二章
第9話
【アウトロー討罰隊】が三番地から撤退して、一週間が経った。太一の歓迎会に参加した者は殺され、しなかった者は怯えて生活をしている。太一が来るまでの三番地は平和であったが、どこにいても犯罪者はやはり人間に狙われると、皆が再認識したと言える。
三番地を歩く太一は、顔を紺色のキャップと使い捨てのマスクで隠し、グレーのスウェットを着て、ジーンズを履いていた。昼食の買い物帰りで、何とか人間に襲われずに帰ることが出来てホッとしていると、ヒソヒソと小声で噂する声が聞こえてきた。
「あの子よ、疫病神」
「何だって三番地に来たのよ、勘弁して欲しいわ」
「…………」
アウトローとなり聴覚が強化された太一には、二人の中年女性の噂話は耳にしたくなくともしてしまう。彩葉の小間使いで無ければ、とっくに三番地から追い出されていただろう。気を落とした太一は帽子を深く被り直し、彩葉と共同生活をするマンション内へと入る。エレベーターで五階に上がって二人が住む一室に入り、廊下を通ってリビングへの扉を開けた。
「彩葉さん、買ってきました……よ⁉︎」
テレビから公共放送のニュースが流れるリビングでは、彩葉がパジャマから着替えている真っ最中で、下着姿であった。思わず太一は頬を染め、目を点にさせる。
「なななな、何でリビングで着替えてるんですか⁉︎ 自分の部屋があるでしょう⁉︎」
「この部屋はあたいの家だよ、あんたは居候。あたいがどこで何しようがあたいの勝手さ」
「そうですけど、少しは恥じらいを持ってください! 僕は男ですよ!」
「そうだっけかね? ナヨナヨしてっからついてないかと思ったよ」
話している間も何のその、アウトローは回復能力も高いため、火野との戦闘で負った怪我が全快している彩葉は、テレビを見ながらそのまま着替え続け、しばらくして着替え終わる。太一のことは男として見ておらず、ただの手下か弟分程度の認識なのだろう。
男として見られていない太一は情けなくなったのか、ガサツな彼女の態度に対してなのか、「はぁ……」と、大きなため息をついてテーブルにコンビニで買ってきた昼食を置いた。
「ほれ、あんたの親父さん責められてるよ」
「え?」
彩葉さんが指差した先はテレビ。そこでは秘書の剣崎と歩く一心が記者達に問い詰められている。画面に映るフリップから察するに、アウトロー街三番地を奪還出来ず、太一を殺せなかったことが原因なのが分かった。
『特殊部隊を使っても、犯罪者が集う街を解放できず、犯罪者となったご子息を討罰出来なかったようですが』
『それどころか、部隊が甚大な被害を受けたみたいですけれども、この責任はどう取るおつもりですか?』
父親が攻められている状況に、太一は少しばかり罪悪感を感じる。好きではない父親とは言っても、自分のせいで赤の他人に責められるのは見たくないからだ。
『責任? もちろん取る』
しかし、テレビの中での一心からは、
『ただし辞任ではない。我自ら、愚息であったゴミの首を持ち帰ってくれよう。犯罪者が集うスラム街もろとも潰してな』
画面越しにも明確な殺意を感じた。歩く片手間での受け答えではあったが、述べた言葉は太一にとってはそれ程までに重かったのである。
「まったく、薄情な親だね。あんたの父親もさ」
「……いえ、分かっていたことです」
彩葉は食卓の椅子に座り、太一がコンビニで買ってきた昼食の親子丼の蓋を取り外し、割り箸を割って食べ始める。太一もそれに続いて、同じ親子丼を食べるために席へと座った。
「だけど、厄介なことになったもんだ。次の戦闘は前の比じゃないってことさね」
「……すみません……僕のせいで……」
「別にあんたのせいじゃないさ。それを言っちまえば、上野公園に隠れてた時にあんたを殺さなかったあたいのせいにもなる」
犯罪者を助けたと言えど、人助けをして命を狙われる。犯罪者討罰法の第二条に納得できない太一は、テーブルの下で拳を強く握りしめた。
「他の番地に助力を頼むしかないね」
