第20話

 彩葉の自宅マンションは異様な空間だった。【一番地の白王】シロ、【二番地の女傑】リンファ、【三番地の女盗】彩葉、各番地のトップが一堂に会している。そして、【三番地の英雄】太一、【二番地の双子】凛と蘭を含めた全員がアウトローだ。

「何でコイツここにいるネ?」

「ま、色々あってね。それよりひなたが攫われたってのは?」

 敵意を剥き出しにしてリンファはシロを睨む。表情はほとんど変わっていないが、凛と蘭も心なしか彼を睨んでるように見えた。

「狙いは分からないガ、何故か攫ったヨ。強襲された二番地の被害総額はとんでもない金額ネ。一番地に請求するヨ」

「やられる方が悪いんだよ。平和ボケしたんじゃなーい? ここはアウトロー街。法も秩序もありはしないよ」

「……何だト?」

 リンファと凛と蘭がシロに対して殺気を飛ばし、戦闘態勢に入る。シロはその殺気に微動だにしない所か、来るなら来いと挑戦的に微笑んでいた。

「やめな、今はそれ所じゃない! 後から来て話を乱すんじゃないよ‼︎」

 それ所じゃないと言われ、更に怒りを増したリンファではあったが、今ここで何が起きているか把握すべきという理性が感情を制する。そんなリンファを見て安心した彩葉は、話を続けた。

「で、シロ。あんたが総理大臣を殺そうとしていることと、ひなたを攫ったことは、無関係じゃないね?」

「うん。ひなたちゃんにアウトローを量産させれば、人間なんて武装してようが容易く制圧できるからねーっ」

「アウトローを量産……⁉︎」

「だから言ってんじゃん、総理大臣を殺すってさ。敵は日本そのものだもん」

 政府に戦争をしかけるために、強引に戦力を集めるシロを中心とした一番地。ひなたの手によってアウトローが量産されれば、政府に勝っても力を持つ者が増えて力のバランスが崩れ、アウトロー街どころか日本の治安が乱れるのは必至と考えた彩葉。

 そんな大事を起こそうとしているにも関わらず、変わらず飄々とした態度のシロに、呆然としていた太一は重い口を開いた。

「…………やらせない……」

「ん?」

 そしてテーブルをバンッ! と叩いて、勢いよく立ち上がる。

「戦争なんて起こさせない‼︎ そんなの……許しません‼︎」

 太一も彩葉と同様の結論に至ったのだろう。最も彼の場合、母親の陽子を殺され、父親の一心の命を狙われてるという更に複雑な状況ではあるが。

「俺の仲間になって父親は討てないかい? それとも母親を殺した俺を討つ?」

「違います……僕は……僕は、ただ……」

 父である一心を殺したくない。母親を殺したシロを殺したいと言われれば、そんな結論にも至れない。太一が出した結論は――。

「この社会は白黒分かれさせていい訳じゃない‼︎ そう思ってるだけです‼︎」

 闘って争う理由も必要もない。実に平和主義で優しい太一らしい答えだった。中途半端な彼の答えは、未だ人間でもなく犯罪者にもなりきれない彼にしか出来ない答えなのかもしれない。

「……やっぱり、君は綺麗な白色だ」

 そう言って満足そうに立ち上がったシロに、思わず臨戦体制に入る彩葉とリンファと凛と蘭。彼女達を脇目にも振らず、強い眼差しの太一を赤い瞳で見据えた。

「君の白は汚したくない。俺の仲間になることを信じてるよ」

 そう言い残し、突如後方に跳んだシロは、背中でリビングの窓を割りマンションの五階のベランダから飛び降りる。

「逃すナ。捕らえるネ」

「捕らえてお金」「支払わせる」

 リンファと凛と蘭は即座に追おうとするも、太一は三人の前に両手を広げて立ちはだかり、それを制した。

「オマエ、どういうつもりカ?」

 止めた太一に食ってかかるリンファ。シロを人質として捕らえていれば、二番地を復興するための金を支払わせる交渉材料になるため、当然だろう。

「僕は……薄情かもしれません。母さんとの記憶がそんなにないから、シロさんをそこまで憎めないんです……」

 陽子との記憶が残っているのは太一が四歳の時まで。憶えているのは、

『お父さんは厳しくも正しい人。太一もそんな人間になりなさい』

 という言葉だけであり、顔もおぼろげにしか憶えていない。シロに憎しみを抱くには幼過ぎた。

「犯罪者討罰法が出来た原因だとしてもかい?」

 彩葉の言う通り、シロがいなければ太一も彼女も犯罪者に認定されることはなかった。今みたいに隠れて過ごすということもなかった。

「……はい」

 太一はシロがどんな人物かをまだ知らない。何を思って十二年前に一心を狙い、今なお殺そうとしているのか。このまま行かせないでもっと話したいという想いもあったが、今は行かせた方が得策だという結論に至ったのだ。

「彩葉さん、彩葉さんの【咎】で足音を消して、シロさんを尾行できませんか? ひなたさんを助けて何とか争いを止めましょう」

 感情が昂っていた自身より冷静な判断をし、無線機を投げ渡して来た太一に従い、「あんたがそう言うなら」と、彼女は【一つだけの強盗ワン・スティール】で自らの足音を盗み、急いでシロを追った。


 自身から足音を【一つだけの強盗ワン・スティール】で盗んだことで、完全に足音を殺した彩葉は、近づき過ぎないように、引き離されないように、馬より早く走るシロを追跡する。その目的は、ひなたの居場所の把握だ。

(太一はおそらく、五人で力を合わせてもシロを人質に出来ない。または、闘いたくない。って考えて、シロを泳がしてあたいに尾行させた訳さね)

 シロを人質に出来ればひなたとの人質交換の材料になったが、シロの【咎】は不明で、闘っていれば三番地がどうなっていたかも分からない。殺すより生捕りにする方が難しいのだから、こちらの被害はどれ程になっていたのかは不明だ。太一のとった判断は、考えてみれば結果的に冷静にも見えた。

(だけど太一。ひなたを奪い取るにしても、止めるなら闘うのは絶対だ。今度はそれが敵地になる……それを分かってんのかい?)

 結局闘うことになり、それが敵地となれば地形や敵の総数も分からず、罠もあるかもしれない。しかしシロを逃してしまった以上太一の案に乗るしかないため、彩葉は仕方なくシロの尾行を続ける。

「どうせバレるけど、ぶっちゃけるの早かったかなー?」

 足音がしない彩葉に気付いていないシロが独り言を呟く中、十数分程追跡すると、一番地の廃ビルへと入っていった。

 夜も明けはじめ、それ以上近付くと人目につくと彩葉は判断し、近くのアパートの屋上に跳び乗ってシロが入っていった廃ビルを遠目から見つめる。廃ビルの窓越しに中を覗こうとしたが、見張りの犯罪者が数多くウロウロとしている以外の情報はとれなかった。

(ちっ……あのビルが本命だろうけど、ひなたがどこにいるかまではわかんないね)

 そして、無線機のチャンネルが合っているかを確認し、プレスボタンを押して音声を送信した。

「こちら彩葉。シロがひなたがいると思われる場所に入ってったよ。どうぞ」

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