第10話
その日の深夜、太一と彩葉が向かったのは太一の実家だった戸鎖家。
二人は闇に溶け込む為、黒を基調とした、怪しくも目立たない服や帽子、革手袋を身に纏い、黒のリュックを背負っていた。
「あんたの姉の部屋の電気が消えて一時間経った。そろそろ寝静まってるだろうさ。行くよ」
「……はぁ」
路傍で壁を背にして三角座りをし、じっと何かを考える太一。今からすることの罪悪感がそうさせているのだろう。
「あんたが決めたんじゃないか、自分の家を空き巣するってさ」
「それは……銀行強盗するくらいだったら、家のお金に手を出した方がマシだからで……」
「ならとっとと行くよ」
彩葉に首根っこを掴まれ、引っ張られて太一は自分の自宅だった敷地へと潜入した。その際に彩葉は、道路のアスファルトに落ちていた石を拾い、設置された防犯カメラへと投げて破壊する。庭師によって整えられた広い庭に入った二人は、豪邸を眺めた。
「彩葉さん、夜勤のメイドはいませんが、家の警備は厳重で、一つ一つの部屋にアラームが設置されていて、鳴ったらすぐに警備会社に連絡が行くようになっています」
「警備会社に連絡がいって来るまでの時間は、総理大臣の家と考えても、早くて三十分から一時間位だろうさね。あんたの親父の部屋はどこだい?」
「あそこです」
「良い防犯ガラスの窓だね、大層なこった。これは期待できるね」
彩葉は庭から跳び、太一が指差した先の二階にある一心の部屋の窓枠へと飛び乗る。
【
そして窓に手で触れて【咎】で音を盗み、パールでも破れない防犯窓を皮手袋をはめた拳で簡単に叩き割った。音を盗まれた窓は、一切の音を立てずに破られる。窓が割られた瞬間一瞬だけ室内に設置されたアラームが鳴ったが、彩葉は即座に室内に入ってアラームの音を【
「ほら、来な。サッとパクってサッと帰るよ」
「あ……はは……」
あまりの手際の良さに、太一は笑うことしか出来なかった。
太一も彩葉同様に二階の割れた窓から一心の部屋へと侵入し、室内へと入る。一心の部屋は広く、高級な家具に囲まれており、思わず彩葉が「わーお」と感嘆の声を上げていた。しかし、同じ家に暮らしていた太一にすら立ち入れなかった部屋。ましてや本当にあるかも分からない大金をガサゴソと探す。太一が机の中、ベッドの下、次々と探していく中、ひなたに言われた言葉を思い出した。
『総理大臣ともなれば、良くも悪くもあらゆる者が近付いて来るのじゃ。企業の重役、政商、官僚、左翼や右翼、宗教団体、裏社会。数えればキリがない。国家機密を知り、ナノマシンを体内に入れておらず、首相の威光にあやかりたい者は持ってくるのじゃよ。菓子箱にちょいちょいっと大金を紛れさせての。不法に受け取った賄賂。証拠が残る銀行に預けるはずがないとなれば、ある場所は一つじゃろうて』
「そんな金……父さんが受け取るはずがない……」
一心は白黒はっきりした性格だ。母を殺した犯罪者を許さず、討罰する法律を作った張本人。その父親が汚い大金を隠しているはずがないと太一はどこか決め打っており、やはり銀行強盗などをするしかないのではないかと悩んでいた。
しかし、彩葉がクローゼットの中をコンコンっと手でノックするように叩きながら念入りに探っていると、
「あったよ」
「え?」
隠し扉が存在しており、そこを開けると銀色の重厚な金庫が現れた。彼女は強固なロックをされている重そうな金庫を「よっ」と持ち上げ、隠してある場所から部屋へと引きずり出す。
「じゃ、盗ませてもらうかね」
中に入っている物に期待し、目を輝かせて袖を捲る彩葉とは対照的に、太一は冷や汗を流していた。
(きっと大事な書類とかそういうのを入れているんだ……そうに決まってる)
【
【咎】を使い、金庫から中身を盗んだ彩葉の手からは――札束がボロボロと溢れ出てきた。
「わーお。こりゃ、五億はあるね」
喜ぶ彩葉とは裏腹に、その札束を見た太一の心は壊れるかのようにボロボロと崩れていく。
『お父さんは厳しくも正しい人。太一もそんな人間になりなさい』
太一にとって好きとは言えない父親ではあったが、一心の正義感と死んだ母の言葉だけは信じていた。幼い頃から善と悪について説かれ、一番であれと説かれ、厳しい教育を受けてきた彼にとっては、目の前の札束は一心の裏切りの証明にも近かったからだ。
「ほら、何ボーっとしてんだい。金を纏めてとっととずらかるよ」
頭を真っ白にしながらも、太一は無心で言われた通りリュックに札束をパンパンに詰め、入って来た窓枠から脱出した。
幼い頃から一心から教わった教えは、背負う札束のように汚れて見えた。人間の時、何のために苦しんでいたのか、何のために頑張っていたのか。太一は何が正しくて、何が間違っているのか、本当に分からなくなっていたのであった――。
翌朝、総理大臣の自宅に空き巣が入ったことが生中継のニュースで流される。何も取られていないという報道になっているということは、やはり盗んだ金は汚い金だったということだ。痕跡を残さなかったため、空き巣が入ったのは、犯罪者討罰法を作った一心を恨んだ犯罪者の犯行ではないかと推察されている。首相の不幸続きで国民から同情の声も上がる中、
「気持ち悪い」
太一はそんな社会の声にも不快さを感じていた。
「え?」
急に発した言葉に、彩葉はサンドウィッチを食べる手を止め、驚いた顔を見せる。それ程彼らしくない発言だったということだろう。
「いえ。あの金を見た後だと、父を同情する声が何だか気持ち悪くって……」
「ま、良く分からないけど、肉親のあんたからすりゃ複雑っちゃ複雑かね」
「もう……誰の言葉を信じて良いか分かりません」
「潔癖症さね。汚かろうが、金は金じゃないかい。それ以上でも以下でもないよ」
当然太一が昔母に言われた言葉を知らない彩葉には、彼が神経質な男に見える。
「父さんも母さんも……嘘つきだ」
しかし幼少期から、母の言葉と父の背中に縛られてきた太一にとっては、神経質という言葉で終わらせれる程簡単ではなかった。
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