第19話


 【無法者】からそう遠くないマンションに移動した二人は、異物とも言える純白の存在を、リビングのソファに座らせる。

「ねーっ、客が来たのにお茶も出ないの? この家はさーっ」

 その人物は【一番地の白王】と呼ばれ、政府からもアウトロー街からも恐れられるアルビノの男、シロ。気さくでぶっきらぼうそうな性格からはとてもそうは見えないが。

「はぁ……ただいまお持ちします」

 太一はシロからの圧に負けてキッチンへと行き、お湯を沸かし始める。

「ちっ、うるさいヤツさね。あんたは念の為の人質なんだって分かってんのかい? だいたい指錠してるから飲めないじゃないのさ」

 彩葉にとってシロは、太一を奪いに来たアウトローを追い返すための人質。しかし、シロを取り返すという建前で一番地の住人が攻めてくることも想定しているため、扱いには困っていた。

「あ、ごめんね。これもうとっくに壊しちゃった。鬱陶しかったからさ」

 シロは指で摘んだ壊れた指錠をヒラヒラと見せる。

「壊したって、それ……超硬合金製だよ⁉︎」

「だから謝ってるじゃーん」

 彩葉は指錠が壊れたことに驚いているだけだが、シロは壊したことに対して怒ってると考えたのか謝っている。噛み合わない上に掴み所もないシロと話しているだけで、彼女は思わず「はぁ……」とため息をついた。

「……あんたとまともに話したのは初めてだけど、話してると本当に疲れてくるさね」

 二人は遠目で見ただけで直接会話したのは初めてだ。しかし、一番地の犯罪者達に電車に毒物を散布させたり、要人を暗殺させたりと、シロの良くない噂は多く聞いている。疲れてはいても警戒心は解けない。

「何でだろーっ。皆に良く言われるんだーっ」

 頭を抱える彩葉を見て、ケタケタと笑うシロ。そんなシロの元に、お茶を入れた太一が戻ってきた。シロの前に茶碗を置き、急須からお茶を注ぐ太一。「ありがとーっ」と、太一に礼を言ってお茶をすすり始める。そんなシロを太一は不思議そうに見ながら、正面に座った。

「あの……シロさんは何で自分から捕まったんですか? 気まぐれという訳じゃないでしょう?」

 強引に捕らえに来たと思いきや、無抵抗で人質となって自ら仕掛けた戦闘を止めた。行動が矛盾しており、太一がずっと不可解に思っていたことだ。

「あの時俺が君に突きつけた選択肢、覚えてる?」

「あなたの仲間になるか……彩葉さんが殺されるか、ですか?」

「そう。それに対して君は双方に被害なく戦闘を止める為に、俺を人質にとるという第三の選択肢を作った。俺を人質にしても殺す気なんて全くなかったにも関わらずね」

「…………」

 あの時の太一の考えはシロに筒抜けであった。太一はそのことに感嘆すると共に、全てを真紅の瞳に見透かされているようで、薄ら寒さを感じる。

「実に良い答えだったよ。純粋で綺麗な色だ。強引に使う道具じゃなくて、君を仲間として俺のモノにしたくなった。ただそれだけさ」

 シロからすれば彩葉を人質にして脅し、太一に自分の命令に無理矢理従わす道具にするということも出来た。そうしなかったのは、総理大臣の一心を倒せる程の力を持つ太一を一道具ではなく、心を共にする同胞にしたかったのだ。

「アウトローを集めて何をする気か知りませんが、他にも強いアウトローはいるじゃないですか。彩葉さんや二番地のリンファさん達みたいな……何でそこまでして僕を?」

「あーダメダメ。全然っ……ダーメ。そこの【三番地の女盗】は穏健派で、【二番地の女傑】は金の亡者。そんな既に汚い色に染まってるヤツはいらないんだよねー」

 暖かいお茶を飲みながら指をさしてくるシロに彩葉は少なからずイラつくも、二人の会話を邪魔しないよう無言を貫いた。彼が太一を仲間にして何をしたいか、その目的を掴みたいからだ。