「他の番地?」
「東京のアウトロー街は四番地まである。他の番地に政府と闘うのに協力してもらうのさ」
「なるほど……けど、助けてくれるんですか?」
同じ犯罪者と言えど、わざわざ別の場所に住んでいる者達。分かり合えないが故に別々の所で干渉し合わず生きていることは、最近来た太一にも何となく察せた。わざわざ助けてくれるか疑問が残る。
「ま、何もしないよりかはマシさね。このままじゃ、三番地は終わりさ」
彩葉の言う通り、現状維持は停滞を意味する。何かを変化させなければ、三番地の犯罪者は皆殺しにされ、人間に潰されるだけなのだから。
昼食を食べ終えた太一と彩葉はすぐに行動に移すことに決めた。
彩葉と太一の二人が協力を求めに向かったのは、アウトロー街二番地。
ここには彼女の知り合いがいるため、もしかしたら助けてくれるかもしれないということだ。だが、彩葉がその話をした時に、難しそうな顔をしていたのが太一は引っかかっていた。
「よぉ、姉ちゃん。暇だったら俺らの家来ねぇか?」
「おら、ガキ。てめぇは失せろ。ぶっ殺されてーか?」
二番地に入ると早速現地の二人の犯罪者に絡まれる太一と彩葉。一人は強引に彩葉の肩を組んで抱き寄せ、もう一人は太一を押して彼女から引き剥がした。彼らの狙いは可愛らしい顔をした女の子の彩葉だ。
「ちょっと……やめて下さい!」
「あぁ? うっせぇん――」
犯罪者の一人が太一に反論しようとした時、既に彩葉は手を出していた。肩を抱く男の顎に的確に掌底を打ち込み、太一に絡む男の脇腹に蹴りを入れた。太一が止めたのは、犯罪者の二人ではなく彩葉だったが、時既に遅し。二人はあっさりと昏倒していた。
「だから止めたのに……彩葉さん、手が早過ぎますよ……」
「こういうバカに会話は通用しない。手っ取り早い方法をとったまでさ」
太一が周りを気にするも、周囲の犯罪者は襲って来ようとしない。我関せずと言った感じで、太一達にとっては不幸中の幸いであった。これが三番地であれば、仲間の報復として襲われていたことだろう。二番地は自分のしたことには自分で責任を持つというのが当たり前なのかもしれない。
「さ、行くよ」
あっさりとした返答の彩葉に溜息をつきつつも、着いていく太一。しばらく歩くと、更に治安の悪そうなスラム街のような場所へと辿り着く。地下へと続く小汚いビルに入り、その扉を彩葉は無作法に開けて中へと入った。
元はクラブだったのだろう。広く薄暗い空間に、機能していないステージ、そこには多くの柄の悪い犯罪者が集まり、煙草をふかし昼間から酒を飲んでいる。普通の人間なら間違いなく避けたい場所。実際太一は物怖じしていたが、彩葉はお構いなしに近くの集団に話しかける。
「リンファはいるかい?」
「……【三番地の女盗】か。姉御ならVIPルームにいんぜ」
「あんがとさん」
そう告げられた二人は、階段を登ってVIPルームへと向かう。大きな扉の前には、立ち塞がるように幼い二人の少女が立っていた。
「【三番地の女盗】」「何か用?」
「【二番地の
「【三番地の女盗】は穏健派」「通していいって言われてる」
「そりゃ、どーも」
凛と蘭はそれぞれ道をあけ、彩葉は重厚な扉を開き、太一は後を続いた。扉を開けると、一言で言うとそこは豪勢な部屋であった。高価そうな絵画、ソファー、テーブルが置かれており、その一つ一つが輝きを放っているように見える。
その部屋のソファーに足を組んで座る女性の名は、リンファ。赤いチャイナドレスを豊満な身に纏い、長い黒髪を後ろで髪留めで止めている。煙管を吸うその美貌とこの環境は、太一に得体を知れない魅惑を与えた。そんなリンファの隣では、
「ひなたさん⁉︎」
ひなたが頬を染め手をわきわきとさせており、リンファの巨乳を揉む機会を窺っているようであった。
「おぉ、彩葉に小僧。生きておって何よりじゃわい」
太一の驚きようを見て、リンファは大きく煙管から吸った煙を、ため息の様に吐く。ひなたのセクハラまがいの行為をその身に受け続けていたことは容易に想像がついた。
