初めての風の日
無骨な性格でおしゃれなどはからきしなルイーズから見ても今日のフィリーネはとても綺麗だった。友人でもある辺境伯婦人カナリア譲りの麗らかな栗色の髪が、今日はリリーの手によってより一層つややかになっている。ゆるふわなハーフアップがフィリーネの美しさに深みを増していて、その姿はさながら神話に聞くミスランティの豊穣の女神のようだった。
「いいのかい?これでは冷徹と名高い王の懐刀もお嬢様に見惚れてしまうのではないのかな?」
ルイーズは少しの心配と多分なからかいを含みつつ、フィリーネに聞こえるか聞こえないかの声量でリリーに耳打ちした。
リリーは返事をしなかった。真面目なリリーには軽口をたたく護衛の方が理解できないのだろう。まあいつものことである。返事が返ってくるとも思っていなかったので執着しない。何より、今はそれより面白いものを見れたのだから。
「あらあらお嬢様?どうかされたんですか」
ルイーズがいたずらっぽくにやにやしているのと対照的にフィリーネはりんごのように顔を赤くしていた。
「ど、どうもしてないわ」
「そうですかそうですか」
「だからほんとに何もないって言ってるでしょ!」
こういうのは否定すればするほど誤魔化しているようにしか見えなくなるのだ。そしてフィリーネのように露骨に反応してくれる相手はからかいたくなるのが人の定め。
「あらあらかわいい。その初々しいお姿を宮中伯様に・・・」
「ふんっ!ルイーズのばか!」
プイとそっぽを向いてフィリーネはさっさと部屋を出て行ってしまう。やりすぎを惺とほぼ同時に頭に鈍痛が響いた。
「いいすぎです。気を付けろと、前にも言いましたよね?」
「あはは・・・お嬢様が恥じらう姿がかわいらしくてつい」
リリーはため息をついてこめかみを抑えた。
「反省していないようですね。分かりました。ではカナリア様の下へ行きなさい」
ルイーズは途端に青ざめた。カナリアは領都にいる、つまり謹慎である。
「考え直してはくれないかリリー、少し度が過ぎただけではないか」
ルイーズは持ち前の甘い低音で凛々しい顔をゆがめて懇願するが、見慣れたリリーにはちっとも響かない。むしろ逆効果だった。
「反省、しなさい」
「・・・はひ」
リリーは満面の笑みで黙らせた。こうしてルイーズは領都に送り返され、フィリーネは逢瀬を交わすこととなったのである。
* * *
「もう、ルイーズってばなんてことを言うのよ・・・」
屋敷の廊下をこつこつと歩きながらさっきのことを思い出した。そんな気は微塵もなかったはずなのに意識してしまうではないか。
「落ち着くのよフィリーネ。あんなことに動じちゃだめよ」
「何かあったのですか?」
自己暗示をかけているところに聞こえてきた声に私は硬直した。草加空耳でありますようにと願いつつおそるおそる後ろを振り返るとやはり、見覚えのある黒い隠しがある。
「わ!どのようにしてここまで?」
「どうも何も、デイムが自らここまで歩いてこられたのではないですか」
「へ?」
頭にはてなを抱えつつ辺りを見渡すと、確かに見覚えのある門があった。どうやら考えているうちに迎えに来ていたセドリックの待つ門の前まで来てしまっていたらしい。
・・・てか、わたしっていますごく変な人なんじゃ
「あ、はい!ごきげんよう宮中伯様。ご息災でいらしたようで何よりです」
・・・わたしなに言ってんの!?セドリック様もびっくりしてるよ。
「ん、んんっ!えっと、セドリック様こんにちは。今日も良い天気ですね」
「そうですね。ところで、どこか具合が悪いのではないですか?」
ごまかそうとしたが無理だった。それどころか体調不良を疑われているようだ。
私としては体調不良を装って流れてしまってもよいのだが、ただ先ほどまで元気だった私が逢瀬を逃れるために演技をしたなどと取られても困る。
「ご心配くださりありがとうございます。ですが体調不良などではないのでご安心を」
「本当に?」
「ええ。それとも私が体調を崩している方が好都合ですか?」
「そういうわけでは・・・」
「では問題ありませんね」
私は怖いときのお母様の笑みを真似した圧と勢いで話を潰す。そんなこんなで私たちの一度目の逢瀬は始まった。
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