第13話
火野と分かれた一心は駆る。ドローン班から送られて来る情報に身を委ね、ひたすら真っ直ぐに。
『そろそろ視認出来るはずです。総理』
「確認した」
そして、息子である――否、息子であった太一の元へと辿り着いた。
「……父さん……ですか?」
黄金の装甲に全身を包み、その身を一切見せない一心であろう人物に太一は緊張せざるを得ない。彼を殺すために装着された装甲は、月明かりに反射し輝いていた。まるで、闇を照らす光のように。
「父だと? よくもそんな口を聞けたな」
頭に装甲を被っているため声がこもっているが、その声は間違いなく一心のものだ。太一は彩葉が立てた作戦通り一心が来ることは予想していたため、心の準備が出来ており何とか平静を保っていた。
「真面目さだけが取り柄で、道を踏み外すまいと教育したつもりだったが、踏み外しおって。このゴミが」
ゴミと呼ばれたことの悔しさから拳を握り、思い出す。彩葉と実家に空き巣に入った時、手に入れたあの汚れた大金を。
「……父さんの部屋にあった金庫の大金は何だったんですか?」
「……我が家に空き巣に入った馬鹿は貴様だったか」
「あの金は賄賂とかそういうのなんですよね⁉︎ 汚い金を持ってた父さんに、道を踏み外したなんて言われる筋合いはありません!」
一心は装甲越しにも聞こえるような、大きなため息を吐いた。
「犯罪者討罰法を維持するには、絶対的な力が必要なのだ。権力、財力、暴力、その全てがな。力を持つものに人は集い、民からの票が集まる。理想を現実にし続けるためのな」
「だからってそんなの……僕と姉さんに対しての裏切りじゃないですか……‼︎」
「やはり幼いな。故に貴様らにはああいう教育をしてきた。それだけだ」
「大人なら、隠れて汚いことをしたって良いって言うんですか⁉︎」
答えを聞いても納得できない太一。しかし、一心にとってはどうでもいいことで、息子だった彼が何に拘ろうとも関係ない。何故なら、
「ゴミが喋るな」
目の前の犯罪者をただ処理するだけだからだ。
一心は突如、装甲で強化された身体能力で飛び込み、太一の顔面を真正面から殴りつける。予測していなかった高速の拳をまともに食らって吹き飛んだ太一は、過去コンビニだった建物へと勢いよく突っ込み、ドゴォン! と大きな音を立て、その全てを瓦礫へと変えて崩れさせた。
「匂いで鼻が曲がるわ」
自身の上に落ちてきた瓦礫を太一が払い除ける間も、一心は彼に歩み寄る。彼を討罰するために、ひたすら大胆かつまっすぐに。
「ぎ……どうざん……」
溢れる鼻血が呼吸し辛くし、太一の脳に送る酸素を減少させて思考を鈍らせたが、死の恐怖という感情だけはその脳を占領していき、彼の体を震わせる。
「本当に……僕を殺す気なの……?」
彼はどこかで信じていた。いくら犯罪者討罰法を作った父と言えど、息子である自分を殺すはずがない、と。しかし現実は理想と違い、一心は彼を自らの手で討罰しようとしていた。
『戦闘になったら、腹を括りな』
作戦を練っていた時に言われた彩葉からの言葉が、恐怖に支配されていた彼を何とか正気に戻す。
「うわああぁぁ‼︎」
正気に戻った太一は悲鳴を上げながら、情けなく、みっともなく走りながら全力でその場から逃げた。想像もしていなかった行動に虚を突かれた一心は、その場で小さくフンっと鼻で笑い、
「足掻く様も、ゴミらしい」
太一を追い始めた。
凛と蘭の相手はおよそ百にも及ぶ、【アウトロー討罰隊】の隊員達。相も変わらず、ドン! ドン! っと大きな音を響かせながら、果敢に挑んで来る隊員達を巨大な金槌で叩き潰していた。既に辺り一面は血の花どころか、血の池と言っていいほどの、おびただしい量の血が溢れており、その全てが隊員達の血だ。
「皆、どけ!」
一人の隊員が吠え、自身を昂らせながらロケットランチャーを凛と蘭に向けて構え――。
「これでも喰らえ、ゴミ共‼︎」
ボヒュゥゥと、煙を上げてロケット弾を発射した。凛と蘭は周囲の隊員が下がったため、放たれたロケット弾の存在に気付いたが、ロケット弾は既に二人の眼前にまで近づいており、
「凛はN」「蘭もN」
【
ドオオォォン‼
爆発する。
大きな爆発に吹き飛ばされないよう隊員達は、身構えて手甲を盾にした。爆風が治まり、爆煙が晴れていくと、そこには誰もいなかった。
「どこだ⁉︎」
