91話 高貴なる巨人


 まぶたの裏から漏れ出る光を感じて、ソッと目を開く。

 左右から迫る巨体をしっかりと視界の隅に入れながら、状況を把握しつつも前へと踏み出す足の速度は一切緩めない。


「タロ氏! 敵勢の動きが緩慢になっているでありんす!」


 アンノウンさんが、後方からもたらしてくれた報告を耳に入れ、俺は上手くいったと確信した。だが、油断できる状況ではない。


「このまま、突破します! フゥ、俺を押して!」

「あいあい、たろん♪」



 一番手前で、道の両脇を固めていた大型巨人をフゥの風と共に通りすぎる。

 やはり『閃光石』の効果は絶大で、太陽光を浴びた巨人たちはわずかに身じろぐだけだ。こちらに攻撃をしようとする動きが見られない。しかし、それも十分に閃光石の光を受けた個体だけで、次に待ち構える六体の巨人たちはそれぞれの武器を構え、猛然とこちらへ歩み寄って来た。


「うわっ」


 圧巻だった。

 大地を揺らし、俺達へと殺到してくる巨人たちの迫力や威圧感に、思わず足が止まってしまいそうになる。おびえが、本能が、これ以上前へと進む事を拒否している。


「二撃目、いきます!」


 だけど。

 ことわりを叡智で侵すのが錬金術ならば、本能を理性でねじ伏せるのは常道。


 俺は、素早く新しい『閃光石』を握り、地面へと撃ちつけた。

 ひとみを閉じ、一瞬の暗闇と光が交錯し、再び前だけを見開いて駆け続ける。



「ギギ、太陽ノ光、運ブ者?」

「我ラノ真ノ王ガ、宣託シタ通リ」

「闇月ノ縛リカラ、一時ノ解放ガ許サレタ?」

「忌マワシイ、錬金術士ノ呪縛」

 

 閃光石によって動きを鈍らせた四体目の巨人をすり抜けた矢先、妙にくぐもった声が複数響いた。


 だけど、俺はその内容に耳を傾けられる程の余裕を持ち合わせていない。

 なぜなら、神殿により近い場所に配置されていた大型巨人が敵意をもって、こちらに攻撃行動を開始していたからだ。

 

 地を割れそうな巨大な戦斧が、どこまでも貫けそうな長大な槍の矛先が、軽々とビルを倒壊させそうな勢いで振りかぶられていた。

 その長く太いリーチは、蟻を潰すかのように俺の命を吹き飛ばす。

 はずだった。


 急に、目の前に真っ暗な壁が出現し、身体が浮いてしまう程に地面が揺れた。



「えっ?」


 黒く大きな壁の正体は、巨人が持つ大盾タワーシールドだった。

 見上げれば、俺を大きくまたいだ両脚が地面を踏ん張るために開かれていた。なぜか、俺が追い越していった巨人が、敵の攻撃を防いでくれていたのだ。


「行ケ、太陽ヲソノ手ニ宿ス者ヨ」

「太陽ノ御手、我ラノ理性モ長クハモタン」

「天ノ使イハ我ラノ希望、感謝スル」

「ドウカ、我ラガ真ノ王ノ解放ヲ」


 さらに、鎧に身を包んだ三体の大型巨人達が加勢し、同じく俺達に襲いかかろうとする大型巨人たちと武器を交え始めた。彼らの一振りが豪風を生じさせ、踏み出す一歩が地震を起こす。互いに互いを抑えつけ合ったり、怪獣大決戦ばりの光景に俺は唖然としそうになる。


 仲間割れ?

 

 いや、台詞から察するに恐らく『閃光石』の光をしっかりと浴びた巨人たちだけ、一時的にこちらの味方してくれているようだ。今まで『巨人の系譜の屍ヒュージ・ゾンビ』や『巨人の屍ジャイアント・ゾンビ』は、閃光石を使えば、動きが止まり、ぶつぶつと独り言を呟くだけだった。しかし、高位の巨人だと、太陽光によって理性が戻る? 闇月の契約とやらから解放される時間が長いのだろうか?


