95話 アホ師匠とバカ弟子
力なく
かつては盛況を誇った『
そんな偉大なる存在を従え、老いという死を超越した錬金術士。
リッチー・デイモンドは、俺に弟子にならないかと勧誘してきた。
:子弟契約を結びますか?:
:はいorいいえ:
眼前に現れたログを見つめ、『はい』か『いいえ』の選択肢を見つめる。
穴があく程に。
このログで『はい』をタップしたら……きっと、俺の止まってしまった錬金術の道に、新たなる扉が開かれるだろう。デイモンドさんの歩んできた道は、至高の錬金術そのものだ。それを学べるというのは非常に魅力的な話だ。
だけど、その欲求が巨人たちを滅びの運命へと
「弟子、ですか……」
「さようッッ! どうかな? キミほど将来有望な錬金術士のタマンゴはついぞ近頃は、見かけなくなってしまったからねッッ! ワタシとしても、弟子は欲しいところなのだッッ」
俺はしばらく黙し、ゆっくりと口を開く。
「……わかりました」
「オォッ! いいねいいねッッ! ではさっそく子弟契約を結ぼうではないかッッ」
「ですが、その前に一つだけ要望があります」
「むむッ?」
おそるおそる、さっきとは立場が逆になるような条件提示を、デイモンドさんに持ちかけた。
「弟子になった暁には、まず最初に教えて欲しい事が一つだけあります。それを必ず、すぐに教えてくれませんか?」
「キミキミッ! ワタシを誰だと思っているんだッ?
デイモンドさんは錆びた王冠を頭から取り、クルクルと人差し指で回転させ始める。
「教授するのがッッ滅ビィッと再セイッ、不
「感謝します。デイモンドさん」
俺はそういう事ならばと。
恭しく頭を下げ、
すると、周囲が暗転していくのを肌で感じ取る。
目線はデイモンドさんの足元に固定しているから、詳しくは何が起きているかわからない。ただ、なんとなく周囲の暗さが増した気がする。
「タロ氏……大丈夫でありんすか……」
「なんですの、あの
「天士さまが、闇に染まっていくのです……聖と邪の対極を、天士さまは使いこなすのです」
完全にギャラリーと化した、PTメンバーが何やらボソボソと囁き合っているのが聞こえるけど、今はデイモンドさんの動向に集中する。
「
流れるように、淀みなく、骸骨の口から誓約の文言が放たれる。
俺はそれに粛々と答える。
「誓います」
「なれば――」
カツンッとデイモンドさんが杖を床に打ちつけ鳴らした。
すると、赤黒く光る線が地面に浮かびあがり、それらはデイモンドさんを中心に円形になって広がっていく。その暗く不吉な線は、様々な模様を成し、魔法陣へと昇華し、俺をもその範囲圏内へと呑み込む。
「我が不浄にして、不
そして再び、カツンッと乾いた音が師匠の杖と石床の間で鳴り響く。
「ワタシの
血脈のように明滅する魔法陣にしろ、うごめく漆黒の霧にしろ、見た目は確かに邪悪そのものだ。しかし、張り詰めた空気や、厳かにして静謐な雰囲気はひどく神聖な何かを感じさせるものだった。
その色は、不滅を名乗るリッチー・デイモンドが歩んできた道そのものを体現している。そして、俺も彼と同じ……いや、それ以上の道を歩んでみせると胸の内で息巻き、目を閉じた。
そして、師の呼びかけに応える。
「はい、偉大なる我が師よ」
こうして俺は、晴れてリッチー・デイモンドの弟子となった。
周囲をはびこるドス黒い魔力のおかげで、晴れてなんて表現はおかしいかもしれないけど、少なくとも俺の気持ちは歓喜に満ちていた。
「ようこそッッ、ワタシの見果てぬ世界へッ! さぁッッ記念撮影でもしようかねッッ」
――――
――――
『錬金術士リッチー・デイモンド』【写真】
【神智の錬金術士ニューエイジ・サンジェルマンの弟子の一人。元々は
:『錬金術士リッチー・デイモンド』の魂が抜き取れました:
:撮った『錬金術士リッチー・デイモンド』を討伐すれば『
俺の師匠、すごい……っていうか、やっぱり討伐できるって事はモンスターに分類されてるのかな……。
