94話 愛ゆえに(2)

 

 滅びと再生の錬金術士、リッチー・デイモンド。

 彼の話が始まって、3分が過ぎようとしていた。


「――死体は凍らせれば問題ないッ。時間ときむさぼられる心配がなくなるッッ」


 神殿内にこだますリッチー・デイモンドの声は、先程よりも憂いを帯び、湿っていた。


「そう、ワタシはッッ。まず、十分な研究セイッ果を出すためにはッ、人間ヒトのままの肉体では時間が足りないと結論ツィけたッ。ゆえに己の肉体の老朽化を防ぐべくッ……不老の存在となるべくッ、知能も人間並みに持つと言われるアンデッドの王、リッツィーとの融合を試みたッッ」


「なるほどです」


 デイモンドさんが、成し遂げようとしている事を考えれば、それにも頷けた。彼が目指す境地に辿り着くには膨大な時間が必要だろう。それに、いくら優秀な錬金術士でも老いには勝てない。


「リッツィーの特性である不老を手にしたワタシは、同時にとある副産物も掌握することにセイッこうしたッッ」


「アンデッドを従える能力ですか?」


 ただ、彼の話に耳を傾けるだけでなく、合いの手をさりげなく差しこんでいくのも忘れない。


「いかにもッッ。だが、問題もあった、とだけツィートしておこう」


 だけ、とは言いつつもデイモンドさんはガンガン喋っていく人物だった。



 リッチーと融合できても元々が人間だったため、アンデッドを操る能力は非常に弱まっていたそうだ。そこで彼は、『復讐人』で名高い『闇月の騎士』契約に目を付けたらしい。


『闇月の騎士』とは、夜辺の妖精グン・ナイトたちを束ねる『月と星々の精霊リーン』と契約を結んだ人々の事を指す。彼らは復讐を成すための力を精霊リーンに施されるかわりに、一定の隷属を精霊リーンに強いられた集団のようだ。

 

 そもそも、何故そんな集団をつくったかというと、精霊リーンは騎士ルナスという人間の男と恋に落ちたそうだ。当時、精霊と人間といえば、相容れない存在として争い続けていた。そんな人間の騎士ルナスが精霊と契りを結んだ事が発覚し、人族に咎められ処刑されてしまったのだ。精霊リーンは愛するルナスのため、人間への個人的な復讐の手駒として、『闇月の騎士』を造りだしたようだ。


 また、『闇月の騎士』創造には『精霊リーン』が仄暗き妖精シャドウを統べる『闇精霊ダクネス』の力を借りて契約紋を成したと伝えられているようだ。

 これに異を唱えたのが、月と星々の精霊リーンの同族である『月精霊ウルド』で、リーンの乱心を静めるために奔走したのはまた別の話らしい。



 とにかく、この『闇月の騎士』という『復讐』と『隷属』という特性を自身のアンデッド使役能力に織り交ぜ、錬金術を駆使し、活用することを模索したのがデイモンドさんだ。



「まずッッッ、事を成すには巨人の・・・実験材料が欲しかった。だから、ワタシは竜族に、『東の巨人王国ギガ・マキナ』にはそなたらが求める『竜鳴セイッき』があるとけしかけ、巨人達を攻め滅ぼさせたッッッ」


 実際にあったのは、竜の力を増すと言われる『竜鳴石』などではなかった。

 

 彼ら巨人族の故郷、幻想郷ファンタズマにあった『月光石ルイス』よりも更に純度の高い魔力が封じられた大至高魔石アーティファクト、『幻星の輝玉こうぎょく』だった。


「そうッッ、月と星々の精霊リーンの魔素マナが封じられた、大至高魔石アーティファクト。それさえあルェェェばッ、巨人族のアンデッド服従など容易だったッッ」


 リッチーの元々の能力を使用し、巨人たち死者の魂へと呼びかける。そして『闇月の騎士』契約の基本となる『復讐』の念を竜族に持った彼らの意思を利用し、『幻星の輝玉こうぎょく』を駆使して未完成ながらも、なんとか巨人たちの魂を肉体へと呼びもどし、自身への服従という『誓約』を取り付ける事に成功したそうだ。

 

