97話 烙印を押す錬金術士


「思ったよりも値が張らなくてよかった……」


 お馴染み、ミケランジェロの道具屋でせっせこ錬金術キット『焼きごて』を購入した俺は、輝剣屋スキル☆ジョージ店内にとんぼ帰り。


「これが焼きごてか……」


 鈍い鉄色の棒に、先端はスタンプを押すかのように丸く平らな面になっている。焼きごてと言ったら、よく怖い映画とかで、人間の肩や背中に奴隷の烙印らくいんを押す時に用いるけど、今回手に入れた『焼きごて』はそんな毒々しいデザインでもなかった。

 お値段も優しく、2000エソとリーズナブル。


 そんな棒を手に持ち、使用してみると。


:命を育む箱を作りましょう:

:押しつぶす素材を三つ選択してください:

:透明度の高いクリア素材を選んでいきましょう:


 とログが流れた。

 

 む?

 箱……箱か。


 箱を作成するために押しつぶす素材って、何のことだ?

 箱と言えば木製だろうけど、錬金術にいたって常識通りに物事がまかり通るとも限らない。

 しかし、最初は無難な所から選ぶべきだろう。

 研究というのは、コツコツと積み上げていくものなのだから。


 俺は手持ちの素材欄を確認していくが、なんてこった。

 木製の素材なんて一つも持っていない。


「うーん……」


 ならば、ログ通り『透明度』とやらに注目しておこう。

 実はさっきから気付いていたのだが、素材の説明ウィンドゥを開くと、今までにない項目が追加されていたのだ。


 例えば、我が師匠の遺骨『リッチーの骨』に関してなのだが。


『リッチーの骨』

【アンデッドの王と呼ばれる骸骨スケルトンの最上位種を構築する、骨の一片。負の魔力を帯びている】

【透明度:8】


 そう、透明度というモノが新たに加わっていたのだ。



 先程のログを参考にするならば、この透明度が高い程、良い素材になるという推測が建てられる。

 その予測に基づいて、ストレージ内の中で最も透明度の高いものをいくつかリストアップしていく。


 まずは地下都市ヨールンで『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』がドロップした『赤子のぬけがら』だ。透明度は14。これに関しては素材のデザインがややグロかったので、あまり目をやらないように意識する。これより透明度が高かったのが、今では懐かしい初めて錬金術スキルを習得した日。アビリティ『変換』で色々と試し『ふん』を『上位変換』させて作成できた『かおるふん』だと判明した。透明度は18であり、すっかりアイテムストレージの肥やしと化していたが、あなどってはならない。


 妙にふん系統が役立つのが、このゲームの仕様なのだ。『打ち上げ花火(小)』のときも、『うまのふん』の失敗作が素材として大活躍を果たしたのは言うまでもない。今回も期待せざるを得ない。


 そう、脱糞だっぷんは悪い事じゃないんだ……いや、違うッ関係ないだろ。『ふん』って単語に過剰反応しなくていいんだ、俺。フンはいいものなんだ、肥料になるんだ、成長の糧になるんだ。



「ふぅ……集中しろ。こんなありさまでは、師匠と同じ高みには到底辿たどりつけないぞ……」


 そしてそして、最も透明度の高かった素材は賢者ミソラさんが住まう地、『宝石を生む森クリステアリー』原産、『水晶のしずく』だった。透明度は51と圧倒的な高数値。同じ原産地である『琥珀こはく水』は残念ながら透明度は2。それに加え意外だったのが、『水』と『上質な水』の透明度の低さだった。『水』が4で『上質な水』が7だった。


 この事から、どうやら透明度は素材の見た目だけが基準になっているようではないと判断できる。


『赤子のぬけがら』 【透明度14】

『薫るふん』    【透明度18】

『水晶のしずく』  【透明度51】



 さて、透明度の高い順に素材を出してみたものの。

 これをどうするのか? と疑問に思っているといいタイミングでアシストログが流れる。


:選んだ素材を上手に重ねてください:

