82話 問答無用
「大量すぎる……」
突然の
『
とにかく、俺達を覆い尽くさんばかりの光の粒が、こちら目掛けて一斉に接近してきたのだ。
「やつら、突進してくるぞ!」
『
敵の攻撃全てを受け止めようと、みんなの先頭で身構えていたのだ。
「ここはボクが耐えるから、みんな逃げて!」
だが、
なぜなら不規則に飛び荒れる人魂たちの全てが、
それはまるで、動きが予測できない光の矢のように。
昼間と見紛う程の圧倒的な光量を放ちながら、次々と飛来してくる。
「切って、斬って、きりまくるしかないねっ!」
「やるしかねえな!」
「いざ
三人が臨戦態勢に入るも、結果は目に見えていた。
ドドンッ、ドンッパァンッと祭りの花火が連続で打ちあげられるような効果音が鳴り響き、全方位から『
俺やミナもその余波に巻き込まれ、吹き飛ばされる。テラスから窓ガラスを割って、室内へと強制的に移動させれてしまった。
さっきまで、メイドごっこなんかにうつつを抜かしていた空間が、今では死闘を繰り広げる戦場――いや、一方的な
正直、全てが一瞬の出来事だったため、どう対応していいのかわからない。
ただ、敵の攻撃から立ちあがった時に理解した事は一つ。
逃げるしかない。
なぜなら、
「ミナ! 逃げるよ!」
素早くあたりを見回し、うちの神官様を探せば――
壊れた窓枠のすぐ下に倒れこんでいるミナがいた。
「て、天士さまっ」
だが次の瞬間、俺が目にした光景は。
窓から入り込んできた、一匹の『
空中を吹き飛ぶミナの双眸と、ほんのわずかな間だけ俺の目が合う。
「にげてっください!」
キルされる最後の一瞬まで、俺の事を案じてくれた心優しい少女がポリゴンエフェクトを散布し、消失していく。儚く散った仲間の残滓を追い求めるように、思わず手を伸ばしてしまう。
だが、すぐ傍まで迫ってきている人造生命体の存在が、そんな事をしても何もならないと嫌でも気付かせてくれる。
「このっ!」
ギリっと奥歯を噛み締め、俺は『
割れた窓から、建物内にどんどん侵入してくる『
仲間を、よくもやってくれたな。
せめて一撃ぐらいは、やり返さないと気が済まない。
酸の雨を降らせてやる。
そんな思いで右肩にとまっていた『
左肩を強く後ろへと引かれた。
「!」
振り向けば、リリィさんだった。
「あの数では無理ですわ。逃げますわよ」
「だけどっ」
反抗しようとする俺に、金髪の少女は酷く冷静な視線を放ってきた。
「みなさんの犠牲を無駄にしてはいけませんわ」
俺の意志など聞いてないといった態度で、部屋から出るための扉へと俺を引っ張るリリィさん。
「足を引っ張らないでくださる? 天使」
だったら、俺を置いていってくれて構わないと言っても、扉へと一心に向かうリリィさんの様子では聞き入れてくれなそうだ。
ここで、俺がダダをこねたらリリィさんまで逃げ切れないかもしれない。
すごく悔しいけど、彼女とここから脱出することに賛同するしかないようだ。
「フゥ!」
背後に迫る『
あの衝撃波を見たあとじゃ、こんな小さなドアなんて破られるのは時間の問題だろう。
「あら、天使のくせに気が利きますわね」
こうして俺は、リリィさんに引き連れられる形で、屋敷内での闘争劇ならぬ逃走劇を始めたのだった。
――――
――――
「どちらに逃げようかしら……」
幸いにして、この建物は人間の住処にしては立派な造りだったため、逃げる場所は多かった。二階から一階へと下りた俺たちは、そのまま道なりに廊下を突き進みながらも、時折窓から外の様子を観察しておく。
「『
「ですわね」
屋敷の周囲は青白い光を纏う『
「この包囲網を突破するのは、決死の突貫作戦でも困難極まるかと」
突然、耳元でユウジの声が発せられた事に俺は思わずビクリと跳ねてしまう。
「わ!? RF4-you! いたの!?」
「はっ。美少女あるところに小官あり、でございます。それとタロ閣下、今は隠密任務ゆえ、お静かにっ」
酷く真面目な表情で注意してくるユウジだが、今のは俺を驚かすように登場したユウジに非があるだろう。
ギギギッと顔だけ奴へと向け、微妙な視線をユウジに送りつけながらも納得だけはしておく。
「まぁ……はい、静かにする」
まさか、ユウジも生存していたとは。
彼の着ている執事服が黒いため、室内の影や闇に溶け込んでいて感知しづらかったのか? 存在の薄さゆえ、あの衝撃波祭りも生き延びる事ができたのかもしれない。
「見つかりましたわ」
焦りの色を帯びたリリィさんの声を聞き、ユウジの生き残る術がどんなものだったのか、という思考をひとまずストップする。彼女が後ろを指さした方向を見れば、二匹の『
奴らは、何らかの方法でお互いの位置を把握し、今までに何度も『
「まずいですわね……」
この考えはどうやらリリィさんも同じようで、浮かない表情をしている。
迫る人魂に追いつかれないように、今は走り続けるしかない。
そうやって、やや長い廊下を無言で走っていくと、すぐに大きめのドアへと行き着いた。つまりは行き止まり。
『入るしかない』と互いが口を開かずに頷き、ドアへと手をかけていく。
そうして開いた先にあった部屋は、少しだけ
「ここは……書斎? 書庫?」
高さ2メートルに及ぶ本棚が幾重にも並んでいる広々とした空間だ。
本棚と本棚の間に身をひそめて、かくれんぼができそうなぐらいに蔵書量が多い。
よくよく棚に収納されている本を見れば、背表紙が1メートル程の大きな本もある。もしかして、あのビックサイズな書籍は巨人たちの本だろうか?
