第5話
手術によって体内のナノマシンのプログラムが変化し、三日三晩四十度にも及ぶ高熱にうなされアウトローとなった太一は、黒のスウェットにジーンズと可愛いフリルのエプロンを彩葉から貰って着用し、家事に勤しんでいた。
彩葉の汚した部屋を掃除し、洗濯されていない服を洗濯する。どうやら清潔感がないとは言わないが、大雑把で面倒臭がりな性格のようだ。
「ちょっと彩葉さん……下着くらいは自分で洗ってもらえませんか⁉︎」
「やだよ、面倒くさい。あんたがやんな。これから置いてやるんだからさ」
姉以外の下着を見たことがない思春期の太一は、思わず生唾を飲みこむ。何とか欲望を理性で振り解くために首を振って、目を瞑りながら洗濯ネットに彩葉の下着を突っ込み、洗濯機へと放り込んだ。
当の本人は、薄着でソファに寝転がってテレビを見ている。タンクトップを着ているが、明らかにノーブラで、薄いショートパンツの隙間からは白いパンツが見えていた。
「これから毎日こうなの……?」
太一が頬を染め、ため息混じりにそう呟いた時、彩葉の手元にある無線機から音声が入る。
『こちら三番地北前、十数人程の集団が武装をして三番地に近付いてる。どうぞ』
男性の太い声を聞いた彩葉は無線機を取り、プレスボタンを押して音声を送信した。
「【アウトロー討罰隊】かい? どうぞ」
無線機の通信ランプが緑色に光り、再び受信する。
『いや、ただの一般人だ。物見遊山か討罰の報酬金狙いだと思われる。どうぞ』
彩葉がそれを聞き、こちらを見ている太一を見ると、二人は当然目が合った。すると彼女は何かを思いついたかのようにニヤリと微笑み、再び無線機のプレスボタンを押す。
「こちらに任せて静観しな。どうぞ」
『了解』
通信を終えた彩葉はすぐに着替え始め、
「太一、行くよ」
「どこにですか?」
「悪い子のお尻をペンペンしにだよ」
そう言って太一を家から連れ出した。
彼女に連れられた太一は三番地の北にある出入り口へと来ていた。三番地を囲う外壁には、そこで住む犯罪者の手によって、縄張りを強調するかのようにカラースプレーで落書きされていた。
出入り口にはそんな三番地に住む犯罪者を討罰し、報奨金を手にせんとする人間達が武装して集まっている。当然銃火器ではなく角材やバットや包丁などではあるが。
「ちょっと彩葉さん⁉︎ ど、どうするんですか⁉︎」
連れて来られて集団と相対させられた太一は、あたふたとしながら彩葉の方を見るが、彼女は堂々とした佇まいだ。
「おい、お前ら犯罪者か⁉︎」
「だったらどうすんだい?」
「討罰するに、決まってんだろが‼︎」
二人に向けて襲い掛かる、殺意の塊とも言える人間の集団。それに対して彩葉は、
「任せたよ」
太一の背中を押して矢面に立たせた。
「えぇ⁉」
幼い頃に一心に強制的に空手をやらされていたため多少武道の心得がある太一。しかし、集団や武器を持った者を相手にしたことは一度もなく、慌てふためいた。
「おらあぁぁ‼︎」
一人の男が木刀を手に、そんな太一に襲いかかる。そこで初めて、彼は自身の異変に気付いた。
(……何で⁉︎ スローモーションに見える!)
