93話 愛ゆえに(1)


「ワタシこそが滅ビィッと再セイッ! 不めツィッの錬金術士、リッチィィィィイ! デイッモンッッッッド!」


 まるで自分が、大舞台に突如としてその姿を現した大スターか何かのように振舞う骸骨を前に、俺達の警戒度は頂点を容易く振り切った。


 口調こそはふざけた道化に過ぎないけど、奴が身にまとう赤黒いオーラは、今ここに在るだけでこちらを委縮させるに十分な威容を誇っていた。


 先程、リリィさんがアンデッドの王『リッチー』と早合点してしまったのも仕方ない。しかばねたちをべる王者に相応しい風格を、少なくとも見た目だけは持っていた。



の尊大なるッッッ、『神智を司る錬金術士ニューエイジィィ・サンジェルマンッ』の一番弟子にしてッッ、『創世』の名を引きツィぐはずだった偉大なる錬金術士ッ、それがワタシであるッッ!」


 聞き覚えのある人物名を聞き、俺は思わず眉をひそめてしまう。

 ここでもニューエイジ・サンジェルマンか……。


 ミソラの森でこの名を初めて聞き、次に耳にした時は幽霊少年にして奴隷王ルクセルの口から出た名前。評判を判断する限り、かなりの凄腕錬金術士と予想はしていたけど……まさか、目の前の骸骨がいこつがその謎に包まれた錬金術士の一番弟子を名乗ってくるとは。俺が自然と追い求めてしまう錬金術士の正体が、ここに来てようやく明かされるのだろうか。


 デイモンドが声高らかに自己紹介を終えると、俺達の背後で硬く閉ざされていたはずの神殿の門扉が『ゴゴゴゴ……』と地鳴りを響かせるようにして、ゆっくりと開け放たれていく。


 見れば、先程まで神殿の外部で同士討ちに興じていた、完全武装の巨人たちが押し開けてくるではないか。



 扉から神殿内部へと侵入を果たした彼らは、俺達を取り囲むように整列し、一様に膝を折り忠誠の意を示すかのように傅かしずいた。

 もちろん傅かれたのは俺達ではない。



「やぁやぁッッ! 我が忠じツィッなる下僕にして奴隷のッ諸君ッッ! 今宵もいい月夜だッ」



 圧巻としかいいようのない巨人達の隷属は、リッチー・デイモンドに向けられたものである。この途方もなく迫力のある現象を、全くもって意に介さないのは本人だけだ。さらにプレッシャーを感じる事に、この場の中心でもある彼は巨人達などには目もくれず、ただひたすらに俺達を注視しているのだ。


「師の名、『創セイッ』を襲名するのはワタシであったッッ! そうッ! 師の名をッ、死の名を冠するにふさわしィ、アンデッドを従える王『リッツィー』ウォッ、この身と融合させる事にセイッ功したワタシこそがッッッ! 世界すらツィくり変える、世界をツィくりだしていく、未来を意味する『創セイッ』の名を持つに相応しいッ錬金術士であるッ!」



 もしあるのなら、唾を激しく飛び散らしてそうな剣幕で、まくしたてるリッチー・デイモンド。虚しいかな、今はカタカタと骨や歯の噛みあう音が響くだけだ。だが、その表層がいかに軽薄な響きだろうと、錬金術に対する熱、ひいては『創世そうせ』という言葉に対する妄執のような気持ちは根強く、本物だとひしひしと伝わってくる。


「融合……?」


 そして、聞き捨てならない文言を吐きだしたのも、また事実だった。


「リッチーと……融合?」


 思わず、聞き返してしまった。



「いかにもッッ。そうだ、その驚きだッッ! 生意気にして、愚かなノアはワタシの研究を鼻で笑うだけだったが、本来はその反応こそがッッ! 真の錬金術士たる共通の認識なのだッッ!」


 アンデッドの王、リッチーと融合したことも驚きだが、ノアという名前が出てきた事にも関心をそそられる……ノア・ワールドの事だろうか。

 たしか今代の『創世の錬金術士』にあたる人物がノア・ワールド。ミソラさんはそう語っていたはず。

 色々と尋ねたい事は山ほどあった。だが、相手は俺達を一ひねりで握りつぶせそうな巨人たちをはべらせる、強大な力を持った錬金術士。

 

 安易な質問は避けるべきだろう。

 


「アンデッドの王をどうやって……? 倒すのも一苦労なはずなのに……」


 だからこそ、ケタケタと喋るリッチー・デイモンドが語った台詞を十分に考慮した結果、出した疑問がこれだ。どうやらノア・ワールドに良い感情を持っていない彼に、ノアに関する話題は禁物だと判断する。


