第2話 対面準備
ミスランティに早い夕暮れが訪れようとしているころわたしはディアラドに到着した。
ディアラドは衛星都市とはいえ、広い辺境伯領の中で王都とリコリアを結ぶ街道の宿泊所としての性質も持つので、朝に出て今着くぐらいには距離がある。
なので主要都市ではあるけれど比較的ミスランティの外部の空気も交じっていて、ハドール侯爵の縁者を迎えるには最悪の中の最高というような場所だ。
ほぼ一日がかりの行軍の後は休みたくもなるのだが、残念ながらそんな時間はなかった。
セドリックが来訪する前に、懇意にしている貴族から別荘を借りてセドリック一行が滞在できるように清掃から家具の変更まで準備を整えて、さらにはディアラド周辺の貴族からのあいさつと釘差しを行った。
お母さまの領地だからなのか立地のおかげか、領都より北側の貴族たちに比べればまだましでハドール侯爵家に対する嫌悪は薄いけれど、それでも万が一よくないことが起こってはいけない。
幸いにも、貴族たちはわたしの意思を理解して尊重してくれたようで何よりである。
「これで十分かしら」
「はいお嬢様。お疲れさまでした」
準備が終わると、わたしは勢いよくソファに腰掛けた。少々お行儀が悪いけど、今日ばかりはリリーも咎めない。
「みんなが協力してくれてよかったわ」
風のうわさとは恐ろしいもので、ディアラドについたころにはすでにわたしの婚約話が伝わっていた。反発されて、場合によってはわたしたちだけで準備をしなければならない可能性だってあったのだ。
「渋々ではありましたけど、これもお嬢様が愛されているからですよ」
「そうね。街のみんなには本当に頭が上がらないわ」
なにはともあれ、あとは迎え入れるだけである。
「姫様、バルデン宮中伯様がいらっしゃいました」
支度を終えた翌日、部屋で待機していると専属騎士のルイーズが報告に来た。
「ありがとうルイーズ。いま・・・」
「お嬢様の準備が整うまでもう少し時間が掛かるようです。ですので、それまではお待ちいただくように」
立ち上がろうとしたとき、珍しくリリーが言葉を遮り勝手に返事をした。
「でもリリー、気にするほどでもないでしょう?宮中伯様がいらしているなら急いだ方が・・・」
「いいえ、御髪が乱れております。それに剣の鍛練を終えたばかりですので、せめて汗を落とすぐらいはしていただかなければなりません。というわけですのでルイーズ、宮中伯様にはお待ちいただくようにお伝えください」
「畏まりました」
と、とりつく島もない様子だ。
たしかに剣の訓練をしていたので髪はそれほどしっかりまとめていなかったけれど、気にするほどではない。汗だってこの時期はほとんどかかないのに。
おまけに普段はわたしを第一優先に意見を取り入れてくれるルイーズさえリリーに同調してセドリックを待たせる構えである。
しかし、リリーが「直ぐに会えば宮中伯様に対する不必要なやっかみを作ることになります」と耳打ちしたことで仕方なしに受け入れた。
「ですが、私の不手際で待たせることになるのですもの。代わりにお詫び差し上げたいのですけれど、何か良い案はないかしらリリー?」
過去の話に固執しすぎるのも考えものだけれど、王国、特にハドール侯爵の先祖が行ったことを鑑みれば理解もできる。
いくらセドリックとその先祖は別人だといっても、すべてを水に流すというわけにもいかないだろう。遠い昔のように思えるけれど、まだ生き残っている人がいるくらいには案外最近のことなのだから。
ミスランティ貴族のことを考えれば、一応冷遇したという体はとっておいた方がよい。ただ、むやみに冷遇してはハドール侯爵家からの心証が悪化しかねない。
なので代替案を考えることにしたのだ。
「それではお嬢様、領地特産のスノークリスタルの紅茶で持て成し差し上げるのはいかがでしょうか?」
「私といたしましてもそれが善いかと。きっとハドールの家の者も優雅な甘みに舌を巻くに違いありません」
リリーは領内でも随一の紅茶で持て成すことで、待たせはしたがきちんともてなした体をとることを提案した。
・・・早く来たんだからそれくらいはいいよねっ!
「その辺りが妥当かしら。それじゃあルイーズ、後は任せても良い?紅茶は屋敷の侍女に任せてね」
「しかと承りました」
そうしてルイーズは部屋を出ていき、身だしなみの最終調整を行った。
わたしは顔を黒い布で覆った男性と応接室で対面した。
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