第14話

 リンファ達三人が勝利した時、彩葉と火野は未だ交戦中で、戦況は彩葉にとって分が悪い状況。終始劣勢で、火野が装備する巨大な手甲での攻撃を幾度も受け、その身体は既にボロボロだが、何とか立ち上がって対面している。

「まだ立つか、ゴキブリのようだな」

「ゴミ扱いの次はゴキブリかい? 次は何に例えてくれんだい? 蝿かね? それともウジ虫かい?」

 はぁ、はぁ、と息を上げながらも強気に煽る彩葉。この社会や【アウトロー討罰隊】隊長の火野罰人に屈したくなかったのだろう。そんな彼女が癪に触った火野は、力強く拳を握った。

「お前ら犯罪者は……生きている価値すらないのだ‼︎」

 間合いを詰め大砲のような威力の鉄拳を振り回し、暴風のような攻撃で彩葉を襲う。彼女は紙一重で何度か躱すも、一つの攻撃に当たり吹き飛ばされた。「ぐっ……」と、息苦しい声を上げて何とか体制を整え、堪える。

「ゴミに分かるか⁉︎ 身体どころか家族や家を燃やした犯罪者が、のうのうと何処かで生きている‼︎ そう考えるだけで、この身が復讐の炎で焼けるように熱くなる、私の気持ちが‼︎」

 ただの一警察官だった火野は、その身と家。そして、妻と子を犯罪者討罰法が制定される前に、未だ見つからない犯罪者によって燃やされた。焼かれた全身からは毛もまばらにしか生えず、火傷の古傷が熱で火照り寝れない夜もある。自身を纏う復讐の炎こそが、彼の【アウトロー討罰隊】隊長としての原動力であった。

「お前ら犯罪者は、我欲で罪を犯して他者を傷つける‼︎ 社会のゴミと呼ばずして何と呼ぶ⁉︎」

 故に、許せない。アウトロー街に巣食い、逃げおおせている犯罪者達が。彼は総理大臣の一心から【アウトロー討罰隊】の隊長に任命された時、誓ったのだ。この社会においての犯罪者というゴミは、全て一掃すると。

「あんたらが勝手に作った枠組みに誰しもが当て嵌まると思いなさんな。バーカ」

「このおおぉぉ‼︎」

 挑発する彩葉にとどめを刺すため、足甲の裏からゴォッ! と火を噴出させ、ロケットのように彩葉に向けて飛んでいく。以前の戦闘で戦闘不能にした必殺の攻撃の威力は折り紙付きだ。振るわれた馬鹿げた一撃を、何を思ったのか彩葉は左手の平だけで受け止め、二人は凄まじい勢いで衝突した――。

「なっ……に⁉︎」

 はずであったのだが、何故か砂埃一つ上げずに手甲の衝撃はどこかへと消えた。とどめの一撃を何故か止められた火野は動揺を隠せない。

「あたいは社会のゴミじゃない」

 彩葉は拳で返す。【一つだけの強盗ワン・スティール】で盗んだ必殺のを、動きが止まった本人の体に向けて。

 ズドォォン‼

「があぁぁ⁉︎」

 自身の全力の攻撃を返された火野は、吹き飛んでいくつもの建物を倒壊させていく。ようやく止まった頃には、たったの一撃で装甲は全て破壊され、全身をボロボロにし、意識を手放して気を失っていた。

「無法者のアウトローさ」

 彩葉は最初から待ち、狙っていた。先の戦闘で戦闘不能にされた、火野の全力の一撃を。

 その一撃を引き出す為に、それまで【咎】を使わずに闘って劣勢を演じていたのだ。そして火野という対象から【一つだけの強盗ワン・スティール】で衝撃というモノを盗んで、返した。この戦闘の全ては彼女の手の平の上、火野が終始優位だったのは踊らされていたからでもある。

「あいたた……太一は無事かね?」

 火野を仕留めたと言っても受けた傷は軽傷ではない。彩葉は身体を引きずりながら、太一の元へと向かった――。


 ――【アウトロー討罰隊】が三番地に侵攻してくる前に時は戻る。太一と彩葉とリンファと凛と蘭の五人は三番地をどう守るか話し合っていた。五人が練った作戦は、各個撃破。足止めをリンファと凛と蘭にさせ、太一を餌にすれば敵の大将である総理大臣の一心を単独で釣れると考えていたのだ。

 集団戦になれば、数で劣り連携も拙いこちらが分が悪いこともあるため、各々が自由に動ける作戦をとることにした。

「リンファと凛と蘭は火傷顔と総理大臣以外を足止めしな。火傷顔はあたいが引き受ける。太一の所には総理大臣様が来るだろうからね。あんたがるんだよ?」

「僕が……父さんを……」

 しかし、太一は家父長制かふちょうせいの長であった一心に怯えていると言っていい程の圧力を昔から感じており、総理になってからも体を鍛えて空手をしていることを知っていたため、アウトローになったとは言えど、自分が父に勝てるイメージが全く湧かなかった。

「戦闘になったら、腹を括りな。あんたに策を授けてやるよ」

 だからこそ彩葉から、勝つための策を受け取ったのだ。


 ドゴッ! ドゴンッ! 

