第3話 フィリーネの思い
セドリックは月夜に光るような濃紺の髪色が美しく、背丈もとても高くわたしの頭の高さとセドリックの首あたりが同じ高さくらいだ。
「バルデン宮中伯様、王都より遠路はるばるいらっしゃってくださり恐悦至極に存じます。王より侍従長の地位を賜っておられる宮中伯様が婿入りいただくことを、我々ミスランティ辺境伯家は心より歓迎いたします」
部屋に入ってきたわたしは、優雅に見えるように細心の注意を払いながらカーテシーで挨拶をした。心のかけらもない美辞麗句だからこそ、こういうほかの部分はちゃんとしなきゃなのだ。
「こちらこそ。改めて私はセドリック・フォン・バルデン・ハドール。勇敢令嬢と名高きデイムミスランティにお会いできて光栄です」
涼しげな声とも冷淡な声ともとれるいまいち感情のつかめない声でセドリックは返す。
「リコリアでお出迎えすべきところ、ディアラドでの歓待になってしまったこと、誠に申し訳ありません」
ディアラドはリコリアよりも王都に近く、ミスランティ辺境伯領でも有数の都市ではあるのだが、辺境伯の領都ではない。
本来なら領都のリコリアにある辺境伯一族が住むリアステア城にて歓待すべきところなのだ。
今回の措置はミスランティ貴族からの批判を防ぐための特例であり、ある意味では無礼。既に相当悪いであろうミスランティの心証を少しでも損なわないようにしなければならない。
「構いません。私としても辺境伯閣下の事情は分かっているつもりですので」
さすが王の懐刀と言うべきか、それとも周知の事実なのかは王都に言った記憶のないわたしには分からなかったが、セドリックが話が通じそうな相手でよかった。
しかし他方で、やはり顔が見えないせいなのか物腰は柔らかいはずなのにどこか近寄りがたいような雰囲気がある。
ミスランティの昼が短くなっていることもあり、貴族の礼儀として最低限の当たり障りのない世間話を交わしているうちに日の暮れが近づく。
「それではセドリック様に滞在していただく予定の屋敷に案内させていただきます。案内人はこのリリーが務めさせていただきます」
「ええ。分かりました。それではデイム、次の風の日にまた会えることを楽しみにしています」
セドリックは王命で定められた週一回の逢瀬を忘れるつもりはないようだ。だけども気持ちが籠っているようには感じない。
わたしはやはりセドリックには婚約ではない別の目的があることを意識せざるを得ない。
無意識に視線が鋭くなり、手足に力が入った。
「もちろんですわ。セドリック様におきましては、慣れない寒い土地でしょうがお体を大切になさってください」
「寒いとは聞いていたので防寒具は多めに準備しておきました」
王都とは違ってこのミスランティ辺境伯領は広い王国のかなり北の方にあるのだ。リコリアよりも南にあるとはいえこのディアラドも例外ではなく、特に秋の時期以降は寒くなる。
ハドール侯爵家やエーレンフェスト侯爵家も北部よりではあるけれどあくまで中北部。テオドラの教育係のソフィアによれば、ミスランティの冬は比べ物にならないらしい。
それに少なくともこちら側から見て急に決まった婿入りでは防寒対策も十分にできていないだろう。
その辺りを心配した好意であったのだが、セドリックには何かの嫌味に受け取られてしまったのかもしれない。
淡々とした返答で流されてしまった。
・・・うぅ、少し気まずい。
「それでは参りましょう。私が案内申し上げます」
「・・・」
沈黙している間にリリーが案内を始めようとして、セドリックもそれに従って屋敷へと向かおうとしている。
自分の気持ちを伝えねばならぬような心地に駆られた。今伝えなければ二度と伝えられないような、そんな心地だ。
「お待ちください!」
必死の思いで既に馬車に乗り込もうとしていたセドリックに声をかけた。
セドリックは何事かと言わんばかりに、これまで一度も揺らすことのなかった覆いの布を僅かに揺らして振り返った。
「あなたに伝えたいことが」
「はい?・・・まあ聞きましょう」
政略結婚として大した興味を向けているわけでもなかったセドリックにとっては青天の霹靂で、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていたのはわたしの知る由もなかった。
「わたくしはミスランティを愛しています!ほかの何に代えても守りたいですし、守ります!」
「はぁ」
「あなたがどんな目的でここに来たのかわたしは知りません。ミスランティに害をなそうとしているのなら刺し違えてでも止めます。・・・でももしも、そうでないのなら。ミスランティを知ろうとして来てくれたのなら少なくともわたくしは、貴方を歓迎したいと思います。ミスランティ辺境伯令嬢とハドール侯爵令息の、対立貴族の戦いとしてではなく、たとえ政略結婚だとしても婚約者として、ひとりとひとりの人間同士としてお互いを知っていきたいのです。確かに、ミスランティ辺境伯家とハドール侯爵家には遺恨がありますけれどわたくしたちはわたくし達。歴史ですとか因縁ですとか、そんな遺恨のせいで今を生きるわたくし達がわかり合う努力をする前から嫌い合うのは、・・・えっーとなんと言いますか、違うのだとそう思うのです」
一世一代の告白をするかのような心拍の速さで言葉をなんとかとにかく無我夢中で紡いだ。
一気に言葉をまとめすぎて、正直何を口走ったのか分からない。ただおかしなことを言ったのだけはわかった。なにいってんのわたし!とほおをぺしぺしして穴があったら入ってしまいたい心地だ。
・・・ほらほらセドリック様だって何言ってんだこいつみたいな顔してるよっ!恥ずか死ぬっ!!
それに対する返答は「勿論です」という極々淡白なものだ。けれどその一言には少しくらいはわたしの思いを知ってくれたような、セドリックがわたしと向き合う気持ちを起こしてくれたことを感じ取った。
終わりよければすべてよし・・・なのかな?
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