第25話
――時は発煙筒で合図が送られる以前へと戻る。
「もう」「終わり?」
血の花という名の赤い花を沢山咲かし、犯罪者の屍の山を築き上げた凛と蘭。その身は返り血で濡れていた。しかし、足止めが目的のような犯罪者達の闘い方は、二人に殲滅させるのに時間をかけさせた。
「蘭どうしよう」「凛どうしよう」
犯罪者達の波が途絶え、暇を持て余した二人は、顔を見合わせる。
「リンファのとこ」「行こっか」
しばらく顔を見合わせた二人は、リンファの元へと向かうことにした。二人にとって太一と彩葉がどうなろうが知ったことではないが、もしリンファの元にアウトローが二人向かっていれば、いくら彼女でも殺される可能性が高いと考えたからだ。
二人はリンファが闘っているであろう場所まで、数分で辿り着く。そこではリンファと糸田の激しい攻防が繰り広げられていた。
糸田の指先から伸びるのは――糸。
糸田の【咎】、【
「……うざいネ」
リンファの血液で生成した中国刀を容易に切断する糸田の糸は、強靭かつ透明で視認し辛く、彼女を追いこんでいた。現に無傷の糸田とは対照的に、その身体には切り傷がいくつも出来ている。
「あいつ」「浮いてる」
糸田は宙を浮いている――否、宙に立っていた。二人が目を凝らして見ると、透明な糸を蜘蛛の巣のようにあらゆる所に張ってあり、その上に立っていたのだ。
「シロ様の邪魔をする者は、私が消して差し上げましょう」
張り巡らされた糸を足場に飛び交いながら微笑む糸田は、リンファに不規則な動きで接近し、両手の指の爪の間から糸を振るう。振るわれた十本の糸は、かまいたちのようにリンファに襲い掛かった。
【
リンファは自身の右手首から流れ出る血液を、柔軟性のある鞭へと変え、「破っ‼︎」と、右手で全力で周囲にしならせる。
リンファが中国刀ではなく、血液を鞭に変化させたのは、武器を切断されないためである。柔軟性のある鞭であれば、そのしなやかさで糸を弾き、切断されることもないと考えたのだ。
高速で振るわれた鞭は八本の糸を巻き込み弾くも、残り二本の糸は弾き切れず、リンファの肉体を切り裂いた。
「ぐっ……!」
「リンファ」「負けそう」
それを見た凛と蘭は顔を見合わせて頷き、糸田にバレないように散った。
凛は右から、蘭は左から、張り巡らせた糸に引っかからない様に気をつけながら物陰から接近し、彼を背後から左右に挟んだ。
「凛はN」「蘭はS」
【
【咎】を発動した二人は共に、糸田へと磁石同士が引きつけ合うように急接近する。
「!」
【
二人が高速で近付いて来ていることに気付いた糸田は、直ぐに自身の両手の指先から伸びる糸を切り離し、両手から新たな糸を生み出す。柔らかく弾力のある材質の糸を絡ませて、等身大程の巨大な毛玉を両手に作り出した。
ドズゥゥン‼︎
「モジャモジャ」「うざい」
構わず振るった凛と蘭の金槌での強力な一撃を、糸田はクッション性のある毛玉を盾にして防ぐ。毛玉は攻撃を吸収し、反発するように弾いて二人を吹き飛ばした――が、【咎】を使用した余りの金槌の威力に、衝撃を防ぎきれなかった糸田の両腕はビキビキッと軋む音を立てる。
「腕は」「もらった?」
弾き飛ばされてリンファを挟むように着地した凛と蘭は、確かな感触を得ていた。
「ナイスヨ。凛、蘭」
糸田の両腕は力を失ったのか、ぶらんとぶら下がっている。骨にヒビが入った、あるいは折れているのだろう。凛と蘭の【咎】を使用した一撃で、その程度で済んだのが奇跡的ではあるが。
「これはちょっと、よろしくないですね」
以前の二番地を強襲した時は、不意打ちをされることもなかったため、純粋な力の勝負で制すことが出来た。だが今は不意打ちをされ、両腕が万全でない上、一対三。リンファ達は騎士道などは持ち合わせておらず、多勢に無勢の状況には何の抵抗もないだろう。
