風の日の逢瀬(1かいめ) 前編

「ところで・・・なにをしましょうか?」


セドリックに尋ねると、セドリックははっとしてうつむいた。答えを聞くまでもなく互いに計画していなかったことに気づく。


「では質問を変えますね。セドリック様は何をしたいですか?」


こうなれば希望を聞くしかない。むしろ望まないことをして楽しくない結果に終わるよりよっぽどいいと思おう。


「そうですね・・・ではこのディアラドの街をもっと知りたいです」

「ほんとうですか!いいですね、そうしましょう!」


・・・街を知りたいなんて!セドリック様いいひと!


わたしとしてもミスランティのことに興味を持ってもらえるのはとてもうれしいので、即決で街を散策することに決まった。


* * *



わたしは内心びくびくしていた。街を知ってもらえることがうれしくて忘れていたけれど、そういえばミスランティの民はこの婚約をまだ受け入れているわけではないのだった。

以前準備をした時のこともあって表立っての暴言などはないけれど、わたしには優しく挨拶してくれるのにセドリックのことはまるでいないかのように無視している。

とはいえ特に害があるわけではないので叱ることも諭すこともできない。


セドリック様も特に反応はないが、内心では嫌な気分を抱えていることだろう。


「セドリック様、とりあえずこちらへ」


わたしはいたたまれなくなって途中で案内を切り上げてなじみの商会の建物に逃げ込んだ。


「お嬢様、いらっしゃ・・・そんなに慌ててどうされましたの?」

「フローラさんこんにちは。少しここに居させてください」

「それは良いのですが・・・なにかありましたの?」


その時、少し遅れてセドリックが入ってきた。フローラはそれを見るや否や、わたしが逃げてきた原因が彼だと感じたのか警戒の眼差しを見せる。


「フローラさん、ちがうの。セドリック様が悪いんじゃなくて・・・」


わたしはフローラと店主のオスヴィンに事情を説明した。


「なるほど、宮中伯様が警戒されているのが申し訳なくなったと」

「このままではおちおちと散歩もできません。何とかする方法はないですか?」

「そうですねぇ・・・」


オスヴィンは腕を組んで難しい顔をした。


「宮中伯様、お気を悪くしないでくださいね。夫は考え込むとこんな顔になるのです。それにディアラドのみんなも悪気があるのではなくて・・・」

「過去のことは承知しておりますし、立場上こういうのは慣れています。実害がない限りは問題ありません。デイムもお気になさらず」


無機質な返事が返ってきた。今日最初に会った時以上に感情がこもっていない。

もちろん、実害がないに越したことはないのだろうが、このままではセドリックのディアラドへの印象が悪くなる。せっかく興味を持ってもらったのだ。本当のディアラドのみんなの温かさを知ってほしい。


「お嬢様が宮中伯様が悪い人ではないと宣伝するのはどうでしょう」


考え込んでいたオスヴィンが口を開いた。わたしはすかさず詳しく教えてほしいと催促した。


「ディアラドの時計台前の広場でお嬢様が民衆にむけてセドリック様が悪い人ではないと発信するのです。お嬢様が自分の口でそう伝えれば、お嬢様を慕う民衆は必ずや答えてくれるでしょう」

「それでうまくいくものでしょうか?これまでも婚約は自分の意思だと伝えてきたつもりですけど・・・」


セドリックを迎える準備の時にも伝えたのだ。それでも状況が改善していないのだからもう一度言ったとて変わるとは思えない。


「ではお聞きしますが、お嬢様は本日どのような顔でおられましたか?」

「どんなって普通の・・・」

「おおむね作り笑いでした。特に民衆に私が避けられている間は不安そうで思いつめたような心情が見てわかるくらいに浮き出ていました」


自分の表情なんて覚えているわけがなく濁したところ、セドリックが代わりに伝えてくれた。

平穏を保って笑顔でいたつもりだったのだけれど思っている以上に分かりやすく出ていたらしい。


「もしかして、それでみんなは心配してくれてたの?」

「私はそうではないかと考えています。そして付け加えるのならば、お嬢様は自分で選んだとはいっても、自分で望んだとは言っていないのではないですか?」


わたしはこくりとうなずいた。


「お嬢様がミスランティを大切にしてくださっていることは知っております。しかし同時に、ミスランティのためにご自分を犠牲にしているのではないかと、我々はみんな心配しているのです」


望まずとも選ぶことはできる。とオスヴィンは結ぶ。

流石商人として様々な商談を交わしてきた経験があるだけにその辺りの裏事情はお見通しのようだ。

確かにわたし自身、婚約を決めるにあたっては望んだというより与えられた選択肢で最善のものを選び取っただけに過ぎないけど、今はセドリックと少しでも分かり合えたらと思う気持ちがあるのもまた事実なのだ。


「わたしが嫌々婚約したわけではないと伝えればディアラドのみんなは受け入れてくれるかしら」

「必ずとは言い切れませんが、一時的な効果を得るためならばそれが最善の方法でしょう。その後は宮中伯様の振舞い次第です」

「わかりました。では早速行きましょう」


ミスランティの日没はだいぶ早くなっている。わたしは決めると足早に時計台へと向かった。

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