第15話

 巨大な瓦礫群の上に立ち、黄金に輝く一心。彩葉が用意した策が通じず、装甲に毛筋程の傷もついていないことで、太一は恐れ慄く。

「貴様は覚えてはおらんだろうな。二〇四八年のあの事件を。我が妻……貴様の母の死を」

 一心は毅然たる態度で、太一に歩み寄った。

「陽子は出来た女であった。我の全てを受け止め、愛した女。あんな女は他におらぬ」

 話に出したのは死んだ太一の母、戸鎖陽子のこと。一心は舞い上がった砂煙や埃で星が見えない夜空を見上げて、過去を振り返った。

「演説中の我を狙った凶弾。陽子が誰よりも早く気付き、我を庇って死んだ」

 当時四歳の太一も、ニュースでも大々的に取り上げられたため、陽子が一心を庇い凶弾に倒れる瞬間を、モザイク処理がされたテレビ越しに観ていた。当時の自分が母の死に際を観て、何を思ったのかは覚えていないが、優しい母の死は衝撃的だった覚えがある。

「あのの犯罪者は逃走し、未だに捕まっておらぬ」

「だから父さんは……犯罪者討罰法を作ったんですか……?」

 一心は太一を見据え、拳を握った。その目は装甲で見えないが、怨念染みた執念を感じた。

「そうだ。我のような想いをする人間を一人でも減らすために……そして、陽子を殺した犯人を見つけ出し、この手で殺すために‼︎」

 知らなかった母、陽子への一心の想いを聞き、太一は動揺する。犯罪者討罰法を作った一心の想いや願いは真っ当なモノだったからだ。彩葉を助けたとはいえ犯罪者討罰法に背き、犯罪者となってしまった彼にとっては耳が痛くなるような話だ。

 そんなことを考え、苦悩する太一と違って――。

「まさか、先に息子をこの手で殺すことになるとは、夢にも思わんかったがな」

 総理大臣として覚悟を決めている一心は、太一に襲い掛かった。

 全身を覆う装甲、フルアーマーにより強化された身体能力は、アウトローのそれと同等、否――それを上回っていた。息をつく間もない猛攻を躱し、いなしていた太一ではあるが、戦闘技術においても劣っているため次第に苦しくなってくる。

「ぐっ……」

『お父さんは厳しくも正しい人。太一もそんな人間になりなさい』

 生前、母の陽子に言われて記憶に残っている言葉。その言葉は、太一を見えない鎖で縛る。父と母は正しくて、自身や彩葉が間違っているのではないか、そう言わんばかりに。

 ドゴォっ‼︎

「ぅぼぉっ⁉︎」

 戦闘中にボーっとしていた太一は一心の蹴りを腹部に受ける。まるでパチンコ玉のように飛んでいき、マンションやビル、様々な建物に弾かれていった。空を舞う太一を追い討ちをかけるために跳んだ一心は、両手を組んだ拳で腹部を殴って地面に叩きつける。

「かっ……‼︎」

 とんでもない勢いで叩きつけられた太一は血反吐を吐きながら、アスファルトに大きな亀裂を入れて仰向けに埋まり込んだ。太一が目を開けた時、腕を組みながら足の裏を向けて宙から落下してくる一心が、目の前に映る。

「わぁ⁉︎」

 瞬間、恐怖から思わず顔を逸らす太一。顔の真横には一心の両足が杭のようにズドンッ! と突き刺さり、大地を揺らした。躱すことに成功した太一は、すぐさま距離を取るために離れる。ダメージを負って冷静になり、今の攻撃の威力に思わず冷や汗をかいた。

「ナノマシンのプログラムを書き換え、身体をいくら強くしようが精神が――未熟」

 鼻と口と耳から血を垂らし、一心に怯える。もし目を開けなかったら、もし顔を逸らさなかったら、もう彼はこの世にいないのだから当然だろう。

「貴様のデータは先の火野との戦闘で得ている。肉体を損傷した際に、体内のナノマシンが何らかの反応を起こし、変身するのであろう?」

 【ストレスバースト】のことを一心は認知していた。太一も前の戦闘の記憶が残ってはいるが、何故あんな異形な姿に変身出来たのかは分かっていない。それを敵である一心の方が理解していたのだ。