:重ねた状態を5秒維持できたら、『焼印ストンプ』が実行できます:

:積み上げた素材が5秒と経たずに崩れると、素材は失われます:


 ほう。

 箱の素材は木だけに、積み木ゲーというわけか。

 おもしろい。


 要は崩さずに『焼きごて』で押しつぶし、板を作れってことだろう。

 

 フフフ。

 やるしかないな。


 鋭い視線を、先程まで見る事を避けていた『赤子のぬけがら』にすら向ける。まずは、こいつだ。ぬめっとした病的な白さを誇る肌、頭部にぽっかりと大きな穴が開いてて、まるでそこから魂が抜け出てしまったかのように、目をじっと閉じている赤ちゃん。

 一般的な人間の胎児より一回り小さな体躯を見つめる。


 急にクワッとか、まぶたが開き出したりしないだろうな。

 そうであってくれ。

 

 俺はそそくさと、少し不気味な『赤子のぬけがら』を中央に移動させる。

 

 この素材が一番、体積が大きいのだ。積み木の土台にするにはベストだろう。

 だが、不安なのはこの柔らかさだ。中身がないからなのか、手で持つと簡単にへこむし、若干つぶれた。だが、『かおるふん』は形状が不安定すぎるので、一番下に配置する選択肢はない。さらに、『水晶のしずく』にいたっては銀色の液体だ。つまり、これは下に置いた素材からこぼれたり、滴り落ちたら積み木が『崩れた』判定をもらうのではないかと懸念している。


 ゆえに。

 俺は『かおるふん』をぼにょっと凹む赤子のぬけがらの上に置き、すこしだけ中央が沈むように形を整えた。

 

「ふんが乗ったくらいで凹んでくれるなよ赤子。俺なんか……自分ので、全身まみれに……いや、そんなことはどうでもいいのだ!」


 よし、いける。

 彼の有名な発明家エジソンは言った。

 天才とは1%の才能と99%の努力だと。


 まさにこの積み木ゲームは、それを体現している。

 ただ、モノを積み重ねていくのではない。

 一つ一つの素材に思考錯誤を加え、努力を積み上げていく趣向なのだ。


「これぞ、錬金術よ……」


 意を決して、俺は『水晶のしずく』をフンの上に少しずつ垂らしていく。

 狙い通り、フンのくぼんだ部分に液体はちょろちょろと流れていき、その形に収まった。


 それから5秒を待つ。

 万が一、土台の赤子がべこっと急に崩れたりしないか不安が残っていたため、わずか5秒でも素材の全損というリスクがあるので、ドキドキとする。



:『焼印ストンプ』可能です:


 というログが流れた瞬間、右手で『焼きごて』を力いっぱい握り、即座に『焼印ストンプ』を発動した。

 焼きごては自動で俺の手を動かし、フンと液体が上にのった赤ちゃんのぬけがらを真上から押しつぶした。

 紅く光る『焼きごて』の熱が素材たちに伝播したのか、『ジュゥゥッ』と何かが焼ける音が出る。そのまま素材は赤熱の輝きに包まれ、一枚の四角形の板へと変貌した。



:生命を育む箱の一面が完成しました:

:熱量【15秒】:

:熱が冷める前に、次の一面を接合しましょう:

:五面を接合し、フタがない状態の箱を組み上げれば成功です:


 む?

 つまり、あと四枚の板を作り、熱が残っているうちにそれぞれを熱の力でくっつけていけってこと!?


 ま、間に合うのか!?

 っちょ、待って。

 新しい板を15秒以内で作れって言われても、素材の選別しないと。

 ぐっ時間がない。


焼印ストンプ』を実行できるようになるまで、積み木を5秒維持する必要があるのを踏まえると、実質的に素材選びから積み重ねる作業に割ける時間がわずか10秒!?


