81話 ホムンクルスの灯


『奴隷人の給仕服 (ヨールン女性用)』

【『東の巨人王国ギガ・マキナ』に仕える奴隷人の一般的な給仕服。奴隷人の中では、元貴族に値する家名を持つ者のみ、給仕係や執事などを雇っていた。白と黒を基調になっており、いたって質素なデザインではあるが、『黒鳥アラベスクの羽毛』と『白鳥イコンの体毛』で織られている】



 装備必要ステータスHP50

 防御+65

 魔防+32



「え、なにこのメイド服……防御も魔防も高くない!?」

「あら。確かに必要ステータスが低いわりには上質な物ではありますわね」


 ゆらちーがメイド服姿でクルリと一周回ってはしゃぎ、リリィさんが上品な佇まいで裾を両手で持ち上げていたりする。


「わぁ、うれしいです! でも、神官服とは違って魔力へのボーナスはないですね」

「とはいえ……やはり、ここはレベルの高いダンジョンでありんすね。おのずと見つかる装備品も、性能が良いものでありんす」


 ミナとアンノウンさんも上機嫌な様子で自身のメイド服を眺めていた。


「ほー……」


 夕輝ゆうき晃夜こうや、RF4-youの男性陣が隣部屋へと追いやられたのに。


 当然の如く、俺は女子部屋……というか女子枠ということで、この部屋に残りメイド服を着せられていた。


 うん、確かに俺が持っている装備品の中ではかなり防御力が高いし、性能がいいのも認めるけど。

 なんだろう、この敗北感。



「デザインは純メイド服ね! フリルもないし、スカートも長めの!」

「しかし、その奥ゆかしさが何とも、いとをかし」

「清潔でいい感じです。意外と動きやすいです」


「もうすこし、足を露出してもいいと思いませんこと?」


 ちょっとしたリリィさんの苦言に、ゆらちーが『ハァ』と溜息をつく。



「何言ってんのアンタ。けがれを知らない、清純で無垢なタロちゃんやミナちゃんにはピッタリな衣装でしょ? アンタみたいなビッチとは違うのよ」


「た、た、確かに、天使にはお似合いかもしれませんわ。ですが、素行の悪い、どこかのはしたない女狐めぎつねには似合いませんことね」



「ねぇ、それは誰の事を言ってるのかな?」

「あらぁ? 素行だけでなく、おつむの方も悪いのかしら?」


 さっきまで意気投合して装備の事を語り合っていたのに、ゆらちーとリリィさんは空気を一変させた。


 う……。

 とりあえず、早くこの服を脱ぎたいのでさっさと議論は終わらして、元の服に戻りたい……って、戻ったとしてもミソラさんからもらったドレスに着替えるだけで、女性モノだった事に気付き少しだけへこむ。

 

 それでも、喧嘩を始めそうになった二人の間に慌てて入りこんでおく。



「ふ、二人ともすごく似合ってますよ!」



「タロちゃん、嬉しい事を言ってくれるぅ! この罪つくりな奴め~」


「……貴方あなたにそんなお世辞を言われようが、わ、わたくしは嬉しくなんてありませんわ」


 ゆらちーがニヤニヤと頬に手を当てながら、俺へと近づき急にギュっと抱き寄せてきた。対するリリィさんは、顔を少しだけ紅潮させながらプリプリとご機嫌斜めな様子だ。



「あ、ちょ、ゆらち……ってリリィさん、いや、ほんとに二人とも可愛いし、俺のメイドにしたいぐらい」



 あ……ゆらちーにもみしだかれて、動転のあまりつい本音がポロリと。

 だが、俺のこの一言が女子達をあられもない方向へとシフトしていく事になってしまう。


「あたしもタロちゃんをメイドにしたい~!」

「私をメイドにするですって!? そんな扱いを私にできるのは、私の伴侶となる方だけですわ!」


 男なのにメイドになるとか勘弁ですとか、伴侶となる人にメイドのような扱いを受けてもいいのかとか。いろいろツッコミどころ満載の二人に、俺はわちゃわちゃされ、暗がりの部屋ではしばらく平穏な時が流れた。



「そ、それより、ゆらち……すこし離れて……アンノウンさんまで!?」


 女子たちに囲まれて、もみくちゃにされるのは精神的には乱世だったとだけ言っておく……。




――――

――――


「おかえりなさいませ、ご主人様。ですよ、天士さま」

「お、お、おかえりなさいませ、ごすじんさま」


「そんな不出来なメイドは放っておきますことよ? それよりも、お聞きになりました? 旦那様ったら、また例のメイドに手を出したらしいですわ」

「はらはら……奥様の心情は荒波の如く、でありんすね」


「あんたたち、お喋りはいいからさっさと手を動かしてっ。お嬢様へのお夕飯の支度をしなくちゃいけないのに」



 ダンジョンの探索中に、まさかのメイドごっこをやらされる羽目になるとは……夢にも思わなかった。

 俺が見た目、小学生だからか? ミナも小学生だからか?