「ならば貴様を下手に傷付けず、一撃で仕留めるまでよ」

 だからこそ頭部を狙った一撃。火野のように胸を貫かず、脳を潰して意識を奪いながら、息の根を止めるつもりだったのだろう。

 故に、拳を握って間合いを一瞬で詰める。

「死ね」

 再び狙うのは頭部。頭蓋骨を粉砕し、脳に到達する程の一撃は、雷光のような速さで放たれた。その拳は未だ迷いの中にいる太一の視界から消えた――。

「悪いけど、死ぬのはあんただよ」

 何故なら一心と太一の間には彩葉がおり、殺意が篭った拳を受け止めていたからだ。彼女の【咎】である、【一つだけの強盗ワン・スティール】を発動させて。

「返すよ、盗んだあんたの一撃」

 火野の必殺の一撃と同様に、盗んだ衝撃を一心の胸部に放つ。盗まれた全力の拳を彼女に返された一心は吹き飛ばされ、誰も住んでいない三番地のマンションへと突っ込み、崩落させた。

「……彩葉さんっ……」

「太一‼︎ あんた何ぼっとしてんだい⁉︎ 死にたくないならどきな‼︎」

 太一を手と言葉で制しながらも、注視する彩葉。そんな中、瓦礫がぜたと同時、ゴゥッと砂煙を晴らしながら一心が飛び込んで来る。黄金の装甲は胸部が少しへこんだ程度で、一心の肉体は無傷に等しく、動きの鈍りが微塵も感じない連撃を彩葉に放つ。

「貴様のこともデータにある」

「こい……つ……‼︎」

 一方、火野との戦闘で既に満身創痍の彩葉は太一と同じく一心に圧倒された。火野と同等の力、しかし火野を越える速度と防御力。彩葉を捉えるのは時間の問題だった。

「僕……は……」

 彩葉と一心の攻防を見ることしか出来ず、介入出来ないでいる太一。何が正しくて、何が間違っているのか。未だにその答えが見つからないで、一心と闘うための正義が分からないからだ。

『お父さんは厳しくも正しい人。太一もそんな人間になりなさい』

 太一にとって母の言葉は呪いのように、一心の背中と教育は鎖のように、彼を縛り、苦しめていた。

「ちぃっ……‼︎」

 一心が彩葉を捉え始めている間も太一は苦悩する。

「僕達が生きていることは……間違ってるの……?」

 犯罪者には殺されて当然のような罪を犯した者もいるだろうが、彩葉はどうなのか。彼女は状況に追い込まれて、万引きをせざるを得なかった。それは間違ってるのだろうか。そして、そんな彼女を助けた自分は間違ってるのだろうか。

「彩葉さんと僕は正しくない……だけど……」

 彩葉は太一が犯罪者認定された時、助けてくれた。自分すら守る力を持たない彼を、アウトローにしてくれた。行く当てのない彼に、衣食住を与えてくれた。アウトローとなった後の彼と、行動を共にしてくれた。三番地を壊す爆弾のような彼を、三番地に置いてくれた。

「間違ってるとも思えない……」

 遂に、一心の渾身の一撃が彩葉の鳩尾に直撃し、「おぼぉっ‼︎」と悲痛の声を上げながら、その場で跪いて胃の中の物を逆流させる。

「正しいとか、間違ってるとか……そんなの……」

 目の前で跪く彩葉の首を刎ねようと、手刀を作る一心。今正に討罰されようとする彩葉を見て、太一のストレスは臨界点に到達した。

「ないんだ‼︎」

 彼の血が流れる怪我という怪我から、漆黒の鎖が現れる。鎖は生き物のように蠢き、やがて幾重にも重なり卵状にその全身を包み込んだ。その現象に思わず手を止める一心。

「……変身の条件は肉体へのダメージではないのか?」

 先の戦闘時と同じく、鎖の卵は蠢き、卵の中でバキッ、グチュっと気持ち悪い音を立てて、太一を変貌させる。しばらくして音が止み、鎖の卵が黒い光を発して割れていき、鎖の卵からは太一だった獣が現れた。

