77話 隠された都市ヨールン(2)


「ところで……」


 俺が『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』や錬金術士『リッチー・デイモンド』なる人物へ思考を巡らしていると、夕輝ゆうきが若干焦りの帯びた声を出してくる。



「足音、大きくなってない?」


 確かに、先程に比べるとズシンズシンと地面を揺らす振動が大きくなっている。しかも、その間隔がどんどん速くなってきているようだ。


「タロが見た、巨人って奴が近づいて来ているのか?」

「この速さ、もしかして走ってませんか?」

「わからないけど、ここから移動した方がいい気がするよ。みんな、いこう」


 晃夜こうやの予想に夕輝ゆうきが素早く結論を出し、暗闇と沈黙が降りる都市を俺達は駆け出した。大きな建物はそれだけで、俺達を隠す影を生みだしてくれる。逃走するには好都合な環境だったし、なるべく狭くなっている道を選んで移動していったのが功を成したのか、巨人と遭遇することは回避できた。


 だけども、問題はあった。



「あの光ついてきてるな」


月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』は依然として俺達の頭上に付きまとっていた。さらに、右に左にと通路を折れては移動を繰り返しているのに、巨人の足音が一向に離れた気配がしない。


 それどころか……。



「足音が複数、違う方向からどんどん近付いて来てる?」


「早い話、何かが俺達の居場所をらしてるってことか?」


 晃夜こうやが意見を言い終わる頃には、みんなの視線が頭上の人造生命体ホムンクルスに集中する。



「まさか……」

「あれのせい?」

「小官の勘が言っております。あれしかないと」

「ですよね」

「そうでありんすね」

「月光を宿す人造生命体ホムンクルス……」



 みんなの考えが一致する。

 この薄暗い都市で、わずかな光を提供してくれる光の正体は巨人を呼び出す何らかの役目を担っていると。

 


「あの光をどうにかしないと!」


 建物の上をふよふよと漂う一匹の人造生命体ホムンクルス夕輝ゆうきが敵認定するのに、そう時間はかからなかった。



「でも、あの光は攻撃してきてないのに……いいのですか?」


 心優しいうちの神官さまが心配気に人造生命体ホムンクルスを見上げながら、夕輝ゆうきに確認する。親友は剣を鞘から抜き放ち、神妙な面持ちでミナに対して首を横へと振る。


「仮に、あの光が巨人を呼び寄せているとしてね」


 おそらく、その予想は間違ってないだろう。

 俺達があの彷徨う白い光に発見されるまでは、巨人たちの足音は非常に安定していたのだ。


「近づいて来ている巨人が敵か味方かわからない以上、このまま巨人たちと会ってしまうのはボク達にとってマズイと思う」


 おそらく戦うはめになったら、巨人は強敵だろう。



「だから、巨人に会うにしても、こちらから相手に気取られずにひっそりと観察した上で、どうするか判断したい」


「早い話、危険な芽はつぶしておくべきだ」


 夕輝ゆうきの言う事はもっともだ。

 リスクはなるべく避けながら、この地下都市ヨールンの攻略を進めていきたい。それには突発的な巨人戦を行うのではなく、あらかじめ情報をなるべく得た状態で挑みたい。

 


「よし! あの光を倒そう!」


 俺は、夕輝ゆうきの意見に賛成し小太刀を抜き放つ。

 それに呼応して、みんなも各々の武器を構えた。


「だが、あんな高いところにいられたんじゃ、どうしようもないな」


 籠手ガントレットをガチガチとならし、晃夜こうやがしかめっ面でうめく。


「『飛翔脚』じゃ届かない?」

「もうちょい、高度が下がったなら……いけるかもしれん」


 親友二人の短いやり取りを聞いていたミナがメイスをしまい、前へと出た。



「では、わたしが!」

「ミナさん、それはダメだ! タロの方で、もうちょっと地味に頼めるかい?」


 魔法攻撃を『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』に放とうとしたミナを止めさせ、夕輝ゆうきは代わりに俺へと攻撃手段はないかと割り振ってきた。


