96話 名声スキル


 デイモンド師匠が骨と黒い粉塵の残骸になり果てた後。


:巨人と盟友関係にあるため、リッチー・デイモンド討伐における経験値が1%取得できました:

:タロLv6 → Lv7に上がりました:


 様々な装備・素材のドロップ群に加え、そんなログが表示されるけど、ちっとも嬉しくはなかった。


「はらはら……レベルが上がったでありんす……」

「あら、なぜかしら?」

「うぅーん……謎なのです」


「まぁ、嬉しいことには変わりないですわね」

「リリィさん、そういう事は天士さまの顔色を見てから発言してくださいね」


「ミナさんでしたっけ? 貴方あなたわたくしに何か恨みでもありますの? タロさんだってレベルアップして喜んでいるに決まっ…………失礼しましたわ」



 どうやら俺達パーティーメンバー全員のレベルが上がったようだ。



「タロん? ……だいじょぶ?」


 今まで大人しく俺の肩に乗っていた風乙女シルフのフゥが、優しい微風にしとやかな声を乗せてくる。

 彼女の存在を、俺はすまない事にすっかり忘れていた。そんな薄情とも言える俺を、常に元気で小さな妖精さんは健気に心配してくれた。くりくりと光る緑宝石エメラルドの可愛らしい双眸に見つめられ、今は情けなく落ち込んでいる場合ではないと自分に言い聞かせる。


「ありがとう、フゥ」


 感謝を込めて笑顔を送ると、フゥはいつも通り『きゃっきゃっ』と嬉しそうに透明な羽をパタパタと動かす。


「太陽ノ御使みつかイ殿、ソロソロ我ラノ理性ガ……月ニ侵サレル時ガ迫ッテイル」


 ズシンッと大地の鼓動を人為的に作った『大樹の純巨人ピュア・ギガント』、ヨトゥンが膝を着いた。王の意志に同意するかのように、師匠との激しい戦闘を生き延びた5体の『高貴なる巨人ノブレス・ジャイアント』もかしずいいている。


「ミナヲ代表シテ、感謝ノ意ヲココニ、太陽ノ御使イ殿」


 ヨトゥンは厳かに頭を下げた。

 

「別に、こちらは何もしていないので……」


「イヤ、我々ノ宿願ハ果タサレタ」



 復讐か……。

 確か、師匠と交わした契約内容は『巨人たちを滅ぼした者を滅ぼすこと』。それまでは、決して魂が解放されることはなく、月光の下に蘇り続ける。

 となると……我が師匠であるリッチー・デイモンドを倒しても、魂が天に召されていない彼らの現状を見るに……。



「ダガ、王ヨ……」


 一人の、大盾と剣を携えた『高貴なる巨人ノブレス・ジャイアント』がヨトゥンへと進言する。


「怨敵リッチー・デイモンドヲ討滅シテモ、我ラガ魂ハ解放サレテイナイ……」

「ソウダナ、『刃ヲ守ル戦士ミルゥ』。我ラノ宿敵、竜ドモハ未ダ健在トイウコトダ……」


 つまりは、そうなる。巨人達の魂が解放されてない=巨人たちを滅ぼした相手は未だに生息しているという事になる。彼らは世界のどこかにいる竜たちを滅ぼさぬ限り、永遠に魂は屍に繋がれた状態のままだ。


 それ以外での魂を救済できる方法を知る師匠は、既に亡き者となってしまった。


 あともうちょっと、冷静に事態を待っていてくれれば……と思わなくもないが、長年の恨みが積もった巨人達の心情を思えば、安易に彼らを咎めることもできなかった。



「我ラノ戦イハ終ワラヌトイウ事カ……」


 ぼそりと辛そうに呟くヨトゥン。


「太陽ノ御使みつかイヨ……マタ、ソナタガ再ビ、我々ノ前ニ来ルノヲ待ッテイル」


 待ってるか……あまり期待されても困るんだけどな。

 ただ、念願の師匠討伐を達成し終えたばかりだというのに、彼らの意気消沈ぶりを見ると、不憫ふびんにも感じる。


『さぁ、行かれよ』『時間がない』『月が理性をむしばむ』と、口々に発する他の巨人たちに促され、微妙な心情のまま俺達は巨人たちが佇む神殿を出た。


 まだ『閃光石』は7個あるから、やろうと思えば太陽の光を生じさせ、もうちょっと彼らと話す事も可能だった。

 だが、今は師匠を失ったという事もあり、そんな気分にもなれなかった。



「みんな、もうここから出ませんか」


 俺は早々に地下都市ヨールンから脱出したいと、みんなに伝える。

『閃光石』の残量から、帰還に必要な数がギリギリだと言うと、ミナ達はすぐに納得してくれた。


 こうして、巨人墓地の地下に隠されたダンジョン探索は幕を閉じたのである。





――――

――――



「じゃあ、今日はこれで解散で……みんな、ありがとうございました」


 先駆都市ミケランジェロに帰り着いた俺は、改めて付き合ってくれたみんなにお礼を述べておく。

 