「行くヨ」
「あいつ」「赤い花にする」
三人が両腕を負傷した糸田に飛びかかろうとした、その時――三人の視界に赤色の煙が上空に上がっているのが見えた。
「あれは」「撤退の合図」
「……良い所なのニ、水さされたヨ」
リンファが血液で生成した鞭を体内に戻すと、凛と蘭も金槌を引く。ここで糸田を倒しておきたいのは山々であったが、撤退の合図が出たことで状況は変わった。
撤退の合図を無視して戦闘を継続し、太一と彩葉だけが撤退した場合、シロと炎士がここに援軍として来る可能性が高い。それまでに糸田を仕留めれる保証がないため、分が悪いと考えたのだ。
「けど、ロリババアは取り戻したネ。オマエらの負けヨ」
直様事前に打ち合わせた三番地へと撤退するリンファ達。それを見た糸田は、変わらず微笑んでいた。
「ここで私を殺さなかったこと、後悔されなければ宜しいですが」
ひなたが既に死んでいることが分かっているため、リンファ達の陽動が徒労に終わったことを知っているからだ。
彩葉と炎士の戦闘は、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
彩葉は倒した犯罪者が落とした拳銃で、炎士に向けて銃弾を放つ。動く炎士を正確に狙った二発の銃弾。しかし、捉えられた炎士はギザ歯で噛んで、銃弾を止める。
「ホンット、獣みたいなヤツさね」
唾を吐くように、止めた弾丸をぺっと吐いた炎士はお返しと言わんばかりに、手元で作った炎を親指で弾き、弾丸のように高速で飛ばした。その炎を彩葉は【
「コソ泥野郎に言われたかねーぜ!」
撃ち返された炎を、炎を纏う左手で弾いて防いだ――が、その炎が飛んできた後ろからは、スタングレネードが炎士に向けて投げられていた。突如目の前に現れたスタングレネードに、「げっ!」と、炎士が目を両腕で塞いだと同時、カッと閃光と爆音を起こして炸裂する。
視力を失われることは防いだが、聴力は失われて平衡感覚を失った炎士。アウトローである彼は、普通の人間より聴力が優れているため、スタングレネードの威力も通常より跳ね上がる。
「あたいにとってコソ泥は褒め言葉だね。あんがとさん」
炎士はいつの間にか背後に回っていた彩葉によって、蹴り飛ばされた。
「がっ⁉︎」
蹴り飛ばされた炎士は十数メートル吹き飛び、アスファルトを勢い良く転がり、しばらくしてようやく体制を立て直す。何とか立ち上がりはするものの、爆音で三半規管が狂ったせいか、平衡感覚を失って、フラフラとしていた。
「この……糞がぁぁ‼︎」
彩葉の【
(これは、勝てる……かね?)
足止めでなく、ここで炎士を殺しておけば、一番地の戦力を削ることが出来る。そう欲を出そうとした時――撤退の合図である赤色の煙が、遠い上空に上がっていることに気付いた。
「……っと……危ない危ない」
目的が達せられたのであれば、足止めの役割は終わりであり、これ以上闘う必要はない。欲を出せば、命に関わるリスクがある。太一の発煙筒のおかげで理性を取り戻した彩葉は、手に持つ銃を捨て、すぐさま戦闘態勢を解く。
「……どういうつもりだ、コラァ⁉︎」
「あたいの目的はあんたを倒すことじゃないさね。これ以上闘う必要がないんだよ。じゃあね」
彩葉はその場から跳んで去り、フラフラとふらつく炎士だけが残された。
「……あのアマァァ‼︎」
その形相は、正に鬼。敗北に近い屈辱を味わった炎士は、彩葉を消し炭に変えると心に誓ったのであった。
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