三章

第16話

 一心達と【アウトロー討罰隊】が三番地から撤退して、一週間が経った。戦闘の後に気を失った太一と彩葉はひなたに回収され、撤退する【アウトロー討罰隊】に見つからずに事なきを得た。

 三番地を歩く太一は顔を紺色のキャップとマスクで隠し、グレーのスウェットを着て、ジーンズを履いていた。昼食の買い物帰りで、何とか人間に犯罪者とバレずに帰ることが出来てホッとしていると、以前噂話をしていた二人の熟女が駆け寄って来た。

「あらぁ、【三番地の英雄えいゆう】様じゃなーい」「もし、私達に何かあったら助けてよ」

「……はぁ……」

 本気で討罰しに来た総理大臣である一心率いる【アウトロー討罰隊】を撃退した太一は、【三番地の英雄】とあだ名され、半ば認められるようになった。相変わらず彩葉の小間使いをしており、何かあればまた手の平を返されるのだろうが。

 二人の中年女性を何とも言えない表情であしらって、帽子を深く被り直し、彩葉と共同生活をするマンションの二人が住む一室に入り、廊下を通ってリビングへの扉を開けた。

「彩葉さん、買ってきました……よ」

 テレビで国営放送のニュースが流れるリビングでは、彩葉がパジャマから着替えている真っ最中で、下着姿であった。太一は思わず「はぁ……」と溜め息をつく。

「もう、いい加減自分の部屋で着替えて下さいよ」

「ここここ、この部屋はあたいの家だよ! あんたは居候で男! あたいが着替え終わるまで出てきな、このバカ‼︎」

 彩葉は前とは打って変わった反応で、太一を蹴ってリビングから追い出した。心無しか頬は紅く染まっている。

「何なの……ホントに……」

 訳も分からず玄関まで蹴り飛ばされた太一は、嘆くしかなかった。

 しばらく廊下で三角座りをして待っていると扉が開き、「入りな」とそっぽを向いた彩葉に導かれ、リビングに入った太一は、テーブルにコンビニで買ってきた昼食を置いた。彩葉は未だ頬を少し染めたまま、暑そうに手で顔を仰ぎ、礼も言わずにコンビニ袋から鮭弁を取り出す。太一も怪訝そうに袋からのり弁を取り出した。

『戸鎖総理は犯罪者に奪われた街の奪還に失敗し現在入院中で、【アウトロー討罰隊】にも多数の死者が――』

 自分達が関与した事件がニュースで流れる中、二人は弁当の蓋を開け、食事を始める。ニュースが終わるまで会話は行われなかった。何故か気まずい空気の中、太一が「今日はどうしますか?」と話を切り出した。時間が空いたこともあってか、彩葉も普段通りに戻っており、「どうするかね」と考え始め、窓のカーテンを開く。

「一日中ゴロゴロするのもアリだし、盗みを働くのもアリだ。他のアウトロー街がどんなのか見るのもね」

「……人間の頃は、いつも勉強ばかりしてました。それが、こんな風に暇を持て余すようになるなんて」

 犯罪者認定される前のことを太一は振り返った。毎日父親の顔色ばかり気にして、テストの順位を気にして、自分が気になることからは目を背けてきた。

「そりゃそうさ。だってアウトローは――」

 彩葉が言いたいことは分かっている。太一にとって、新しい生き方。何処かで望んでいた生き方だ。

「自由ですもんね」

 これからも太一は生きる。犯罪者……否、アウトローとして、誰よりも強く自由に。


 そんな室内で食事をとる二人を、道路越しのマンションの屋上から監視する二人の男がいた。

「おいおい、あんなガキが【アウトロー討罰隊】を退けたってぇ? 冗談だろ。簡単に消し炭にできそうだぜ。試しに燃やしてみるか?」

 赤髪を逆立たせ、金の龍の刺繍が施された赤いスカジャンとダメージジーンズを纏い、目付きが悪く、キザ歯をぎらつかせた男は、魔法のように手元からボゥッと炎を出して握り潰す。

 見た目だけから判断すれば、所謂昔ながらの不良。年齢は二十代後半に見える。細くも逞しい体を前に乗り出し屋上のふちに足をかけて、今にも太一と彩葉を襲撃しかねなかった。

「お止め下さい、【四番地の獄炎ごくえん獄寺炎士ごくでらえんじ様。神からのご指示は視察。決断を下されるのは貴方ではありません」

 炎士を制したのは、細身な体に執事服を着ていて、黒い長髪を後ろで括り丸眼鏡をかけた男、糸田紡いとだつむぐ。二十台中盤の若々しい顔は狐のように微笑んでおり、きちんとした佇まいからは微塵も隙を見せない。

「糸田よぉ、別に俺様は野郎に下った訳じゃねぇぞ。コラァ!」

 口から炎軽く噴き出し、炎士は糸田を威嚇する。凄まじい殺気であったが、糸田は少しも臆さず目を糸のようにして微笑み、彼に説得を続けた。

「分かっております。しかし、我が神をあなたも認めたはずです。わたくしに手を出せば、約束を違えたと見なしますがよろしいですか?」

「……けっ!」

 一番地と敵対すると聞き、振り返ってぺっと唾を吐く炎士。【四番地の獄炎】とあだ名され、アウトロー街四番地の頂点に立つ力を持つ彼にとっても、一番地と事を構えるのは避けたいことなのだろう。

「ご聡明な判断感謝します。我が神も、貴方という戦力を欲してますので」

 糸田は炎士に華麗な一礼をし、顔を上げて太一を見つめる。

「さてはて、どうなることでしょう」

 視察を終えた二人は姿を消し、一番地へと帰った。

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