第6話

 太一が連れて行かれた場所は居酒屋、店名は【居酒屋あうとろ】だ。そこには三番地に住んでいる者が集まり、犯罪者になったばかりの彼の歓迎会を行おうとしていた。

「「「一気、一気、一気!」」」

 主役の場に立たされて生ビールの一気飲みを三番地の犯罪者達に強要される太一。

「あの……僕、未成年なんですけど……」

「犯罪者になったんだから未成年も糞もあるか! 男見せろ! ついてんだろ⁉︎」

 中年の男が野次を飛ばし、状況に困惑した太一は彩葉を見て助けを求めたが、彼女は知らんぷりをして生ビールをジョッキで飲んでいた。どうやら逃げる術はないらしい。

「「「一気、一気、一気!」」」

「……じゃあ、いかして頂きます!」

 飲まなければこの騒ぎは終わらない。そう察して一気飲みをする。思ったより苦くて炭酸も強く、量も多かったが、無理矢理胃の中へとねじ込んだ。

「「「いえぇぇい!」」」

 げっぷをした彼が空になったジョッキをひっくり返して見せると、場が盛り上がり宴会が始まった。当然初めての飲酒ではあるが、イメージしていた飲酒とは違い、アルコールを急にとったが体には特に異常はない。ナノマシンのプログラムを書き換えてアウトローになったことで、身体能力の向上だけでなくウィルスや毒物などにも強くなったため、アルコールにも強くなったのだろう。

 彩葉の隣の席が埋まっており、ひなたもいないため、知り合いがいない太一は生き場を失う。そんな彼を見かねてか、酒を用意する店主らしき男性が声をかけてカウンターへと座らせた。

「君の歓迎会なんだから、そんなにドギマギしないでくれよ」

「こういうの、慣れていなくって……すみません」

「俺は皆からマスターって呼ばれてる。よろしく」

「僕は戸鎖太一って言います。こちらこそ、よろしくお願いします」

 顎髭を生やした高身長のマスターはツーブロックの髪形をしていて、男に憧れられそうな男性だ。太一が握手した手は大きく、包容力を感じる手であった。しかし、このマスターもここにいるということは、何かしらの犯罪を犯した犯罪者なのは間違いない。

「安心しなよ。三番地は冤罪や軽犯罪、犯罪者を助けて認定された者が多く集まってる。俺もその一人だ。だから、アウトロー街の中では治安が最も良いんだよ」

「はぁ……」

 太一は自身が警戒していたことを悟られ、驚く。マスターに特殊な能力はなく、握手した手や表情からそれを察したのだ。これまで居酒屋やバーで数々の人間を見た経験値からだろう。

「三番地は安全だ。彩葉ちゃんが守ってくれてるからさ」

「彩葉さんは何故三番地を守っているんですか?」

「彩葉ちゃんが犯罪者になった経緯は知ってるのかい?」

「……はい、育児放棄が原因の万引きですよね?」

「問題はその育児放棄ってやつさ」

 会話しながらマスターが太一に差し出したカクテルはカルーアミルク、カフェラテのような味がする甘いカクテル。生ビールを苦そうに一気飲みをしてたのを見ての気遣いだ。おそらくこのマスターは誰かを助けて、犯罪者認定されたのだろう。太一はマスターの優しさと気遣いを見て、そう考えた。

「彩葉ちゃんは自分の母親のことはもう親とも思っていない。捨てた母親より、拾ってくれた三番地の皆が、彼女にとって家族なのさ。ひなたちゃんは気まぐれでね、誰でもアウトローにするって訳じゃない。だから、三番地で唯一アウトローの彩葉ちゃんは、率先してこの三番地を守ってくれている。政府や他の番地から【三番地の女盗】と呼ばれる程頑張って」

「そうですか……」

 言葉に詰まり、出されたカクテルを軽く飲む太一は彩葉の方を見る。彩葉は黒革のバッグから札束を出し、皆にばら撒いていた。酔った勢いでそうしているように見えるが、アウトローだから酔いにくいはずだ。酔っているのを装ってやっているのだろうと太一は察する。つまり、銀行強盗をしたのも三番地の皆のためだったのだろう。自身を助け、周囲も助けている犯罪者の彼女の方が、今の社会で正しく生きる人達より、よっぽど人間らしく見える。

 そんなことを太一が考えていると、頭上で流れてたテレビに見知った顔が現れた。

『戸鎖総理大臣! お聞きしたいことがあるのですが⁉︎』

 戸鎖一心だ。テレビに映るテロップから息子の太一が犯罪者認定されたことが原因だと推察される。太一は自分が原因で父親がテレビに出てきたことで、内心驚く。

『ご自身の作った法律で、ご子息が犯罪者認定されましたが、どういったお気持ちでしょうか?』

 太一とマスターと彩葉がテレビに注目したことで、バカ騒ぎをしていた犯罪者達もテレビを観た。

『どういう気持ちも何もない。他の犯罪者同様、討罰するのみよ』

 そう、一心は絶対に犯罪者を許さない。それが息子であろうが。

『そうは言いつつもご自身の息子だからと言って、どこかに隠して保護しているのではないですか?』

『なるほど、最もな意見ではある』

 総理大臣の家族であれば、匿えてもおかしくはない。生涯匿うのではないかと考えた国民の意見を、記者は代弁して一心に突きつけたのだ。

『ならば我の直轄の部隊、【アウトロー討罰隊】に息子だった犯罪者を討罰させる。それで納得がいくか?』

 一心が一切の間も取らずそう言い、太一は呆気を取られた。いくら厳しい父親とはいえ、全く迷いもせずに家族だった自身を殺すと言ったのだから当然のことだろう。早い返答に記者も言葉を失った。