「タロさん、何を呆けてらっしゃるのですか!」

「天士さまっ! 早く神殿にいきましょう!」

「タロ氏、進むでありんすよ!」


「あ、えっと、はいっ」


 そうだ、迫力満点の大乱闘に目を奪われている場合ではない。

 後ろから追いついてきたみんなと合流し、俺はそびえ立つ白亜の神殿へ懸命に足を走らせた。


「ついた!」

「ええ、到着しましたわね」

「やりましたね」


 巨大な扉を目の前に、荒く吐いた息を整えながらミナが右手の人差し指を、リリィさんが左手の掌を俺に向けてきた。


「?」


 疑問符を浮かべる俺に、二人そろって「「ハイタッチです(わよ)!」」と言われた。


「あぁ、えっと、はい」


 そういえば、ミナは人差しをチョンっとタッチする子で、対するリリィさんはハイタッチをしっかりこなせる人だったなと思い出す。

 どうでもいい事を考えながら、おずおずと両者に手を伸ばし、それぞれに触れる。


「お三方、お戯れはそれまでにしてくんなまし。時間の猶予があまりないでありんすよ。で、どのようにして、この扉を開けるでありんすか?」


 背後で暴れる巨人たちを気にして、アンノウンさんが渋い顔で後ろを観察している。


「あ、えーっと……」


 そうだった。突然、巨人たちが味方になった事への困惑や、二人の勢いに押されて失念していたが、こんなことをしている場合ではない。俺はアンノウンさんの視線に釣られて、後ろを振り向く。

 アンノウンさんの言葉通り、あまりここで長居はできなそうだ。


「まさかあの巨人達に扉を押してもらうつもりでありんすか?」


 その手もあったか。

 そうなると『閃光石』をあと二つか三つは消費して、戦っている巨人たちに太陽光を浴びせないといけなくなる。

 でも残り七個だけだし、節約できるのなら節約はしておきたいところだ。


「でも、絶賛奮闘中でありますわよね」

「五分と五分です」


 うーん……。

 何か、扉が開くような仕掛けはないかな?


 俺は白く光る石で組み上げられた、巨大すぎる神殿を首が痛くなりそうになるまで、見上げてみる。



:風妖精のバフ『優雅なる風の囁きハイ・ウィンド』が発動しました:


 お?

 風乙女シルフのフゥが何かに気付いたらしいログが流れ、俺は肩にちょこんと乗ったフゥを見る。


「なんだろー? 懐かしい匂いがするんー♪」


「匂い?」


「この建物ぜんぶからっ! あっ! でも、とくにあそこから!」



 そう言ってフゥが指差したのは、神殿の扉から右に少し横にずれた箇所だった。地面と接している壁の下部が少しだけ崩れていたのだ。老朽化から生じたものかもしれない。周囲の白石が砕けており、そこから神殿内に侵入できるかもしれないと思いつく。


「いい子だぞ、フゥ」

「うくくー♪ 懐かしい匂いするる」


「みんな、あの壁のほころびというか、穴から神殿内部に入れるかもしれません」


 俺は、善は急げと思い立ち、その小さな穴倉へと近づき覗き込む。

 石が崩れて生成された空洞というよりかは、ビームか何かが通ったかのように直線状に白石が破壊されていた。

 うん、多少の不安は残るけど、どうやら入り込めそうだ。


「ここから、いきましょう」


 俺達は一人ずつ、その穴へと身体を潜り込ませる事にした。


 白光をうっすらと放つ白石のトンネルを、俺はほふく前進で進む。


「ちょっと、ミナさんよりもわたくしが先に行くべきですわ」

「リリィさんは信用できませんので、わたしが天士さまの後ろ姿を堪能……えと、後ろを守ります」

 

「どちらでもいいでありんすよ。ただ、げに恐ろしき面立ちで、巨人たちがこちらに向かってきてるでありんすよ」


「こわいっ」

「あっミナさん!」


 後ろで順番を争うやり取りが聴こえてきたけど、そんな内容はもう俺の耳には入っていない。

 なぜなら、素材を入手したからだ。


「ん……これって」


 ほふく前進で移動すること7秒、レンガのように切りそろえられた白石が一つ、進行方向に落ちていたので触れてみたら採取できたのだ。


 砕けた壁の一部だったのだろうか。

 とにかく、その素材をさっそくアビリティ『鑑定眼』で調べてみる。



月光石ルイス

幻想郷ファンタズマに存在する、『妖精の王国フェアリー・オべロン』で造られた石。月光と関わり深い妖精たちは、星々と月の加護を司る精霊リーンの力を享受している。宙を舞う妖精たちが多いのは、ほとんどの妖精種が羽から月の力を摂取している事に起因する。彼らの鱗粉りんぷんが重力の力を紡ぐのだ。そして、元来魔力吸収率の高い幻想郷ファンタズマの石は、永く妖精たちと同じ場所にあると、月の光を宿す事もしばしば。その特徴はぼんやりとした月光を帯び、淡く白の輝きが内包されている】


 気になる単語が出まくりんぐだ。

幻想郷ファンタズマ』は確か、純……なんとか巨人たちの故郷だったのは知っている。

 だが、妖精の王国フェアリー・オべロンは初耳だ……だから、フゥが懐かしい匂いがするなんて言っていたのだろうか?