書かれている内容が非常に気になる。
だけど、今は知的好奇心を優先している状況ではない。
これからどうするか。
おそらく、ここでジッとしていても敵が詰め寄せてくるのは間違いない。
かといって、外で待機する大量のホムンクルスを今の戦力だけで相手にするなんて、もっての他だろう。
「これからどうしようか」
俺は二人にそう質問しながら、『
「そうですわね……」
リリィさんは一瞬だけ、『
そんな彼女の所作を見て、俺はここで徹底抗戦に出るわけかと考える。
「こういうのはいかがかしら?」
:リリィがパーティーを離脱しました:
そんなログが流れたと同時に、リリィさんは矢を引き絞って、放った。
「えっ」
だが、不思議な事に矢は目の前で少しだけ軌道を変え、俺の右腕をかすめるだけに終わった。
:バフ『
どうやら、飛翔物や飛来する物体からのダメージを軽減してくれる、スキル『風妖精の友訊』の自動バフのおかげで命拾いしたようだ。今回はリリィさんが射った矢が、発動条件のそれに該当したのか。
「この距離で私が狙いを外す? つくづく、
不可解な現象に納得できないといった様子で、ツインテールを不機嫌に揺らすリリィさん。しかし、不可解に思ったのはこちらも同じだ。
「どうして、俺に攻撃を……?」
この場面で裏切るなんて、その理由が理解できない。
「決まっていますわ。
にっこりと悪い笑みを口元に広げていく彼女を見て、なるほど、『賊魔リリィ』と言われているのに得心がいった。この状況下で、少しでも自分にプラスになりそうな行動を、彼女は何のためらいもなく実行できるのだ。
「このままでは、どうせあの人魂みたいなモンスターにキルされてしまいます。でしたら、その前に
そして再び、矢をつがえた彼女は勝ち気に裏切り行為を宣言する。
「何もせずに、モンスターキルによる経験値の喪失なんて、許せませんもの!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。今は争ってる場合ではないはずです!」
俺は素早く本棚の裏へと身を隠し、彼女の射線から逃れる。
そして、ビッグ・スライムと一緒に戦った時のように、協力しようと大声で持ちかける。
「また、それですか。バカの一つ覚えもいいところですわ。そんなにいい子ちゃんを演じ続けたいのであれば、どうぞそのまま
声のする位置が途中から変わったと悟った俺は、急いで違う本棚の後ろに移動しておく。
「それが許容できないのでありましたら――」
いつの間にか、リリィさんは同じ本棚の列にいた。つまり、俺と彼女の間を
「その、可愛らしい天使の化けの皮を
そうか。
コチラが何を言っても、リリィさんは考えを変える気はないと。
ならば、俺も気持ちを切り替えることにする。
そっちがその気なら、俺だってタダでやられるわけにはいかない。リリィさんの、倒れるとしても何かを得ようとするその精神論は、錬金術士と酷く近しいモノを感じる。
合成失敗で素材を無駄にしようが、その経験を考慮して次の錬金術に繋げる。モンスターにキルされても、持ち帰った情報と素材を何とか錬金術に活かしたい。
そんな思考なればこそ、俺は彼女に向けて言葉を放つ。
「これからリリィさんと戦うのなら、一つだけ条件があります」
「なにかしら?」
「もし、俺が勝ったら――」
弓の照準を俺へと定めたリリィさんから、少しも目を逸らさずに伝える。
「フレンドになってください」
こちらとしても、仲間が犠牲になった後で、仲間割れでキルされましたで終わるつもりは毛頭ない。戦うにしても、今後何かのプラスになるように持っていきたい。そうして考えた結果が、リリィさんとフレンドになる、だ。
正直、リリィさんとPvPをするのは気が進まない。
だけど、勝てばこんな美少女とフレンドになれるという報酬がもらえるのなら、これも一興なのではないだろうか。
今なら、何となく。
ビッグ・スライム戦を共にした、野郎共の気持ちがわかった気がする。
「それは、もちろん……いいです、わよ?」
なぜかハトが豆鉄砲をくらったような顔をしたリリィさんだったけど、なんとか承諾はしてくれた。
「いいのかしら……でも、
ごにょごにょと呟く彼女に向かって、俺は右手で小太刀を握りしめ、左手で『
さっきの不意打ちの仕返しと言わんばかりに。
問答無用で、『
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