「できなくはないかも」


 俺の取れる遠距離攻撃の方法は、アイテム『打ち上げ花火(小)』と『溶ける水ウォタラード』、そして風妖精のフゥを用いた風攻撃の三つがある。



「じゃあ、任せたよ」


 夕輝ゆうきの指示に頷き、俺は何を選択するか考える。

 なるべく地味にと言われたので、『打ち上げ花火(小)』はダメだろう。となると、スキル『風妖精の友訊』がLv15にアップし、フゥが『風乙女シルフ』に進化したのにも興味がある。これらがどういったものなのか確認も兼ねて、各種バフの威力を検証するために、ここはフゥを召喚してみよう。



「『風妖精の友訊』たる我が願いを聞き遂げよ……美しき風乙女シルフのフゥ! おいで!」


 

 果たして、俺のてのひらから渦巻く風とともに姿を現したのは――。

 翡翠色エメラルドに輝く長髪をたなびかせる女性的なフゥだった。前は男子でも女子でもない中性的な風貌で髪型も短髪だったのに比べ、肉体的にも髪型的にも女性寄りになっていた。



「タロん――私は、風乙女シルフになったん」

「うん。とっても美しいよ」


「タロんタロんっ♪ ウフフのフゥ!」


 風に揺れる自分の髪の毛をくすぐったそうになでつけ、キャッキャと喜ぶ姿は前とあまり変わってないように思えるけど。心なしか、仕草が大人っぽくなった感じもする。そんなフゥのほほを指で軽くなでてやり、俺は頭上に浮かぶ『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』へと視線を戻す。



 そして、おぼろげな光に向かって『風の刃』的なモノを飛ばしてほしいとフゥに念じる。


「うむむーん! 任せてタロんっ」


 フゥがさらりと腰よりも長い髪の毛をかきわけると、その髪の先端が宙空に溶けていくかのように風へと変貌していくのがわかった。



「ええいっ!」


 可愛らしくも真剣なフゥの掛け声が発せられたかと思うと、『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』は、数秒遅れでその身を揺らし、さらに上へと吹き飛ばされていった。



「あ……」


 フゥの風力は確かに以前よりも格段に上昇はしていた。

 だが、敵を切り裂く程の風を生みだすまでには至っていなかったようだ。



「風の妖精さん……なんだかとっても、綺麗になりましたね」

「なんだか前見た時よりだいぶ変わってるわね……欲しいなぁ」


 ミナやゆらちーだけは、フゥと俺がしでかしてしまった事を見て、柔らかな感想を言い合っている。



「ゆらちー、呑気な事を言ってる場合じゃないよ。足音がすぐ近くまで来てるって」

「って言っても、あれじゃあ敵を遠ざけちまったな……どうしようもないんだが、また撤退でもするか?」


 ほんの少しだけ落胆の声色が交った様子で、夕輝ゆうき晃夜こうやは吹き飛ばされたとはいえ、変わらずにこちらを観察している人造生命体ホムンクルスを眺めながら、次の策を練り始める。



 うん、見事に失敗しちゃった。

 でも、まだやれるはずだ。



「いや……俺なら、届くかもしれない。フゥ、あそこまで風を届けることは?」

「あそこはちょーっと難しいんっ♪」


 ふむ。


「なら、フゥがあの光に近付いていって、上から風を発生させて落とすことは?」

「でっきるん♪ でもータロんのそばにいないと、タロんの力をたーっくさん吸い取っちゃうん」


 なるほど……MPの消費が激しくなるのか。

 それならば。



「俺に行かせてくれ、ユウ」


「うん……? あぁ、あのドレスで? でも、タロはいいの?」


 Lvの低いユウジだって、自分にできることを精一杯やり、階段を降りる時に身を呈して先行役をしてくれたのだ。

 俺は固唾を呑んで成り行きを見守るRF4-youの横顔を見つめる。


 女性もののドレスを着る事ぐらい、なんて事は、今更……ないはずだ。

 俺だって、やれることはし尽くさないと。



 このまま近寄ってくる巨人たちから、上手く逃れられる保証はないんだ。

 ここで、俺が踏ん張らないと。


「おい、まさか」


 晃夜こうやが俺の考えを読んだのか、メガネをクイっと持ち上げた。

 ひらひらのドレス姿になる事をからかうのかと思いきや、



「タロ、それはやめておけ」


「なんだよ、いつもはからかう癖に。もう時間もないんだ、いくよ。コウは俺の援護を頼むよ」


「おい、待てって」


 俺は晃夜こうやの制止を振り切り、装備をミソラさんからもらった『空踊る円舞曲ロンド』に切り替え、フゥに頼んで宙を舞った。

 ドレスによる重力6分の1とフゥの風に乗って、みるみると上昇し『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』に接近していく。