「何ヨ。このロリババア取りに来た訳じゃないカ? 最悪ヨ」
どうやら太一と彩葉がひなたを三番地に連れ戻しに来たと思っていたのか、予想が外れて悪態をつく。中国人であろうリンファが片言の日本語でそう言うと、彩葉が一歩前に出た。
「【二番地の
「頼みカ? ロリババア連れて行くなら聞くだけ聞いてやらないことないネ」
「そんぬわぁ~。酷いのじゃ、リンファ~ん」
「うるさいババアネ。殺すヨ?」
縋るひなたを足蹴に引き剥がすリンファ。その様子を見て太一は呆れ、彩葉は無視する。
「三番地はそれ所じゃないんだよ」
「知ってるヨ。【アウトロー討罰隊】が来たネ」
「話が早いね。また近いうちに襲われる。守るのを手伝ってほしい」
リンファは煙管を大きく吸い、ピースサインのように指を二つ立てた。それを意味することは太一は理解できないでいた。
「それは……二ってことですか?」
「二億ネ。二億で凛と蘭を連れてくヨ」
「二億……⁉︎ そんなお金……ある訳ないじゃないですか! それに助けがたった三人なんて……!」
太一がそう言うのも無理はないことだ。三人は全て女性で、凛と蘭の二人に至っては、彼よりはるか年下の少女。とても二億を払う価値があるとは思えないし、三番地を守り切れるはずがないと誰もが考える。
「心配無用ヨ、少年。ワタシと凛と蘭はアウトローネ。それに命賭けるには妥当な金額ヨ。納得いかないなら帰るネ」
「あんた……同じアウトロー街の危機に金かい?」
「番地が違うネ。ワタシの庭じゃないヨ」
威圧をするかのように殺気を放つ彩葉と、それをいなすリンファ。二番地に来る前に、彩葉が難しそうな顔をしていたのは助力を求めても、リンファの言い値の金が必要だったからだろう。
「何を期待してたか知らないけどオマエ馬鹿ヨ。ワタシ、金ないと動かないネ。嫌なら他当たるネ」
「ちっ、足元見やがってさ……行くよ、太一」
「彩葉さん……⁉︎」
VIPルームを出て、そのままクラブの外に出る彩葉と太一。
「どうするんですか? このままじゃ、また……」
二人は思い出す。【アウトロー討罰隊】が三番地を襲い、仲間の犯罪者達が殺された時のことを。あんなことを二度と起こしたくないのは、共通の認識だった。
「他の番地のヤツらはもっとアテにならない。話すら通じるか分からないし、協力なんてもっての他さ。リンファ達は金さえ払えば仕事はする」
「でも、二億円なんて大金どうやって……」
彩葉が銀行強盗をした大金は 【居酒屋あうとろ】でばら撒き、三番地の犯罪者と共に燃えてしまった。彼女の手元には数千万の現金はあるが、二億には届かない。つまり、何処からか得る必要があるということだ。
「また銀行強盗でもするかね」
「そんなこと……駄目ですよ! 沢山の人に迷惑がかかりますって!」
三番地に報酬目当てで、明確な敵意を持って攻めてきた人間達を正当防衛で撃退するのとは訳が違う。敵意を向けていない無関係な企業から盗むのだから、迷惑がかかる人間は一人や二人ではない。
「まーた、まともな人間みたいなこと言ってさ」
「駄目ったら駄目です!」
「じゃあ、どうやって二億集めんのさ?」
「それは……」
口淀む太一。先の闘いで多くを殺され戦力を削られた三番地を守る為には、リンファ達の助力は必須。彼の罪悪感など、天秤にかけるまでもない。
「あるではないか。小僧が罪悪感を感じず、大金を手に入れる方法が」
そんな悩む二人の背後から声をかけてきたのは、ひなただ。頬はビンタされた跡がついており、赤く染まって腫れている。おそらく、リンファの胸に触り追い出されたのだろう。
「大金を手に入れる方法……?」
「はっ、まさか宝クジとか言わないだろうね?」
「たっはっは、それはの――」
ひなたの提案は、確かに太一の心があまり痛まず、大金を手に入れれる可能性がある方法だった。
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