だけを教わり、自身の正義を貫くために強さを求めた結果、男性経験は皆無。女学院卒業のため、父親以外の男性の裸も見たことがないのだ。

「今から着替える所だ」

「早く着替えて下さい‼︎ はしたない‼︎」

 しゃがんで顔を伏せる剣崎であったが、一心はそんな彼女に気遣いを見せることなく、マイペースに右手の血をタオルで拭き取り、スーツへと着替え始めた。

 しばらく経ってようやく着替え終え、ネクタイを締めて剣崎の方に向き直る一心。

「我がわざわざ確認する事項とは何だ?」

 立ち上がり、何事もなかったかのようにコホンと咳払いを一つした剣崎は、彼に寄ってタブレットの画面を見せた。

「ナノマシン管理部門から送られてきた映像です。一番地と呼ばれる所で、犯罪者同士の交戦がありました」

 それは、今朝起きたばかりの一番地と太一達の闘いの映像。一番地の犯罪者のナノマシンを通して視聴覚を映像化したものだ。

「【三番地の女盗】……それに【二番地の女傑】に、【二番地の双子】とやらか」

 映像には先に自分達が闘ったアウトロー達が、一番地の犯罪者達と闘っている映像が映し出される。

「戦闘の原因は何だ?」

「おそらくは、これが原因かと」

 剣崎は映像の時間を戻し、別の犯罪者の視聴覚へと切り替えると、そこには椅子に縛られたひなたが映っており、糸田との会話も入っていた。

「権藤が捕縛されておるな……それに、アウトローの量産化だと?」

「他の犯罪者の視聴覚も照らし合わせた結果、権藤博士を攫って、アウトロー量産化を一番地のアウトロー達が目論み、他の番地のアウトロー達が防ごうとしたのが、今回の小競り合いの原因となったと推測されます」

「それで量産化はされたのか? されれば大事ぞ」

 アウトロー量産化が叶っていれば、国でも対処できなくなる可能性は高い。それこそ、空爆などに頼る他無くなってしまう。

「いえ、権藤博士は殺されたようです」

「それは幸いであるな」

 生きていようが、ひなたが国に協力する気がなかったことは一心も理解していた。それに犯罪者にあれだけ加担していたひなたが死に、アウトローがこれ以上増えない状況になったのは、犯罪者討罰法を促進してきた一心にとって都合が良かった。

「この執事の恰好をしている者が言っておるシロ様とは、どいつのことだ?」

「おそらくはこの犯罪者……いえ、アウトローかと」

 一心は一番地を仕切っているアウトローを把握したい、それだけだった。

「‼︎」

 しかし――。

「白の犯罪者……‼︎」

 そこに映っていたのは、積年の恨みを持つ白の犯罪者、シロ。愛する妻を殺し、犯罪者討罰法を作る要因となった人物であった。

「くく……ふはははは‼︎」

「戸鎖総理?」

 突然に顔を掴み笑い始める一心。気でも触れたのかと剣崎は思わず顔を覗き込む。

「そんな所に隠れておったか、ようやく巡り会えたな」

 だが、顔を離した一心は、

「貴様だけはこの手で討罰してくれるわ‼︎」

 あまりの怒りから般若のような顔になっており、剣崎が覗き込んだことを後悔する程、その表情はおぞましいモノだった。

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