84話 いざ、学校へ



「え、あの可愛い子ってここの生徒なの?」

「小学生だよね。なんでウチの体操服着てるんだろ」

「でも、すごく可愛い……」



 あー。


 クラン・クランで多数の視線を向けられる事には、ある程度慣れていたはずなのに。いざ、現実で奇異の目が集中してくると、たじろいでしまう。


 それが、何の気兼ねもなく、ある種の惰性だせいに近い思いで通っていた自分の学校となると、その違和感は否応がなく増す。視線を飛ばしてくる正体が学校の同輩たちという面も、クラン・クランとは違う状況なので、俺の戸惑いに拍車をかける一因になっているかもしれない。


「太郎、てきぱき歩く」


 姉に手を引かれ学校の門を通り、校舎へと向かう。

 夏休みとはいえ、盛んに部活動に励む生徒たちはたくさんいる。彼ら彼女らが俺達を見るや否や、集まりはしなくともザワザワと囁き合っているのだ。



「通学できるのかな……」

「何を言ってるの。弱気にならない」


 極々ふつうにおこなってきた日常が、少女へと姿が転じれば不自然な格好になっている。そう周りから言われているようで、正直気分は良くない。

 だけど、こうなる事はわかっていたし、昨晩のうちには覚悟もしていた。



「太郎、気にせずにいくのよ。ほら、前を見て、姿勢を伸ばして」

「……うん」



 来賓用の玄関口に着くと生徒達の視界から逃れることができたので、ほんの一時の間だけ、安堵で胸が満たされる。



「やっぱり、その服装が良くなかったのかもしれないな」

「うーん……我ながら学校に行くならこれが普通だと思っていたけど、姉の指摘する通り失敗だったかも……」


 習慣というのは恐ろしいものだ。

 学校という場に、自然に溶け込もうと努力した結果、俺は体操服を着ていた。対する姉は私服だ。


 俺も私服で来ればよかった。


 生徒たちも、この学校の在学生の証である体操服を幼女な俺が身に付けていなければ、あそこまでの反応を示す事がなかったかもしれない。



「でも、太郎は間違ってはいない」

「まぁ……ね」

 

 フォローを苦笑いで受け止めておく。

 姉が引率で、俺がここの在学生。

 

 それが事実であるのには変わりないが、この組み合わせがひどく不思議に映ってしまう事に遅まきながら気付いた自分に内心で呆れる。

 

 

 つまり、俺と姉はこの上なく目立っているようだ。

 


「あれってモデルのシンキさん? え、もしかして撮影かな?」

「その隣にいる子って……銀髪? 外人さん? すっごく可愛くない!?」


 廊下ですれ違った二人組の女子達が足を立ち止め、こちらに接触しようか迷った素振りを遠巻きに見せてくる。



「おいおいおいおい、銀髪の美少女がいるぞ」

「お前、熱さで頭がおかしくな……天使のようだ! 綺麗なおねえさんもいる!」


 校内走中の卓球部と思しき男子生徒たちが色めきたっている。

 


「太郎。近づくなという思いをこめて、だが愛想よく笑ってみろ」


 そう俺にアドバイスをくれた姉を見れば、口元はにこやかな弧を描いているのに、その瞳にはどこか傍に行き難い印象を残す色が滲んでいた。そんな笑みを浮かべながら、廊下をどんどん歩んでいく。



 なんとなく、仕事モードの一環に入っている姉に納得しつつも、俺も真似してみる。極力、相手との見えない壁を形成するような、距離を開けるような笑みを心がけて。それでも、決して感じの悪いものではない。むしろ好意的な気持ちも込めておく。



「やればできるじゃないか、太郎」


 褒めてくれた姉が俺に向けた笑顔は、他の人に差しだすモノとは違い、太陽のように眩しかった。



「いい師匠がいるからだよ」

 

