第21話

 時は少し遡り、シロと彩葉が出て行った直後へと戻る。

「オイ、どういうつもりカ? 何故止めたネ?」

 彩葉と太一の部屋では、リンファが太一の胸倉を掴み、持ち上げていた。二番地に戦争をしかけてきたシロを解放したことが気に入らなかったからだ。

「ここで闘いになったら三番地に被害が出ます。また三番地を戦場にしたくありません」

「それはオマエの都合ネ。ワタシ知ったこっちゃないヨ」

「ぐっ……!」

 太一を絞め殺さんとばかりに胸倉を締め付けるリンファ。喋れない太一はそんな彼女の目の前に、苦しみながらも指を二本立てて見せる。その指を見て太一の意図を察したのか、締め付けていた手を離して、床へと落とした。

「何ネ?」

「……ごほっ……依頼料に五千万……成功報酬に一億五千万、合計二億出します」

 以前、一心から盗んだ金の合計は五億。二億は前の一心達との闘いで、リンファ達に共闘を頼んで使ってしまった。残り三億の内の二億で今回もリンファ達に仕事を依頼しようと考えたのである。

「どんな仕事カ?」

「内容は……一番地が政府に戦争を仕掛けるのを止めることです」

「一番地と事構えるには安いヨ」

 金額を釣り上げに来るリンファ。しかし、太一は交渉次第では乗り切れると考えた。

「……それはないんじゃないですか? この話でメリットが一番あるのはリンファさん達です。元々あなた達は一番地と衝突し、二番地が受けた被害の賠償金を受け取るつもりだった。それが僕達の協力を得れて、二億手に入るんですよ。一番地を止めることが出来れば、報酬も賠償金も手に入るはずです。これ以上は出すつもりはありません」

 勝算はあったが太一にとっては一か八か。

 もし、これでリンファが引き下がれば、情報も戦力も得れずに一番地と闘うことになるかもしれない。異様な空気が二人の間で交錯する。そんな張り詰めた空気をほぐす様にリンファがフッと笑った。

「気に入ったネ。太一と言ったカ? オマエ中々見どころあるヨ」

「あはは……それは喜んでいいのか、悪いのか……」

 リンファと凛と蘭が何をして犯罪者になったのか、太一は知らない。もし重犯罪者に褒められたのであれば、嬉しくも何ともない。思わず冷や汗をかきながら、愛想笑いをしてしまった。

「それで聞きたいことがあるんですけど……」

「何ヨ?」

 彩葉がシロを尾行している今、自分がするべきことは情報の整理と太一は考え、リンファに質問をする。

「僕は麻酔を打たれて眠らされたので分からなかったんですけど、ひなたさんが犯罪者をアウトローにする手術というのは、アウトローを量産出来るほど簡単なモノですか?」

「手術とは名ばかりの簡単なモノネ。相手の舌に触れてちょいちょいっとすれば高熱出てアウトローヨ」

 ちょいちょいっとの部分が何なのか気にはなったが、太一は質問を続けた。

「要は量産は可能ということですね? もう一つ質問なのですが、ひなたさんはシロさんに頼まれてアウトローを量産すると思いますか?」

「それは無いネ」

 赤の他人のひなたのことであったが、リンファは断言する。

「ロリババアは興味持った人間しかアウトローしないヨ。力を持つ者が増えすぎるのは良くない言ってたネ」

「なるほど……」

 ということは、シロの野望は放っておいても叶わない可能性が高いということだ。しかし太一は、頼みではなく脅しならどうかと思考を巡らせていた。

 自身が拷問を受ける、あるいは大切な誰かを人質にとられる。そうなれば、ひなたも犯罪者をアウトローにせざるを得ないのではないか、と。いずれにしろ絶対にしないとは考えない方が良いだろうと考える。ひなたの救出は一番地が政府に仕掛けようとしている闘いを止めるには、やはり必須だ。

『こちら彩葉。シロがひなたがいると思われる場所に入ってったよ。どうぞ』

 太一が考えにふけっていると、彩葉の無線機から家にある無線機に連絡が入る。太一は無線機を取り、彼女に教えてもらった通りプレスボタンを押して、音声を送信する。

「いると思われる……詳しくお願いします。どうぞ」

『犯罪者がわんさかいる廃ビルに入って、潜入できないのさ。外から覗いてもひなたらしき人物は見つからないね。どうぞ』

「…………」

 時間が経てば経つほど、ひなたの身の危険とアウトローが量産される可能性が上がる。敵の戦力の全貌は見えていないが、政府との闘いを控えていると考えれば、こちらに全力は出さないだろう。太一はしばらく考えた結果――。

