83話 女の子同士の秘密


「天使とわたくしが、フレンドに……?」


 未だにぶつぶつと独り言を呟くリリィさんの隙を見て、俺はメイド服から『空踊る円舞曲ロンド』に装備を切り替える。そして、そのまま無防備状態の彼女へと、先制攻撃を仕掛けた。



 金色に輝く液体、『溶ける水ウォタラード』を彼女めがけてまき散らしたのだ。両脇が背の高い書架で囲まれた空間で、この範囲攻撃を避けきるのは難しいだろう。



「フゥ!」


 さらにダメ押しで、『風乙女シルフ』のフゥが放つ風力により、『溶ける水ウォタラード』はより細かく散布され、その範囲とスピードを増す。


「その液体は! あの時のモノではありませんか!」


 ビッグ・スライムを溶かしていった酸が彼女に振りかかる頃になって、ようやくリリィさんはこちらの攻撃に反応してきた。



 左右を本棚という壁に阻まれている限り、彼女が『溶ける水ウォタラード』から逃れる手段は一つしかない。


 上への回避行動。


 リリィさんは軽業師のごとく、右に左へと本棚を蹴りつけていき、ビッグ・スライム戦のときにも見せてくれた、その高い身体能力をもって空中へと飛び上がった。そのまま、右の本棚の上部へと着地しようとする彼女へ、俺は再びフゥへと語りかける。同時に俺は地を蹴り、ドレス『空踊る円舞曲ロンド』の恩恵を受け、たった一呼吸で身体を舞い上がらせる。


「なんてことを!」


 上手く足から本棚へと着地しかけていたリリィさんは、フゥがもたらした突風によってわずかに押され、バランスを大きく崩してしまう。そして、その華奢な身体は宙空へと落ちていく。


 よし、上手くいったぞ。


 全ては計算された攻撃だ。

 以前にこの眼で見た彼女の俊敏性、両サイドが棚によって塞がれているフィールド。この状況下で彼女が取るであろう動きは簡単に予測できた。

 さらに空中では、彼女は身動きすら取れず、対する俺はフゥとドレスのおかげで遥かに分がある。

 まして、彼女の装備は弓の一択しかないため、接近さえしてしまえばコチラの独壇場どくだんじょうだ。



 称号もとっくに『老練たる魔女』から、『先陣を切る反逆者』へとセットし直してある。つまり、初撃のクリティカル率が50%に加え、俺よりもレベルの高いリリィさんには全ダメージを20%も上乗せできる。

 

 全てを準備したうえで、落ちゆく彼女の胴体を狙い、俺は小太刀を振りかざす。



「先手はいただき!」



「甘いですわ! 『束縛の鎖矢ジェイン・アロー』」


 体勢を完全に崩し、あとは落下を待つだけの彼女が突然後方へと弓矢を放った。

 

 悪あがきかと疑問を抱いたが、アビリティを発動したのにそれはないだろうと思い直す。

 だけど、俺はジャンプの勢いを弱めることなく突き進むのみ。



「せいっ」


 狙い違わず、リリィさんの上半身へ俺の小太刀が吸い込まれていく。

 そう思ったのだが、さすがPK経験プレイヤーキルが豊富なリリィさん。

 小太刀で切りつける直前になって、彼女の身体がガクンッと何かに引っ張られるような動きを見せたのだ。


「なっ」


 身動きを取れるはずのない空中で、左斜め後方へと移動したのだ。

 よくよく彼女を観察すれば、右手に鎖が握られており、その鎖がみるみると長さを縮めている事に気付く。さっき、撃った矢には鎖が付いており、あれを伸縮させることで自身を移動させたわけか。



貴方あなた相手に、このわたくしが緊急回避のアビリティを使うなんて屈辱ですわ」


 スタッと後方で片膝を付きながら、今度こそ着地を成功させたリリィさんは苦い表情を浮かべている。しかし、既に弓には新しい矢がつがえられてあり、反撃する気は満々だ。


 彼女の好戦的な視線を真っ向から受け、俺もそれに準ずる鋭い笑みを浮かべる。



「ここからが、本番というわけですね」


 こうもあっさりと距離をあけられて、次はこちらが防戦になりそうな気配。

 どうやら、この戦いは一筋縄ではいかないだろう。



 俺は覚悟を決め、フゥの力を存分に借り受けるためにMP回復アイテム『森のおクスリ』を取り出しながら、矢の狙いから外れるように空中を移動しようとする。



 しかし、俺達の戦いに水を差す存在が現れてしまった。


 それは室内を青白く照らし出した光。

 ふわふわと二つの『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』が、図書室に繋がる扉を衝撃波で壊し、入り込んできたのだ。