 これは、リッチー特有の死霊術ネクロマンシーと錬金術の複合が成し得た技であるようだ。



「だが、ワタシの力ではッッ、精霊リーンには遥かに劣る……擬似的な月光を、人造生命体ホムンクルスを師の教えを元に作り出せたとしても、結果は芳しくなかったのだッッ」


 月光を浴びるとその身が強化され、人ならざる力を発揮する『闇月の騎士』たち。それと比べ、デイモンドさんが生み出したのは、月光を浴びている時だけ、魂と屍の定着が安定し、生き返る事を許される存在。しかも生前の知能が著しく下がり、記憶さえ失われるというデバフ付き。


「月がなければ動かない、タダの木偶の坊ッッ」


 デイモンドさんは自分の力不足だと言っているが、リーンは死者を復活させアンデッドとして使役することはできなかった。

 神をも畏れぬ、この世の摂理を見事に壊した偉業を成し遂げた事は間違いないだろう。


「偉業ですよ」


 そう呟かずにはいられない。

 巨人たちの気持ちを考えると、決して褒められた行為じゃない。

 むしろ巨人たちを滅ぼし、復讐という名の飴をチラつかせて魂レベルで自由を拘束し、使役しているなんて悪行以外の何物でもない。


 だが、一人の錬金術士として言わせてもらうと……彼が歩んだ未知の踏破は、生半可なものではない。

 

「キミこそッッ、キミのおかげだ」


 しかし、逆に褒められたのは俺の方だった。


「まさかッッまさかッッ! 太陽の光が彼らのツィせいをッッ、記憶を呼び戻す事ができるとはッ! どうやら、ワタシは月光の強化に囚われすぎていたようだッッ! この新たなる発見には感謝するよ」


 な、なるほど。

 デイモンドさんは、『閃光石』で巨人達の意識が一時的に戻った事もしっかりと把握しているようだった。


「でも、やっぱりデイモンドさんは凄い錬金術士ですね」


「クハハハハッ! ワタシたち、錬金術士はッッ……奪われる運命さだめにあろうとッ、神々が定めた法であろうとッ、世界の理だろうとッ……」



 彼がやってきたことは本当に凄い。


 だけど、この人は。なんだろう。

 こうも簡単に、その内容をペラペラと喋っていいのだろうか? と疑問を抱きかねないのも、また事実だった。



 どうも、のせやすいし。


 もしかして、バカなのではないだろうか?

 いや、もちろん錬金術士として優秀なのだろうけど、なんていうか性格的に、どこか肝心な部分が破綻している気がする。


 もしかすると、弟弟子であるノア・ワールドがニューエイジ・サンジェルマンの後継となった原因は、こういう所が起因しているのかもしれない。


「自らの探求心と貪欲な願いを成就せんがために走り続けッ、どんな概念も根底から覆すッッ。ワタシたちはッッ、そんな存在だろうッ?」


 だけど、錬金術士としての見解は恐ろしいまでに純粋だとも思う。




「……キミもいずれッ、探し求めるだろうよ」



 静かに。

 厳かに。

 アンデッドになり果てた先達の錬金術士は言う。



「幾千、幾万、幾億の時をさまよっても、夢が朽ツィる場所は――まだ、遥か遠い」



 ……俺の『どうして、こんな事をしたのか?』という質問に、彼は最初に言った。


 リッチー・デイモンドには愛した女性がいた。

 彼女は巨人と人間の混血種ハーフだったそうだ。


「やがて、奪われ、消える運命であるとしてもッ」


 いまいち師からの評価が高くない彼の研鑚を、無邪気に凄いと褒めたたえてくれた彼女。いつも身の回りの面倒を見てくれた、自分にんげんにとって身も心も大きな彼女は長い間、デイモンドさんを傍で支え続けてくれたそうだ。