「タロ氏、礼を言うのはこちらの方でありんす」

「ダンジョン探索ぐらい、何ともありませんことよ。タロさんは頼りないので、ま、またお供してあげなくも「天士さま、また一緒に冒険しましょうね」


 リリィさんの顔を右手で押し退け、にこやかな笑顔でミナが言う。


「本当はもっと一緒に遊んでいたいのですが、今日は用事があるのでもうログアウトしますね。天士さま、どうか元気を出して下さいね」


 うーん……年下のミナにすら心配されるとは。

 男としてしっかりしなければと思い、優しい言葉をかけてくれるミナに微笑んで頷く。


「もう、大丈夫だから。みんな、今日は本当にお世話になりました」


 ぺこりと頭を下げる。

 そんな俺を見て、みんな何か言いたそうな顔をしていたけど挨拶もそこそこに切り上げて、PT解散をタップする。まだ不安げな表情をしていたので、今度は軽く笑みを添えて手を振ると、みんなに安堵の色が戻って来たので、俺はくるりと背を向けてミケランジェロの石畳を歩き出す。ちなみに、風乙女の『フゥ』はすでに召喚時間が過ぎているため、この場に彼女の姿はない。


 これから、どうしても錬金術に専念したかったので、オカマことジョージの店を借りるべく、未だに『妖精の舞踏会』で灰王を攻略しようとする高レベル傭兵プレイヤーたちで賑わう街並みを一人縫って行く。


「師匠に託された課題を、まずはクリアしないと」


 デイモンド師匠にもらったアイテムや素材群について思考を重ねる道すがら、そういえばレベルが上がったんだっけと思い至り、俺はレベルポイント、100ポイント分をステータスに振り分けていく。



タロ Lv7

HP80 → 90  MP80(+10) → 90(+10)

力1 魔力14 防御2 魔防8 素早さ180 → 210

知力255 → 305



残りスキルポイント 50


スキル:『錬金術』Lv30

   :『風の友訊』Lv16



 よし。相変わらず知力と素早さ重視のステ振りだけど、方針は変えない曲げない、貫き通すが心情だ。こんなものでいいだろうと納得すると、不意にログが発生した。


:知力が300以上になりました:

:スキル『名声』を習得しました:


「なんですと!?」


 テンション低めだった俺だけど、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 道行く傭兵プレイヤーたちの何人かが、俺の驚きに反応してこちらを見ていたので、少し気恥ずかしい。自然と早歩きになってしまう。

 ヒソヒソと何かを囁き合いながら、俺の事を目で追っている傭兵プレイヤーもいるけど、えーい無視だっ。

 

 今はこの新しいスキルに集中しよう。

 さっそく説明文に目を通してみると。



 スキル『名声』Lv1

傭兵プレイヤーとNPC間の関係性が把握できる。また、様々な勢力との関係性も知ることができる】


 書かれている事はそれだけだった。

 

 ふーむ?

 習得しているアビリティ欄をチェックすると……。



スキル『名声』Lv1

アビリティ『空気を詠むアイレ・ポエマ



 くうきをよむ……?