「染まってる……?」

「白色が良いんだよ、これからの世にとっては。何色にも染まっていないピュアな心が必要ってわーけ」

 抽象的な表現ばかりで、何を言いたいか分からないシロに太一は内心戸惑い続ける。はっきり言われないと、どうしたいのか、どうしていいのかが分からないからだ。

「その点、君は良い。純粋で何色にもまだ染まっていない。俺のような美しい白だ。それに総理大臣の戸鎖一心を倒した実績もある」

 シロは太一の目を微笑みながら、まっすぐ見つめる。

「でも、この話を聞いたら仲間にはなれないかな?」

「え?」

 太一が真紅の目に吸い込まれようとする中、

「君の父親を撃とうと凶弾を放ち、庇った君の母親を殺した犯人は――」

 彼の耳に聞こえてきたのは余りにも、

「俺だよ」

 突拍子もない話であった。

「そして俺はまた君の父親を殺そうとしている。この社会を白くするためにね。それでも仲間になってくれるかな?」

 太一の頭の中は、目の前の存在のように真っ白となる。何も考えられず、ただただ真っ白に。

「じゃあ、あんたが……二〇四八年に総理大臣を襲撃して、犯罪者討罰法が制定された元凶……?」

 アウトロー街に数年いた彩葉ですら知らなかった情報は、余りにも過多ではあったが、かろうじで頭を働かせた彼女は何とか太一の代わりに反応する。

「ついでにアウトロー街を作ったのもね」

 未だ太一は微動だに出来ず、放心したかのように固まっており、彩葉も何も言えずにいるという静寂の中、部屋のインターホンがピンポーンと鳴った。三人はあまりに重大な話をしてるが故に放置するも、インターホンはうるさく何度も鳴る。

「出たら?」

 どうぞ、と言わんばかりに手の平で彩葉を促すシロ。彩葉は彼に指示されたのが不服ではあったが、玄関へと向かい、重要な話を途切れさせた訪問者に不機嫌そうに「何だい?」と扉を開けた。そこには、負傷した傷を手当てしたリンファと凛と蘭がいた。

「ちっ、あんた達かい。今取り込んでるんだよ」

「こっちも急用ヨ。二番地からロリババア攫われたネ。やったのは【一番地の執事】ヨ」

「……何だって?」

 彩葉に嫌な予感が走る。政府との戦争前で戦力を集めていること。シロが総理大臣の一心を殺そうとしていること。そして、ひなたが攫われたこと。それは恐らく無関係ではないからだ。


 二番地から攫われ、一番地の大きい廃ビルへと連れて来られたひなた。元はオフィスだったのか、その一室はそれなりの広さがある。

「まったく……老いぼれに手荒な真似をしおるわい」

 何十人もの柄の悪い犯罪者に囲まれた鉄製の椅子に座らされ、糸田の【咎】によって作られた糸で縛られており、身動き一つ取れない状態にあった。せいぜい出来ることは今みたいに悪態をつくことくらいだ。

「申し訳ありません。シロ様の命でどうしても貴方の協力が必要でして」

「ふん。あやつが何をやらせたいか大体検討はつくがの」

「と、言いますと?」

 ひなたはシロと糸田の二人とはアウトローにした際に会話をして、どんな人物かある程度把握しており、糸田に関してはシロを神と崇めて心酔しているという認識であった。一方シロに関しては、二〇四八年の総理大臣夫人を殺した犯人ということも知っており、掴み所の無い飄々とした性格で危険思想を持っていることも把握している。

「アウトローの量産化じゃろ」

「ご名答、さすが権藤博士」

「ワシを無理矢理攫うということは、そういうことじゃろが。何をするつもりじゃ? あやつは」

 そんなシロの命で、ナノマシンのプログラムを書き換えられる唯一無二の存在である自身が攫われたということで、その答えが導かれた。何か大きい事を起こす前触れだろうということは、容易に想像がつく。