 そんな彼女がある日、急死した。



「この想いがなくなることはないッッ」


 彼女の死をきっかけに、『死者蘇生』を一心不乱に研究し始めた。



「思考を、夢想を、思いを、現実にするのが、ワタシたち錬金術士だッ」


 彼女の死体は氷結させ、朽ちることのない状態で保存した。

 問題は自分だ。だから、リッチーと同化するに至ったデイモンドさん。


「私は死する運命に抗う事を、不完全なりともだが、実現はできた」



 彼女の流れる血の半分は巨人種である。ならば種族的に良い実験材料になるであろう巨人族の死体を、魂を大量に手元に置く必要がある。


「この先ッッ、彼女を完全に蘇らす事も不可能ではないのだ」


 材料は手に入れた。

 あとは実験を繰り返し、完璧なる彼女の復活を試みていくのみ。


 自分のように骨と化し、味覚や触覚のない姿ではなく。生前と全く同じ状態の肉体と、精神、記憶、性格で、彼女を蘇生させる。それが、デイモンドさんの目指す場所。



「……もう一度、彼女の豪快な笑顔が見たくてたまらないのだッッ」



 己をモンスター化させ。

 最愛の女性のために、一種族まるごとを滅亡させ。

 実験台とするためだけに、無慈悲にも巨人達の魂を騙し、肉体ごと誓約によって縛り続けている。


 たった一人、人工的な月光にまみれた、この薄暗い地下都市ヨールンで生きる錬金術士リッチー・デイモンド。



「愛ゆえに……」


 狂っているとしか言いようがない。



「こんな木偶の坊では、まだまだ完成には遠いのだッッ」


 錬金術の暗黒面を俺は知った。どんな犠牲も犠牲とは見ていない、その姿勢。

 だが、彼の生き方を否定できない自分がいて、迎合しかねない部分があることを認めざるをえない。

 妙に惹きつけられるのだ。



「これが、ワタシの歩む錬金道だッッ。少しは参考になったかい?」


 白き神殿に何体もの巨人の骸を従えた、リッチーは無情にわらった。

 一瞬だけ、俺には彼がひどくかっこよく映った。



「……とても、とても。参考になりました」


 細かい錬金術の技術を聞き出すことはできなかった。

 だけど、リッチー・デイモンドからは何か大切な気概を学べたような気がする。


 俺の心からの返事を聞いた彼は『ンー! ンンーッ!』と何度も頷き、カラカラケタケタと笑う。


 そして、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

 背後に巨神と見紛う程の威圧的な巨人の王を追従させながら。


 デイモンドさんは『もう話す事は何もない』とでも言うかのように、その進みは滑らかだった。


 もちろん、俺達の緊張が一気に高まった。



「き……」


 そして、俺の口から出た言葉はPTメンバーに『を付けて』と、防御態勢に移行を促すものでもなく、『奇襲きしゅうを仕掛けよう』と先手必勝を呼び掛けるものでもない。



「……き、記念撮影をさせてください!」


『古びたカメラ』を片手にそう申し出たのだ。

 


 うん。

 驚異的かつ超絶した存在を相手に、何を言い出しているんだと思わなくもないけど、戦ったら勝敗は目に見えているのだ。


 だからこそ、残された手段は対話しかない。

 それにリッチー・デイモンドは敵かもしれないけど、俺からしたら遥かな高みを歩んでいる錬金術士であることは間違いない。


 キルされる前に、記念撮影はぜひしておきたいというのも本心だ。

 写真から……奴の情報を少しでも手に入れておきたいし。



「なつかしいッッ。ワタシもそのオモチャでよく色をッッ、魂をッ撮っていたッッ」


 案の定、彼は俺の錬金キットを見知っていたようだ。


ツィ識に貪欲たるその姿セイッ。うんうん、実にいいッッ。錬金術の基礎、情報収集の重要セイッは理解できているようだねッ」


 こちらの意図はバレているようだ。


「それに、本心からこのワタシ、不めツィッの錬金術士リッチィィ! デイモンッッド! を尊敬している眼差しィ、ふぅむ。じつにいいィィッッ! 自分の欲望と理性を合ツィさせた、合理セイッの富んだ行動力、実にいいィィイッッ!」


 またもや、俺をべた褒めし始める。

 これにはミナやアンノウンさん、リリィさんだけでなく俺も困惑してしまう。



「うーんッッッ! やはり、ワタシはキミを気に入ったッッ」


 ……ん?




「キミは、ワタシの弟子になるべきだッッ。とだけ、ツィートしておこうッ」



 リッチー・デイモンドの窪んだ眼孔、頭蓋から揺らぐ二つの暗く青い炎が俺をジッと見つめている。


「え?」



:リッチー・デイモンドと子弟契約を結びますか?:

:はい or いいえ:



 混乱のなか、そんなアシストログと選択ログが目の前に浮かび――



 俺は唾をゴクリと飲み込んだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る