第18話
翌日の夜、【無法者】という物騒な店名の三番地の食堂で、飲酒を終えて帰宅する太一と彩葉。【居酒屋あうとろ】が無くなって以来、ここで飲むのが三番地の定番となっている。今回も彩葉に太一が付き合わされた形だ。
「だから、僕は未成年だって言ってるのに……」
「だから、あたいもだって言ってんじゃないか」
「それにアウトローの僕らにアルコールって意味あるんですか?」
「気分だよ、気分」
毎度繰り返される押し問答をしながら、寒くなってきた夜道を歩く二人。肌に触れる空気も冷たくなり、吐く息も白く、冬の訪れを感じさせられた。
「やぁ、【三番地の女盗】さんと【三番地の英雄】さん」
雑談をしていた二人は後ろから声をかけられ、振り向く。振り向いたと同時、その奇異な存在に目を見開くこととなった。
圧倒的な――白。
髪も、肌も、ファー付きのコートも、インナーも、ズボンも、靴も、その全てが何一つ汚れが無いほど白かった。唯一、瞳だけが惹きつけられるような真紅であり、その人物の神秘さを増長させている。中性的な綺麗な顔立ちとスタイルの良さもあってか、見る者全てを釘付けにさせる美しさを彼は持っていた。
「……アル……ビノ……?」
「大正解ーっ。良く知ってたねーっ。俺はシロ、よろしくね。【三番地の英雄】戸鎖太一君」
彼は太一のアルビノという答えに、笑顔でパチパチと拍手する。太一が高価な絵画を目の当たりにしたかのように見惚れている一方、彩葉は警戒心を最大限まで高めていた。
「【一番地の
「彩葉さん?」
既に戦闘態勢に入り、異常なまでの警戒をしながら冷や汗を流す彩葉。太一は【一番地の白王】という聞いたことのない通り名と共に、警戒心を露わにする彼女を疑問に思う。
「何って、太一君に用があるからに決まってるじゃんか。盗心彩葉ちゃんっ」
そんな彩葉に対して、隣近所の人に話しかけるかのような気軽さで話すシロ。神秘的な見た目と違って、どうやら気さくな性格のようだ。太一は彩葉と同じく警戒した方がいいのかとも考えたが、彼が醸し出すほんわかとした空気にどうしても戦闘態勢に入れずにいた。
「あたいらに話すことはない。今すぐ三番地から出てきな。一番地と事を構える気も、手を組む気もないさね」
「酷いなぁ。そんな邪険にしなくたっていいじゃんか。仲良くしようよ、同じアウトロー街にいるんだからさーっ」
「ふざけんじゃないよ! あんたみたいなテロリズム、こちとら持ち合わせてない! 会話すらしたくないんだよ、こっちはさ!」
「うーん、それは残念だね……」
話に着いていけない太一ではあったが、ただ事ではない彩葉の態度に、徐々に警戒心を高めていた。すると――。
「じゃ、テロリストらしく奪っちゃおっかな」
シロが指を鳴らしたと同時、夜を照らす炎の塊が降ってくる。
警戒心を高めていた二人はそれに気付き、何とか紙一重で跳んで躱した。完全に回避するも、炎の余りの熱に目を細める。
「最初っからこうすりゃ良いんだよ、面倒くせぇ! どうせ、こっちのもんにすんだろうが⁉︎」
「【四番地の獄炎】……⁉︎ 何であんたらが一緒に……⁉︎」
二人に突っ込んだのは、炎を纏い、熱量で景色を歪め、赤い逆毛を炎と共に揺らめかす男、獄寺炎士。【四番地の獄炎】と呼ばれる、四番地の会長のアウトローだ。
一番地のトップと四番地のトップが手を組み、三番地にいるという異常さ。彩葉は太一と同じく、何が何だか分からずにいるが、このまま戦闘になればただでは済まないと察し、手を掲げて二人を制止した。
「待ちな! 太一に用があるって言ったね……一体何の用だい?」
彩葉の疑問にシロが答える。
「ただ知り合って、お友達になりたいだけだよ」
「お友達……? 一体何のためにさ?」
「この国を白色に染めるために」
シロが彩葉の疑問に答えると同時、
「ひゃっはああぁぁ‼︎」
炎士が彩葉に襲い掛かる。太一には脇目もくれず彩葉と戦闘を開始したため、標的は彼女のようだ。炎士を操っているであろうシロに、太一は慌てて申し立てた。
「ちょっと……止めて下さい! お願いします!」
「君の選択肢は二つだよ」
シロに懇願する太一に対し、指を一本立てる。
「一つ、俺とお友達になること」
そして二本目の指を立てた彼の真紅の瞳は、
「二つ、彩葉ちゃんを殺されること」
