第24話

 各所で彩葉達が騒ぎを起こし、【四番地の獄炎】こと獄寺炎士と、太一は初めて見る【一番地の執事】こと糸田紡が、廃ビルからアウトローでしかありえない速さで五階から飛び降りたことで、そこからシロ以外のアウトローがいなくなったことを、近くのアパートの屋上から確認する。

(僕らを昨日襲って来た炎の人ともう一人……シロさんが見えないのは、違う場所から出たか、あるいは廃ビルに残っているか……)

 しばらく待つも、一向にシロの姿は見えない。廃ビルの中で各地の情報を集めて指揮をとっている可能性も、今いるアパートの屋上からは見えない所から外に出た可能性も、こちらの考えを読まれ廃ビルで待ち受けている可能性もある。しかし、

(……これ以上待てない。待てば待つほど皆のリスクが上がる)

 彩葉達は太一が発煙筒で脱出の合図を出すまで、各地で闘い続けなければならないのだ。太一には迷っている時間などなかった。

「よし……行くぞ!」

 自分自身にハッパをかけて太一は行動に移る。見張りの犯罪者にバレないよう迅速に、廃ビルへと侵入する。

(ひなたさんの場所は検討がついてる。多分あそこに近いはずだ)

 太一が目星をつけたのは、炎士と糸田が飛び降りた降りた五階。そのどこかにひなたがいるとふんでいた。廃ビルの周囲には犯罪者がポツポツといたが、太一達の作戦が成功しているのか、中へと潜入すると誰一人いなかった。

(不自然だ……作戦が成功してると言っても、中に見張りが一人もいないなんておかしい……)

 実は潜んでいてこちらの隙を伺っているとも限らないので、警戒しながら五階を目指して階段を登る。そろりそろりと、音を殺しながら五階へと辿り着くと、だだっ広い部屋には――。

「随分遅かったねーっ。待ってたよ」

 シロが一人待ち受けていた。

「……シロさん……!」

 白いファー付きのコートのポケットに手を突っ込んだまま、無防備に立っている。無防備ではあるが何処にも隙が見つからない。

(こっちの作戦に気付かれてた……? 犯罪者はアウトローに敵わないから、無駄に数を減らさないために、この廃ビルから引かせてたのか……)

 そうしたのは、一人でも守り切れるというシロの自分の強さに対する自信にも見えた。そんな彼と対面し、思わず太一は手汗が滲む手をグッと握る。

「……ひなたさんは何処ですか?」

「すぐ後ろの部屋にいるよ」

 そう言われ、後ろの部屋の扉を見る太一。ドアは閉じられているため、中の様子は伺えない。

「ひなたさんを返してもらって良いですか?」

「返せって、君のモノなの?」

「そういう訳じゃありませんけど……って、そんなことを言ってるんじゃありません‼︎」

「じゃあ、どういう意味さー?」

「……っ……!」

 シロとの会話は要領を得ず、煙に巻かれてる気分になった。このまま話していても無駄どころか、時間を稼がれ大局的に不利になると感じた太一は、シロを警戒しながら素通りしてひなたがいる部屋へと向かう。

 そんな彼をシロは止めることはなかった。そのまま太一が扉を開けると、広い部屋の中央にはひなたがいた。

「ひ……なたさん……?」

 ただし、五体満足ではない。椅子に縛り付けられたまま、右手以外の四肢は切断されてぐったりとしている。辺り一面には手足が落ちて血の海となっており、ひなたは虫の息だ。誰もアウトローにしなかったが故に、ここまでされたのだろう。

 太一は現実離れした恐怖からしばらく動けなくなった。

「……あぁ……何で、こんな……」

 ようやく正気を取り戻した太一が恐る恐る震えながらひなたへと近づくと、彼女は朦朧とする意識の中、霞む視界に太一を捉えた。

「……おぉ……小僧……か……」

「ひなたさん……! しっかりして下さい! 今っ……今助けますから!」

 ひなたを鉄製の椅子に縛りつける糸は、糸田の【咎】で生み出された細くも強靭な糸で、解こうとした太一の指をも切る。このままでは振り解けないと考えた太一は鉄製の椅子をガッ、ガッと、何度も殴りつけることにした。

 アウトローの太一によって殴りつけられた椅子は変形し、縛っている糸にたるみが出来たことを利用して、何とかひなたを束縛から逃すことに成功し、血まみれの体を両手で抱える。

「大丈夫ですか⁉︎」

「……たっはっはっ……そう見えるなら……そうかもしれんのぉ……」

 血を「ごふっ‼︎」と吐きながらも、冗談を言うひなた。顔色から見ても、出血量から見ても、無事とは思えない。ナノマシンのおかげで自然治癒力が高いアウトローと言えど、おそらくはもう助からないだろう。それはひなたも理解していた。