ともかく、写真の情報を読んで改めてすごい人物に弟子入りできたんだなと実感する。
「まずはッッ、課題を言い渡すッッ」
「え?」
感心にふけっていて、約束通り俺の質問を師匠へと切りだすのが遅れてしまった。その間隙を埋めるように、師匠から先んじて課題を投げかけられ、つい疑問符が浮かんでしまった。
「キミの実力ではッッ、まだまだワタシの助手を務めるには力量不足だからねッ」
「助手、ですか?」
「光栄に思いたまえッッ! 助手として研究を共に担いッ進めていくのはッッ、一番弟子だけと決まっているのだぞッッ!」
「は、はいッ」
師匠の勢いに押され、俺も元気よく返事をする。
すると――
:『
:『生命を灯す
:『幼子の肉』×3を受け取りました:
:『
突如、我が師匠リッチー・デイモンドが大量の素材やアイテムを譲渡してくれるログが流れた。
これは……一体、なんだ?
どれも聞いた事のない、未知の名称や素材群を目にした瞬間。
俺の全身に興奮と喜びが駆け抜ける。
さすがは、我が師匠。
今すぐにでも、アビリティ『鑑定眼』を発動してデイモンド師匠からいただいた物をくまなく調べたい。だが、俺は頭の片隅の奥底に引っ込みそうな理性を何とか引っ張って、ギリギリのところで師匠へと向き合う。
「ありがとうございます……こ、これは?」
貴重なモノであることは一目見ればわかる。
そんなものを、もらってしまったのだ。まずは、お礼を言うのが筋というもの。
「あとは、キミの錬金術次第ンンだッッ」
「と、いうと?」
「すでにキミはッッ、ひツィ要な物はツィーさなッその手にッ! 全て持っているッッ! とだけ、ツィートしておこう」
課題というからには、みなまで語らない。
必要なモノはそろえてやったのだから、後は自分で発見してみせよ。
それが、我が師匠のやり方で、そういう事なのだろう。
となれば、俺は弟子としてそれに従い、期待に応えるまでだ。
「我が師よ、大切に使わせていただきます!」
「うむうむッッ」
「ところで、師匠……課題とは別に、先程の約束事なのですが……」
「ほうッ? まだ答えを欲するというのかッッ。ワタシはキミの願いを聞き受けたツィもりだったがッ。いやはや、ワタシもまだまだ未熟だったようだッ。とだけ、ツィートしておこう」
おそらく錬金術において重要なアイテム群を貰い受けた手前、さらに要求を重ねるのは非常にこちらとしても心苦しい。
そして、師匠からは非常に聞きづらい空気を出されてまったので、口をつぐまざるを得ない。
そんな俺の様子に、
「ンンーッッ! 良いッ! いいねェ! そういう謙虚なところが、いい弟子の素
何度も頷く師匠を見て、俺は少しだけホッとする。
「約束だったね、何でも一つィ、すぐにッ! 教えて欲しいことがあったようだね! サァサァ―ッ! ドドンッとワタシに
師匠の許可も得られたことだし、俺は気になる事を口に出す。
「巨人たちの魂を
やはり、巨人族は解放できるのならしてあげたい。そもそも解放手段がなかったら、打つ手がない。それならば自分自身で模索し、新たにその方法を生みだすという気概を持って錬金術に励まないと。しかし、既に師匠が巨人達の呪縛を解く方法を知っているのであれば、それは耳に入れておきたい内容だ。
でも、実際に巨人族の魂を自由にする事は……優先順位としては錬金術の次だ。
つまりは師匠の研究が完成し、用済みになったなら師匠から許しを得て解放する。
それが俺の中で決めた優先順位だ。
自分の出した結論に、我ながら酷いなと思わなくもない。
だけど、やはり俺は禁忌を追い求める錬金術士なのだ。
師匠が、俺とやり遂げるであろう錬金術の結末をこの目で見たいのだ。
「なんだなんだッ! そんな単純な事でアールかッ!」
俺の質問に、師匠は首を傾げた。
事も無げに、至って軽い口調で、さして重要性を帯びてない些末な質問であるかのように。
「巨人たちの魂を
デイモンド師匠は杖をカツンと鳴らし、空いた白骨の片腕を上へと掲げた。
「破壊を与え、時に再生を施す其の
