第4話
昨日持っていた黒革のバッグを持つ彩葉と、血まみれの頭をハンカチで抑えて止血している太一が着いた場所は、所謂スラム街。アウトロー街三番地と呼ばれ、犯罪者認定された者が人間から奪った街の一つだ。彩葉は会長として三番地を纏めており、それが【三番地の女盗】とあだ名される所以である。
その中のマンションの一室の呼び鈴を鳴らし、何度も扉を蹴る彩葉。扉には多くのへこみがあり、今までにも何度も蹴られたことが伺える。何がそんなに憎いのだろうか。
「うるさいのう、今開けるわ――おぼっ!」
ドアを開いた幼女が、ドアを蹴るつもりだった彩葉の蹴りを腹部に食らって、その場でうずくまる。
「とほほ……彩葉ではないか……ひどいのう……」
身体をくの字に曲げた幼女は、ロングストレートの銀髪を小さい体の腰程まで伸ばし、頭にゴーグルをかけており、花柄のワンピースの上に小さい身体にそぐわないぶかぶかの白衣を着ていた。
「そしたら少しは性欲も減衰すんじゃないかい? 上がるよ、ロリババア」
有無も言わさず、幼女の部屋へと上がる彩葉。リビングの冷蔵庫を許可なく開けて、缶ビールを勝手に飲んでゲップをする。何故幼女の部屋に酒があるのかと太一が考えていた所、ロリババアと呼ばれた幼女はヨロヨロとふらつきながらも立ち上がり、蹴られた衝撃でずれたゴーグルを頭に掛け直しながら太一を見た。
「おぅふ……ふん、小僧! お主は彩葉の何じゃ?」
「えっと、知り合いみたいなモノですけど……あなたは?」
「ふむ、ボーイフレンドでなければ良い。ワシは
明らかに年下の幼女が背伸びをしている姿が可愛くなったのか、太一はひなたと同じ目線になるように屈んで、「凄いんだね」と、頭を撫でてあげる。
「ええい、やめんか! ワシはお主より年上と言っておろう⁉︎ 男に撫でられても嬉しくもなんともないわ!」
「いつまでも馬鹿やってないで、とっとと入りな」
彩葉にそう言われ、ひなたはプンプンと怒りながら、玄関から彩葉がいるリビングへと向かっていく。太一は室内が汚れてはいけないと思い、靴を履いていないでボロボロとなって汚れてしまった靴下を脱いで、裸足でひなたの後に続いた。
リビングの中に入ると、そこは一般的なリビングと呼ばれる場所には程遠く、ドラマなどで良く見る手術室のような白い内装であった。何に使うかも分からないような仰々しい機器達や手術台が置かれている。
一体何故ここに来たのだろうか、太一がそう考えていると彩葉が切り出した。
「こいつはあたいを助けて犯罪者認定されちまってね。アウトローにして欲しい。金ならある」
「昨日も言ってましたけど……何なんですか、アウトローって……」
太一の疑問を他所に、彩葉は昨日の黒革のバッグを手術台に放り投げ、ドスっと鈍い音を鳴らす。
「彩葉が特定の誰かをアウトローにしたいなんぞ、珍しいこともあるもんじゃの。ワシはワシが興味を持った犯罪者しかアウトローにせんのじゃがのう」
「ただ、借りを作りっぱなしってのが気持ち悪いだけさ」
パンパンに詰まったバッグを開けて、中身を見るひなた。思わず続いて身を乗り出して、中身を覗いた太一はその中身に驚愕する。何故ならば、札束だらけだったからだ。
「何ですか……これ⁉︎」
「昨日パクったヤツさね。あたいが追われて、あんたが犯罪者になる原因になったもんさ」
「一体何をやったんですか⁉︎」
「銀行強盗。安心しな、人は殺してないからさ」
「そ、そんな……」
銀行強盗をするような人間を助けて、自身も犯罪者となったことに太一は絶望した。彩葉がそんなことするような人間には見えなかったからだ。しかし実際大量の札束を目の前にすると、その事実を信じざるを得ない圧を感じた。
「仕方ないのう、他ならぬ彩葉の頼みじゃい。これくらいでよしとしようかの」
ひなたは右手でおよそ一千万程の札束を取り、左手は彩葉の尻をいやらしく撫でながら鼻の下を伸ばしていた。
「このロリババアが」
「ぷげっ!」
ごつんッ! と、彩葉はひなたに拳骨を食らわし、地面を舐めさせる。絶望していた太一であったが、セクハラをするひなたの様子に呆れ、本当に六十二歳かもしれないと思い始める。
「んじゃ、やってくれんだね。太一、ひなたの手術を受けな」
「手術……って一体何の?」
「体内のナノマシンのプログラムの書き換えるんだよ」
「体内の……ナノマシン?」