「それを貴方が知る必要はありません。貴方はただ、こちらが差し出した犯罪者をアウトローに変えて頂ければそれでいいのです」

 糸田の命令は、ひなたの気に入った犯罪者しかアウトローにしないという信念に反していた。当然ひなたにとっては不愉快極まりない命令ではあるが、この状況を脱するためには従うしかない。どうしようもない状況に彼女は少しだけ考え、結論を出す。

「……良かろう、やってやるわい。じゃがどうなっても知らんぞ」

「やって頂けるのですか? こちらとしては話が早くて助かりますが」

「やらなければ、お主らはワシを解放せんじゃろ」

 良く言うわ、と言わんばかりに糸田をジトっと睨むひなた。糸田はそれを意に介さず、仮にひなたに逃げられても再度捕らえられるという自信から、右手の人差し指の爪の間から細く強靭な糸を出し、椅子に座るひなたへと振るった。すると、ひなたを捕らえていた糸だけが全て切断され、解放される。

「さて、どやつからじゃ? 前に出てこんか」

 ようやく解放され、準備運動をするかのように腕を回すひなたの前に、ドスン、ドスンと大きな足音を立てて、今までどこに潜んでたか分からない大岩のように巨体な大男が現れた。

「ガハハッ! 俺からだ、ジジイ!」

「どれ、舌を出してみぃ」

 不潔そうな長髪と髭を伸ばした不細工な大男は、んべっと舌を出す。口から匂う悪臭に鼻をつまみながら、ひなたは大男の舌に触れて唾液を伝って体内のナノマシンのプログラムを書き換えた。すると――。

「……ごぼっ、ごぼぼぼぼ⁉︎」

 突然大男は苦しみながら倒れ、地面をのたうち回り始める。

「ど、どうした⁉︎」

 周囲の犯罪者達が近付いて様子を見ると、大男は体内で何かが動くかのようにボコボコと体の表面を蠢かせていた。しばらく何かからもがいた後、「ごぶっ‼︎」と、穴という穴から血を噴き出し――絶命した。

「じゃから言ったじゃろ? どうなっても知らんぞ、と」

 面白いことがあったかのように「たっはっはっ」と笑うひなたに、数十人いる犯罪者の内の一人が喰ってかかり、彼女の白衣を掴んで引き寄せる。

「おい、ガキ‼︎ てめぇ何をしやがった⁉︎」

「アウトローになるには適性があっての。ナノマシンのプログラムを書き換えれば、誰でもなれる訳ではない。ワシはアウトローになれる者しかアウトローにしておらんため、誰もそのことは知らんがの」

 ひなたは胸倉を掴んでいる犯罪者の手を取り、

「お主も試してみるか?」

 ニタァと笑った。自身も大男の様に殺されると想像したのか、「ひぃっ!」と声を上げ、ひなたから手を離して後ずさる犯罪者。最終的に腰を抜かした所を見て楽しそうに笑ったひなたの言葉を――。

「嘘ですね」

 糸田は信じていなかった。

「シロ様は貴方の【咎】を、ナノマシンのプログラムを書き換える能力、人体に関わる何かを変化させる能力、機械類を操作する能力、そのいずれかと予測しておりました。おそらく今したことは、ナノマシンをウィルスか何かの類に変えたのでしょう。この状況を脱するために」

 つまり、糸田はひなたの【咎】が先に挙げた三つのいずれかに該当する場合、アウトローになるには適性が必要という話に整合性は無く、嘘と断定できると言いたいのだ。そして、ひなたが今まで興味を持った犯罪者しかアウトローにしないと言っていたことから、その考えはより真実味を増す。

「ナノマシン開発者のワシより、シロを信じるか?」

「我が神であるが故、間違いはありません」

 狂信者とも言える程シロを心酔する糸田を説得させる程の材料がないひなたは、「ちぇっ」と舌打ちをして諦め、

「化かしは出来んか」

 嘘を認めた。

「とんだ狸ですね、貴方は」

「狐に言われとうないわ」

 そして、嘘が通じない以上闘うしかないと判断し、丸眼鏡の奥から微笑む糸田に襲い掛かったのであった。

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