「吹き飛んだか⁉︎」
慌てふためく隊員達は辺りを見渡すも、死骸も肉片も残されていない。何故か左右の建物に大穴が空いてはいるが、明らかにロケット弾の影響によるものではなかった。
「凛はN」「蘭はS」
その呟きが、ロケットランチャーを持つ隊員に聞こえた時、「ぺぎょ⁉︎」という声を上げて息の根を止めた。突如として左右の建物を破壊しながら現れた二人の金槌に挟み潰されたのだ。
「石島ぁ‼︎」
石島と呼ばれた隊員は四肢をぐちゃぐちゃにし、目玉を飛び出して倒れる。
双子の凛と蘭の【咎】である【
「後」「何人?」
凛と蘭のアレンジされたピンク色と水色の中国の伝統衣装は、既に大量の返り血で赤く染まっているが、二人は全くの無傷。
「くそがああぁぁ‼︎」
そんな迫る絶望に、隊員達は社会を守るために挑むしかなかったのであった。
剣崎小太刀は幼い頃から、剣術を学んでいた。その目と技術は現代では数少ない剣士の達人の中でも突出しているため、近代兵器の装甲を纏う意味も感じておらず、それ所か自身の動きに制限がかかるとさえ考えていた。しかし、自身の腕に溺れることもなく、アウトローのリンファに対して剣崎は一寸の油断もない攻防を繰り広げている。
「ふっ!」
「!」
そんな剣崎の刀は、遥かに身体能力で勝るリンファを遂に捉え、その切っ先は左手の甲の部分を斬った。かすり傷程度の傷ではあるが、この戦闘に置いて両者が負った初めての傷。その傷は少なからず剣崎を精神的優位に立たせる。
「やるネ。オマエいい腕してるヨ。だけどサ――」
リンファの左手の甲から流れ出る血液が生き物のようにポコポコと蠢き始め、
【
彼女の意志に従い、空中に赤透明の中国刀を形成した。
「ただの人間じゃワタシには勝てないネ」
そして血をパキッと凝固させ、傷口を塞いで中国刀を右手で手に取る。
「奇怪な……」
リンファの【咎】である【
「行くヨ」
凝固された血塊の中国刀による刃こぼれを気にしなくても良い連撃は、アウトローの身体能力を最大限に生かすため、ただただ力任せに振り回された。その一つ一つの剣撃を、剣崎は技術と先読みすることで受け流していき、周囲にはキンッキンッと金属音が激しく響き渡る。彼女は予めアウトローの存在を聞いてはいたが、ここまで化け物染みているとは思ってもいなかった。その力強い剣撃と【咎】という力に動揺は見せずにいたが、確実に戸惑ってはいる。
「愚直ネ」
「⁉︎」
そんな中、リンファの一撃を剣崎が再度受け流そうしたその時、血塊の中国刀は血液へと変わり、防御した剣崎の刀をすり抜けるように通過する。彼女の刀を通過し終えると、再び血塊へと戻って剣崎の胸元を斬りつけた。
「オマエ、アウトローなのカ?」
剣崎はスーツとネクタイ、ワイシャツを斬られて胸元を露わにするも、その身は無傷。すんでの所で反応して、紙一重で躱していたのだ。その反応速度は普通の人間のそれを遥かに凌駕しており、リンファも感嘆する。
「ゴミと同じに見られるとは、不快です」
躱した反動を生かしそのままリンファの心臓に向け放った剣崎の突きは的確かつ高速。
「⁉︎」
ではあったが、胸に置かれたリンファの左手の甲の血塊の盾によって阻まれた。超硬合金製の刀は折れずにすんだが、予想だにしていなかった防御に剣崎の挙動が止まる。
「同じ違うヨ」
ズブッ。
動きの止まった剣崎の腹部を、血塊の中国刀で貫いたリンファ。
「かはっ……」
間違いなく致命傷。剣崎は膝を折り、その場にうつ伏せに倒れ込んだ。
「オマエ、ゴミ以下ネ」
勝敗が決し、倒れた彼女を見下ろしたリンファはゴミ呼ばわりした人間を倒し、満足そうに笑った。
「リンファ」「終わった?」
そんなリンファの元へ【アウトロー討罰隊】を壊滅させた凛と蘭が、返り血で赤く染まった金槌を引きずり、手を繋ぎながら歩み寄ってくる。
「赤い花、沢山咲かせたカ?」
「いっぱいいっぱい」「咲かせた」
「そうカ。良くやったヨ」
リンファが二人の頭を撫でると、返り血まみれの双子は表情は変えなかったが、嬉しそうに頬を染める。
「後は知らないネ。これで二億はボロい商売ヨ」
仕事を終えたリンファと凛と蘭は、微塵も太一と彩葉の心配をせずに二番地へと帰るのであった――。
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