一体何を言っているのか、太一は理解できずに思わずオウム返しをする。
「あんたも何らかのワクチン接種受けたことがあるだろう?」
「当然受けたことはありますけど、それが何なんです?」
コロナや結核やインフルエンザ、様々なウィルスがある中、当然受けていない日本人は稀で、日本でいるとしたら戸籍のない人間か、外国人くらいだろう。さも当然かのように質問に質問で返す太一であったが、それ程までに彼女が何を言いたいのか理解できずにいた。
「不思議に思ったことはないかい? 政府は犯罪者をどうスピーディーに選別するのか、冤罪の確率をどう減らしているのかってね」
「それは……」
警察が判断しているにしては、自分が犯罪者認定されたのがあまりにも早すぎる。思考を巡らせたが一向に分からない太一に、彩葉は衝撃の事実を告げた。
「これは国家機密だけどね、あたいらの血中に打つワクチンにゃ、政府の管理下に置くためにナノマシンが入れられてんのさ。政府と視覚や聴覚を共有し、GPSの機能をプログラムされたね。犯罪者を認定する最終判断はそれでしてんのさ」
「……っ……⁉︎ そんな人権を無視した行為、許されるはずがないじゃないですか!」
「だから極秘裏なんだよ、総理大臣の息子のあんたですら知らない程のね」
答えを聞き、母を殺人という犯罪で失った太一は、父の一心ならそこまでしかねないということと、それが事実ならば自身が昨日の今日で犯罪者認定されるたことに納得してしまう。
「つまり……昨日のことは僕の体内から政府に筒抜けで、今もGPSで居場所がバレている……?」
「たっはっは、そういうことじゃ。間抜けじゃのー!」
そんなことを露知らず、銀行強盗をした犯罪者を助け、巻き込まれる形で犯罪者となった太一。ただの間抜けと罵られても仕様がない。
「だからあんたのナノマシンのプログラムをひなたに書き換えてもらうんだよ」
彩葉は飲み干したビール缶を、パキパキッと音を立てて握り潰していき、やがてビール缶をビー玉程の大きさに丸めてしまった。
「おまけに、こういう副産物もあるしね」
太一が群衆に襲われ助けた時にバットをマジックのように奪い取った奇妙な能力といい、その後放った超人的な蹴りといい、格闘技の世界王者でも出来ないことを彩葉は容易にやってのける。ナノマシンのプログラムを書き換えることで超人的な力を得れるということだろう。
どっちにしろ、視聴覚が共有されているのとGPSが体内にあるのであれば、どうにかしないといけない。太一はひなたの手術を受けるしかないということだ。
「僕は……」
この手術を受ければ、人の道からは外れてしまう。管理されなくなることも、超人的な力を手にすることも、まともな人間としては生きられないことを意味する。最も、犯罪者となった時点で社会的に死んではいるのだが。それでも太一は、手術という物騒な言葉と、完全にまともな人間で無くなることに物怖じしていた。
「仕方ないね。ひなた」「ほいさ」
「⁉︎ 何を……⁉︎」
彩葉とひなたの二人は躊躇っていた太一を手術台へと突き飛ばし、あっという間に体をベルトで強く縛る。
「ウジウジ悩んでても結局受けることになるんだ。総理大臣の息子のあんたは三番地にいる他の犯罪者と違って、討罰されるまで追われる可能性は高いからね。覚悟を決めな」
「人を助けた僕が……何でこんな目に……⁉︎」
太一は無駄だとわかりつつ暴れながらも、涙を薄らと流した。
『お父さんは厳しくも正しい人。太一もそんな人間になりなさい』
そんな死んだ母の言葉を信じ、一心の傀儡のように生きてきた太一が涙を溢れさせた叫びは、
「ずっと生き辛くても、父さんの言うことに耐えて、こんな社会でも正しく生きてきたのに‼︎」
心からの叫び。ずっと見えない鎖に縛られながらも生きてきた太一にとって、鎖に絞殺されるかのような理不尽な犯罪者認定。そんな太一の嘆きは――。
「やかましいわ」
ぷすっ。と、ひなたの注射器によって打たれた麻酔でかき消される。
「あぅ……」
麻酔を打たれた太一はなすすべもなく意識を手放した。その様子をどこか切なそうに彩葉は見届ける。
「こういうやつを見ると分からなくなるね。この世は何が正しくて、何が間違ってるかなんてさ」
そして、太一の手術が行われたのであった――。
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