「うわっ前よりも凄い力強さだよ、フゥ」

「フッフゥーンッ♪」


 あっという間に8メートル近く飛翔した俺は、敵に攻撃を加えるべく姿勢を整えていく。


「タロ! 無茶はするな! 下に誘導してくれればいい!」


 なぜか、晃夜こうやが鬼気迫る勢いで注意を喚起してきたので、俺は攻撃する前に、一応の注意を払い相手を近くで凝視しておく。



 写真の説明通り、よーく見ると白い光の中には小人のような生き物がいた。

 こちらが接近しても、特に変わった反応を見せるわけでもない……少しだけ罪悪感を抱いた俺だけど、今は仲間のピンチがかかっているので、背中を押す風の勢いのままに小太刀を『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』めがけて振るった。


「せいっ」



 青白く発光する人造生命体ホムンクルスは何の手ごたえもなく散って行くかに思えたが――

 

 こちらの意を察したのか、とっさに俺の振りかぶった刃をかいくぐった。そして、そのまま俺の下へと潜り込むように飛行し、今までにない程の光量を発生させた。それと同時にバチッと感電したような軽い衝撃を受け、俺は上へと弾き飛ばされてしまう。


「くっ、なんだ今の」



 タロ HP12/80



 今のは……衝撃波?

 近づくと発動させてくる類の攻撃か?



「タロ!? 大丈夫か!?」 


 晃夜こうやが叫び、みんなも心配そうにしているのが一瞬だけ見える。

 そして、下から更に俺へと追い打ちをかけようと、今度はあちらから接近してくる『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』の姿も。



「フゥ! お願い!」

「はいちゃっちゃ!」


 とっさにフゥにリクエストをし、『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』を遠ざけるために、上から風をぶつけてもらう。



 相手にとっては予想外の反撃だったのか、フゥの風圧をもろに受けた『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』は高度を著しく下げるはめになった。



「よし、その高さなら俺でも届く!」


 そこへ、晃夜こうやがアビリティ『飛翔脚』を発動し、高跳びの世界選手も余裕で顔負けする高さのジャンプを披露し、一瞬で『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』へと殴りかかった。

 


 フゥと晃夜こうや、二面方向からの攻撃に『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』は反応できなかったのか、一方的に晃夜こうやにワンツースリーのパンチを打ち込まれていく。



 その隙に俺がフゥに頼み、上段から一気に下降して、小太刀を『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』へと閃かせる。


 その一撃がとどめとなったのか、『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』は緑のポリゴンエフェクトをまき散らし撃破された。




:『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』【写真】に『独白ソロホワイト』が宿りました:


:『月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』が『赤子のぬけがら』をドロップしました:



 

 晃夜こうやがスタッと地面に着地し、遅れて俺がログを確認しながらフワリとみんなの許へ戻る。


「やったな、コウ」

「おう。だがな、タロ。お前は無茶しすぎだぞ」


「フゥとコウがいたから、助かった」

「まぁいい。それより、ここから離れるぞ。人魂みたいなモンスターを倒した後でも、巨人たちが追いかけてくるようなら、一戦交えないといけない……」



 そうして俺達は、その場から退散し、そそくさといくつもの通りを走り、しばらくは移動を続けた。




「やっぱり、あの発光するモンスターが巨人たちをボクらの方に誘導していたみたいだね」

 

