98話 小さな箱の主


:『生命を灯す種火入れランタン』のあるじになりました:

:主として育てる、命のみなもとを投入してください:


:【容量】をオーバーしないように調整しましょう:

:【肉体】・【血液】・【属性】・【飼育】の四つの成分からなる素材を選びましょう:



 アビリティ『小さな箱の主』を発動すると、ランタンの上部がパカッと開き、そんな指示ログが流れた。


「ふむ……」


【肉体】と【血液】に該当する素材はすぐにわかった。

 師匠からもらった、『幼子の肉』×3と『天翼人クロラの血』×9だろう。

 ただ、気になるのは【容量】だ。

 素材を入れる容器、『生命を灯す火種入れランタン』に入れられる総量の限界値を指しているのだろうか。



『生命を灯す火種入れランタン

【耐久度250】

【容量12】



 つまり、12という数値を超えないようにしなければならないようなのだが。

 各素材の質量が全く以ってわからない。


 アビリティ『鑑定眼』を発動して、【肉体】と【血液】に相当する二つの素材を見比べても、それらしきモノは表記されていない。



『幼子の肉』

【人の子の肉片。まだ何のけがれもない精神の持ちぬしは、何者にもなれる可能性を持つ。そんな存在から取れた肉は、ものすごく柔軟性に富んでいる】


天翼人クロラの血』

空の堕とし穴スカイフォールに生息する天翼人クロラあおい血。種族的に成長が著しく早い彼らの細胞が含まれている。魂との結び付きが良く、色との相性にも優れている】



「入れてみるしかないか……」


 俺は二つの素材を一つずつ、慎重にランタンの中へと落としていく。


「ん?」


『幼子の肉』を押し込んだところで、ランタンの容量が【12 → 10】へと減少した事に気付く。


 ふむふむ。なるほど……。

 つまり『幼子の肉』の容量は2ってことか。


 事前に素材の容量がわかれば苦労しないんだろうけど、こればっかりは入れてみないと把握できないらしい。入れてみたら、容量オーバーなんてことも、これから先十分にありえる。投入していって、どれほどの容量を埋めるのかメモをしておく必要があるか……。


 続いて、『天翼人クロラの血』を流しこんでいくと……容量は【10 → 9】へと減少した。

天翼人クロラの血』の容量は1っと。



 ここまで二つの素材をランタンに投入したけど、なんだろう……。

 とくに変化はない。

 ランタンの中を観察しても蒼い液体と肉片が交り合っているだけだ。


 アビリティ『合成』の亜種みたいな錬金術だろうか?

 使うキットが釜じゃないってだけかな。


「あとは……【属性】と【飼育】って項目に該当する素材を入れていく、か……」


 ううーん? 

【属性】は素材の名称とかで、なんとなく判別のつけようがあるけど【飼育】って……エサっぽいものとか? どの素材が正解なのか全くわからない。


「ふぅ……」


 今回のアビリティ『小さな箱の主』は時間制限とかはなさそうだし、じっくり進めていこう。


 なにせ、慎重にやらざるを得ない状況だったりする。

 なぜなら師匠から譲ってもらった素材も限られているし、ランタンも三つしかないのだ。つまり、現時点で生命への最短の近道を試せる回数は、最大で三回までということ。


「属性……属性……」


 手持ちの素材を見回していき、どうやら自分の感覚で素材を選んでいくしかないようだと嘆息する。


 アビリティ『焼印ストンプ』を発動したときのように、素材を検分するとき【透明度】といった新たな項目が追加されるわけでもなさそう……ってあったぞ!



閃光石せんこうせき

【属性 黄】


溶ける水ウォタラード

【属性 青】


 そういえば、属性付きのアイテムがあった事を失念していた。

 どちらも色を混ぜて作ったアイテムで、『溶ける水ウォタラード』なんかは弱点が【属性 青】のタフ・スライム戦で大いに活躍した。


閃光石せんこうせき』は『太陽にたなびく黄色サン・イエロー』を、『溶ける水ウォタラード』は『陽光に踊る黄色ソレイユ・イエロー』だったかな。


 

「どちらも、元は太陽の光が関係しているけど……」


 現実リアルで『閃光石せんこうせき』があったのだから、ここは閃光石について研究する方がいいだろう。『溶ける水ウォタラード』よりも『閃光石せんこうせき』から派生したモノの方が、現実で発見できる確率が高そうな気がする。


「さて、こっちの容量はどんなものかな」


 ボチャッと蒼い血と肉が混ざったランタンに『閃光石せんこうせき』を落としていく。

 容量は【9 → 6】と変化した。


「容量をオーバーすることはなかったか……よかった……」


閃光石せんこうせき』は今まで入れた素材の中で一番容量の多い、3という数値を出したけど、ひとまず一安心。




「これで、残る項目は【飼育】のみ……」

 


:【飼育】の素材は必要ない場合もあります:

:『小さな箱の主』で生成する生物は、投入した素材の種類や【飼育】素材によって完成するまでの時間が変化します。また、創れる生物の結果も変わってきます:


