風の日の逢瀬(1かいめ) 後編
わたしが時計台の広場に到着してしばらくすると、オスヴィンたちが広げた話を聞いたらしいディアラドのみんなが続々と集まってきた。わたしは人の流れがある程度落ち着くのを待ってから話し始める。
「今日はわたしの話を聞きに来てくれてありがとう。今日話したいことはわたしの婚約についてです」
挨拶の開始とともに盛り上がった歓声が後半部分でぴたりとやんだ。隣に立つセドリックに厳しい視線が注がれているのが手に取るように分かる。
両手に力が入ってゆく。
「まず、皆さんもご存じのように王命によってハドール侯爵家出身で侍従長のセドリック様と婚約することになりました」
事の経緯を話し、わたしは自分の偽らざる思いを話した。
最初は婚約を受け入れるしかなくて望んだものではなかったけれど今はまずセドリックのことを知りたいということ、ミスランティを守りたいということ、セドリックにはミスランティの良さを知ってほしいこと。そのためにひとまずはセドリックのことを受け入れてほしいという思いを正直に伝えた。
「どうかみなさん、お願いします」
わたしが頭を下げると、すかさず歓声が起こった。
「お嬢様がそうおっしゃるのなら」
「ったく、うちの姫様はしょうがないな」
などなどと、おおむね好意的な声が広場にあふれている。
・・・よかった。
オスヴィンの言った通り、彼らはわたしが無理をしていないか心配してくれていたのだろう。ほんとうにうれしい限りだ。
微笑んでいると、ふと子供たちがふたりわたしたちの方に駆け寄ってきた。子供たちはわたしとセドリックの腕をつかむと、
「こっちこっち」
といいながらわたしたちを引っ張る。
「こら、やめなさい」
「大丈夫ですよ。セドリック様、行ってみましょうか」
母親らしき女性の制止を遮って子供たちの案内についていく。子供たちは中央の広場からぐんぐんと離れていく。
・・・どこに行くんだろう?
行き先が気になりつつも母親どころか相当数の民衆もついてきているし、危なくなったら止めればいいかと子供たちに任せる。
セドリックがとても不思議な、今起こっていることが理解できないという風な表情をしているような気がするけれど、嫌な気分ではなさそうだしまあいいだろう。
「ここだよ!」
「ついたよ」
どこに来たかと思えばお母さまが持っている屋敷だった。建物は仮にも辺境伯婦人が住まうとは思えないほど質素でこじんまりとしているのに、庭だけはやたらと大きな意味の分からない屋敷。
子供達が躊躇なく入って、それに大人たちが怒っていないのを見てわたしは気が付いた。
「ここは子どもたちのためにあるのですね」
「ええ。カナリア様は街の子どもはなかなか自然に触れられないとおっしゃって、少しでも緑と触れ合うためにこの屋敷をおつくりになられたのです」
先程の女性が横から教えてくれる。子供たちは既にいた子供たちに混ざって何やら花かんむりを作っているようだった。
もしかすると、セドリックにミスランティの良さを知ってもらうために子供たちが機転を利かせてくれたのかもしれない。こころ温かくなっていると、子供たちが花かんむりを抱えてやってきた。
・・・できたよー!って見せにきたのかな?
「おひめさましゃがんでちょーだい」
「え?」
「はやくはやく」
わたしは言われるがままにしゃがみ、目線が子供たちと同じになる。
すると子供たちは作った花かんむりをひとつ被せてくれた。
「くれるの?」
「あげる!」
「ありがとー!」
「セドリックさまにも!」
わたしが女の子と言葉を交わしている間にもう一人の子がセドリックにも花かんむりを渡していた。
「そういえばお名前は?」
「リリアとラウル!」
よく似た子だなとは思っていたけれどそうやら双子のようだ。
「リリアとラウルね。お姉ちゃんもお返しに花かんむり作っちゃう!」
「わーい!」
そのうちに周りの子どもたちがどんどん集まってきて、最終的に11人分つくることになった。
「セドリックさまもやりましょう」
わいわいがやがやとしながら花かんむりを作っていると、セドリックがぽつりと立ち尽くしているのが見えた。
敵意はもうないとはいえ流石にすぐに話せるようになるのは難しいようで、いつの間にか減っていた民衆たちとも話すことなく、ただ直立している。
というわけでセドリックも花かんむりをもらったのだしお礼に作ったらと聞いてみるのだが、
「実は花かんむりを作ったことがなくて・・・」
ということらしい。なので、教えながら作ることにした。
「こんな感じでしょうか」
「すごい、一回でこんなにきれいに作れるなんて」
優秀なだけあって呑み込みが早いのか元々器用なのか、セドリックは一度教えただけで簡単に作ってしまった。わたしの出来と大差がなくて、すこし悔しい。
「はい。じゃあこれはリリアに」
出来た花かんむりを頭にのせてあげるとすごくはしゃいでくれて作った私もうれしくなる。そして次の子に早くとせがまれ、せっせと作っていると終わるころには日が傾いていた。
「あら、もうこんな時間。結局、ほとんど散策できませんでしたね」
散歩したいとのことだったのにかなり自由に振り回してしまった自覚のあるわたしは少しうつむいた。
「いいえ。街のことを知れましたし、子どもたちと関わるのはとても楽しかったです」
「それならばよかったです」
表情は結局見えないけれど、何となく社交辞令ではなく本当に楽しんでくれているような気がした。楽しかったのなら何よりである。
「それにしてもデイムは民から慕われているのですね」
「ええ、ありがたいことに。先祖のおかげです」
ミスランティは良くも悪くも領主と民が家族のような意識を持っている。だからこそ護衛なしでも街を歩きまわれるし、距離感もかなり近いのだ。
「それにしても・・・」
「え、なにかされましたか?」
セドリックが言いよどむ。すこし悪寒がした。
「今日最初にお会いしたときは何かあったのですか?とても慌てられていたような、ご懸念がある様子でしたが」
「・・・・」
・・・え、うそ!結局そこに戻っちゃうの!?
「と、特に何もありませんでした」
「本当ですか?」
心配しているようだけれど圧がものすごい。老獪な大臣たちと渡り合ってきたからなのか、わたし程度簡単にひねりつぶされてしまいそうだ。
わたしは抗うのを諦めて、今日屋敷を出るまでに起こったことを赤面しながら話した。ルイーゼの話もしたが、もちろん見惚れる云々については黙秘である。
「まあ、そんなことが」
「主をからかうなんてひどい側近でしょう?」
「そうですか?とても仲の良い、好ましい関係性の主従だと感じました。私の場合は相手が国王ということもあって、そうはいかないので正直うらやましいです」
わたしはそう、同意を求めたつもりだったのだけれどそういえばセドリックも王の側近なのだった。わたしよりもルイーズに依った視点からの返事が返ってきた。
まあ、別に本気でルイーズを憎んでいるわけではないのでそれは別によかったのだけれど、本命の爆弾はその後に潜んでいた。
「それに実際、今日のデイムは以前お会いした時よりもより一層お美しいです。それこそ、冬の始まりを見届けに来た冬の妖精かと見紛うほど」
「!?」
わたしは硬直した。体とは裏腹に心臓の鼓動が急激に早くなっていく。
そこからは何が何だか分からないうちにセドリックと別れることになった。
セドリックを見送る時も心臓の拍動が早いまま
・・・あー!もう!ルイーゼが変なこと言ったせいだから!
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