 照れくさくて、姉への称賛を手短に送っておく。

 真っ向から姉の顔を見るのが恥ずかしくて、俺は目を逸らしてしまう。視線は自然と、床へとこぼれ落ちる。


「……あ、眩しい」


 廊下のリノリウムが夏の日差しに反射して煌めき、俺達を包み込んでいる。


 同級生達の視線に晒され、心と身体が強張っているはずなのに、不思議と優しい時間が姉弟おれたちに流れているような気がした。



「どうだ? お前も私のようにモデルになってみるっていうのもありじゃないか?」

「それは遠慮したい……姉とじゃないと、こんなのできる自信がない」


「フフフ」


 姉は自分の髪をなでつけ、俺の手を握る力を少しだけ強めた。

 機嫌が良くなるとしてしまう姉の髪いじり癖を見て、なんだか俺も笑ってしまった。



「おい! あの子の、今の笑顔見たか……?」

「やべえ、俺……何かに目覚めそう」


 俺達は校舎内で出くわす生徒たちの反応に、涼しい笑みをもってスルーを続けていった。





――――

――――


 在学届けを申請する相手はもちろん校長先生だ。

 

 だから、姉は事前に学校側へ連絡をしており、今日の午後に校長と対面するアポを取っていたようだ。


「1年2組の……ふつか……。聞いてはいたが、そのあれだな……。いや、何でもない、忘れてくれ。そ、そこに腰かけて待っていてくれ。引率に来られた、お姉さんでしたか。あなたもそちらで少しばかり待っていてください」


 体育の後藤先生が、俺を見て挙動不審な様子で俺達を出迎えてくれた。彼の指示通り、職員室の来賓用のソファに座っておく。


 職員室内にいる先生たちは、チラリチラリと時々こちらを見ているが、誰一人話しかけてくる素振りは見せてこない。

 それから数分後、教頭先生が校長室へと案内してくれた。



「どうぞ、こちらへ」


 教頭の後についていく形で、校長室の扉を開ければ――。



 品の良い手入れの行き届いた木製の机を対面に、どっかりと椅子に腰を落ち着けた校長先生がいた。そして、その傍には修道服姿・・・・の女性も立っていた。

 


 え……?

 校長室にシスターがいる?


 そんな俺の動揺と疑惑は、校長の発した声によって押しつぶされる。



ふつ訊太郎じんたろうくんと、そのお姉さん、ふつ真世まよさんですよね?」


 五十代後半にさしかかった禿頭とくとうの校長先生は、そう質問を浴びせてきた。


 それに流暢に返事をしたのは姉だ。



「はい。お約束の時間通り、訊太郎じんたろうの性転化の件でお伺いしたのですが……そちらの方は先客でしょうか?」


 校長の隣にいる女性に目を向けて、姉がいぶかしむ。

 そう、その修道女とは姉も俺も顔見知り・・・・だったのだ。



「いやいや。彼女との話は先程終わっています。ただ、今回の訊太郎じんたろうくんの件に直接関わりはないのですが、こちらの女性にも共同学営義務というものが発生しているようでね。同室してもらっているのですよ」



 校長に紹介されたシスター……。


 シスター・・・・レアン・・・はニッコリと母なる微笑みを俺達に飛ばしてきた。一方で、『何も喋るな』と無言の圧を含めてきているような気もした。



 シスター・レアン。



 彼女は妹のミシェルが前から通い、熱中症で倒れた時に助けられた俺も、最近では顔を出すようになった近所の教会の責任者、『虹色の女神』とかいう神様に仕えるシスターだ。



 そんな彼女の監督の許、俺は週一ペースで教会に訪れた人達の告解を聞き入れる、シスターの真似事をさせてもらっているのだが……。



 なぜ、彼女がこんな所に……?



「…………」


 先程まで不動の笑みを携えていた姉の顔に、一抹の歪みが生じるのを俺は見逃さなかった。







◇◇◇

あとがき


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◇◇◇

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