「ん? なるほど……」


 絶妙なタイミングで流れたアシストログを目にして、俺は一つ実験をしてみようと思いつく。

 もし、今回の師匠が出した課題において【飼育】項目の素材が必要ないならば、既に生物の完成は約束された。【肉体】、【血液】、【属性】にあてはまりそうな素材をランタンへと投入済みだからである。

あとは時間が経つのを待つだけなはずだ。


 だが、仮に【飼育】素材になりそうなモノを入れたら、どんな変化が起こるのかも気になる。だからここはこのランタンと、試しに色々と追加で【飼育】素材になりそうなモノを加えたランタンとで比較実験をしよう。



「こっちのランタンは……今のところ何の変化もないしな」


 蒼い血と幼子の肉が絡まり合い、閃光石がポトリと中で落ちているのみで、これと言った変化が見られないランタンを見つめる。


 ここで失敗しても、ランタンは一つ残るわけだし【飼育】素材がどう影響を及ぼすのか調べておくべきだろう。


「問題はどれが【飼育】素材になりえるか……」


 俺は二つの目のランタンに、先程と同じく『幼子の肉』『天翼人クロラの血』『閃光石せんこうせき』を入れながら考える。



『幼子の肉』は説明文から察するに、どんな素材とも合いそうだ。何にでもなる可能性を秘めているとか、それだけ何色にでも染まりやすい、純真無垢な子供の肉なんだろうな。汎用性が高そうなので、どの素材とも相性が良さそうというか、【肉体】という項目から命を作る上での基盤になっているのだろう。


天翼人クロラの血』については、魂と結び付きやすく色とも相性がいい。そして、液体の色が青という部分から、空との関わりが深そう……ならば、太陽とも相性が良いのではないだろうか。

『閃光石』にいたっては太陽光を元にして作ったアイテムだし。


 つまり、今まで使い道を発見できなかった『お日様と金麦色コルタナ』を試す時がきたかもしれない。


 ゆえに、俺は蒼く染まった肉片と石コロが混ざったランタンの中に、金色に輝く色を投下した。

 二つ目のランタンの残り容量は【6 → 4】へと減った。

 これが【飼育】素材に該当するといいのだけど……。


「とにかく、これでしばらくは様子を見よう」


 そう呟き、最初に素材を入れたランタンの方へと視線を移したら――


:【血液】が足りていません:


 こんなログが流れた。

 ふむ?


 もしかして、【飼育】素材を投入してない分、血が足りていないのか?

 俺は一つ目のランタンへ再び『天翼人クロラの血』を加えておく。

 容量は【6 → 5】へと減少する。


 ランタン内の水かさが増し、中の肉や石がぷかぷかと浮かぶ様は、心なしか素材たちが喜んでいるように思えた。




――――

――――



 小休憩を挟むため、いったんクラン・クランを落ちて軽食を済ませた俺は、再び輝剣屋スキル☆ジョージの店内からログインする。



 そして、それぞれのランタンを取り出し見てみると――


「おぉぉ!? これはすごい!」


 かなりの変化が起こっていた。

 まず【飼育】素材を投入しなかった最初のランタンの方だが、青い液体の中をふよふよしながら目を瞑る小人が生成されていた。

 直径にして10cm程で風乙女シルフのフゥより一回り小さい。

 肌の色は白く、しかも小枝のように細い体格をしている。


「妙にせ細ってる?」


 ふむ……。

 わりと【飼育】素材は重要なのかもしれない。


 ひとしきり、ランタンの中で眠る小さな生命体を観察した後、【飼育】素材というか……『お日様と金麦色コルタナ』を加えた方のランタンに注視する。



「こっちは……妙に小さいな。しかも、この形はなに……?」


 こちらも青の液体の中にいるのは同じだ。

 だが、姿形が全く異なっていた。

 まず小さい。直径2cm、程だろうか。

 薄く、半透明なモノがせわしなく『天翼人クロラの血』の中を、十匹ほど泳ぎ回っていた。

 そう、こちらは極小の魚が生まれていたのだ。


「しかも、数が増えてる。どうなれば、肉とか石が魚に変化するんだ」


 ランタンのガラスに目をくっつける程に近付き、それら小魚もどきを凝視すると、確かに形態は魚である事が確認できる。


「これ、顔が微妙に人っぽくない?」


 いわゆる人面魚だろう。

 口をパクパクさせながら、青い液体内をさまよう小魚の先端は幼い子供の顔をした人間だった。一つ目のランタン同様に、まだ両目は見開いていない。


「気のせいじゃ、ない……」


 生命の根源は海からきていると、よく言われているが……これは正直、何と言えばいいのだろうか。


「すこし、気持ち悪いかも」


 だが、なんというか、口をパクパクしている様を眺めていると何かあげたくなってくる。


「魚って言えば、エサは粉っぽいのとかがよかったんだっけ? 固形で、大きな物でも少しずつ削って食べていったりするだろうし」


 岩や海藻についている小さなモノなんかをパクパクするイメージもある。


 もう一つ目のランタンを見る限り、成功は確定したようなものなので、物は試しでさらに何か投下してみよう。

 

「お魚のエサ~♪」


 人面魚は意外過ぎた結果になったけど、俺は今まさに生命を創り上げようとしているのだ。自然と上機嫌にもなってしまうというもの。


「やっぱり、粉だ。粉と言えば~」


 そう、合成では……万能の粉と名高く、目覚ましい活躍をしてくれたあの素材!