 ニ匹、三匹、五匹――

 続々と、不気味に揺れる蒼い魂が書庫を漂い始める。


 これはマズイ。

 奴らを相手にしながら、リリィさんともPvPをしなければならないなんて。

 だが、今更、彼女と協力し合う雰囲気でもない。


 一旦開かれてしまった戦端を元の鞘に収められる程、俺達の闘志は低くはない。



「ここは小官にお任せください!」


 そこへ、すっかりここにいる事すら忘れていたRF4-youことユウジの叫び声が響いた。何やら、アイツは俺達の戦いを庇うために一肌脱いでくれそうだ。


「全MPを消費してでも、防衛任務を遂行するであります!」


 毅然と人魂たちへ、その意気込みをぶつけるユウジは少しだけ頼もしく思えた。



「美少女同士の熱き友情が育まれる瞬間を! 邪魔はさせないであります!『壁縫いウォ二スト』!」


 そして、彼はピタっと奇怪な四つん這いの姿勢で壁へと貼り着いた。

 


「『アピール!』」


 なんと、ユウジは夕輝ゆうきと同じタンク用のアビリティをも習得しているようだった。敵の注目を浴びるスキルを発動し、『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』たちを自身に引きつけようとしている。


ゴキブリ作戦コックローチ、始動!」


 黒の執事服で、カサカサと壁を動きまわるユウジは正直……ちょっと不気味だった。ササッ、ササッと上下左右に、ホムンクルスたちの攻撃を器用に身かわしていく姿は『G』そのものだ。



「美少女たちが争い、衣服がはだけ、際どい姿になる瞬間を! もっともっと! 小官は目に焼き付けておきたいのであります! 最後の一秒たりとも見逃さないであります!」


 うわぁ……。



「なんと申し上げれば良いのでしょうか……」

「うん、まぁ。あいつの事は気にしないでおこう」


 リリィさんと俺は互いに、奴の行動を見てゲンナリと呟く。

 一瞬だけでも、頼もしいと思ってしまった自分に辟易へきえきした。



 とにかく、彼の奮闘のおかげか『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』が大量にこちらに向かってくることは防げていた。しかし、全ての個体を誘導することは叶わず、ちらほらとコチラに向かってきているモノも数匹いる。



「ここが埋め尽くされるのも時間の問題か……早めにケリをつけましょうか、リリィさん」


「あらあら、今宵のメインディッシュをいただくには、まだ早いのではないかしら?」


 どこか余裕ぶっている彼女に、俺は上からピシャリと言い放つ。



「まだまだこんなに弱いスポットライトじゃ、自分の晴れ姿を映すには十分じゃないとでも言いたいのですか?」


 

 自己顕示欲が強い彼女に、ほんの少しだけの嫌味を向ける。


「あら? それは貴方あなたも同じことでしょう?」


 あちらの矢と、俺の『溶ける水ウォタラード』が交差する。

 双方の攻撃は本棚を壁にして、無効にされる。



「いえいえ、リリィさん」


 俺はなおも制空権を握りながら、彼女へと語りかける。



「この舞台の虜になれ、という事ですよ」



 この戦いの主導権は俺が握る。

 舞台の主催者は俺だ。ならば短い間かもしれないが、どちらが武力面で上かを示す事に固執するより、この戦いを楽しんで欲しい。


「何をそんな戯言を……隙ありですわ!」



 青白い光が乱舞する図書室で、宙を舞い、弓を回避する。そして、接近してくるホムンクルスとも距離を取り、『溶ける水ウォタラード』や小太刀で応戦していく。



 彼女をチラリと見れば、同じく青白い魔の手から逃れるように移動と反撃を繰り返し、俺の動向をしっかりチェックしながら矢すら射かけてくる。



:バフ『風の守り手アーリー』が発動しました:


 かすった矢にビクリとしつつも、お返しとばかりに『打ち上げ花火(小)』を彼女へ向けて使用する。



「ご要望通り、キミを照らすスポットライトを増やしてあげます!」


 花火の反動で俺は後方へと飛ばされてしまうが、今はホムンクルスを避ける動作と一致して都合が良い。

 


『ドンッ』と爆音が鳴り、無数の火花が弾け散り、開く。

 屋内で何の躊躇もなく、花火を打ち下げるのは意外に爽快だった。




「たーまやー!」



 書庫が煌めき、飛び交う攻撃と回避行動の数々。



「閣下! 味方を巻き込む砲撃は、自軍の士気を著しく下げる可能性があります!」

「ちょっと、貴方あなた! これはやり過ぎですわよ!?」



 二人の絶叫を聞いて、俺はフゥと一緒にクスクス笑う。

 さらに花火の光に反応したのか、『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』がリリィさんへと殺到していくのを見て、笑みは深まっていく。