 地響きがだいぶ遠くになった地点で、夕輝ゆうきが一旦足を止め、そう結論付ける。


「そうだな……ここらで、俺達の今後の方針とパーティーリーダーを明確にしておきたいんだが、みんなはどうだ?」


「いいんじゃないかな」


夕輝ゆうきがチラチラと上空を気にしながらも、晃夜こうやの意見に同意する。

 現時点でのパーティーリーダーは夕輝なので、夕輝が納得するのであれば俺もと言った具合でコクコクと頷き、みんなも流れに乗って了承していく。



「まず、方針の方だが……俺たちはもう、タロが持つ情報がどれだけ大事なのかを目の当たりにしてるだろ?」


「『浅き夢見し墓場』しかりでありんすね」


「そうだ。あんな現象は初めて聞くし、あれはタロあって発生したイベントに近い」


「タロ閣下の知識ありきであります」


「天士さまの恩恵に感謝します」



「そうだ……ここでは少なくとも、タロの意見や考えを中心に今後の方針をとっていく。それが最善だと思う」


 素直に晃夜こうやの発言は嬉しく思った。



「それには異論ないかなー」


 ゆらちーの合意で、みんなの総意は決まった。



「次にパーティーリーダーだが、今はユウがいつも通りやってくれているが、今回はタロがやってみてはどうだろうか?」


「え、おれ?」


 だが、この発言は予想外だった。


「そうだ。先程の戦闘で、ユウはタロを上空に行かせたが、あれは良くないと思う」


「でも、コウ。あそこでミナさんに遠距離魔法を撃たせる方がマズイでしょ?」



「もちろん、ユウの判断力は信頼している。あそこで派手にやったら、都市の上を泳いでいるクラゲやチョウチンアンコウの化け物に気付かれるかもしれないからな」



「だから、コウは屋内に行こうって提案してたもんね。屋内なら目立つ魔法も発動できそうだし」


 そうだったのか。

 あの戦闘のさなか、ユウはそんな事を意識しながらミナに魔法を撃つなと指示したのか。



「だが、タロを単独で、あの人魂に突撃させるのは上策ではないだろ?」


「まぁね。あれは失敗だったよ」


「じゃあ、タロが俺達のパーティーリーダーでいいな?」


「うん、ボクはOKかな」


 夕輝ゆうきはアッサリと非を認め、俺をリーダーにすると言いだした。



「ちょ、ちょっと待って。俺はユウみたいに、戦闘中に咄嗟の指示なんて出せないから。これまで通り、ユウがパーティーリーダーをやってくれよ」


「いや、タロ。お前がやれ」


「いや、で、でもさっ」


 みんなの安全を考えつつも、状況をしっかり判断した上でみんなを牽引していくなんて。

 そんな事をこなせる自信が、俺にはない。



「うーん、コウ。だったら作戦を変更しよう?」


 慌てふためく俺に、夕輝ゆうきは人差し指をピンッと立て、柔和な笑みを繰り出してくる。

 すると晃夜こうやもソレに合わせて、ニマリとほくそ笑む。

 