 

 ……ナニヲシテイルンダ、オレハ。

 


「おいおい、いつまでやってんだお前ら」

「オヒョッ! 美少女メイドが大量でありますコウ大佐!」


 腕を組みながら背中でドアをクールに押し開けた晃夜こうやに、ユウジが興奮気味に俺達を見回して弾んだ声を上げる。

 


 た、助かったぞ、晃夜こうや



「タロ……おまえ、すごく似合ってるな」


 俺の中で鬼畜メガネから眼鏡イケメンへと昇格した晃夜こうやは、どこかぽーっとしながらも率直な感想を述べてきた。その背後から夕輝ゆうきが『やれやれ』と言った風情で顔を覗かす。


「褒めるのはやめておきなよ晃夜こうや。タロの中では、黒歴史が進行中なんだからさ」


「おっと、そうだったな」



 きっと二人は、俺が男なのに女性モノを着る事に抵抗を感じている事を知っているので、気遣ってくれたのだろう。いつもなら、からかってきそうなシチュエーションなのに、彼らがそういった態度を取らなかったのは、俺が心からゲンナリしていたのを察知したからだろう。


 メイドの寸劇でダメージを受けたのもあるが……ゆらちーやアンノウンさんの陰謀により、次回は俺の試着大会なるものが、クラン・クラン内で開かれる事が決定してしまったのが心に痛手だ。

 


「あれ、そっちもなかなか似合ってるじゃない」

「コウ氏もユウ氏も、きよらなり」


 ゆらちーが今更、彼らへと視線を向け感想を述べるなか、さりげなくユウジへの評価を外すアンノウンさん。

 いや、ユウジもクラン・クランこっちでのキャラは美少年だから、執事姿はなかなか様にはなっているのだが、いかんせん俺達を見つめる目付きがダメすぎる。それに比べて、晃夜こうやは非常に眼鏡がオシャレな理知的イケメン執事であり、夕輝ゆうきも温和そうだが頼りがいのある執事に見えた。



「ありがとう。みんなも凄く似合っているよ」


 朗らかな笑みを浮かべ、女性陣に何の抵抗もなく賛辞の言葉を送れる夕輝ゆうきはさすがイケメンだ。喧嘩の仲裁として慌てて褒め言葉を口にした俺とは、余裕が天と地ほどにかけ離れている。



「ところで、そこのテラスに出てみてはどうかな? 一度、この辺の区画や道を見ておいた方がいいかもしれない」


「敵に見つからない……か」


 夕輝ゆうきの提案に晃夜こうやが難色を一瞬だけ示すが、リーダーが提案した場所を見て考えを改めたようだ。

 ここから外を見る限り、人魂も海月くらげの明りも近くにはなかったのだ。これなら少しぐらい、建物のベランダから街を観察しても大丈夫だろう。



 俺達はこっそりと、服装はそのままでテラスへと出た。


「やはり、巨人ゾンビがいるでありんすね」


 建物よりも背の高い巨人が、うす暗い街並みを青白い燐光と共にのそりのそりと徘徊している。



「なんだか、こうやって奴隷人だっけ? その人達の服を着て、滅んだ街を見渡すのって……」


 海月クラゲによる薄明かりに照らされた廃墟は、儚くも不気味で、だが魅力的な何かを俺達に感じさせた。



「不思議な光景ですよね……」


 ミナが夕輝ゆうきの言葉を引き継ぎ、『ほー』と街を眺めている。

 最初はここのダンジョンに怯えていた彼女だが、今となっては恐怖よりも感慨深い何かを胸に抱いているようだった。


 俺達はここでいろんなものを目にしてきたのだ。



 この都市が俺に示したものは大きい。

 

 やはり錬金術士として『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』の存在は、夢を見ずにはいられない。ここには人造生命体、ホムンクルスを造り出すヒントが落ちているのだ。それに、一度朽ちた身体を動かし、コントロールしている月光に似た光も興味深い。錬金術を駆使し、巨人をアンデッドとして蘇らせたという証拠を残した『滅びと再生の錬金術士リッチー・デイモンド』とはどんな人物なのだろう。



「ホムンクルス……作れるだろうか。それにアンデッドの使役方法か」


「おいおい、タロ。俺達はその肩にのっかってる妖精ちゃんだけでも驚いてるんだぜ?」

「それ以上のものを見せつけられたら、こっちとしても負けられないね」



 親友二人が笑い合いながら、俺の独り言を拾ってくれる。

 

 そうだ。

 この隠された地下都市ヨールンで、この二人をもっとアッと言わせるような何かを……。


 無限に続く錬金道を垣間見たと思う――


「俺なら辿りつけるはずだ。錬金術の更なる高みに」



 幻想的な淡い光を揺らめかせ、死が歩き回る、半壊した都市。眼下に広がる景色を眺めながら、俺は果てなき錬金道に思いを馳せていた。

 


「おい、あれはなんだ!?」


 だから、だろうか。


 少しだけソレを発見するのに遅れてしまった。

 晃夜こうやの叫びに反応し、親友が指さす方向に急いで目を向けると、ソレは右斜め上に起こっていた。



「……空間が歪んでる?」


 何か黒いもや・・みたいなモノがねじれ、ぐちゃぐちゃと混ざったかのようなエフェクトが発生し――


 その空気の軋みが消失したと同時に、青白く眩い光が突如として現れた。



「うっ」


 閉じてしまった目を無理に開け、その光の正体を見極めようとする。


 ソレは、先程まで遥か上空でうごめいていた海月くらげだった。

 目の前に出現した海月くらげは、近くで見ると意外に大きく直径2メートル以上あるため、自然と腰が引けてしまう。



「えーっと、瞬間移動かな……?」


 夕輝ゆうきの顔がひきつっている。

 敵のアビリティにすごいとか、そんなのアリかよ、なんて感心をしている場合ではなかった。



「早い話、あの数・・・の人魂はシャレにならないな……」


 海月クラゲが我が子を引き連れるように、数十匹の『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』たちと共に姿を現した。その惨状に晃夜こうやが呻く。



 絶望の青白い灯が、いたるところに揺らめいていた。







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