 しかも『天翼人クロラの血』は空っぽい雰囲気があるわけで、空を舞う妖精たちとの相性もバッチリだろう!


『ようせいの粉』を何の迷いもなく選び、ふりふりふり。


 人面小魚が泳ぐランタンへと振りまくと、ランタンの容量が【4 → 3】へと減った。


 水面にキラキラと光る粒が沈殿していき、予想通りというべきか。

 三匹のお魚もどきはパクパクと口の中に『ようせいの粉』が入るように咀嚼していった。


 すると、魚たちの半透明な身体が虹色の光を一瞬帯びたかと思えば――

 微妙に、いや、確実に。


「少しだけ、大きくなったかな?」


 ほんのわずかだが、身体が肥大化しているように思えた。

 いや事実、水中に舞う『ようせいの粉』を食べる度に人面魚たちはその身体を成長させていった。まだ小さかったから、その不気味さも半減していたけど、このペースで大きくなっていけば、間違いなく気味の悪いモノになる。


「じんめんぎょー……」


 無我夢中で『ようせいの粉』に群がり、パクつく彼らの姿を見て、そもそも冷静に考えると、どうして俺は人面魚なんかを育てているのだろうか、と思わなくもない。


「こっちは人の形にすらなってないし、失敗かもしれないなぁ」


 やはり、『お日様と金麦色コルタナ』という余計な物を入れたからなのだろうか。


 まぁいいかと思い立ち、再びもう一つのランタンにタゲを変えると、嫌な予感がした。



:血液が不足しています:


 というログが流れたのだ。

 これでもう二回目の告知だ。

 こちらには、すでに『天翼人クロラの血』は一回、追加で投入しているはずだ。

 

「……不安になることはないか」


 師匠がランタンを三つくれたのは、生命を作るチャンスを三回くれたという事に他ならない。そして、『天翼人クロラの血』を九つ与えてくれた。つまり、この数字が現す意味は、一つのランタンで生命を作り上げるのに『天翼人の血』は三つ必要になるという事。


「ならば、三回『天翼人クロラの血』を投下するのは当然の摂理!」


 ヒャッハーと、僅かな違和感を払拭するように、気合いを入れてランタン内に血を流す。

 容量は【5 → 4】へと減少した。



「ふぅ、これで何も問題ない……だ、ろう?」


 頭を抱えたくなった。

 

:血液が足りません:


 三つ目の『天翼人クロラの血』を加えたばかりのランタンから、そんなログが流れたからだ。


「おいおい、まじかー……三つ以上の投入は無駄になりそう……となると、もしかしてこっちも失敗だったりして……いや、でも……入れてみるしかないのか……?」


 これで『天翼人クロラの血』は残り四つとなってしまった。

 ランタン一つにつき、三つ必要という俺の予測が当たっていれば、血を一つしか投入していない方のランタンは諦めるしかない。人面魚だし。


:血液が不足しています:


「まだ、ダメなのか……」


 いよいよもって不安になってきた。

 俺は仕方なく、さらにもう一度、血を流し入れる。

 これで血の残量は三つのみ。

 

:血液が不足しています:


「ぐっ」


 まずいな。

 こっちも失敗している可能性大だ。

 一体、何がいけなかったのだろうか……。


 蒼い血液の中ではボコボコっと、ますます妖精じみた子供の形へと急速に変貌しつつある様子を見る限り、そう悲観する必要もないだろうけど……何となく、上手くいっているようには思えなかった。


 なぜなら、一目見てわかるぐらいに不健康そうな成りだったからだ。

 痩せているを通り越して、ミイラみたいにガリガリだ。



「うぁあ……まずい」


 俺は二つのランタンを前に膝を着き、焦る。

 師匠が託してくれた素材や、アイテムを無駄にするのではないだろうか。

 このままでは、俺なんかでは、デイモンド師匠がいた高みへと辿りつけないかもしれない……。


 疑似生命体ホムンクルスを作り出す素材は、全てこの手の内にあるはずなのに。

 

「どうすれば、いい」



 そんな時、滅多にここでは鳴ることのないカランッと来客を知らせるベルの音が響き渡った。


 ジョージのお店に人が来るなんてミソラさん以来だなと思いながら、驚いて入り口に目を向けると。



「タロ、お前さ。外から見てたけど、おもしろすぎだからな」

「というか、微妙に気味が悪かったよ。青い液体の中の変な生き物に、なにそれランタン? ブツブツ話しかけながら、キラキラした粉をいてなかった?」


 ジョージのお店はガラス張りだ。


「あ、うぁ……」


 奴らの発言に俺は自然と顔が熱くなってしまう。

 来客した二人はずっと外から俺の事を見ていたと、ほのめかしながら入店して来たのだ。




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