 俺は二人のそのやり取りを見て、ハメられたと気付いた。最初から、この会話をするための流れ、前置きだったのだろう。


「ダンジョン探索における、現段階でのボク達パーティーのかなめはタロ、キミだ」


「お、おう」


 普通に嬉しいのだが……。



「キミの情報収集能力はすごく役に立つし、ボク達が生存する上で必要な知識を途中で拾ってくれるかもしれない」


「あぁ……」


「だから、キルされたら困るんだよね」


「早い話が、攻略のキーだ」


「そう。ボクらが一番守らなけ・・・・・・ればいけない・・・・・・傭兵プレイヤーなんだ」


「だから、さっきみたいな無鉄砲な行動をされると困るんだな」


 夕輝ゆうき晃夜こうやが交互で俺をたたみかけてくる。



「いや、でも」


「あの人魂みたいなモンスターが攻撃した瞬間に自爆するモンスターだったら、どうする?」


「それは……やばかった」



「だから、パーティーリーダーっていう責任を、リーダーという貴重な存在という意識を植え付けて、タロの生存率を上げてもらおうかと思っていたけど」


「そういうことだ。タロにも分かってもらえた事だし、リーダーはユウのままでいいか」



 くっくっくと笑い合う二人。

 きっと、親友たちは俺がパーティーリーダーをやれと言われたら困る事を知って、わざとからかってきたのだろう。

 俺が何かやり返そうとすると、すかさず晃夜こうやが真面目な顔で締めてきた。


「タロ。お前の生存が、俺達にとって最重要だって事を認識したうえで行動してくれると助かる」


 本気でそう考えている事は伝わったので、俺はしぶしぶと了承するしかない。


「わ、わかりましたよーっと」


 ここでスネたら、また夕輝ゆうきたちの笑いの種になりかねない。

 俺は憮然とした表情で従うことにした。



「でもブチかます時は、派手にやってくれて構わないぜ」

「タロには、なんだかんだ助けてもらっているからね」


「「我らが錬金術士殿?」」


 親友たちが声をそろえて、そんなことを言ってくるものだから。

 さっきの絡みは忘れてやろう。


「ふふん」


 心なしか、満足げに鼻をすすってしまうのも仕方のないことだ。

 頼りにされるというのは、嬉しいものだからな。



「はらはら、お三方はいと仲良きことかな」


 アンノウンさんの呟きにはあえてスルーしておく。

 決して、いいように親友二人に乗せられているわけではないのだ。

 けっして。



――――

――――



「くるよ」

「静かにな……」


 俺達はとある大通りの様子を窺える、曲がり角に待機していた。

 何を待ち構えているかというと……。

 

 ソレ・・はズシン、ズシンと地響きを起こしながら。体高が4メートル以上あるのは間違いない巨大な体躯を、ひどく緩慢に動かしながら街中を闊歩かっぽしていた。

 衣服はぼろぼろで、肉が所々削げ落ちており、肩の骨など露出している部分があった。だが、その手には大きな斧をしっかりと握っている。


 人魂……いや、人造生命体ホムンクルス、数匹の青白い燐光を伴った、おぞましく腐敗した巨人だ。



「巨人のゾンビ……?」

「あれはやばくねーか?」



 夕輝ゆうきの提案通り、まずは巨人が敵か味方を判断するために、こちらが見つからない状況で相手の正体を見極めようとした結果、暗がりの朽ちた街を徘徊するのは腐ってそうな巨人だった。


「怖いです」

「死してなお、巡回任務を全うする姿は兵士の鑑ですな」

「やっぱりアンデッドがいたわね」

化け物モンスターでありんすね」


 みんながヒソヒソと語る通り。どう見ても、あれは味方になりえない。

 


「あんなのに見つかったらと思うとゾッとするね……ここは危険を承知で、どこかの家屋に侵入してみよう。もしかしたら、あの人魂みたいなモンスターがいないかもしれない」


「他にも、この都市に関する何かが分かるかもな」



 巨人ゾンビが大きな道を通りすぎた事を確認した俺達は、適当な家を選びその扉に手をかけた。

 さすがは巨人の都市というだけあって、扉の規模からして造りが重厚だ。

 

 その高さは大型トラックを丸々呑みこんでしまうトンネルよりもあり、おまけに両開き型の石製・・だ。


 つまり、重すぎて押してもなかなか開かない。



「めいっぱい押して」


 7人がかりで、やっとこじ開ける事ができ、ズズズッと石と地面が擦られる音にビクつきながらも、一同は少しだけずらせた隙間に身体を滑り込ませていく。

 


「ふぅ……」

「さてさて、何があるのやら」


 一息つく間もなく、警戒モードを維持しながら巨人宅へお邪魔する。


 パッと見は何の変哲のない民家だった。

 長方形の部屋には、暗がりの中にうっすらと浮かびあがる、テーブル、椅子、棚、ベッドなどの家具だ。だけども、一階建ての家のわりには恐ろしく天井が高く、人間にとっては二階建ての家と遜色ないスケールだった。



「何もかもが大きいな……」


 晃夜こうやのもらした感想通り、全ての物が俺達よりも大きい。

 椅子なんかはよじ登らないと座れないだろうし、テーブルの足だけでもここにいる誰の身長よりも高い。


「どうやら、何もいないようだな?」


 家の規格がワンルームという至極単純な造りになっていたおかげで、探索は楽なものだった。建物内が安全と判断すると、少しだけみんなのまとう空気が和らいだ。



「正直、どうよ。あの巨人ゾンビは」

「あれは……手に負えないかもしれない」

「『浅き夢見し墓場』に出てくる白骨体とは違い、肉がついていたでありんすね」


 そして始める攻略談義。



「ユウ、あんたはアレの一撃に耐えられそ?」


「あの大きさで……骨だけなら何発かは。でも、肉の質量が伴っての一撃だと、正直自信がない」

「ですよね……それに、あの巨人ゾンビさん、武器を持ってましたよ」


 ミナの発言に、自然とみんなが沈黙してしまう。

 夕輝ゆうきの態度からもわかるように、今の俺達では『巨人ゾンビ』に立ち向かうには、相当なリスクが背負わなければいけない強敵だ。


 