神秘的とは一点、邪悪。さっきまで気さくだった彼は何処へやら、不気味に微笑んでいる姿は、闇夜を照らす白い悪魔に見える。太一が選択を迫られる間も彩葉は炎士に攻めたてられていた。
「何で……【一番地の白王】と手を組むんだい⁉︎ 【四番地の獄炎】……‼︎」
「野郎は言った、燃やさせてやるってな……この国丸ごと! 最高に熱くなるじゃねぇか‼︎」
「何だって⁉︎」
国を燃やさせる。つまり政府と争うということ。それを聞いたことで、太一を勧誘に来たのは彼が総理大臣の一心を退けたからであろうと彩葉は察した。政府と闘うための戦力として、彼を必要としたのだ。
「そんなことして負けたら……どうすんだい⁉︎」
そんな闘いを起こして負ければ、本気となった政府によってアウトロー街は殲滅されるだろう。三番地にいる犯罪者は皆殺しにされ、三番地も奪い返される。シロ達の起こそうとしてる行動は彩葉にとって到底容認出来るものではない。
「だから燃えるような戦力を集めてんだろうが! 馬鹿がよ‼︎」
炎を纏った拳は彩葉の腹部に直撃する。「ぐふっ!」と唾液を飛ばしながら、小さな公園のブランコにぶつかり、支柱を大きく曲げて体を埋めた。
「彩葉さん‼︎」
「かはっ……ごほっ……」
ふらつきながらも何とか体制を整える彩葉の殴られた箇所の服は燃え、煙を上げた肌が露出している。肌までは燃やされてはおらず、打撃での傷しか負っていないが、服を一瞬で燃やした火力はやはり無視できない。
「ひゃはっ! やっぱアウトローはナノマシンのせいか、頑丈で燃えにくいな!」
「……ちっ!」
終始劣勢の彩葉を見て、微笑むシロ。
「さ、太一君。どうしよっか?」
「……っ……僕は……」
気さくな立ち振る舞いに戻ったシロに太一は選択を再び迫られる。仲間になるか、彩葉を失うか。前者の選択肢を取ることは太一にとってなかった。急に彩葉に戦闘をけしかける者なんて真っ当じゃない。仲間になんてなれるはずがない。後者の選択肢はもっとありえない。彩葉を殺させるなんて到底許せるはずがない。
「そんなの……どっちも嫌だ‼︎」
そう考えた太一が選んだ選択肢、それは――。
「……動かないで下さい! 動いたらこの人の首を刎ねます!」
第三の選択肢。シロを人質にとって戦闘を止めること。「へぇ」と感心の声を上げたシロの両腕をたどたどしくも捕らえ、手刀を首に添える。
「あらら、捕まっちゃったー」
あっさりと人質となったシロの不甲斐なさに、闘いの手を止めた炎士は激昂した。
「何やってんだ、コラ! バカやってねーで、そんなヤツ振り解け!」
「いやー、流石【三番地の英雄】だ。力が強くて振り解けないや。このままじゃ首も刎ねられそうだね」
しかし、シロの発言に太一はクエスチョンマークを浮かべる。
(この人……どういうつもりなんだ……?)
何故なら彼はその言葉とは裏腹に振り解こうともせずに、無抵抗だったからだ。それでもその状況は太一にとって都合が良く、利用しない手はない。
「彩葉さんに手を出さないで下さい! 出したら本当に……やりますよ!」
「わーっ、やられちゃうよーっ! ヘルプミーっ!」
「「「…………」」」
シロは大根役者なのだろうか。明らかに演技とわかる台詞と立ち振る舞いに、その場にいる皆が呆れて絶句する。
「ふざけてんじゃねぇぞ、コラァ! こっちはもう火種が出来てんだ! けしかけといて今更止めてんじゃ――」
「獄寺炎士」
キレて再び彩葉と闘おうとする炎士を呼ぶシロからは、
「邪魔。殺すよ?」
殺気が発せられた。ただただ、炎士に向けて殺気を発しただけ。それだけで、全員の体から冷や汗が溢れ出て、震えが止まらなくなった。まともに受けた炎士は抜かしそうな腰を、足に必死に力を入れて堪える。
「……けっ……どうすんのか知らねぇけど、俺様との約束破んじゃねぇぞ! シロォ!」
「はいはーい」
炎士は捨て台詞を吐いてその場から脱し、シロは太一に捕らえられたまま、彼らと共にそこに残る。
「……これから、どうしましょう……?」
「……あたいが聞きたいよ」
良く分からない状況に、呆気にとられる太一と彩葉。しかしシロは変わらずマイペースであった。
「どっちかの家行って、お話でもしよっか」
とりあえず彩葉は手持ちの超硬合金製の指錠を、うるさいシロの両手の親指に装着して捕縛し、自宅マンションに移動することにした。
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