「綺麗だね、フゥ」

「キラキラーッ! もっとタロんと、キラキラ飛ぶの~!」



 ついさっきまで、静謐に満ち朽ちた書庫が。

 今では、光の粒で充満している。



 リリィさんもろとも、大量のホムンクルスを相手取る、長い乱戦が幕を開けた。




――――

――――





 さてと。

『隠された地下都市ヨールン』で手に入れた素材で、何か作成できないか試してみますかね。

 どうしても早急に錬金術の奥義に近付きたかった俺は、人目も気にせずミケランジェロの『スキル☆ジョージ』へと赴いていた。



「ジョージ、工房借りるね」


「はぁいん。いいわよぉんっ♪」


 カウンターで何やら不可思議な結晶をいじりくり回しているオカマに、一応の許可を経て秘密の工房への扉を開ける。



 今回は強力そうな素材に加え、ホムンクルスがドロップした『赤子のぬけがら』と、採取した色『独白ソロ・ホワイト』が一体どんなモノなのかを調べよう。

 おそらく人口生命体ホムンクルスを作り出す鍵になるのではと、踏んでいる。




 リリィさんとの対決を終えた俺は、結局あの後、大量のホムンクルスに囲まれあえなくキルされてしまった。

 

 モンスターによる経験値ロストが意外な程大きくて、ヘコむ部分もあったけど、それ以上の収穫はあったと自負している。



「よし、人口生命体ホムンクルスの秘密を暴くぞ」


 まずは魂の色を【写真】から取り出す作業からだ。


 そう意気込む俺に、ポーンと通知が届く。

 フレンドメッセージだ。



 その相手を確認し、通話へと繋げる。


『あ、あの……』


 うんうん。

 どこか硬い様子だけども、俺は透き通った彼女の声を耳にして、奮闘の甲斐があったものだと一人感慨深く頷く。



『あの、て、天使・・であってますわよね?』


 少しだけ震えている声は、なんだか高飛車な彼女らしくないなぁと思いながらも返事をしておく。



『そうですよ』


『さ、先程の果たし合いの結果なのですけれども、あなたの言い分を聞きいれたのです。私の要望も聞き入れるべきですわ』



 そう、リリィさんとのPvPの結果は俺の勝利に終わったのだ。

 元々、あの状況で遠距離攻撃がメインのリリィさんは『風の守り手アーリー』のバフがある俺に対して不利。さらに、こちらには回復アイテムが盛りだくさん。おのずと、消耗戦にもちこめば俺が勝利するのは必然だった。


 だからこうして俺たちは、フレンドメッセージのやり取りができているのだ。



『その前に、せっかくフレンドになったんだから――』


 ミナはかたくなに引かなかったけど、できればリリィさんとはお互いの名前を普通に呼び合いたい。最近、やたらと『天使』と囁く傭兵プレイヤーが増えた気がするのだ。フレンド同士、こういったフランクな関係を望むのは至って普通だろう。相手が美少女だからという下心は決してない。断じて。



『俺の事を天使って呼ぶのはやめようよ』



 ついでに、さりげなく敬語を抜いてみる。


 イケメン勢の夕輝ゆうきいわく、親しみをもって会話をする瞬間に敬語を取り払うと、お互いの距離がぐっと近づくらしい。これは、俺の想い人でもある宮ノ内みやのうちあかねちゃんとお近付きになる時にも役だった戦法だ。当時、彼女には『あ、やっと敬語がなくなったね? クラスメイトなのに、ずーっと敬語で話すのは訊太郎じんたろうくんだけだったから』と、眩しい笑顔ではにかんでいたっけ。



『まったく、注文の多いことっ。それならば、仕方ありませんわね』


 リリィさんは不服そうな言い方をしていたけど、通話越しから聞こえる声音はどこか弾んでいた。


『そ、それではっ……た、』



 一旦、通話は無言に支配される。

 俺は口元をニヨニヨさせながら、彼女の言葉を待ってみる。



『た、……タロさん?』


 リリィさんの声音はひどく恥ずかしそうにしていて。

 思わずアンノウンさんのように袖で口を隠し、『くふふ』と忍び笑いをらしたい気分になってしまう。



『はい、リリィさん』



 勝負は俺がもぎとったから、リリィさんの願いなど聞く必要はない。だが、ここで寛容な態度を取ってこそ、男というものだ。

 彼女からどんなリクエストが飛びこんでくるのか、若干ビクビクはしている。でも、そんな内心はおくびにも出さない。

 


