第8話

 二人の目の前に立ちふさがった火野罰人。

 火傷に覆われた顔、鍛えられた大きい体、近代的かつ巨大な手甲と足甲、その全てが太一と彩葉に威圧感を与え、まるで獲物を見つけた熊のように、のそりのそりと近付いて来ていた。

「よくも、私の部下達を殺してくれたな」

 眼前の火野は鋭く二人を睨み、太一と彩葉はその殺気にぞくっと寒気がし、思わず立ち上がって身構える。犯罪者になりたての太一にとっては、生まれてこの方経験したことがない程の殺気で、冷や汗が止まらなかった。

「先にったのはそっちの方さね」

「自惚れるな」

 火野の装甲には、他の【アウトロー討罰隊】の手甲と足甲とは違って重量が重い分パワーが高まっており、特殊な機能が備わっている。その手甲を掲げ、全ての指先を太一達に向けた。よく見ると、指先には銃口のような穴が空いている。

「お前らゴミと私達人間の価値は同じではない‼︎」

 手甲の十本の指先に空いた穴からガトリングガンの様にドドドドドと、銃弾が連続して放たれ、弾丸の嵐が二人に向けて襲いかかった。

「わああぁぁ‼︎」

 太一は叫び声を上げ、彩葉は冷静に弾丸の嵐を全力で避け、足元にあった死体達がその嵐で弾け飛んでいく中、二人はそれぞれ別の建物の陰へと隠れる。銃弾を放つのを止めると、手甲の指先からは熱で煙が上がり、その煙を振り払うかのように、火野は太一が隠れた場所へと駆け出した。重い装甲を物ともしない速度で、まずは一心の命令通り最優先目標の太一を討罰するため、巨大な拳を握りしめる。

「……っ……!」

 放たれた右のフックを、太一は腰を抜かしたかのように尻餅をついて躱すと、ドゴンッ! と電柱と家屋の壁を破壊し、電柱を倒れさせた。とても人間技とは思えない威力を発揮させた手甲は、ナノマシンにより強化されたアウトローを殺すために作られた歩兵用の近代兵器だ。

「死ね」

 太一はすぐに立ち上がり、巨大な金槌で叩くような威力で次々と振るわれる手甲を、慌てて躱していく。路地裏に逃げ込んだ彼に対して、ドゴンッ! ドゴンッ! 大きな音を立てて掘削機の如く左右の建物を削り、太一に向けて拳を振るい続ける火野。ついに拳を躱しきれずに、両腕を交差させて防御してしまう。

「ぎっ……!」

 あまりの力に、防御した両腕からミシミシっと骨が軋む音を立てて太一は吹き飛び、奥深くにある空き家の一軒家へと突っ込む。突っ込んだ一軒家は爆発したかのように崩壊し、彼は瓦礫にその身を埋めた。

 グッと体を屈めて、更なる追撃をするために飛びかかろうとした火野であったが、

「!」

 その背後から彩葉が頭を目掛けて蹴りを放つ。すんでの所で気付いた火野は、右の手甲で彩葉の蹴りを防御した。不意打ちは不発に終わってしまったが、彼女が頭を狙ったのは装甲を纏っていないため、一撃で仕留められると考えてだ。

「あたいを無視するなんて、舐められたもんだね」

「このゴミが」

 二人が殴打による激しい戦闘を繰り広げる。太一はなんとか瓦礫を退かし、潰れた一軒家から這い出て、頭から血を流しながら闘う二人を見た。

「……うぅ……」

 劣勢なのは彩葉。何度も何度も手甲や足甲で打ち付けられては、立ち上がる。ただの人間であれば既に死んでいるだろう。アウトローとは言えど、決して無視できる手傷ではない。それでも立ち上がるのは、三番地の仲間が殺された復讐心と、自分が立ち上がらなければ太一が討罰されるからだ。