人間の男は全力で木刀を振りかぶり、こちらの頭を目掛けて振ろうとしている。その一挙手一投足が手に取るように分かった。
「アウトローになって手に入れた力、実感しな」
彩葉の呟きを余所に、振るわれた木刀に対して太一は、横から左手の甲で逸らそうとした。逸らすための目的で添えようとした左手は、木刀を砕いて真っ二つにへし折る。
「は?」
男は真っ二つに折られた木刀を見て、素っ頓狂な声を上げた。その隙に男の後ろにいた別の男が包丁で太一を突き刺そうと、「うおおぉぉ‼︎」と声を上げながら体ごと突進してくる。太一はそれに対して、胸に向けて前蹴りを放った。
「こっ……!」
声にもならない声を上げて、包丁を持った男は宙を舞い、十メートル程先のゴミ捨て場に突っ込む。胸を強打されたせいか、怪我は擦り傷程度ではあるが、気を失っていた。
「これが、アウトローになった僕の……力?」
太一の強さに物怖じした人間の集団は「うわああぁぁ⁉︎」「何だこいつ、人間じゃねぇ‼︎」と悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすかのようにその場を去った。それを見た太一はほっと、安心する。武道の心得が少々あるとはいえ、争いや諍いを好まない大人しい性格だからだ。
「いいね、あんた使い物になるよ」
「はぁ……」
「で、【
「いえ、分かりません……って、先に説明しておいて下さいよ! 色々!」
「細かいこと言いなさんなよ。しかし、何でかねぇ」
先程の集団を追い返すために太一を連れてきた理由は、アウトローとなった太一の能力を確かめるためだ。彩葉が太一を助ける時に使った能力、【
太一はプログラムの書き換えの副産物で身体能力は向上したものの、自身の【咎】が分からないということに、彩葉は怪訝そうな顔をしていた。
「本当にアウトローになったら分かるモノなんですか? 彩葉さんのマジックのような異能が……」
「マジックじゃなくて盗んでんだよ。ひなた曰く、大概は分かるらしいよ。ひなたはナノマシンの開発者だから信憑性は高いね」
「⁉︎ ナノマシン開発者って……政府の人間じゃないですか‼︎」
ひなたはナノマシンを作り、日本政府に提供した人物でもあった。開発者であればプログラムの書き換えも確かに容易であろうと太一は考えたが、政府側の人間だったひなたが何故今は犯罪者側に協力しているか、という疑問も同時に抱く。
「今はこっち側だし信用できるよ。理由は知んないし、あたいにゃ興味もないけどね」
「はぁ……」
「もう夜かね。付いてきな」
そんな疑問をそっちのけで、陽が落ちるのを見た彩葉は太一を別の所へと連れ回そうとしていた。
「……一つ聞きたいことがあります」
しかし、太一は立ち止まる。どうしても彩葉に確認したいことがあったからだ。
「何だい?」
「彩葉さんが犯罪者……アウトローになった経緯は何ですか?」
銀行強盗をするような人間が何故自身を助け、アウトローにしたのか。これから行動を常に共にするのであれば、どれだけ危険な人間が知る必要が太一にはあった。
「言わなきゃ、どうすんだい?」
「……分かりません」
答えは曖昧にする。彩葉が万が一にでも危険人物ではっきりと答えてしまえば、その場で何かされる危険性があるからである。彩葉は彼が自分を警戒しているのを察したのか、やむを得ず自身の過去を話し出す。
「あたいの母親はね、所謂ネグレクトだったのさ。親は離婚し、父親はいなくなった。次第に母親は家を出て他の男の所に居座って、家に帰ってきやしなくなってね」
「中学生で金もろくに稼げないガキだったあたいが飯を食うには、万引きするしかなかった。それがバレて犯罪者認定されたのさ。母親は今でも人間として楽しく生きてるかもね」
その話を聞いて、太一は何が正しくて、何が間違っているのか、分からなくなった。彩葉はどうしようもなくて犯罪をするしかなかったからだ。犯罪者討罰法さえなければ人間でいられて、もしかしたら平穏な生活を送ることが出来たかもしれないし、銀行強盗なんてすることもなかっただろう。
「ま、ひなたに拾ってもらってアウトローにしてもらったし、三番地の皆と出会えたから、何の後悔もないさね。今は三番地の皆が家族さ」
「……そう……ですか」
話を聞いた太一は彩葉は犯罪者でも良い人間だと捉えた。彼を助けたこと、三番地を守っていることもあり、人を傷つけたりする人間にはとても見えなかったからだ。今太一と行動を共にしているのも、彼に庇われて犯罪者認定されてしまったことに負い目を感じ、責任をとるつもりだからだろうと推察した。
「犯罪者だって悪いことばかりじゃないよ。あたいらは法に守られはしないし、法に殺される。でもね……」
そう言って振り返った――。
「無法者のアウトローは自由だ」
彩葉の笑顔は、まるで花のように華やかだった。色んなモノに縛られていた人間の頃より、彼女にとっては犯罪者となった今の方が生きやすいのだろう。
やがて陽が落ち夜へと変わり、そんなアウトローの彩葉に、誰でもない自分の意志で付いていく太一であった。
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