『今回、わたくし達の果たし合いの勝敗につきましては、他言無用でお願いしますわ』


『……え、それだけ?』



 宝箱前で寝首をかくようなPKプレイヤーキルの常習犯、『賊魔リリィ』なんて悪名が広がってる彼女のことだから……もっと面倒な事を言われるかと思っていた分、拍子抜けだった。

 例えば、レア装備を寄越せとか。



『そうです! 絶対ですわよ』


『え、はぁ』


『ちゃんと聞いてますの? 約束ですわよ?』


 必死そうに再三、確認と要求をしてくるリリィさん。


『あ、まぁ、うん』


女の子同士・・・・・の秘密ですからね! 誰かに漏らしたら、たたじゃ済みませんことよ』



 女の子同士……の、秘密。



 ……オレ、オンナノコ、チガウ。

 

 誰かに言ってもオーケー?





――――

――――




「ふぃー今回も波瀾万丈はらんばんじょうだったなー」


 俺はクラン・クランからオチて、自室からリビングへと移動した。


 少しだけ目に疲労がたまっていたので、その疲れをほぐすように目周りをもむもむと揉み、冷蔵庫から牛乳を取り出してコップへと注いでいく。



「太郎、何かあったの?」


 背後のソファに座っていたのか、姉が俺の呟きを拾ったようで話をふってきた。



「いやー、秘密のダンジョン見つけちゃった。そこのモンスターが強くてさ。姉も傭兵団クランの運営で忙しいだろうけど、良かったら今度一緒に探索してみようよ」


 振り返って、姉を見れば。

 


「ぶふぉっ」


 牛乳を吹いてしまった。

 スマートフォンをいじりながら、何ともなしにソファに腰かけていた姉。

 そのグラマラスな肢体が、バスタオル一枚を隔てて惜しげもなく開放されていたのだ。


「ちょ、姉っ。そんな恰好でうろつかないでよ」


「あぁ、お風呂上がりだったから。って、いまさら一緒に入った仲じゃない」


「それは俺の中での黒歴史の一つだからね……」



 慌てて姉から視線を切り、俺は吹きだしてしまった牛乳を拭き取ろうとタオルを探す。


「仕方のない子だ。ほら、ふいてやるよ」


「おわっ姉、やめっ」


 俺は瞬間、目をつむった。


 姉がタオルで俺の口周りを拭いてくれる。

 だが、彼女が持つタオルとはバスタオルであり、つまりソレは先程まで姉が身体に巻き付けていたモノだ。そんなのを取ってしまったら。


 俺には、やはり刺激が強すぎる。

 いや、別に姉弟だから何とも思わないのだが、なんとなく異性の兄弟のそこそこ成長した裸を目にするっていうのは、気まずいものがあるだろう。



「姉、もういいから。服着てよ」


「はいはい、ところで太郎」


「なに?」


 俺は変わらず、目を閉じながら姉の言葉を待つ。

 耳を澄ませ、衣擦れの音から彼女が服を着始めているかどうかしっかり確認していくのを怠らない。



「明日、学校にいくわよ」




 ……。


 

「は? 姉が大学に?」


「ちがう。太郎、あんたが私と、あんたの高校・・・・・・に行くってこと」


「……へ?」


 なぜに。



「在学届け、出しにいかないとでしょ。太郎、のあんたの見た目は……小学生でしょうが」


「は、はい……」


「変わらず、同じ高校に通いたいんでしょ?」


「う、うん」



 夕輝ゆうき晃夜こうやと離れるのは寂しい。


 それに見た目は小学生になってしまっても、中身が変わっているわけではない。今更、他の小学生に交って、チャンバラごっこや『さんすう』などできるわけがない。そんな事をしていたら、身体が元に戻った時、周囲の同年代に比べ勉学の遅れにも繋がってしまう。


 それに、夏休みが終わる前にこの身体もどうにかなるかもしれないし……。



「じゃあ、早めに手続きは済ませておこうかと思ってね。市役所から必要な書類と、病院からの診断書も取り寄せたから」


「あ、ありがとう」



「明日は学校にいくわよ。わかったわね?」


「……はい」



 夏休みとはいえ。

 部活動に励む在校生はいるだろう。


 そんな所へ銀髪幼女な俺が行くのか。

 となれば、なるべく目立たないようにしないと。



現実こっちでも波乱万丈か……」



 どう考えても、見つかったら面倒な事になりそうだ。






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