「ぬおおぉぉ‼︎」

 再度襲いかかった火野は、左腕を負傷して庇う彩葉に渾身の右ストレートを浴びせようとし、彩葉がすんでの所で回避した――その時。

一つだけの強盗ワン・スティール

 彩葉は攻撃を躱しながらも火野の手甲に触れて【咎】を発動し、彼から右の手甲を盗んだ。

 彼女がアウトローとなって得た【咎】、【一つだけの強盗ワン・スティール】はその名の通り、手の平で触れた対象の何かを一つだけ強制的に盗む。盗んだ何かを返さない限り、同じ対象からは二度目を盗むことはできないが、その能力は人智を超えたモノである。

「……何⁉︎」

 驚く火野を余所に【一つだけの強盗ワン・スティール】で盗んだ右腕の手甲を彩葉はすぐさま装備し、

「これで、五分だね」

 火野を全力で殴り飛ばした。蹴られた石コロかの如く吹っ飛ばされた火野は、マンションのエントランスにその身を投げ出し、更に次のビルへと貫通していき、砂煙を上げ壁や床を瓦礫へと変えて突っ込んだ。

「彩葉さん……凄い」

 ボロボロになっても、ただ一人で社会に抗うその姿は、正に無法者。アウトローの名に相応しく太一には見えた。しかし相手は政府の死の使者、社会の権化のような男、火野罰人。下敷きにされた瓦礫を左手の手甲で力付くで退かし、砂埃を巻き上げながらも立ち上がる。破れた黒スーツ、頭から流れる血などお構いなしだ。

「がああぁぁ‼︎」

 獣の如く咆哮を上げる火野は、アドレナリンを流出させ、自身を昂らせた。そして足甲の裏からゴォッ! と火を噴出させ、ロケットのように彩葉に向けて飛んでいく。

「なっ……⁉︎」

「彩葉さん!」

 突如飛んで来た火野に反応できず、左の手甲で首に思いっきりラリアットを受けた彩葉は、頭を跳ね飛ばされそうな勢いで、体ごとふっ飛んだ。彼女はコンビニだった場所へと突っ込み、様々な建物を崩壊させていき、ようやく止まる。その力は加速をつけている分、通常の攻撃とは比べるまでもない威力だった。

「がはっ!」

 仰向けに横たわりながら血を吐き出す彩葉。骨が内臓に刺さったのか、ヒューヒューとおかしい呼吸をしている。そんな彼女に歩み寄って行く火野は慈悲もない鬼のような形相をしていた。間違いなく、彩葉にとどめを刺す気だろう。

「……やめて……もう……」

 人間の時、家庭環境や社会に縛られ籠の鳥だった太一。自身を家族でもないのに家族と呼び、彼を歓迎してくれた三番地の犯罪者達は死に、三番地最後の砦の彩葉も虫の息だ。

 人間の時と何ら変わらない。抗えない大きな力によって縛られ、何が正しくて何が間違っているのか分からない生き辛い社会。

「やめろおおぉぉ‼︎」

 そんな社会に抗うかのように、太一は彩葉に近づく火野に飛びかかった。アウトローとなった彼の跳躍力は、一時で火野の前へと近付く。火野はそんな彼の胸に――。

「……っ……太一ぃぃ‼︎」

 左の手甲で貫手を放ち、貫通させた。

「ごぶっ……⁉︎」

 太一の胸に空いた巨大な穴は、確実に心臓を貫いている致命傷。誰の目から見ても死は免れない。そんな彼の胸から左手を抜いた火野は、返り血を振り払い、脇目も振らずに彩葉の元へと再び歩み出した。

 地面に倒れ込む太一。胸に空いた大穴からは大量に血を流し、鼻や口からも血を垂らし、自身の周囲を血で染める。目は霞んでおり、呼吸すらもままならない太一が、死に際に思い出したことは死んだ母の言葉では無く――。

『無法者のアウトローは自由だ』

 彩葉の言葉だった。

 抗いたい。自由に振る舞いたい。しかし、太一一人には日本社会に抗える程の力は無い。火野一人にすらあっさり敗れたのだから、それ以上の巨大な波に勝てるはずがない。――しかし、

(力が欲しい……誰にも……何にも縛られない力が……)

 精神、肉体、共にストレスの限界に達した太一。極限まで縛られた鎖をふり解きたいがために力を求めると、彼の異能である――。

(自由になる為の力が‼︎)