「何か、弱点がわかればねー」


 ゆらちーが自分の愛剣『大輪火斬』を抜き放ち、赤い刀身を眺めながらぼんやりと述べる。

 弱点か……。せめてさっきの巨人を『古びたカメラ』で撮らえる事ができたなら、写真として情報を収集できたのだが、カメラのストロボでこちらに気付かれたら戦闘は避けられないし、そんな危険は冒せなかった。



「ユウ大佐、ご報告があります……」


 巨人に関する情報をどうにか得られないかと、頭をひねっている俺達にRF4-youことユウジが声をかけてきた。



「小官は『覗き目パフィー・アイ』スキルを所持しているのですが」

「ええっと、ずいぶん需要の低いスキルを取ってるね」


「ハッ! 色々、その……観察を! 敵情視察にもってこいのスキルかと判断しましたので」

「それで?」


「ハッ! この薄暗い部屋の中でも小官の目は、みなさんよりかはハッキリとモノを捉える事ができます」

「なにか見つけたの?」



「ハッ! そ、そこに……」


 そう言ってユウジが指し示したのは……ベッドだった。

 さっき、俺もチラリと見たけど掛け布団が何重にもかぶさっているだけで、特に注目するような点は見つからなかったはずだ。


 そこへユウジが、そろりそろりと慎重な足取りでまくら元へと俺達を誘導する。ベッドが高いので、俺やミナからはベッドの上を覗けないのだが、晃夜や夕輝、アンノウンさんは頭が出るくらいの身長はある。

 ユウジやゆらちーもジャンプしたり、背伸びをすれば覗きこむ事ができるだろう。



 ゆっくりと、ユウジは布団を少しだけめくりずらしていく。



「えぇぇ……」

「勘弁してくれ」

「げに、おどろおどろし」

「うっわー……」



 夕輝ゆうき晃夜こうや、アンノウンさん、ゆらちーの四人がベッドの上の何かを見たようで、不吉な声を吐き散らす。



「当初は……布団にほとんど隠れてしまっていたので、髪の毛のようなモノがはみ出ていると気付いた時は、何かの見間違いかと思っていたのですが……」


 ユウジが淡々と説明していく。



「何かが寝てるの?」


 俺の疑問にゆらちーが首を横へと激しく振る。


「タロちゃんは、あんなグロいの間近で見ちゃダメ! ミナちゃんもね」

「幼子には目に毒でありんすよ」


「巨人の死体だ」


 小さな子供に悪いモノを見せないようにする母親じみた面を出す、ゆらちーやアンノウンさんを遮るように、晃夜こうやが端的に説明をしてくれる。



「それは、俺も見ておかないと」

「た、タロちゃん!?」


 驚くゆらちーを夕輝ゆうきが『まぁまぁ』と押し込んでいく。


「タロは俺達の錬金術士だ。何か手掛かりが見つかるかもしれないから、見せておくべきだ」

「閣下の研究に、何かのお役に立ちませんか?」


 そこへ晃夜こうややユウジが合いの手を差し伸べてくれたことで、ゆらちーやアンノウンさんは渋々納得してくれた。

 

 二人が了承してくれたところで、俺は脚に軽く力を込めてジャンプする。

 ふわふわと室内を浮かび、改めてベッドの上を観察してみる。



 さっきとは違い、ユウジのおかげで少しだけめくれた掛け布団の下には、肉が腐ったようにただれた顔面、髪の毛が激しく抜けおちた、見るも無残な巨人の顔が静かに瞼を閉じた状態で、ちゃんと枕の上に乗る事なくズレて横たわっていた。