師匠は長い詠唱をよどみなく、いつもの変なイントネーションを少なめにスラスラと詠み上げていく。すると師匠の手には眩く光る白い球体が発生した。
その白き光は水面に揺れる波紋のように、宙空を走り、幾度となく周囲を照らし爆散していく。
「ワタシが定めた死霊の文言とッッ、闇月の誓約を緩和する文言ッ。それらを複合した詠唱をワタシ自身の
まばゆい光をその手に宿す師匠が、カラカラと上機嫌に説明してくれる。
そして数瞬後。
我が師匠は口をあんぐりと、カラーンと顎が頬からぶらさがるように開けっぴろげた。
「ア゛ッ」
「え? あっ……」
師匠の呆然自失になる姿を見て、まさかという思いがよぎる。
待て待て、待って。
もしかして、今、本当に巨人達の支配を解除しちゃったりしてないよね?
師匠ってもしかして、やっぱり、もしかしなくてもアホだったりするのだろうか。失礼極まりない思考が、俺の脳裏をかすめてしまうのも無理はない。
「これはやらかしてしまったッッ! とだけ、ツィートしておこうッ!」
なぜなら俺の予感というか、予想は的中していたから。
師匠の背後を見れば、山の頂を連想するような超大型巨人、『
しかも、俺達をぐるりと囲む『
家屋や城壁を容易に破砕できそうな矛先や刀身が、俺達に迫る刹那。
「『
師匠の呟きが聞こえた。
同時に視界が真っ黒に閉ざされ、次いで轟音と大きな揺れが発生した。
一体何が起きた? と動揺しているとシステムログが流れる。
:『
:発動中は移動ができません:
:棺のフタを開けると視界の暗黒化が和らぎます。しかし、ダメージの無力化数値が半減します:
どうやら師匠が、巨人達の攻撃から守ってくれたようだ。
というか、
「タロ氏、これは一体……」
「何も見えませんわね」
「真っ暗です!」
どうやら、PTのみんなにも『闇棺』という防護魔法を師匠は施してくれたようで、俺は少しだけ安心した。
「みんな、そのままジッとしてて!」
俺はそう叫び、
すると、1735/3000とダメージを無力化できる限界値がガクっと減った。その代わり、視覚も真っ黒から、薄闇のヴェールに包まれているようなものへと切り替わり、周囲の状況が把握できた。
まず、ミナやアンノウンさん、リリィさんは常闇の
これは俺も同じような感じになっているのだろう。
そして、次に安否を確認すべき人物の姿を探す。
首を上下左右に素早くめぐらしていくと……いた。
我が師匠は、群がる巨人達の攻撃を必死にかわし、闇の霧をまといながらも、空中をヒラリヒラリと舞っていた。
俺たちは巨人達の攻撃が引き起こす、余波だけを受けているようだが、それでも棺桶の耐久度がガリガリ減っている所をみるに、その戦いは自分たちとは別次元の場所にあると確信する。
師匠が片手を挙げると、漆黒の柱が何本も立ち並び、巨人たちの動きを阻害する。さらにその柱の間と間では赤黒いエネルギー体のようなモノが生じ、それに触れた巨人たちは、ポッカリとブラックホールにでも喰われてしまったかのように、その肉体部分を消失させていた。
それでも、巨人が誇る圧倒的な膂力と、絶大なリーチは容赦なく師匠を窮地に落とし込んでいる。
最高峰の闇魔法と、至高レベルの物理攻撃が何度も衝突し、その余波が空気振動となって辺りに破壊をまき散らす。
壮絶な攻防戦が繰り広げられている。
多勢に無勢、おまけに巨躯にして絶対を誇る広範囲な巨人たちの猛攻。それをかいくぐり、闇を引き連れ応戦し続ける師匠の姿は、まさに死霊の頂点に座すアンデッドの王に違いなかった。さらに、師匠が繰り出す数多の謎現象は、錬金術をも併用しているのだろう。俺の理解の
そこで自分は、必死の奮闘を敢行する人物の弟子であると気付き、何か自分にできることはないかと慌てて思考を巡らす。
巨人達の様子を見る限り、理性は失われている状態だ。
今は師匠の制御化から解き放たれ、本能的憎悪により師匠を中心に暴れているだけなのだろう。
ならば、なんとか理性を取り戻してもらわなくては!