 焦るな、落ち着け。

 いちいち素材のウィンドゥを一つ一つ開いて透明度を確認している暇はない。

 サッと目に入る素材の中で、透明度が高かった気がする素材をババッと選ぶ。

 

 そして、積み上げる――。


 この作業は慎重にしないとッッ。

 

 だが、手は震えるし、急いでるから載せる作業も雑になってしまう。



 ……。

 …………。


 ぎゃわああああああ!

 ゴツゴツしてて、かたむいてるし、ちっちゃいよおお。


 焦る俺をあざ笑うように、『ミコの実』がコロコロと、『硬石』の上を転がり落ちて行った。


「ふぁぁぁあ……」

 


:素材が崩れました:

:使われた素材は失われます:


 ぐぬううう。

 そうこうしている内にタイムリミットの15秒は過ぎ、創り上げた『板』が帯びた赤熱色は消え失せた。



:生命を育む箱の一面を担う事が不可能になりました:

:『赤子の汚肉板おにくばん』ができました:


 失敗のログが流れ、同時に変な素材が完成した。


『赤子の汚肉板おにくばん

【うっすらと水晶の銀がにじんでいるも、こうばしいフンの香りが漂う、黒い汚れが一体化している板。赤子のように柔らかい】

【透明度:1】


 もはや板じゃない。

 説明分を見て、断言できる。

 


「……やはり一筋縄ではいかないか」



 これは、なかなかに難易度の高い錬金術だ……。

 だけどギミックは単純。


 積み木ゲームをして板を作り、全部で5枚の板を時間内につなぎ合わせ、フタのない立方体を完成させるだけだ。



:【ヒント】透明度の高い素材を組み合わせて板を作ると、【熱量】の時間が延びます:

:素材によって、『生命を育む箱』の種類が変化します:


 そして、奥が深そうだ。

 


 失敗はしてしまった。

 だが、もっと透明度の高い素材を発見できれば、問題ないはずだ。


「んん……待てよ?」


 そして生命を育む箱という名称で俺はピンとくる。

 確か、師匠からもらったアイテムの中で『宿した生命体は~』なんて説明文が記された物があったはずだ。



『生命を灯す火種入れランタン

【アビリティ『小さな箱の主』『合成獣キメラの羅針盤』で活用できる】

【耐久度250】

【容量12】


【宿した生命体は、永続的に効果を発揮する。ただし、耐久度を超えるダメージが蓄積されると壊れてしまう】


【優美な曲線と丸みを帯びたランタン。通常の火を灯し、暗闇に包まれた環境下で光を欲するために作られたランタンではない。純度が最高品質の『透明鉱スケアクロウ』が使用されており、命の輝きを永遠に維持できる火種入れランタン。これ程の完成品を作れるのは、ほんの一握りの錬金術士のみである】


 あった。

 この、見るからにレア度の高そうなアイテム。


 純度が高い『透明鉱スケアクロウ』が使用されているだって?


 フフフ。

 黒い笑みが、師匠への尊敬の念と一緒に自然と浮かんでしまう。



 師匠は言ったはずだ。

『必要な物は小さなその手に、全て持っている』と。


 そう、俺は師匠からアイテムや素材のもろもろを受け取った時、すでに生命を作り出す全ての鍵を手にしていたのだ。

 つまり、このランタンは『生命を育む箱』の一種に他ならない。


 アビリティ『焼印ストンプ』で箱を作り。

 その箱を用い、アビリティ『小さな箱の主』で生命体を作り出すのだろう。

 

 ならば、と。

 俺はランタンをゆっくりと掲げる。



「生命を造る、か……」


 この調子でどんどん錬金術で未知のアイテムを作っていく。

 生物でさえも、錬金術で生みだすのだ。

 