 おいっっっ。

 およそファンタジーらしくない名称に色々とツッコミたくなった。

 そもそも、『星をむ』的な空気を出され、アイレ・ポエマとか読み方も不自然極まりない。


空気を詠むアイレ・ポエマ

【ターゲットしたNPCと、自身との関係性を知ることができる。効果範囲は7メートル以内】

【消費MP2】


 ほう……。

 関係性を知るか。 

 よくわからないけど、まぁいっかな。


 そんなこんなで新しいスキルについて考察しているうちに、お馴染みの輝剣屋スキル☆ジョージへと到着した俺は店の扉を開ける。


「アンら~♪ 天使ちゅわんッ☆ いらっしゃいん~!」


 と、いつものしなり声が幻聴となって聞こえてきた気がするけど、さっきフレンドリストで確認したところジョージはログインしていない。



 なので、代わりというかのように『いらっしゃいませ』と無機質な女性NPCの声が店内に響き、俺を迎え入れた。

 彼女はジョージが不在中に商品を売買するために雇っている接客NPCだ。

 エプロン姿にくすんだ金髪のシニヨンヘアー。

 少し地味な印象を与える彼女だが、ジョージってもしかしてこういうタイプが好みなのかなーっと思いつつ、アイツは男が好きなんだったなと思い改める。


「あ、さっきのスキルを試すのには丁度いいかも」


 さっそく『空気をむ』をジョージの店番NPCに発動してみた。



 NPC『ミリモネ』

:傭兵タロとの関係性 → 好感度【良好】:

:時々、先駆都市ミケランジェロにある輝剣屋スキル☆ジョージで顔を合わせる間柄:



 それだけだった。


 うーん……地味だ。

 知力300まで上げて取得できたスキルの効果がこんなのでは、知力がゴミステータスだとそしりを受けるのは仕方のない事なのかもしれない。いや……このスキルはあくまで、錬金術の成功率を上昇させるついでに手に入れた副産物だ。


「そう、おまけなんだ」


 もの凄く地味だからといって、何ら気に病む必要はないんだ。

 

 俺は早々とスキル『名声』に対する興味をなくし、意識を切り替える。



「今はジョージがいない、となると秘密の工房は使えないから、写真から色の採取は後回しだ……まずは師匠から譲り受けたアイテムをチェックしよう」


 アビリティ『鑑定眼』を発動しながら、二つのアイテムをつぶさに各々を調べていく。



錬金術の古書アルケミ・クラシカ〈小さな箱の主〉』

【使用条件:スキル錬金術Lv30に達した状態】

【錬金術アビリティ『焼印ストンプ』と『小さな箱の主』を習得する】

【錬金術で最も初歩的な命を造りだす】



『生命を灯す火種入れランタン

【アビリティ『小さな箱の主』『合成獣キメラの羅針盤』で活用できる】

【耐久度250】

【容量14】


【宿した生命体は、永続的に効果を発揮する。ただし、耐久度を超えるダメージが蓄積されると壊れてしまう】


【優美な曲線と丸みを帯びたランタン。通常の火を灯し、暗闇に包まれた環境下で光を欲するために作られたランタンではない。純度が最高品質の『透明鉱スケアクロウ』が使用されており、命の輝きを永遠に維持できる火種入れランタン。これ程の完成品を作れるのは、ほんの一握りの錬金術士のみである】



 ふるえた。

 わずかなりとも師匠が俺に残してくれたモノを、いざ目の当たりにして。

 

 これは、間違いなく俺の望む、己の錬金術を一歩飛躍させる鍵だった。

 

 師匠は、あの短いやり取りで俺の事をキッチリと把握していたのか……。今は亡き師匠の想いに触れ、喜びを感じてしまう。

 NPCだからステータスが読めたとか、システムだからとか、そういう理由はあるかもしれない。

 

「師匠……」


 だが、俺は確かにデイモンド師匠の事を、錬金術士としてかなり好きになりかけていたのだ。


 なんとしても、師匠の意志を継ぐべく、期待に応えるべく、錬金術を極めねば。



「生命を生みだす、か……」


 俺は――我は直感する。

 これが、錬金術Lv30以上を開放する条件だったのだと。

 

 生命の創造は、禁忌を踏み侵す事に他ならない。

 自然の摂理を捻じ曲げる大罪に値する所業。


 だが、我はこの躍進を嬉々として受け入れる。

 それは、我が錬金術士である証に他ならない。


「フフフ……」



:『錬金術の古書アルケミ・クラシカ〈小さな箱の主〉』が使用されました:

:アビリティ『焼印ストンプ』と『小さな箱の主』を習得しました:


 古書から溢れ出る黒い魔力が、俺の右手に集束する。

 新たな錬金術の扉を開いた瞬間だ。


「さぁ、やるぞ」


 そう、これは……師匠を蘇らすための大きな一歩になるに違いないと確信して。

 まずはアビリティ『焼印ストンプ』を発動させた。


 右手が熱い。

 師匠への万感の感謝を込めて、いざ永遠に消えぬ焼きあとを刻もうぞ!





:『焼印』を使用するには錬金キット『焼きごて』が必要です:



 ……。



 …………。


 ………………買いにいこっと。




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