92話 滅びと再生の錬金術士
「
石の鎧に繋がれた巨人の王は、こちらの意志を一切考慮しない口ぶりで、うわ言のようにブツブツと呟く。
「これは……どういうことでありんす?」
「大きいですわね」
「襲ってこない、です?」
俺に続き、穴倉から這い出たパーティーメンバーは、超超巨大で圧倒的な体躯を持つ巨人を目の前にし、それぞれの感想を動揺とともに吐いていく。
「巨人の王様らしいですよ」
壊滅の王ヨトゥンが何故、対話を望んでいるのか。今がどういった状況なのか、正直に言えば何が何だかわからない。
「ォォオ、太陽ヨ……」
ただ、ヨトゥンの
「ソシテ願ワクバ、太陽ノ
「太陽の御使いって……俺はそんなのじゃないですよ」
とりあえず、大層な名前で呼ばれる事にムズ
「ヴォォオオオオオオォオオオオオオオオオ!」
その直後、激震。
度肝を抜かれる程の咆哮がヨトゥンから発せられ、ビリビリと全身が打たれる。
やばい、まずい。
地雷を踏んだ!?
そんな気がした俺は、咄嗟に大声で叫び返す。
「ハハハハイ! 俺は太陽の
怖かったので、思わず二個目の閃光石を使用してしまう。
「タロ氏っ! 使うなら言って欲しいでありんす」
「視えませんわ……」
「天士さまの輝きに目が焼かれてしまうのです」
俺だけ目をつむっていたので、あとのPTメンバーの視界を奪ってしまう結果になってしまった。
「グモ……ナラバ、万事順調デアルカ。イヤ、我々ノ知恵ヲ神々ニ奪ワレツツアッタ時点デ、我ガ一族ニ太陽ノ未来ハ閉ザサレテイタノカモシレヌ」
みんなには迷惑をかけたけど、興奮したヨトゥンを静めることはできたので、まぁ良しとしよう。
「……知恵を奪われる?」
おそるおそる、聞き返してみると……。
「左様。ソナタモ、ソノ目デ見タデアロウ。体躯ハ矮小。頭脳ハ獣ニ毛ガ生エタ程度ノ粗末ナツクリ……太陽ノ光ヲ浴ビテモ、コンナ粗末ナ闇月ノ契約ニ縛ラレ、己ノ精神スラホンノ一時モ自由ニデキナイ脆弱ブリ」
もしかして、これまで出会ってきた巨人ゾンビの事を指しているのだろうか。王の言う事を参考にするならば、閃光石を浴びて理性を取り戻せる時間が長ければ長い程、高位の巨人種、知能や知恵が高い個体と見ていいようだ。
「アノ時代、生マレテクル赤子ハ、ドンドン小サク、言葉ヲ発スル事スラデキナクナッテイタ……」
遠い過去を見るように、ヨトゥンは語り始めた。
俺たちはその内容を黙って聞いていく他ない。
彼ら巨人族は遥か北東の果て、世界樹アトラスの加護に守られた領域、
厳密には、世界樹から生まれた巨人を純血統種と呼び、これらは
ちなみにヨトゥンも『
「モハヤ残サレタ希望ハ帰レヌ我ラガ故郷、世界樹ガ生イ茂ル幻想大地……
その故郷とやらは、急に大地が割れ、その一帯が遥か下方へと沈んでしまったらしい。しかも霧のようなモヤが立ち込め、上からは故郷の様子を確認することが不可能としてしまった。そのため幾度となく、故郷に戻るために崖となった壁を伝い、選ばれた巨人たちを下へ送らせたが、戻ってきた者は一人もいなかったそうだ。
そうして、
「人間達トノ共存……食糧ノ確保マデハ良カッタ」
巨人たちは四つのグループに別れ、それぞれが東西南北と四つの巨人王朝を樹立し、その勢力圏を拡大したそうだ。
「竜ガ、我ラガ新タナル土地ヲ侵シ、神々ガ定メタ運命ガ我ラノ知恵ヲ消失サセテイッタ」
世界樹アトラスがないのでは、新たに生まれる巨人種は劣等種しかいないと。
次第に、知性の低い個体ばかりになっていったそうだ。
「竜トノ戦イハ苛烈ヲ極メタ」
人間と助け合ってきたものの、竜の脅威に打ち勝てなかったようだ。
「二度モ愛スル故郷ヲ失ウ無様ヲ……
しかし、巨人たちの苦難はそれだけでは終わらなかったようだ。
「ダガ、死シタ我ラニ問イ掛ケル者ガイタ。ソ奴ハ、人ニシテ人ナラザル者。彼ノ者ガ、錬金術士リッチー・デイモンド……」
でた。
いよいよ、錬金術士にまつわる話が湧いてきたぞ。
俺はここから一言一句も聞き漏らすまいと、耳をそばたててヨトゥンの言葉に集中した。
「奴ハ……言ッタ。自分タチヲ滅ボシタ憎キ竜共ニ復讐ヲシタクハナイカト……」
どうやら
錬金術を極めれば、死した者とも会話できるとか……素晴らし過ぎるぞ錬金術。
「憎悪ニ満チタ我ラハ、奴ノ提案ニ何ノ疑イモナクノッテシマッタ。ソウシテ我ラハ契約ヲ交ワシ、月明カリガ照ラス夜ニノミ、冥界カラノ復活ヲ許サレル身トナッタワケダガ……」
待て待て。ちょっと待とうか。
リッチー・デイモンドさんは死者の復活まで成し遂げていたのか!?