「おおぅ……」


 正直に言うと、今からでも動きだしそうな気配がしなくもない巨人の死体を見て、ちょっとだけ怖かったりもした。



 真上から、その巨人のゾンビをじっくりと観察した後、『古びたカメラ』を取り出し、さっそく写真に収めてみる。



「あんな少女に死体の写真を撮らせるなんて……何かが間違っているわ」


 ゆらちーの尤もな嘆きが響き、続いてパシャっとシャッターを切る音とともに、ストロボの光が一瞬だけ部屋内を照らしだす。




巨人の系譜の屍ヒュージ・ゾンビ』【写真】

【〈闇月の騎士〉たちが永遠の力を手に入れるために、犠牲として支払う〈闇月の誓い〉を応用し、現世にその肉体と魂を留めさせている〈東の巨人王国ギガ・マキナ〉の〈巨人の系譜ヒュージ〉。彼らは〈闇月の騎士〉同様に月光を浴びると、その力を増すが、正規の誓いを通していないため不完全な形での活動を余儀なくされている。巨人族ジャイアントの中では、〈巨人ジャイアント〉と名乗らせてもらえない程に下位の部類に入る彼らだが、生前の戦闘力と比べたら劣る部分は多々あるものの人間からしたら驚異的なまでの破壊力を、今もなお持っている。アンデッドとなった彼らは飢えを覚える事なく、地下都市ヨールンに侵入する者を排除するために彷徨さまよい続けている】



:『巨人の系譜の屍ヒュージ・ゾンビ』の魂が抜き取れました:

:撮った『巨人の系譜の屍ヒュージ・ゾンビ』を討伐・・すれば『屍の夜色ゾンビ・ナイト』が写真に宿ります:



 闇月の騎士とか、永遠の力とか。

 興味深い情報に、俺の心は多少なりとも刺激された。


 だけど……そんな事よりも、もっと重大なログの内容に気付き、嫌な悪寒が俺の背筋を駆け巡る。

 


 討伐すれば・・・・・? 写真に色が宿る?


 つまり、今、目の前のベッドで静かに横たわっている巨人の死体は……倒せるわけで、死体ではない? モンスターってことか!?



 そもそも、死体がなんでわざわざベッドに?

 死んだのではなく、寝ているだけだとしたら……。



「まずいよ、みんな……こいつは」


「まずいぞみんな!」


 手に入れた情報をみんなへと共有する前に、晃夜こうやの警告が飛び、俺の言葉を遮ってしまう。だがそれも当然の判断で、室内が青白い光で照らされたのだ。

 

 部屋の様子が鮮明にわかると同時に……ベッドの上の死体が、掛け布団がもそり・・・と動いた。



「あの人魂みたいなモンスターが入りこんだよ! ミナさん、すぐに魔法の詠唱に入って!」

 

 わずかに開いた扉の隙間から、『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』が入りこんできたのだ。


「みんな! ベッドにいた巨人の死体がっ! 『巨人の系譜の屍ヒュージ・ゾンビ』が動きだした!」



「どうなってんだ!?」


 悪態をつきながらも晃夜こうやは迅速に人魂めがけて飛び跳ねるが、『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』は俺達をあざ笑うかのように、ヒョイっと左へと避けた。



 月光を模した光を発する『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』……それに呼応して巨人ゾンビが動く?

 『巨人の系譜の屍ヒュージ・ゾンビ』の写真に書かれた説明では、月光で力を得ると……。



 月に相反するものは太陽?

 つまり、この場を乗り切るには太陽光が必要なのか?


 俺は太陽の光を宿したアイテム、残り7個しかない『閃光せんこう石』を握りしめ、目の前に立ちはだかった巨大な敵を睨み据える。

 『巨人の系譜の屍ヒュージ・ゾンビ』は完全にベッドから立ちあがり、その大きさは5メートルはゆうに超えている。



「こうなったらやるしかない! 『アピール』!」


 夕輝ゆうきが自分の盾を剣で叩き、光エフェクトを一瞬だけ生み出す。

 みんなを守るために、敵の注意を自分に引き付けるアビリティを発動したのだ。



 ベッドから這い上がった巨人のゾンビは夕輝ゆうきめがけてのそりと動きだし、圧倒的な質量を持った拳を打ちつけようと、その右腕を振りかぶった。




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