【ストレスバースト】

 固い漆黒の甲冑と鎖に覆われた人型の二足歩行をした獣。牙を剥き出しにして涎を垂らし、マントのように首に絡む鎖を蠢かす。

『そいつから離れろ。クソ親父』

 変声機を通したような声で、今までとは違った口調の太一は、鎖を彩葉に向けて放ち、絡め取って自らの元へと引いて抱き寄せた。火野との激戦の後、一心と闘った彩葉はもはや死に体である。

「……太一……」

 そんな彼女を男らしく抱きしめ、太一は耳元で囁いた。

『寝ときな、俺が終わらせる』

 彩葉は太一のあまりの変わりようにフッと鼻で笑ってしまい、安心感からか気を失った。危険が無いように、少し離れたアパートの外壁に彼女をもたれかけさせ、一心に向き直る太一。

「終わらせる? 貴様の命をか?」

『この下らねぇ闘いをだよ』

 暫くの静寂の後、互いに鋭く睨み合い――二人は人間では捉えきれない速度で動き始めた。

 アウトローでもかろうじで見える程の速度で、拳を打ち合う太一と一心。ぶつかり合った余波は空気の振動で大気を振るわせ、細かい瓦礫を浮かせる。

「下らない……確かに下らないな。貴様のように罪を犯す者さえいなければ、犯罪者討罰法も【アウトロー討罰隊】も必要ないのだからな」

『お前が賄賂で金を貯め込むのと何が違ぇんだ。犯罪を隠してるか、隠してないか、それだけの違いだろうが‼︎』

 打ち合いながらの会話、一心の矛盾を突きつつ彼の胸を掌底で突く太一。【ストレスバースト】が発動し強化されたその力をまともに喰らった一心は、「こほっ……」と咳き込み、吹き飛ばされた。

 先程彩葉がへこました胸部の装甲は脆くなっていたのか、太一の一撃で破損する。吹き飛んだ一心は回転し、何度もアスファルトに体を打ち付けながらも、体制を何とか整えた。

「だから青臭いと言っている……大人のことは子供には分からぬと言っておろうが‼︎」

 そこから踏み込み、再び拳を交える。胸部の装甲が破壊された焦りからか、一心は「ふうんぬらあぁぁ‼︎」と怒声を上げて、太一に猛然と襲い掛かった。そんな冷静さを欠いた一心から距離を離す太一は、首からマントのようにぶら下がる鎖の一本をその手に取り、鎖を鞭の如くしならせた。

『お袋が殺されたからって、大人と子供、人間と犯罪者、善と悪……全てを区別できる程あんたは偉ぇのか⁉︎ 一方通行の自己満足で法律を作ってんじゃねぇ‼︎』

 しならせた鎖は、遠心力によって高速を超え、音速に至る。

『この社会はな、白黒つけれる程簡単じゃねぇんだよ‼︎』

 その鎖は、一心に向かって放たれ――。

『お父さんは厳しくも正しい人。太一もそんな人間になりなさ――』

 母、陽子の残した言葉と共に、一心に自身の信念をぶつける。その一撃は母の残像を窓ガラスが割れるかのように飛散させ、

「かっ……は⁉︎」

 一心の全身装甲を破壊し、生身の身体に到達した。

 黄金の装甲を粉々に砕かれ宙を舞った一心は、装甲を月明かりに反射させ、光らせながら地面へと落ちる。鎖の跡が皮膚を削って身体に残っており、太一の一撃がいかに圧倒的な威力だったということが分かった。

『自由になりな』

 一心を倒した太一は前と同じく、鎖と纏う悍ましい装甲を血へと戻して、周囲を血の池と変え、倒れる。

 一心、太一、彩葉。この場にいる全員が倒れ、戦闘が終わったことを確認したひなたはビルやマンションの壁を跳びながらやって来て、倒れている一心を一瞥した後、にっこりと太一に微笑んだ。

「小僧、ワシが間違っておったわい。お前は中途半端でいいかもしれんの。人間でも犯罪者でもない、アウトローなのじゃから」

 意識を失っている太一に声をかけたひなたは、太一と彩葉を回収してその場を去り、闇夜へと消えた――。

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