「月光トトモニ、我ラノ思考ハ、記憶ハ、誇リハ、奪ワレル仕組ミニナッテイタノダ」
俺の高揚とは正反対に、ヨトゥンの口調は悔恨に彩られ、覇気が全くなかった。だが、俺はどうしても質問をしてしまう。
「契約とは、どんな内容だったの?」
錬金術の深淵。
それをどうしても覗きこんでみたい。
「我ラヲ滅ボシタ者ヲ滅ボスマデ、コノ契約ハ続クト」
「他には?」
「デイモンドノ命令ニハ絶対服従……コレニハ承諾デキナイ部下達モイタガ、奴ハ我ラガ復活後、多少ノ知性ガ失ワレル事ヲ示唆シタ。故ニ、デイモンドノ指揮下ニ入ッタ方ガ復讐ノ成功率モ上ガルトノ意見モアリ……」
うはー。
デイモンドさん、ぱない。
最強の軍団を手に入れたようなものじゃないか。
「ソシテ最モ忌マワシイ契約……リッチー・デイモンド本人ニ危害ヲ加エル事モ許サレナイ」
そこはまぁ、当たり前だと思う。
絶対服従とはいえ、命令しなければ攻撃されるかもしれないし。
攻撃できないモノに作り替えた方が安全だろう。
「ソシテ、契約後、奴ハ明カシタ……自分ガ、竜達ヲケシカケテ、我ラガ国ヲ攻メサセタ、ト……」
え……。
ってことは、竜を滅ぼせたとしても、巨人たちはずっとゾンビのまま? 魂は解放されない? 絶対に攻撃できないリッチー・デイモンドこそ、自分達を滅ぼした元凶なのだから。
鬼畜すぎるぞ、リッチーさん。
「コウシテ我ラハ数百年ノ間、彼ノ者ト交ワシタ契約ニ従イ、コノ滅ンダ第二ノ故郷デ、永遠ニ縛ラレ続ケテイル……怨敵ノ竜トモ戦エズ、ノウノウト我ラガ国ノ滅亡ニ追イヤッタ主様ノ言イナリニナリ……」
しかも竜と戦っていない?
外道すぎるぞ、リッチーさん。
ふーむ……それならば一体、リッチー・デイモンドは何がしたくて巨人達をゾンビ化させ、この地に縛り続けているのだろうか?
「復讐ニ染マリ己ノ歩ム道ヲ誤ッテシマッタ、世界樹ノ摂理カラ外レタ愚カシイ我ラヲ……ドウカ、モウ、解放シテクレマイカ……」
巨人たちの憤怒を考えれば、人道的ではない。
同情せざるを得ないし、できるのならば彼らを救ってあげたい。
だが、同時に。
そんな神の所業じみた事を、錬金術で実行できてしまったリッチー・デイモンドはまさに、錬金術士として最高峰の域に達しているのだろうと感心してしまう。
正直、かなり強い興味を抱かずにはいられない。
ん、待てよ?