「今すぐ三番地東前で合流しましょう。リンファさん達と向かいます。どうぞ」

『わかった』

 今すぐひなたを救出することにした。


 一番地へと戻って来たシロ。見張りの犯罪者が挨拶してくる中、「やぁやぁ」と手をヒラヒラさせて挨拶を返しながら廃ビルの中へと入っていく。五階へと上り、だだっ広い空室を抜けて、ひなたを捕らえたら入れるように命じていた部屋のドアを開けると、

「ぬああぁぁ‼︎」

 何かに堪える悲鳴が聞こえてきた。悲鳴を上げるのは、鉄製の椅子に糸で縛りあげられるひなた。糸田の闘いに敗れて再度捕らえられたのだ。

 そこには糸田と炎士とひなたしかおらず、拷問なのかヤンキー座りをする炎士によって足を掴まれ燃やされていた。シロに気付いた糸田は、満面の笑みを浮かべて近づく。

「シロ様! 申し訳ありません……権藤博士はアウトローの量産化はしないと、頑なでして」

「そっかー、困ったねー」

 手の平から出る火を止める炎士。広い部屋には、皮膚が焦げ、肉が焼けた匂いが充満していた。ひなたは逃げられないように両足の足首を掴まれて長時間燃やされ、大量の汗をかいてグッタリとしている。

「どうだい、ひなた。アウトローを量産する気になったかい?」

「……ありえんわ、阿呆が」

「これだよ、冷めちまうぜ」

 悪臭から鼻をつまむシロに、やれやれと言った様子で炎士は両手を広げた。

「んで、【三番地の英雄】はどうしたよ?」

「話したけど、今は仲間になる気がないみたいだね。なってくれると嬉しいんだけどさーっ」

「あ、そ。あんなナヨナヨしてても強えなら、敵の方が燃えるからいいけどな」

 元より戦力は十分と考えている炎士にとって、太一を仲間にすることや、アウトローの量産化など、どうでも良かった。というより、ややこしいことは考えたくない性格で、適当なのだろう。自身が熱くなれるか否かのみを考えているため、シロが政府に戦争を仕掛けることを聞いて、面白そうで仲間になっただけのだから。

「ひなたちゃんはさぁ、何か望みはなーい?」

 疲労困憊のひなたの耳元に寄って、シロは心地が良くなるような声で語りかける。

「俺が何でも叶えてあげるよ。政府と戦争して勝てば、国が手に入る。欲しい物なら何でもあげられる。金も、力も、君が好きな女も、全てね」

「そんなモノ、いらぬわ……」

 ひなたは、自分が作ってしまったつまらない整備された社会を、自分が作り出したアウトローという無法者が越える姿を見たいだけなのだ。それはこんな形ではなく自然と産まれるべきモノ。アウトローを量産化して、人間を駆逐することなどではない。そんな人工的な進化をさせれば、社会は今よりも酷い支配的なモノとなる。

「……ワシは……人間を侵略したい訳ではないわ……」

「俺はこの社会を真っ白にしたいんだ。何に変えても、ね」

 互いの意志は平行線、交わることはない。

 いくら危険思想の持ち主とは言えど、アウトローにした恩義があるはずのひなたに対して、シロがこんなことをするなどひなたは思ってもいなかった。故に、思わず口走ってしまう。

「……お主を生むべきではなかったの」

 その言葉にシロは真紅の瞳を見開き、思わず過去を連想する。

『あんたなんか、産むんじゃなかった』

 かつて、人間の時に母親に言われた言葉を。

「汚い色だ」

 途端――何かを振り切るようにシロはひなたに殴りかかる。何度も何度も殴り、ガツッ、ゴツッ、と周囲に鈍い音が響き渡った。真紅の瞳を見開きながら、ひなたを殺しかねない殴打を続ける。そんなシロを糸田は焦って止めた。

「シロ様! それ以上やれば死んでしまわれます!」

 その言葉を聞いて、ようやく白い肌を返り血で赤く染めたシロは手を止める。ひなたは頭に付けているゴーグルを壊され、顔を赤い風船のように膨らまし、息も絶え絶えで言葉すら発せない状態であった。シロはそんなひなたの銀髪を、わしゃっと粗雑に鷲掴みにし、持ち上げる。

「ひなたちゃんさぁ、自分の身の安全は保証されてるって思ってなーい? アウトローを作れるのは自分だけだからってさ。アウトロー量産化は万が一のためなんだよ?」

「……ふ……ん……」

 ひなたの髪の毛を乱暴に離し、「はぁーあ」と、ため息をついたシロは悪魔のように笑った。

「口で言って駄目なら、体で分からせてあげるしかないね」

 元々オフィスだったであろう広い部屋からは、見張りの犯罪者が怯える程の悲鳴が聞こえ続けることなる。

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