第7話
歓迎会が終わり、太一は共に二次会に参加しなかった彩葉と、彼女の家へと帰るために三番地の街を歩く。前を歩く彩葉に彼は疑問を投げかけた。
「何で僕は追い出されなかったんですか? そうすれば、危険は回避できたかもしれないのに……」
「居場所を失ったあたいらが、同じ犯罪者から居場所を奪う訳ないだろう。あんたももう三番地の仲間なんだからさ」
三番地は他のアウトロー街の番地と違って結束が固い。彩葉が会長なこともあるが、軽犯罪者や犯罪者を庇って犯罪者となった者が多いため、お互いが助け合いながら生きていることで強固な団結力が生まれたからだ。
「だけど、三番地の皆も家族同然なんですよね? 政府と闘うことになるかもしれないのに、良いんですか?」
「三番地のアウトローはあたいとあんたの二人だけ。皆に銃火器は配るけど、あたいら二人で死ぬ気で守るしかないね」
政府相手に二人で守れるかは疑問ではあるが、太一としては三番地を巻き込む形となったのだから、覚悟を決めざるを得ない。
「それに、太一には借金分は働いて貰わないとね」
「借金?」
身も蓋もない話ではあるが、彩葉がひなたに金を渡したことを思い出す。アウトローになった時の手術費一千万だ。彼が望んで借りた金銭ではないが、実際必要だった一千万だったので仕方がない。
「一千万かぁ……」
この前までただの高校生だった太一にとっては途方もない金額。あまりに現実味を帯びず、天を仰いだ。
(本当の家族より、家族か……)
父の一心なら一千万くらい容易に払えただろう。そう考えると、連鎖的に自身の家族だった父や姉のことを思い出す。家族とは何なのだろうか、すぐさま箸で刺そうとした姉も、迷いもなく太一を討罰すると宣言した一心も、本当に家族だったのだろうか。自分はそんな家族の手によって殺されてしまうのだろうか。
「心配すんじゃないよ。あたいにとっちゃ、あんたももう家族同然さ」
「彩葉さん……」
そんな不安を察したのか、振り返った彩葉はを安心させるように初めて笑顔を見せ、太一が頬を染めてドキッと心を動かされた、その時――。
ドオオォォン‼︎
「……っ……⁉︎」「何っ……⁉︎」
太一の背後、奥深くにある【居酒屋あうとろ】の方で爆発が起きた。驚く彩葉と、何が起きたか分からず振り返る太一。遠くにあるはずの居酒屋から、火薬の匂いが混じった硝煙が押し寄せる。
「皆ああぁぁ‼︎」
彩葉はすぐさま燃え盛る【居酒屋あうとろ】に向けて、らしくない叫びを上げて走った。二次会をしていた皆がそれ程心配だったのだろう。アウトローとなり、視覚や嗅覚、聴覚が発達した太一の耳は燃える居酒屋以外の周囲の異変を捉える。
「ドローン……?」
ドローンが彩葉と彼をそれぞれ追尾しており、周囲にも複数飛んでいた。ドローンには日本の国家機関のシンボルである
「彩葉さん……‼︎」
今は傷が癒えているが、出会った時の彩葉は怪我をして【アウトロー討罰隊】から逃げていた。それを意味するのは、アウトロー一人では【アウトロー討罰隊】には敵わないということだ。そんな相手に、太一は自分に何が出来るのかは分からなかったが、彩葉を放っておくことが出来なかったため、【居酒屋あうとろ】へと向かうことにした。
ナノマシンのGPSのプログラムを書き換えられて居場所が掴めないアウトローの彩葉と太一を、火野は三番地外に並ぶ七三式大型トラックの中からドローン越しにモニターで確認していた。
『こちら第一班、権藤博士は確認できません。部屋ももぬけの殻です』
『こちら第二班、第三班、第四班、犯罪者の集団の掃討完了。引き続き続けます』
『こちら狙撃班、配置に着きました』
火野のインカムに次々と報告が入る。命令を受けた第一班の五人は、ひなたが太一をアウトローにした部屋の扉を破壊し、中へと入っていた。しかし、ひなたはこのことを予測していたのか既に何処かへと姿を隠しており、そこはただの空室となっている。
「了解した。第一班は他の班に合流しろ」
『はっ』
七三式大型トラックから出た火野は、ドローン班の班長に背中越しに、命令を下した。
「私も出る。あの二人は常に追い、権藤博士を見つけたら知らせろ」
「火野隊長自ら出なくても大丈夫じゃないですか?」
