第11話

 朝食をとった太一と彩葉は二億が入ったリュックを背負って二番地へと移動し、リンファがいるクラブへと向かう。二番地はそれなりに離れた距離だったが、昨日来た時と同様ビッグスクーターで二人乗りをし、すぐに辿り着いた。

「ほら、約束の金だ」

「早いネ。総理大臣の家の空き巣、オマエらカ?」

 何処から手に入れた金かすぐに勘付くリンファに、太一は少し動揺するが彩葉は即座に答える。

「何処から手に入れたかなんて関係ないさね。二億は二億。足もつかないよ」

「ま、そういうことにしとくヨ」

 彩葉が素直に答えないのは、リンファとの関係性にある。友人でも協力体制をとっている訳でもないただの取引相手で、弱味を見せれば今後何かあった時に足元を見られかねないからだ。最も総理大臣の息子である太一が側にいるということで気付かれてはいるだろうが、正直に答える必要もない。

「で、だヨ」

 吸い終わった煙管をコンコンっと指で叩き、豪華な灰皿に灰を落とすと、

「このロリババアいつ連れてくネ?」

「リンファ~ん。良いではないか〜」

 明らかに苛立ちを見せ、ずっと左手で抑えてたひなたを連れてくように彩葉に催促した。しかし、取引で足元を見られた彩葉はそっぽを向く。

「あたいの知ったこっちゃないね。元々三番地に居着いてたのも、ひなたが勝手に住んでただけだしね」

「ぬぅ〜、冷たいのう。彩葉は」

 厄介者扱いされても仕方がないと太一が呆れた顔でひなたを見ていると、それに気付いた彼女はリンファから離れ、真っ直ぐに太一を見つめた。

「して、どうする気じゃ? 小僧」

「え?」

「闘えるのかと聞いておる。相手が相手じゃろうて」

「…………」

 ひなたの目は、先とは打って変わって真剣そのもの。問われた太一は三番地での悲劇を思い出す。あれは紛う事なき殺し合いだった。政府の人間は犯罪者を沢山殺し、彩葉も【アウトロー討罰隊】の人間を何人か殺した。人間の犯罪者との闘いは殺し合いであり、次の戦闘には父親との一心も参加すると宣言している。太一はひなたの問いに黙ることしか出来なかった。

「全てにおいて中途半端じゃな。人間でもなく、犯罪者でもない。アウトローにして力を与えたにも関わらず、見えない何かに縛られておる」

 彼女の言う通り、太一はこの社会においてグレーな存在だった。犯罪者認定された犯罪者にも関わらず小心者で犯罪者らしからない。自分自身でもそのことは重々承知で、言い返すことの出来ない悔しさからか拳を握りしめる。

「小僧。お主はどうじゃった?」

「どうって……何がですか?」

「犯罪者討罰法がある社会で、人間として生きてじゃよ」

「……何故か生き辛かったです。僕みたいな人間じゃなくって、真面目で誠実な人が生きればきっと嬉しい社会なのかもしれませんけど……」

「じゃろうなぁ。何がいつ犯罪とされるか分からない。ちょっとした速度違反ですら犯罪者討罰法に引っかかる。ナノマシンの存在を知らぬ人間にとっては、隣人すらも信じられん。白黒ハッキリされ整備されはしたが、内心疑心暗鬼の世よ」

 太一が人間の時、どこかずっと何かに耐えていたような気がしていた。しかし、それは彼だけに限らず全ての人間に言えることだろう。故にその発散の矛先が犯罪者へと向くのかもしれない。彼がまだ人間であった時、彼の中での良心が邪魔をし、それすら出来ないでいて内に溜め込んでいた。

「変化とは進化じゃ。ワシは犯罪者討罰法に協力することでワシの予想を超える人の進化が見たかった。じゃが、整備された人は機械のように変化をせんつまらんモノとなってしもうたわい」

「だからって何故……犯罪者をアウトローにするんですか?」

「人の我や欲こそが、やはり人が人たる所以と気付いてのう。アウトローと変化した犯罪者であれば、この社会を壊す者が現れてもおかしくはあるまいて」

「この社会を……壊す?」

 ひなたは太一に近づき、太一の胸にポンっと拳を当てる。

「自由になれ、小僧。お主はもうアウトローぞ」

 自由――それがどういう意味か太一は何となく察してはいたが、まるで雲を掴むような話でどうすればいいか分からなかった。いつか自身を縛る見えない鎖から解き放たれるのだろうか。

「……はい」

 彼はモヤモヤした何かを抱えたまま空返事をすると、リンファが二人の話を終わらすために立ち上がった。

「クソみたいな話はそこまでネ。宿と食事はオマエ持ちヨ、【三番地の女盗】」

「分かってるよ、意地汚いさね」

「凛、蘭、仕事ヨ。三番地に行くネ」

 扉を開けて入って来た凛と蘭の二人はリンファへと駆け寄り、ギュッと抱きしめる。

「赤い花」「咲かせられる?」

「咲かせられるヨ。凛と蘭が沢山咲かせてくれるト、ワタシ嬉しいネ」

「だったら咲かす」「たっくさん」

 可愛らしく上目遣いでリンファを見ていた凛と蘭は彼女が喜ぶと聞くと、表情は変わらないので分かり辛いが、どこか嬉しそうに二人で手を繋いだ。そして三番地へと戻った太一達は、一心達を迎え撃つために準備を始める。


 首相官邸――そこの一室ではこれから三番地へと侵攻するため、秘書である剣崎が一心に装甲を装着していた。細身ではあるが軽く強固な黄金の超硬合金の装甲は、【アウトロー討罰隊】に支給される物とは質が異なり、様々な機能があることが想像できる。

「剣崎。貴様の装甲はどうした?」

「私は不必要なモノは着用したくありません。この一振りさえあれば、それで」

 総理秘書官である剣崎が見せたのは銀色の鞘に収まった日本刀。【アウトロー討罰隊】の装甲同様超硬合金で出来ており、それを下げ緒で腰に固定していた。

「ふん、使えるモノは使うことを覚えよ」

「善処します」

「使えんモノも使わねばならんがな」

 そう言って一心が一瞥したのは目の前に立つ火野だ。

「……申し訳ありません。先の汚名は今回で必ず返上してみせます」

 【咎】が発動した太一に敗れて敗走した火野は、【アウトロー討罰隊】の威厳を損ねてしまった。そのことは犯罪者討罰法の維持に関わるため、一心が腹立たしく思うのも無理はない。

「犯罪者となった御子息、本当にご自身で討罰なされるのですか?」

 一心の首から上以外の装甲を装着し終えると、彼女は一心に気になっていた質問を投げかけた。

「当然だ。でなければ、国民にどう説明をする?」

「それはそうですが、肉親を討てるのかと思いまして」

「国とたかが息子一人、天秤にかけるまでもない。まさか小心者のアレにこれ程手を焼かされるとは思ってもいなかったがな」

「総理を試すような物言いをしてしまい、申し訳ありません」

 最後の頭の装甲を自ら装着した一心は、黄金のハイテクノロジーな鎧を全身に纏い、

「我は総理大臣だ。自ら作った犯罪者討罰法を守る責があるのだ」

 その目を邪悪に赤く光らせた。

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