「そうだそうだッッ当然の疑問ッッ! いや、ツィツィツィツィがうなッッ。リッツィーを倒すことなど造作もないッ。そこはツィがうなァァア、キミッ!」


 一瞬、上機嫌になったことで俺の会話術は成功を収めたかと思ったが、頭を傾げてこちらを凝視してきたリッチーを見る限り、どうやら良質な疑問ではなかったようだ。


「確かにリッツィーはアンデッドの中でもかなーり高い魔力を有しているッ。だが、それはあくまでも『アンデッド』の中では、だッ。純粋な個体の戦力など、ほら、そこにいる、『高貴な巨人ノブレス・ジャイアント』の骸共むくろどもッッ。リッツィーなどアレら二体を相手にするのがやっとの存在だッッ。今のワタシにしても、四体を相手取るのがやっとだッッ、とだけツィートしておこう」


 デイモンドは俺達の周囲で膝を着く、ガチガチの武具で身を固めている八体の巨人たちを指し示していく。そのまま、こちらが聞いてもいないのにリッチーの戦闘能力を説明し続ける。


「そもそもッ! リッツィーの最たる武器はッ、そのアンデッドを使役する能力であるッッ。強力なアンデッドを従えてこそ、リッツィーの本領発揮というものだッ。隷属させたアンデッドを前衛に配置しィッ、近接戦闘能力に劣る自身は、遠距離魔法攻撃でッッ相手を撃滅したりッ、他のアンデッドをフォローするのに特化しているのだッッ」


 自分の胸に手を当てながら、朗々と語るデイモンドはなんというか活き活きとしていた。まがりなりにも、半分は? 自分の生態というか弱点になりそうな観点をおっぴろげに俺達に明かしていくのもどうなのかと首をひねりたくなるものの、これも弱者おれたちに対する絶対的強者の余裕なのだろうかと納得しておく。


「つまりッッ! 逆を返せば、リッツィーが単体であれば倒す事など造作もないッッとだけ、ツィートしておこう」


 骸骨だから表情は読めないけど、なんだか決め顔で言い切った気がする。

 なので俺は無反応はマズイと判断し、おずおずと口を開く。


「なるほど。でも、そうは言っても……自分おれたちからしてみれば……アンデッドの王を倒し、融合したなんて凄い事ですよ」


 内心では、いつ戦闘が始まるのかヒヤヒヤしながらも、心からの畏敬を送る。巨人達をこの地に魂ごと縛り付けている所業を称賛することはできないけど、アンデッドの王と一つになったのは紛れもない偉業だ。


「ンーッンーッンーッ! キミはッすんばらツィ考えの持ち主だッッ!」


 どうやら正解を踏んだようだ。

 だが、事態は予測を遥か斜め上をいく。


「キミ、ワタシに興味があるかいッッ?」


 俺はリッチー・デイモンドの頭蓋、眼孔の奥で光る暗い灯に見つめられ、答えに窮した。

 これは……一体、どういう意が含まれた問い掛けなのだろうか。

 

「…………」


 チラリと横にいる仲間に視線を動かせば、みんなもこの状態が非常に危うい均衡で保たれている事を察しているのか、下手な発言は死を招くといった雰囲気で無言を貫き通している。


 そもそも、モンスターだったらエンカウント後、即戦闘に入るのがクラン・クランのゲーム仕様だ。ならば、リッチー・デイモンドは安全だ、などと言い切れるわけがない。彼がNPC扱いされるのか、と言えば疑問符が浮かばざるを得ないのだ。なぜなら状況的にどう考えても、このダンジョンのボスキャラという立ち位置にいるのは明らかだから。元はNPCかもしれないけど、今では半分は確実に、いや、それ以上にモンスターである事が、何よりも見た目が物語っている。


 そんなリッチー・デイモンドと相対して、ミナやアンノウンさんは、リッチーとの対話で力になれないのを面目なさそうにしている。


「えっと……」


 とにかく、質問を浴びたのは俺だ。

 俺が答えるしかないし、それ以外ありえない。

 

 さらに、この場で錬金術の話がわかるのは俺しかいないわけで、そもそも自分の錬金術の限界にぶち当たってしまったからこそ、突破口を求めてココまで来たのだ。

 

 ならば、言うしかない。


「ほ、滅びと再生の錬金術士リッチー・デイモンドさん。あなたに、あなたのしてきた事に興味があります。非常に」


「ほうッッ! 『創セイッ』の名を継いだ、ワタシのおとうと弟子でしであるッッ、ノア・ワールドよりもォォオッッ、このワタシに興味があるとッ?」


 ノア・ワールドの方が弟弟子だったとは。

 つまり、リッチー・デイモンドは『創世』の名を継いだノアの兄弟子にあたるわけか……。

 