「……どうやら……ワシはここまでのようじゃ……」

「そんな……そんなこと言わないで下さい! 絶対……絶対、助けますから!」

 ひなたのあまりの姿に、太一の目からは涙が溢れ、錯乱する。そんな彼を見て、なだめるようにひなたは微笑みながら語り掛けた。

「……落ち着け、小僧……」

「でも……!」

「……いいか、良く聞くのじゃ……シロの……あやつの凶行を止められるのは……お主らだけじゃろう……」

 唯一残った右手で太一の胸元を掴んだが、

「お主の良さは……中途半端なこと……じゃが、これだけは迷うな……」

 力はほとんど無く、震えている。

「シロだけは、殺せ」

 しかし、風船のように赤く腫れる顔から微かに見える目には、強い意志が感じられた。凶悪犯のシロをアウトローにしてしまったひなたは責任を感じている。どうにもできなかった自分が憎たらしいのか、どこか顔は悔しそうだ。

「……頼んだ……ぞ……」

 言いたいことを言い終えたひなたは、太一の胸元から手を離す。彼女の右手は力無くトスッと、床へとついた。

「ちょっ……ちょっと、ひなたさん……冗談ですよね?」

 目は見開いたまま光を失い、身体はだらっとしており、手足を切られて軽くなった全体重を太一に預けており、太一がいくら揺らそうとも一切反応がない。死因は四肢の内の三つを切られたことでの、出血多量だろう。

 ひなたは死んだ――整備された今の日本社会を自身が生み出したアウトローが乗り越える姿を見届けるという願いは、志半ばに。

「嘘だああぁぁ‼︎」

 死んだひなたを抱きしめ、泣き喚く太一。犯罪者討罰法で犯罪者と認定された犯罪者が殺される所を遠目に見たりはしてきたが、身近な人の死を目の当たりにするのは初めてで、彼にとって余りにも衝撃的であった。

「白い君が、そんなののために泣かないでおくれよ」

 そんな二人を部屋の扉から気怠そうに見ていたシロは、太一にそう告げる。

「ひなたちゃんは汚らわしい色だった。だから、殺すしかなかったんだよ。心苦しいけどね」

 手を大きく開き、歩み寄って来るシロ。言葉とは裏腹に悪びれもない様子は太一のストレスを極限まで高め――。

「うああぁぁ‼︎」

 太一が流した涙や鼻水は、漆黒の鎖へと変わった。鎖は生き物のように蠢き、やがて幾重にも重なり卵状にその全身を包み込んだ。その様子をシロは怪訝そうに見守った。

「……黒?」

 鎖の卵は蠢き、卵の中でバキッ、グチュっとグロテスクな音を立てて、太一を違うモノへと変貌させる。しばらくして音が止み、鎖の卵が黒い光を発して割れていき、鎖の卵からは太一だった獣が現れた。

【ストレスバースト】

 固い漆黒の甲冑と鎖に覆われた人型の二足歩行をした獣は、牙を剥き出しにして涎を垂らし、マントのように首に絡む鎖を蠢かす。

『許せねぇ……お前だけは‼︎』

「……許せないのは、俺だよ」

 変声機を通したような声で太一は怒りを訴えるも、変貌した太一を見てシロは残念そうに俯いた。

「太一君は汚れてた色を俺に隠してたんだね。綺麗な白だと思ってたのに、本当はそんな色だったなんて……」

『あ?』

「穢らわしい」

 シロは顔を上げて、凄まじい殺気を放つ。

『ああぁぁ‼︎』

 瞬間、悪寒が走った太一の体は思わず反応し、即座に首からかかった鎖を手で振るって攻撃した。凄まじい攻撃は、シロに紙一重で躱されるも、内部から廃ビルを縦に両断する。余りにも勢いよく綺麗に真っ二つにしたため、廃ビルは倒壊せずそのまま建ったままであった。

 【ストレスバースト】で変身した際に落ちた発煙筒を太一は拾い上げ、鋭利な指で蓋を開けて発煙させ、発煙筒を自身が作った亀裂から屋上に向けて投げると、屋上に不安定ながらも乗った発煙筒は、赤い煙を上空へと広げた。そして、一番地で散り散りになって闘っている仲間たちへと撤退の合図を送る。

 ひなたが死に、目標の奪取は失敗した以上、彩葉達にこれ以上足止めさせる意味はない。この合図で彩葉達を撤退させれば、彼女達の危険を気にせずシロとの闘いに専念出来る。

「君はもう、いーらない」

『お前は……ここで止める‼︎』

 こうして二人の闘いの火蓋が切られたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る