「これに成功すれば、師匠復活にも少し近づけるはず……それに」



 それに、現実でキリスト教が歴史上から消え去ってしまった現象について……何が起きているのか、把握するヒントに繋がるかもしれないと胸の内で呟く。


 俺は姉と交わした会話も思い出す。



『〈虹色の女神アルコ・イリス〉教会の事は私が調べるわ。ゲーム内でも現実でも』


『危険じゃないの?』


『太郎……あんたはね、その教会の一員として片足突っ込んでるじゃない』


『え、まぁ』


 まさか、こんな事になってるなんて思わなかったし。

 今からでも抜けた方がいいのかな、と不安がよぎらなくもない。



『正直、入信には反対だけど……一体何が起こっているのか、知りたいのよね……』


『それは俺も同じ』


『だから、太郎を危険な目に合わせたくはないけど、これはいい機会チャンスでもあるの』


『それって……』


『現実であの宗教が何をしてるか、太郎なら知ることができるでしょ? 私はあくまで外側からしか調べる事ができないけど』


『なるほど……』


『でも、だからといって積極的に接触しても欲しくないわ……今までと同じように、私の目の届く範囲で行動して欲しいの』


『それは、まぁ……わかったよ』


『それと、シスター・レアンから受け取った〈閃光石せんこうせき〉の話。現実で元々る物が、クラン・クランに実装された、ではなくて。もしも、もしも……クラン・クランにる物が、現実に湧き出てきたなんて事が起きていたら……』


 途方もないバカげた話を姉弟で繰り広げていたのはわかっている。

 わかってはいるけど、否定できない思いが心の片隅にあるのもまた事実。


『太郎は錬金術で、ありとあらゆる物を作っていきなさい』


 つまり、錬金術で造ったものが次から次へと現実で……俺達の目の前で発見されるようになったら、これはもう疑いようがなくなる。

 クラン・クランというゲームには、現実に作用する何かがあると。


『様々なフィールド、イベント、武器、防具、システム、NPC、素材……魔法やスキル……アビリティ……何でもいいから、クラン・クランをつぶさに観察、いえ、監視する必要があるわ』



閃光石せんこうせき〉ぐらいなら、実際にありえそうな鉱物だ。

 許容の範囲内だろう。


 でも、それが違ったモノだったら?

 例えば、それが幻想の生物だったら。現実では決してありえないような物体だったら。


『私達の正気を保つためにも……ね』



 今回はたまたま、俺が錬金術で造ったことのある『閃光石せんこうせき』だったから、『現実の世界でも同じ物が存在してるなんて』と、気付ける事ができた。だから、今後もその発見力を少しでも広げて欲しいと姉は言っているのだ。なるべく多くのモノをゲーム内で創造し、それらが現実に出回っていないか、どうか。


 ここまでくれば、姉が何を言いたいかもハッキリとわかった。

 今、起きていることは単に『虹色の女神アルコ・イリス』教会が中心となって世界に何らかの影響を及ぼしたのか。

 それとも、俺たちが今プレイしているクラン・クランにこそ、何か原因があるのかもしれない。

 それを見極めろ、と言っているのだ。

 

 


「仮に錬金術で生物が作れたら……それはきっと幻想の生命体に他ならない。そんなのが、もし現実でも出現するようになったら……俺達はどうすればいいんだ?」



 まだ方針も何も決まってない。

 自分たちの持ちうる情報も定かではない。認識力すらも自信がない。

 でも、漠然とした不穏な気配が近づいている事だけはわかっている。


 だからこそ、今はできるだけ情報収集をしておくべきだ。



 そう、そのためにも。

 命さえ、創造してみせるのだ。

 果てなき錬金術への想いを燃やし、現実で起きている謎の現象を探るために。



 俺は『生命を灯す火種入れランタン』を見つめ、アビリティ『小さな箱の主』を発動させた。





◇◇◇

あとがき


はたからタロの様子を見たら……。

ぶにっと凹むいびつな赤子の死体の上に、フンを乗せ、怪しい液体をかけて、焼きごてで『ジュッ』と押し潰してます。


天使の美貌を持ちながら悪魔の所業に手を染める。

なんて恐ろしい子。

◇◇◇


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