「つまり、リッチー・デイモンドが貴方達を縛りつけたのであるのならば……彼は貴方達のボスってこと?」
「左様ダ。月光ノ
神殿内に拘束された巨人は、天窓から注ぐ人工の月明かりを見上げ悲嘆に暮れた。
「アァ、意識ガ
真のボスは、錬金術士ですか。
なるほど。
勝てる気がしない。
早めに退散した方がいいんじゃないかな。
「アァ、残サレタ希望ハ帰レヌ我ラガ故郷……
「あれ? 帰れない故郷なのに、どうして希望になるの?」
俺はもう少しだけ情報を収集したくて、再び閃光石を使用する。
太陽の光がヨトゥンに届くと、先程の憔悴した様子はなりを潜め、落ち着いた口調で俺の質問に答え始めた。
「我ラ放浪ノ身ヲ余儀ナクサレタ巨人族ニハ、古イ予言ガアッタ」
ふむふむ。
「ソレハ……太陽ノ光ヲ扱ウ
そっかそっか。
なるほど。
しかし、それは俺のことではないな、うん。
薄情な判断かもしれながいけど、今すぐ帰っておいた方がいい。
錬金術のヒントを見つけたい。だけど、リッチー・デイモンドなる人物が相当に危険な存在であり、そもそも一種族を隷属化できる程の人物ならば、俺達が挑むなんてもってのほかだ。
一緒についてきてくれた仲間たちの経験値ロストを回避できるのであるならば、もちろんその選択肢はその一択に尽きる。
「みんな……ここまで来てあれなんだけど、引き返した方がいいと思います」
俺は少し焦り気味で、ミナやアンノウンさん、リリィさんに退散の
「はれはれ、巨人殿をお助けするのではないでありすんか?」
「多分、できなそうです……」
「あら、なんて不甲斐ない台詞を吐きますの。それでも
「天士さまのライバルを勝手に名乗らないでください、リリィさん。それはあなたの身に余る立場ですよ」
「なんですって!?」
「とにかく、天士さまがそう仰るのであれば――って、あれは何でしょうか?」
リリィさんの不機嫌を押しのけたミナが、突然、上を向いた。
ヨトゥンに何か動きがあったのか?
そんな疑念を持ちつつ、俺達はミナの視線に釣られて、再び上空を見上げる。
「あの黒い煙は、何でありんしょうか……」
アンノウンさんの指摘にも頷ける。
何もない空間から、禍々しい黒のオーラが沸き立っているのだ。
全てを飲み込み地獄へと引きずり落とすような、そんな不気味さを感じさせる黒いうねりが発生している。
不意に、その黒い煙から、真っ白な腕がゆっくりと出てきた。
いや、手ではない。
あれは、骨。
人間の骨だ。
そのまま骨は、黒の空間からズルリと湧き出るように、その姿の全容を俺達に晒した。
「……ツィツィツィツィツィッスィート……甘い甘い、お嬢さん方」
カラカラと
「お待たセィッ、とだけツィツィツィツィツィートしておこう」
外見はただのスケルトンと同じ
だが、その身にまとう豪奢な漆黒のローブが、モブ的な存在という可能性を全否定していた。所々、赤黒く変色しているマントは、まさか血染めによるものでないよね、と確認したくなる程に不気味だ。
「いーや? 待っていたのはワタシの方ダッ!」
右手に持った黄金の長杖を、自分の頭蓋骨に鎮座している錆びた王冠にコツンと当てながら、叫んでいる。
「待って、いた……?」
自然と口から出る疑問。
そんな俺の独り言に、目の前の骸骨は首を傾げながらこちらを凝視した。
「ンンンー? キミ程、優秀な錬金術士なら気
両手を広げ、声高らかに叫ぶ骸骨。
「おっとっとー。ワタシとしたことがッッ。レディたちの前だと言うのにィ、とんだ粗相を、許しツェイッ欲しい。自己紹介がまだだったね」
大仰に腰を折り、こちらに会釈をする骸骨。
「ワタシの名はリィッチー! デイモンッッッッッド!」
妙に巻き舌で発音する骸骨。
「そうッ! ワタシこそが滅ビィッと再
みんなも事態を上手く飲み込めていないようで、しどろもどろしている。
「リッチーって……まさか、あの……アンデッド系最強のモンスターと言われるリッチーだったりしませんわよね?」
ポツリと、リリィさんの疑問がこだます。
「もしかしたら、それより強敵かもしれません……」
あまねく死者の魂を操り、不死の身体を持つ滅びと再生の錬金術士。
リッチー・デイモンドとエンカウントしてしまった俺達だった。
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