『沈黙は肯定と捉える。我が愚息が犯罪者となろうとも、この法律に変わりはないのだ。世の中は白か黒、善か悪、人間か犯罪者。はっきり区別をつけなければならん。それが法治国家日本のあるべき姿なのだからな』

 そう言って記者団の元を後にする一心。飲み会で騒いでいた犯罪者達もテレビを見て静まり返る。その画面には太一の顔が映り、情報提供を求められていたからだ。

「ひっでぇ親父だな……」

「気にするこたねぇぜ、坊主!」

 飲み会に参加していた皆が太一を励ます。それは彼にとっては予想外のものだった。

 何故なら、総理大臣の息子という自分の立場は真っ先に討罰対象に上がる爆弾そのもの。【アウトロー討罰隊】がすぐにでも討罰に来る可能性が高く、匿う三番地の人達が巻き込まれるのは必至。追い出されてもおかしくはないと考えていたのだ。

「来るなら来いや! 糞政府がよぉ!」

「やってやんぜ、おらぁ! なぁ、坊主⁉︎」

 話を振られて困惑する太一に、マスターは微笑みながらビールジョッキを差し出した。最初は気遣いが出来るマスターが、何故苦手な生ビールを出してきたのか分からない太一であったが、一時空けてようやく理解した。彼は歓迎会の開始同様にゴクゴクと勢いよく一気飲みし、空になったジョッキを掲げて叫ぶ。

「はい! やってやりましょー!」

 ほとんど叫んだことのない太一の慣れない叫びは上ずっていた。しかし、その叫びに――。

「「「うおおぉぉ‼︎」」」

 三番地の犯罪者達は鼓舞される。そうして、三番地は太一を討罰せんとする者達を、倒そうと結束したのであった。


 首相官邸の一室――そこには、黒スーツに黒ネクタイをした五十人程の集団、【アウトロー討罰隊】が集まっていた。

 左目にはナノマシンを識別する為のゴーグルを、左耳には連絡をとるためのゴーグルと一体化したインカムを、手足には近代的な超硬合金の装甲を、そしてスーツの中には防弾チョッキを装備している。

 その中でも特別大きい装甲を装備した火傷跡を顔中に残した男、火野罰人を中心に【アウトロー討罰隊】は、やって来た総理大臣である戸鎖一心に敬礼をした。

「総理。【アウトロー討罰隊】揃いました」

「うむ」

 そう報告をしたのは一心の総理秘書官の一人である女性、剣崎小太刀けんざきこだち

 黒の長髪をポニーテールにしており、高級そうなグレーのスーツを身に纏っており、射抜くような鋭い目は人を寄せ付けない。その佇まいから、何らかの武道に精通しているのだろうと容易に想像がついた。

「総員、気をつけ!」

 火野の号令と共に【アウトロー討罰隊】は気を付けの構えをとる。そんな彼らを鼓舞するため、一心は演説を始めた。

「我が作った犯罪者討罰法。正しき者が正しいと叫べる日本に、悪しき者を根絶する社会に、そういう理念の元に作ったモノである」

 両手を広げた一心の言葉に、迫力が増していく。自身の思念を、信念を伝えるために。

「しかし! 逃げおおせただけでなく、正しく生きる人々の街を奪い、アウトロー街というふざけたスラムで生き残っているゴミ共がおり、中にはナノマシンのプログラムを書き換え、政府の管理下から逃れている犯罪者もおる! 我が息子だったゴミもその一人である! 我は息子だったからといって、犯罪者を特別扱いなどせん! 戸鎖太一を守る者は討罰し、必ずその首を持ってくるのだ!」

 一心が太一の討罰に拘るのは、十年を超えて総理大臣を続けてきた彼の進退に関わるからだ。ましてや犯罪者討罰法は愛した妻が犯罪者に殺されたことをきっかけに、自身が作った法律。息子がどうなろうが、一心がその法律を守らないという選択肢はなかった。それは太一の姉である陽菜が犯罪者になったとしても、変わらなかっただろう。

「行け‼︎ 社会のゴミを一掃しろ‼︎」

「「「はっ‼︎」」」

 演説を聞き終えた【アウトロー討罰隊】は、迅速に複数の自衛隊も使う車両である七三式大型トラック乗り込み、首相官邸から動く。火野はインカムで全員に命令を通達した。

「ナノマシン管理部門によると、目標はアウトロー街三番地のマンションの一室でナノマシンの反応が途絶えた。第一班はそこに向かえ。権藤博士ごんどうはかせがいれば確保。ドローン班は三番地周辺にドローンを飛ばし、他の部隊は三番地の犯罪者のナノマシンを特定した後、討罰しろ。戸鎖太一と【三番地の女盗】はスキャンの必要もない。見つけ次第、討罰だ」

「「「はっ‼︎」」」

 命令を出し終えた火野は、犯罪者によってつけられた顔の火傷跡を手甲で触れる。

「犯罪者は……全て討罰する」

 その目は、殺意に満ちていた。

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