そう決心し、俺は『閃光石』を棺のフタへとこすりつけ、目を閉じる。
眩い太陽の光が
「ゴレ、好機ナリ……」
「デイモンド、貴様ヲ踏ミ砕イテヤル」
「
「感謝スルゾ、太陽ノ御使イ殿」
知性と記憶を取り戻した巨人達は、王ヨトゥンを中心に、攻撃の勢いを一層増した。
「み、みんなやめて!」
だが、俺の懇願は長きにわたる苦しみと屈辱を耐えきった巨人達の心には届かなかった。
暗黒を
「ワタシの
そんな激しい戦火を交える一方で、俺の師匠はカラカラと叫び出した。
まるで、自分の死期が近いと悟ったかのようなタイミングで。
「キミの錬金術への愛は本物だッ! だがッッ、錬金術への愛が重要なのではないッ!」
一人の女性に向けた愛ゆえに、巨人族の一国を滅ぼし、魂すらも実験材料として弄び続けた男の教えが、
「その愛を何に向けるのかッッ、誰のためにッ、何を成すためにィイ錬金術の道を突き進むのかッッ」
師匠はその内に抱く強い愛情ゆえに、優先順位を狂わせてしまったのだろうか。
命や魂の重さを犠牲とは思わない歩み。
そしてきっと、今、怒れる巨人の屍達に敗北を喫しようとしている戦いでは……初手で俺達に防護魔法なんかかけなければ、もっと上手く立ち回れたに違いない。
「それが至上の命題だッ。ゆめゆめ、忘れるでないッッ」
そんな間抜けな錬金術士の言葉など……。
自分の身よりも、弟子とその友人たちの安全を一番に守ると判断したアホ師匠の末路など……参考にできるわけが……。
「はい、師匠……その言葉、胸に刻みますッ!」
震えそうになる声を、目一杯張り上げ、師匠に応える。
すると、師匠は大きく巨人たちの攻撃を回避し、俺の目の前へと闇の霧を伴って着地した。
「そんな、悲しそうな顔をするなッッ。バカ弟子がッ!」
ほとんど何も教わってないのに、偉そうに俺をなじるデイモンド師匠。
「ワタシは不
そして頭上から巨人の王による、巨大な拳がふり降ろされ、文字通り師匠の白骨体はバラバラに砕け散った。
地面へと押しつぶされた師匠の姿は、見るも無残な姿をしていた。あっけなく、本当にあっけなく散ってしまった。
しかし、師匠がしてきた事を思えば当然の報いかもしれない。
そう自分に言い聞かせようとしても、俺は喪失感をぬぐうことができない。
「……しっかりと託されてあげます、アホ師匠……」
:巨人と盟友関係にあるため、【写真】に『
:『リッチーの骨』がドロップしました:
:『金錆びた王冠』がドロップしました:
;『死霊王の爵杖』がドロップしました:
:『不老の闇
無情なまでのログが流れるのを、俺はボンヤリと眺める事しかできなかった。
◇◇◇
あとがき
タロが手に入れたのは、絶望か未来か。
喪失と獲得は、いったい何を生みだすのか。
◇◇◇
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