 しかし、まずいな。ここの巨人たちは、月光に反応して死してもなお活動をしている。となると、神殿内部ではホムンクルスを倒しても、巨人は動き続ける。俺の『悪食の黄色ベル・イエロ』があっても、その効力が及ぶまで時間がかかるのであれば意味がないので、苦戦を強いられるだろう。


「むむむ……」


 俺は今後の道中がより険しくなる事を予想して、唸りながらほふく前進を続けていく。

 距離感からして十メートル以上はあっただろう。

 この神殿の壁がいかに分厚いかわかる。だが、このトンネルもじきに終わろうとしていた。


「出るよ、ミナ」


 一応は後ろに声掛けをして、よいしょと壁の穴から這い出る。


「おぉ……」


 神殿内部は広いドーム型になっていた。

 薄暗い空間に変わりはないが『月光石ルイス』で神殿自体が建造されているため、外観と同じく、うっすらとした光が一面に生じていた。


「天井、高すぎだろ」


 遥か上空、目算にして百メートルぐらいはある。天井には外の光が内部に降り注ぐように、大きな天窓がいくつも取り付けられていた。そして、その中心から、一本の太く大きな長方形の柱が地面にまで伸びている。


 その柱はまるで、罪人を裁く十字架のようだった。

 なぜなら、その柱には太いくさりが何個も巻きついていたのだ。重なる鎖が、絡み付くのは巨人の石像だ。


 全身鎧で身を包み、膝を付き、うなだれるようにして下を向いている。

 ちょうど俺を眺めているような姿勢だ。

 石像は立っていなくとも、目を見張るぐらい大きかった。これが立ち上がったら、天井にも届くのではないだろうかと思わせるぐらいに壮大なモノだった。


「大きすぎだろ」


 石像には緑のコケがビッシリと生えていて、相当な年季を感じさせられた。悠久の時を眠り、膝を屈したその姿からは、どこか寂寥感が漂っている。


「しかし、見事な出来だなぁ」


 その石像を観察していると、不意に『ゴゴゴッ』と何かとてつもなく重い物体が動く音がした。



「……ウソ」

 

 つんだ。

 あれは石像なんかじゃない。

 

 あれは鎧が石なだけであって、それを着ている中身が動いていたのだ。

 それに気付いた時にはもう遅かった。


 鎖に繋がれたビルよりも巨大な身体をきしませ、おもむろに右手が俺の方へと迫って来たのだ。避けるとか、移動するとか、俺の思考にはなかった。なぜなら、今からどんなにあがいても、逃げ切ることができない。

 

 それほどまでの範囲攻撃。いや、ただただ大きすぎるのだ。

 開かれた掌は小山を連想させるほどで、握られでもすればたちまち、虫でも潰すように俺をキルしてしまうだろう。


 だから、俺は一瞬の躊躇ためらいもなく、『閃光石せんこうせき』から太陽の光をほどばしらせた。


 すると、家一つ分以上はありそうな掌がピクリと動きを止める。

 よし! 閃光石、万歳! 錬金術に栄光あれ!

 内心ではビビりまくっていたけど、どうにか錬金術を賛美することで平静を保つ事にしよう。



『……月光ノ呪縛ヲ遮ル、コノチカラ……オォ、戻ル、溢レル、忌マワシキ錬金術士ニ奪ワレタ記憶ガ、自分ガ……』


 うあ。

 やっぱり、錬金術に何かの恨みを持ってるよ……。

 

 地の底から響くような、巨人の重低音。

 それらが神殿内を揺るがす。


『待ッテイタゾ、太陽ノ御使ミツカイ。我ガ名ハ……』


 そう言う、巨像の表情は見えない。

 石でできた顔面兜フルヘルムにすっぽりと覆われた顔はしかし、十字型の隙間から暗い光が灯っている。


『我ガ名ハ……打チ砕ク巨人。大樹ヨリ生マレシ壊滅かいめつノ王ヨトゥン、東ノ巨人王国ギガ・マキナヲ統ベタ者』


 壊滅の王ヨトゥン……こいつが、奴隷王ルクセルが言っていた巨人の王様?

 この地下都市のラスボス的な存在なのか!



『残サレタ時間ハ少ナイ』


 ジャラリと鎖を引きずり、顔を左右に動かす壊滅の王ヨトゥン。

 鎖に囚われた両の手を眺めているようだ。

 

 よくよく観察すれば、鎖の先端が鎧と一体化している。

 もしかして、あの鎧は鎧ではなく、目の前の巨人を絡め取る拘束具なのではないだろうか?



『ダガ許サレルノナラ、ホンノワズカバカリ、話ヲシヨウ』




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