 【咎】が発動した。

 彼の鼻と口から垂れる血が、開いた胸の開いた穴の血が、漆黒の鎖へと変わる。鎖は生き物のように蠢き、太一を無理矢理立ち上がらせ、やがて幾重にも重なり卵状にその全身を包み込んだ。

「何さ……あれ……」

 驚く彩葉と火野を余所に鎖の卵は蠢き、卵の中でバキッ、グチュっというような残酷な音を立てて、太一を別の何かへと変貌させている。しばらくして音が止み、鎖の卵が黒い光を発して割れていき、鎖の卵からは太一だった何かが現れる。

【ストレスバースト】

 その何かは、固い漆黒の甲冑と鎖に覆われた人型の二足歩行をした獣。見様によっては地球外生命体にも見える禍々しさ。その身から牙を剥き出しにして涎を垂らし、マントのように幾重にも首に絡む鎖を蠢かすそれの元は、太一だ。

 彼の【咎】は【ストレスバースト】。普段から自身の精神を鎖で縛るように締め付けて抑える太一のストレスが臨界点に達した時に発動する、自立発動型の能力だ。

「何なんだ……お前は……確かにその身を貫いたはず……」

『ああ、痛かったぜ。この筋肉ダルマが』

 変声機を通したかの声で喋る太一。その声は変身ヒーローの怪人のような姿同様、禍々しい印象を与える。先程とはまるで別人な口調で話す彼はジャラジャラと、絡む鎖を引きずりながら悠々と火野に近づいていった。

「ぬ……く……らああぁぁ‼︎」

 恐怖を振り払うために、火野は左手の手甲で太一に向かって、猛烈な勢いで殴りかかる。太一は竜巻のような猛攻を、あっさりと躱し、弾き、いなす。

『怯えてんなぁ』

「私が……犯罪者風情に怯えているだと⁉︎」

 太一に核心を突かれた火野は動揺した。確かに怯えている自身と、そんな自分を許せないでいる自身が心の中で対立している。以前犯罪者に自身の身体を焼かれた恐怖心と、太一から感じる恐怖心が似ているからだ。彼は思わず火傷の跡が残る顔を右手で抑えた。

『その汚ねぇ顔、犯罪者にでもやられたか?』

「この……」

 自身の過去に気安く触れられた火野は距離を取り、

「社会のゴミがああぁぁ‼︎」

 彩葉を戦闘不能にした時と同じように、太一に向けてロケットのように飛んでいく。

 そんな中、太一は思い出した。犯罪者となって追われた自分を優しく受け入れてくれた三番地の犯罪者達を、その人達の死体を。

『うるせぇよ』

 ジャララララ‼︎

 そして、幾重にも首に巻き付いている鎖の一本を手にして自由に操り、

「⁉︎」

 飛んで来る火野の身体に鎖を巻き付け、その動きを制限する。

『人間のクズが‼︎』

 太一が腕を全力で振って高速で鞭のようにしならされた鎖は、超硬合金で出来た装備と肉体を掘削機のように削り取りながら、火野を地面へと叩きつけた。

「がっ……は‼︎」

 アスファルトを大きくへこます程の威力で叩きつけられた火野は、ボロボロに破壊された超硬合金の装甲をまき散らして、宙を舞う。ドゴゴゴゴ! と、道路を何回転もしてから止まった彼は、意識を手放していた。

『自由になりな』

 一方、火野を倒した太一は、鎖と纏う悍ましい装甲を血へと戻して、辺り一体を赤い池へと変え、その場に前のめりに倒れ込む。

「太一っ……!」

 彩葉は負傷した体を無理矢理動かして近づき、人の形を取り戻した血まみれの太一を抱き上げた。太一の体が元に戻ったと考えるのであれば、火野に開けられた胸の巨大な穴も開いたままのはずだからだ。

「……っ……⁉︎ 怪我が……」

 黒いスウェットに穴が開いており、血の痕が付いてはいるが、胸の傷は跡形も無く消えている。

「何なのさ……こいつ……こんな【咎】、見たことない……」

 気を失ったままの太一を抱えた彩葉は、彼の【咎】に驚愕した――。

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