「わっ、わああぁぁ‼︎」

 全身を黄金の装甲で身を包んだ一心は逃げる太一を追撃していた。太一は地面や壁を貫く攻撃を不細工に躱しながらも、十階建ての吹き抜けの構造をした廃ビルの中へと逃げ込む。アウトローとなって、身体能力が向上した恩恵だろう。

 一帯暗闇の廃ビル内に身を隠した太一を一心は見失い、「チッ」と舌打ちをする。ナノマシンのGPS機能がアウトローに対しては働かないため、一度見失ってしまえば再度探すのは困難だ。そう考えた一心は頭に被った装甲の耳の辺りを指でノックし、装甲からスイッチを出してピッピッと操作した。自身が装甲内から見る視界を赤外線カメラに切り替えたのだ。

「追跡するドローンを増やせ。このビルを包囲しろ」

『はっ!』

 更に装甲内のインカムからドローン班に指示を出し、廃ビルの外を包囲していく。太一を絶対に逃がさないという鉄の意志、その表れだろう。一心は廃ビルの一階を太一を探しながら歩いた。

「貴様の相手は国、いくら逃げても無駄なのが何故分からぬ。そんなことも分からん愚か者だったか?」

 決して大きい声ではなかったが、物が何も置かれていないコンクリート製の吹き抜けのビルでは良く響き渡る。太一は一心の言葉を聞いていたが、息を殺して四階に潜んでいた。彼は彩葉から託された策を実行に移すか、決断を迫られていたからだ。

(使えば、父さんは死ぬ……僕を裏切ったような人だけど……ここまで育ててくれた親だぞ……本当に……本当にいいのか?)

 迷いの中、決断出来ずにいる太一。そんな中、インカムから一心の元へと凶報が入る。

『戸鎖総理! 火野隊長が【三番地の女盗】に敗れました!』

「あの馬鹿が。ゴミの処理もロクにできんのか」

『現在【三番地の女盗】はそちらへと向かっています!』

「都合がいいわ。愚息と共に葬る。追尾を怠るな」

『はっ!』

 通信を終えた一心は大きく息を吸い、太一を追い込む通達をする。

「下らん鬼ごっこもかくれんぼも終わりだ! 貴様が現れぬなら、今から【三番地の女盗】を討罰しに行く! 孤独となって後悔せよ!」

 太一より先に彩葉を討罰することに決め、廃ビルから立ち去ろうとする一心。

(このままじゃ彩葉さんが……!)

 太一は彩葉が火野を破ったことを知らない。自分が一心を引きつけておかなければ、二体一の状況を作られ、彩葉が討罰されると考えた。そして、廃ビルを一心に出られた場合、講じた策が無にす。予断を許されない状況に太一は衝動的に、

「くっそおおぉぉ‼︎」

 履いたジーンズのポケットからスイッチを取り出し、そのボタンを押した。

「‼︎」

 チュドオォォン‼︎

 廃ビルの一階に仕掛けられた複数の爆弾が起爆する。これこそが一心に対しての策。誘い込んだ廃ビルを倒壊させ、あわよくば圧死させ、悪くても生き埋めにする算段だ。

「うわあぁぁ‼︎」

 ドゴゴゴゴ……と廃ビルが倒壊していく中、太一は悲鳴を上げながら四階の割れた窓から外へと脱出する。彼が脱出して間も無く、ビルは支柱を失って崩壊し、一心を巨大な瓦礫の中に埋もれさせていった。普通の人間であれば、間違いなくその命を失っていることだろう。

「やった……やっちゃった……! 僕が、父さんを……!」

 父を自らの手で殺し、後悔の念に苛まれる太一。しかし、既に時は遅し。一心は十階建の廃ビルの瓦礫に埋もれているのだから。

「父さん……母さん……ごめんなさい……でも、僕は……」

 殺してしまった父、死んでいる母、その二人に謝った、その時――。

 ボガアアァァン‼︎

 突如大きな音を立てて、幾層にも重なっていた元廃ビルの瓦礫が爆発したかのように吹き飛ぶ。太一の方にもいくつか飛んできた瓦礫を、「わっ⁉︎」と声を上げながらも躱す。砂煙の中現れたのは――。

「足掻くな、ゴミが」

 黄金の装甲を纏う、無傷の一心であった。


 三番地での一心と太一の戦闘を遠く離れたビルの屋上からひなたは眺めていた。腰に当てていた手を外し、頭からずれたゴーグルを直す。

「さてはて、どうなるかの」

 彼女は興味を持った人間しかアウトローにしない。彩葉に頼まれたという体をとったが、太一のことを総理大臣である一心の息子だと知っていたからこそ、アウトローにしたのだ。

「最も若く総理大臣となり、最も長く総理大臣を続け、犯罪者討罰法を作った戸鎖一心は、この社会そのものじゃ」

 ナノマシンの開発者であるひなたは、犯罪者討罰法を作った一心とは当然面識があった。ひなたは一心のことを家族でもない第三者が故に、太一以上に理解していた。彼の覚悟と、非情さ、その強さを。

「その息子の小僧がどう向き合うか、見ものじゃの」

 ひなたは期待しているのだ。自身が作ってしまったつまらない整備された社会を、自身が作り出したアウトローという無法者が越える姿を。社会の象徴である一心を息子である太一が越えることを。

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