「分かってないようだな。何故私達が【アウトロー討罰隊】と呼ばれるのか」
そう、彼らは犯罪者討罰隊ではなく、【アウトロー討罰隊】と呼ばれる。それが意味することを深く理解しているのは、火野だけかもしれない。
火野は出撃した。復讐心を燃やし、これ以上健全に生きる者が害されない社会を守るために。
「……っ……何で……何でこんな……⁉︎」
太一が【居酒屋あうとろ】に辿り着くと、彩葉が呆然と立っていた。そこは先程の宴会をしていた景色は見る影もなく、火炎に包まれた店舗から上がる煙と、死体で辺りが埋め尽くされている。死体は勿論、二次会をしていた三番地の犯罪者達で、その周囲には【アウトロー討罰隊】の隊員達が武装して立っていた。
彩葉と太一の足元には、身体中を弾丸で貫かれたマスターの死体が転がっている。あれだけ勇んでいた犯罪者達は――全滅だ。
「あんた……らああぁぁ‼︎」
激情に駆られた彩葉は【アウトロー討罰隊】に向かって、襲いかかった。
「あの女、ナノマシン反応が普通と違う! 【三番地の女盗】だ! 撃てぇ!」
銃弾による弾幕を、するりと風に舞う木の葉のように回避し、【アウトロー討罰隊】の中心に入って二人の意識を打撃により奪う。
「速っ……⁉︎」「撃つな、味方に当たる‼︎」
急に密集地帯の中心部に割って入られた部隊が混乱する中、彩葉は素早く動いて【アウトロー討罰隊】の意識を次々と刈り取っていき、一人が落としたアサルトライフルを手に取った。単発撃ちとなっていたアサルトライフルをフルオートに切り替え、「うああぁぁ‼︎」と叫びながら、円を描くように連射していく。
タタタタッ!
「がっ……!」「……うぁっ……!」
激怒する彩葉が【アウトロー討罰隊】を蹂躙していくのを、太一は呆然と立ち尽くして見ていたが、遠いマンションの屋上で何かが月明りに反射するのを、視界の端で見付けた。アウトローとなって視力が上がった彼が目を凝らしてその姿を捉えると、アサルトライフルを撃つのに躍起になった彩葉の方に向け、狙撃手がスナイパーライフルを構えていたのだ。
「危ないっ!」
タァァァンッ!
太一が飛び出すのと、凶弾が放たれたのは同時。当然銃弾より早く走ることは身体能力が高いアウトローにすら不可能だ。しかし、はるか遠くから離れた弾丸より彩葉の近くにいた太一は、抱きかかえて倒れ込むことで凶弾を躱すことに成功する。
「太一っ……⁉︎」
「彩葉さん……落ち着いて下さい! 狙撃手がいます!」
太一が振り向いた方を彩葉も見ると、死屍累々の中一人の男が二人に向かって歩み寄って来ていた。その男とは――。
「社会のゴミ共が‼︎」
火野罰人であった。
狙撃に失敗し、「ちっ!」と悪態をつくように舌打ちをした狙撃手は、すぐさま立ち上がり場所を移動しようとする。狙撃手にとって位置がバレるということは命取りだからだ。
「まったく、人助けは商売にしておらんのじゃがの」
突如、背後から甲高い声が聞こえてき、狙撃手はすぐさま胸元に装備したナイフを抜いて、振り返ると同時に攻撃した。その攻撃はたやすく躱され、幼女のサンダルでの蹴りを受け、マンションから突き落とされる。
「うわああぁぁ!」
マンションの下でぐちゃッ、という潰れるような気持ち悪い音がして、狙撃手は踏み潰されたカエルの様に死んだ。幼女はその様子をマンションの屋上から、身体をくの字に曲げて覗く。
「幼い体での戦闘は堪えるのぉ」
狙撃手を蹴り落としたのはひなただ。様々な場所に配置されていた狙撃班を、同じような方法で一人で壊滅させたひなたは、銀髪の頭の上にかけたずれたゴーグルをかけ直しながら、太一と彩葉、そして二人に近付く火野を見下ろす。
「彩葉に小僧。悪いが手助けはここまでよ。ワシにはこの国の未来を見る責任があるから、命は張るのはごめんなのじゃ」
老人のように腰をポンポンっと叩いたひなたは、
「さてはて、何処に逃げようかのう……そうじゃ、ボインボインのリンファの所にするのじゃ! たっはっは!」
鼻を伸ばしながら頬を染めて笑うひなたは三番地を後にし、アウトロー街二番地へと向かった。
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