「の、ノア・ワールドにも関心がないと言えばウソになりますが……今は、リッチー・デイモンドさんが、どうやってリッチーと融合を果たしたのかとか、どんな方法で巨人たちを蘇らせ、使役するのに成功したとか、いかにして人造生命体ホムンクルスを造りだしたとか……偉大な錬金術を大成させたリッチー・デイモンドさんに、俺の知りたい事があるかと思っています」



「……ツィきない好奇心は身を滅ぼすッ。とだけ、ツィートしておこうッッ」


 どこかで聞いたような台詞を吐きつつも、嬉々としてリッチー・デイモンドは両手を広げ、黄金の杖をカツンと床に叩いた。


「だがッッ、その好奇心なくして。不可能を可能にせしめることも、また成し得る事もできないッッ」


 またも杖を床に突く。

 俺達はその高い音が鳴る度にビクリとするが、彼はそんなの気にも留めない様子でのたまった。



「よかろうッッ。一つだけ、質問を許すとツィートしておこうッ」



 そして、リッチー・デイモンドは再び、俺に匙を投げたのだ。


 一つだけ。

 この一つだけの質問がいかに重要か……。

 

 生唾を飲み込みながら必死に考える。


 俺の質問一つで、俺達の命運は決まる可能性だってある。

 

 それに今、俺が一番知りたいのは……モンスターとの合体手段?

 死者を蘇らせるための儀式?

 アンデッドを使役する魔法?

 人造生命体ホムンクルスを生みだす奇跡?

 

 正直、どれも全て知りたい。

 しかし、欲張り過ぎてはダメだ。


 警告は既にされ、条件も提示されたのだ。

 でも、じゃあ一体どれに、俺の錬金術を一歩進化させる要素が含まれているのか、なんてのは皆目見当もつかない。

 

 ならば、できるだけ得られる情報量が大きくなりそうな質問を浴びせればいい。


 だけど、たった一つの質問で、どうやってより多くの情報を引き出せる?

 


「…………」


 落ち着け。

 曲がりなりにも錬金術士を名乗るのなら、これぐらい組み立てられないと。

 短い絡みだったとはいえ、彼の言動から人柄を推測し、最も有効な台詞を発見するんだ。


 リッチー・デイモンドのこれまでの喋りを、言葉を、性格を、分析し何が最適解なのか。

 脳内で火花が走る程、俺はぐるぐると思考を高速回転させていく。



 彼は言った。

 自分の事を『〈創世〉の名を引き継ぐはずだった偉大なる錬金術士』だと。


 ……自己顕示欲が強い。



 そして、その〈創世〉を継いだ弟弟子に対し『生意気で愚かな』と、敵愾心をむき出しだった。


……自尊心は高いが、弟弟子への劣等感も激しい。



『キミはワタシに興味があるかいッ?』


 常に、自分を話題の中心へと置くような喋り方。

 


 そう、誰よりも評価されたい願望を持つのがリッチー・デイモンドという男なのだろう。そんな錬金術士に対する、最も有用な質問は――。

 


 の事を聞くこと。

 

 錬金術の技術を直接問うのは悪手。

 ならば、これしかない。




「どうして、リッチー・・・・デイモンドさん・・・・・・・こんなことをしたのですか?」


 俺は周囲を見回し、滅びと再生の錬金術士と同じポーズをとるように、大仰に両手を広げみせた。


「ンンッッ? こんな事とは?」


「どうして、リッチー・デイモンドさんは……リッチーと融合し、巨人族の亡骸を復活させ、彼らの従属を成し、人造生命体ホムンクルスを生みだしたのか、です。その目的、理由とは? ノアではなく、あなたの・・・・考えに興味があります」


「ンー! ンー! ンンーッ!」


 歓喜に打ち震えたかのように、カタカタカタと全身を鳴らしながら笑うリッチー・デイモンド。


「キミはッッ! ひっじょーうに、良い錬金術士のたまんごッッだ! よしよしよしィィィッ!」


 興奮ここに極まれり、といった風情で天を仰ぎ見るデイモンドさん。

 彼の背後で膝を屈しながら、幽霊のように存在感を消した巨人族の王と比べ、すごい温度差を放っていた。


「この偉大なる滅ビィッと再セイッの錬金術士、不めツィッなるリッチィィー! デイモンッドの歩んだ軌跡をッッッ! 教えてしんぜようではないかッッ!」


 そうして彼の錬金道が紐解かれていった。



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